表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/77

骸骨の王

 赤茶けた砂と岩だけが支配する荒野の奥。

 忘れられた谷にある巨大な崖に、槍を持つ一対の巨大な像が彫られている。


「すごいなこれ……どうやって作ったんだ」


 あまりの巨大さ、そして精巧さに勇者が感嘆の声を漏らす。

 ヤツら平原の民は、自分達以外の者は全て低俗な蛮族だと思い込んでいるからな……


 だが、そんな思い込みはこの巨大で圧倒的な確かな技術の証拠の前には余りにも無力だ。

 像は無言で語る。彼らの信者達は邪悪な蛮族などではなく、高度な文明をもっていた事を。


 俺は称号をはく奪された元勇者のマルスをそそのかし、リブリン族の祖先がかつて信仰していた古代の神殿に来ていた。

 土を固めて作られた門はところどころ朽ちているが、その匠の粋を刻みつけた装飾の跡は今なお荘厳さを失ってはいない。

 入口を守るかのようにそびえたつ1対の像は、顔の部分が削られてえぐり取られている。

 彼らはかつてこの地の民に信仰された神々であった。

 だが、唯一神以外の存在を認めない教会によって邪神に貶められ、今ではその名を呼ぶ事すら禁じられている。



「さぁ、いこう。この中に、勇者の力を取り戻すための、秘石が眠っているはずだ……」


 勇者を促して中に入る。門を潜ると地下へと進む石造りの階段が伸びている。


「な、なんだか寒気がするな……」


「地下だからな」


 壁の石がジメジメとしていて、中はとても暗い。

 勇者にカンテラをつけさせてかなり長い階段を降りると、少し広い通路に出た。

 天井はレンガのような形状の石を組み合わせた見事なアーチ状。

 壁には等間隔で燭台を置くための窪みがあり、どことなく宗教的な雰囲気を感じる。


「うわぁぁぁぁ!? ひ、人が!」


 しばらく進むと、両脇の壁に2段ベッドのような形の窪みが空いていて……中にミイラが横たわっていた。


「大丈夫。死んでるよ」


 怖気づく勇者を先に進ませるのは大変だった。本当に大変だった…………

 こいつときたら通路の両脇に立たされた巫女の石像を見るたびに絶叫してタコ踊りを始めるのだ。

 しかも同じ形の像に何回も何回も。


 神殿の中は巨大な迷宮のようだった。

 大きな石柱がそびえる広場には、ミイラの入った石棺が。

 動物の頭をした恐ろしい悪魔のような像を祀った祭壇には、本と枯れた花が。

 礼拝堂のような場所。ベッドが並ぶ居住区のような場所。鉄格子のある石牢。そして……拷問室のような場所。



「さぁ、こっちだ。俺達を呼ぶ声が聞こえる……」


「こ、怖い事言うなって言ってんだろ!!」


 俺自身、この場所に来た事がある訳ではない。だが、声がするんだ。

 こっちだ。こっちにいる。早く助けてくれと……

 

 導かれるように迷宮を抜けて門をくぐると、俺達は圧倒されて息を呑んだ。


 それは室内と呼ぶにはあまりにも巨大な空間。

 ここまでずっと人工的な石壁が続いていたのに対し、ここだけが剥き出しの自然の土壁そのままになっている。

 天井には鍾乳洞のような尖った岩石。壁際には木組みの足場と梯子で作られたテラスのようなものがある。 


 そしてなにより目をひくのが、中央にそびえたつ巨大な祭壇だ。

 1段1段の段差が1メートルほどで組まれた、全高30メートルほどのピラミッド状の祭壇。

 そこに、遠くから見ると丸まった団子虫のように見える無数の何かが配置されている。


「いこう……」


「…………」


「おい、いけ! 勇者の称号をはく奪した奴らに復讐してやるんだろ!?」


「うっ、そ、それは……」


 怖気づいて足を止める勇者にはっぱをかけて、前に進ませる。

 だが祭壇に刻まれた階段を登る途中で、勇者がその何かの正体に気付いてしまった。


「…………っ!? ひぃっ!!」


 それは赤黒い血に染められた布を纏い、地面に膝と首の根本をつけ。頭の上で両手を合わせて祈る、首の無いリブリン族の死体達だった……

 彼らは儀式によって自らの魂を捧げ、凝縮し、混ぜ合わせたのだろう。

 ならば頂上にはその滴があるはずだ…………


「脇を見なければ何も怖い事なんてない……大丈夫だ。死者が何もする訳がないだろう?」


 俺は怖気づく勇者を再度そそのかし、頂上へと至った。

 そこに積まれていたのは首、首、首……顔を外に向けて円錐上に積まれた首の山。

 みな同様に歯を食いしばり、眼球が飛び出さんばかりに目を見開いていた。


 死してなお色あせない怨嗟の形相。その上には不思議な輝きを放つ赤い石が浮いている。




「ほ、本当にこの石を手に入れれば!?」


 傍らに倒れた神官らしき法衣姿の男の死体を覗き込みながら、勇者がビクビクとした様子で訪ねてくる。


「あぁ、そうだ。この石を支配する事が出来れば、お前は以前のような力を取り戻す事が出来る……」


 以前のような、とは他者の魂に依る力……つまり、勇者の力のようなと言う意味だ。


 そもそもなぜこのような王族でもなく、実力者でもなく、人格者でもないただの若者が勇者に選ばれたのか。

 それは……こいつが他者の魂の力を顕現させやすい霊媒体質のような特性を持っていたからだ。


 この男は触媒に過ぎない。司祭は俺。鍵を開けさせたあと、選ぶのは石の中の者達。


 今までは勝手に好意的な想像をしてくれた民衆達の力を借りて、好き放題にやってきたのだろう。

 だが、今この目の前に浮かぶ石の中にあるのは圧倒的な憎しみ。

 お前はきっとその事に気付かないまま、その汚い手で触れてしまうはずだ。

 他人を踏み台としか思わず、なんでもかんでも自分の都合の良いように勝手に解釈しようとする……お前のようなヤツはな!



「………………」


 勇者はすっかり腰がひけた状態で、内股で足を震わせながら恐る恐る石へと手を伸ばす。

 そして…………


バチィッ!


「うわぁぁぁぁぁっ!?」


 指先が石に触れた途端、白い雷がバリバリと石から溢れ出す。

 勇者が慌てて腕をひっこめようとするものの、指が石に張り付いて離れない。


「助けて! 助けてぇぇぇぇぇぇ!!」


 まるで空間に穴が空いたような黒い闇が渦を巻き、周囲のものを吸い込んでいく。

 積まれた首の山が、首のない死体が、次々と引き寄せられてはぶつかり、壊れ、グチャグチャの肉団子のような球状のナニカになる。


 そして、なによりも引き寄せられていたのが俺だ。

 勇者の体から自分の存在が引き剥がされていくのを感じ、そして……






 俺は再び闇の中に浮かんでいた。ここには前に来た事がある気がする。

 違うのは、今度は1人じゃないって事だ。闇の中に無数の白い半透明の亡霊達の姿が見える。


 俺は彼らの方に泳いでいった。彼らもみんな救いを求めるように手を伸ばしてくる。

 それは拷問とすら呼べない苦痛だった。手を掴まれると、冷たい、悲しい感情が流れ込んでくる。

 手を縛られて背中を蹴飛ばされる屈辱。大切な存在が暴力の前に屈する絶望感。

 首にかけられた縄の苦しみ。目玉をえぐられた時の痛み。首を斬られて血が抜け落ちていく恐怖。 

 

 気が狂いそうな痛みの中。それでも俺は決して強制されるのではなく、自分の意志で手を伸ばした。

 ここには俺が会った事のない人達もたくさんいる。それでも知りたい。知らないといけない。

 だって俺達は、同じモノを憎んでいるのだから……





ゴボリ


 と、団子状になった肉と骨の塊を割いて、中から手を伸ばす。



 差し伸ばされたのは真っ黒なガイコツの手。タールのように黒い何かが滴っている。

 あぁ、そうか……この体は不完全らしい。もっと……もっと人間を喰わないと……


 塊から全身を出す。足も胴体もみな同様に真っ黒なガイコツで……腐った何かを滴らせている。

 そして、肋骨の中に浮かんでいる赤い石……そこから膨大な知識と、皆の苦痛が流れ込んでくる。


 

 胴体まで塊から出たところで違和感に気付いた。左手に何かを掴んでいる。


ズル ズル ズル


「うげっ! ごほっ…………はっ、ペッペ!」


 塊から引きずり出すと、それは勇者だった。こいつ、生きてたのか……




「げっほ、げぇっほ! はぁ、はぁ…………お、お前……お前は一体?」


「俺か? 俺はポコだ」


「はぁ!? …………ひっ!?」


 俺はおもむろに勇者に歩み寄ると


ゴシャァッ!


「ひぼふぁっ!?」


 奴の顔を殴り飛ばした。拳を開閉して、感触を確かめる。


「ちょ。な!? ち、力を取り戻してくれるって!」


「立て」


 俺は勇者に回復呪文をかけて、再び立たせた。そして


ゴカッ!!


「あがぁっ!?」


 今度は顎を狙って横殴りに殴りつけてやると、やつの顎が砕けて顔が歪む。


「どうした? 男のくせに何の攻撃も出来ないのか?」


ドカッ! ガスッ! ゴキッ!


 それから何度も回復呪文をかけては殴りつけると、勇者は小便をまちきらしながら慈悲を乞うてきた。

 こいつはもうどうにでもなるな……問題はパーティーの残りの二人。そして王国の奴らだ。


 普通に体を動かす分には問題ないらしい……だが、石の中にある魂を消費している感覚がある。

 しかもどうやらこの体は維持しているだけでも徐々に力を消費してしまっている気がする。かなり燃費が悪いようだ。


 復讐しなければならない人間達の数は多い。故に作らねばならない。

 手下どもを操り、巧みに人間どもをおびき寄せ、自らの手を下さずともその魂を捕らえる……自身の半身とも言うべき、人喰らいの迷宮を。


「おい」


「は、はい!」


 回復と殴打を何度も繰り返した事で勇者はすっかり反抗する気力をくじいてしまっていた。

 地面に頭をこすりつけて平伏する。


「この地にダンジョンを作り上げる。トラップの設置。軍団の編成。他にもやらねばならん事は多い。お前にも働いてもらうぞ」


「ははぁっ! 不肖マルス。これよりポコ様に忠誠を誓います!」


「フッ。あの傲慢なお前が「ポコ様」、か……だがそのままではちと締まらんな。丁度いい。新しい体も手に入れたところだ。ここで古き名と決別し、同胞達に誓いを立てる」



 壇上を進み出て、誰も語るもののいなくなった神殿を見渡す。 

 かつてどれほどの民がこの祭壇で祈りを捧げたのだろう。

 もうここで祈る者は誰もいない。未来永劫に。

 だが、待っていてくれ。決してここで起きた事は無駄にはしない。

 


 俺は神官の男から法衣を奪い取り、錫杖を地面に突き立てて宣言した。下らん感傷も、倫理観も。今ここで、全てを捨て去る!


「我が名はエルバアル……我らが神バアルの名を冠し、人間どもに復讐の嵐をもたらす者。

 我らは奪われた。言葉を。文化を。誇りを。そして無理矢理住処を移された挙句、最後には命まで奪われた。

 その恨みは決して無には還さない。 今ここに……復讐の灯をともす事を誓おう! 君達の無念とともに!!」



 この体は同胞達のものだ。もはやポコと言う名の人間はいない。

 いや、そもそもこの真っ黒な骨だけの体を人間と呼べるのだろうか……

 だがそんな事はどうでもいい。もはや元の体にも、人としての幸せにも執着はない。



 聞こえてくるよ。赤い石から怨嗟の声が。


 どうか消えずに待っていてくれ。

 

 エルバアルの嵐が、世界を包むその日まで。

以下、ヨハネ黙示録第6章より抜粋となります。

読み飛ばしていただいてもストーリーには関係ありません。


 小羊が第五の封印を解いた時、神の言のゆえに、また、そのあかしを立てたために、殺された人々の霊魂が、祭壇の下にいるのを、わたしは見た。

 彼らは大声で叫んで言った、「聖なる、まことなる主よ。いつまであなたは、さばくことをなさらず、また地に住む者に対して、わたしたちの血の報復をなさらないのですか」

 すると、彼らのひとりびとりに白い衣が与えられ、それから、「彼らと同じく殺されようとする僕仲間や兄弟たちの数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいるように」と言い渡された。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ