「最悪」のダイスロール
『ほらほら。どうしたんだい、目に涙なんか浮かべて。悔しいのかな? ねぇ、今どんな気持ち? どんな気持ちなんだい?』
ザシュァァッッ!!
血しぶきが舞い、力を失った身体が膝をつく。
斬り飛ばされた勇者の頭部がゴロゴロと転がった……
一瞬…… 何が起きたのかわからなかった。
油断して足を止めた勇者の首を、サラが刎ねたのだ。
「……はぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
状況を理解して整理する前にする事がある。考えるよりも先に叫んだ。
「囲め! 逃がすな!」
その言葉は不要だった。そもそもタロスも壱号も最初から手加減なんてしていない。
「撃てぇ!」
イーリスも慌てて追撃を放つ。威力よりも弾速を重視した黒い熱線。しかし……
「くっ……! 退却、援護して!!」
熱線を神剣で弾き、サラが全身から血を垂れ流しながらもその身を翻す。
「全軍、前へ! 追撃しろ。ハーピーもだ! 頼む、サラを逃がすな!!」
オォォォォォォ!!
雄たけびを上げて合成人間達が前へ出る。しかし、敵の層は厚く……なによりもサラが速過ぎる。
包囲の要を担っていたマルスが倒れた今、彼女の行く手を遮るものは……
「ダメだアニキ! 敵が多すぎる!」
壱号とタロスに敵が群がり、サラは視界の彼方へと消えていく。
予想外過ぎてどうしていいかわからない。俺は完全にパニックに陥っていた。
ウッソだろこいつ。普通こんな圧倒的有利な状況で負けるか? そういう流れじゃなかっただろ?
俺は地面に転がるマルスの首に駆け寄った。他にもっとするべきことがあったかもしれなかったが……
「おま…… お前、ふざけ、ふっざけんなぁぁぁ!!!」
叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
ずっと……ずっとこの日のために我慢してきたんだ。
悪い事はなんでもかんでも人のせい。特に根拠もなく自分に対して最高評価を下し、まわりの人間は自分に奉仕する義務があると思い込んでいる。
そして相対的に自分の評価を上げようとしていっつも他人の粗探しばっかり……しかも対案も何もないただの悪口。
思わずボコボコにし過ぎて殴り殺してしまいそうになった事も一度や二度ではない。
しかも超人的なメンタルの強さと頭の悪さで、次の日には全く覚えてない。
返せ……っ! あの我慢の日々を!
お前、ここで活躍しなかったら何のための勇者なんだよ……っ!!
「マルスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」
俺の絶叫がむなしく響く。
勇者は……何も返してはくれなかった。
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(三人称視点)
ガシャガシャガシャ!
「ハァッ、ハァッ…… うぅっ……」
「止血っ! 急いで!」
一方、馬車の中では苦悶の表情を浮かべるサラを、何人もの医者や回復術師達が取り囲んでいた。
内装の豪華な特注の馬車とは言え、寝台用には作られていない。人一人を横たえ、治療を行うにはどうにも手狭だった。
「こ、これは……!」
鎧を外し、医師が表情を引きつらせた。
手足を切った時に出るような、赤黒くベタベタした血ではない。真っ赤なサラサラの血が噴水のように噴き出ている。
背中の傷が一段と目をひくが、足のケガも酷い。ふくろはぎを後ろからバッサリと斬りつけられていた。
更には全身に火傷、打撲傷も多数。よくこれで走りまわれたものだ。
「サラ様! しっかり!」
応急の処置として傷口をしっかりと縛り、回復術師達が魔法をかけていく。
だが本来回復魔法とは安静した状態で一日、数日がかりと時間をかけて治療するものだ。
戦闘中に瞬時に傷口を復元してしまえるのはエルバアルただ一人しかいない。
ガシャガシャガシャ!
大軍の移動はいつだって困難だ。
長い蛇のような行列が扇状に展開するのに時間がかかるのであれば、展開した部隊がまた行列に戻るのにも時間がかかる。
ましてや退却の混乱の最中にあってはことさらそれは顕著になる。
士気の崩壊した状態で敵に追撃を受けている最中であれば、誰もが我先にと逃げたしたくなるのは当然のことだ。
それがわかっているからこそ、退却は陣形の維持を優先させ、もどかしいほどに1部隊1部隊ずつ慎重に行われる。
唯一最優先の護衛対象である、サラを乗せた馬車と……その他の部隊の距離が開いてしまうのも仕方のないことであった。
ガシャガシャガシャ!
「我々が護衛いたします!」
「おぉ、ありがたい!」
そして馬車はひた走る。
カーディスの北西の辺りにある小高い丘を越えたあたり、急に合流した40騎ほどの騎兵達に馬車は囲まれた。
僅か6騎で護衛に当たっていた将軍たちは、新たに加わった正規兵の装いに身を包んだその姿に安堵した。
人は窮地に立たされると、自分に都合の良いものを信じたくなるものだ。
道中でこちらの騎兵隊が散々にしてやられていた事は聞き及んでいたが、なにせこれだけの大軍である。
どこかに予備選力が残っていたとしてもなんら不思議ではない。
まして合流した騎兵達のほとんどが、鉄兜の下にグールのような虚ろな瞳を隠していた事になど……気付くはずもなかったのである……