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決戦 1

 15000対1500で戦えばどちらが勝つかは明白だろう。

 だが、誰しも一度はこんなことを思った事はないだろうか?


『150対1500を100回繰り返せばいいのでは?』




 戦闘において数が多い方が有利なのは言うまでもないが、大軍の移動に多大な労力と費用がかかる事もまた自明の理であろう。

 整備された歩きやすい街道の道幅は限られており、軍隊は長い長いヘビのような行列を成して行進する。


 その長い胴体と見比べると、必然的に小さく見えるヘビの頭。

 大軍の先頭を任された先鋒隊の行軍は、しかして苛酷なものとなった……


ドドドドドド! 


「うわぁぁぁぁ!」


「また来たぞぉ!」


 大地を揺らし、蹄の音を轟かせて迫りくる脅威。もう何度目かもわからない襲撃に、兵士たちはただうろたえるばかりであった。


「かまえぇ!」


 壱号の後ろに跨ったエルバアルの号令に、下半身が馬となったケンタウロス達が弓を構える。


「放てぇ!」


 

 石を投げたことのある者ならわかるだろう。

 立ち止まって腕だけで投げた場合と、助走をつけての遠投ではどれほど勢いに差があるのかを。


 言うまでもなく馬上で手綱を離すのは危険だ。まして馬上で長距離用のロングボウを引き絞るなどは正気の沙汰ではない。

 だが、もしも…… もしも馬に跨ると言う不安定な繋がりではなく、自身の上半身そのものが馬と繋がっていたのなら……

 まさに人馬一体の極み。加速して放たれる矢は王国軍のそれを遥かに上回る射程を誇り、一方的な蹂躙を可能とした。


「ぐっ! 調子にのりおって!」


 将軍の指示に従い、魔術師達が集合して合体術式を組み立てる。しかし……!


「効かん!」


 それもエルバアルの展開した雪の結晶のような巨大な光壁の前に阻まれてしまう。

 一斉に矢を放つと、ケンタウロス達はほとんど無傷のまま即座に反転して立ち去ってしまった。

 この素早い反転こそが「機動力の差を活かして一撃離脱を繰り返す」と言う、この時代において実現しそうでし得なかった机上の空論を実現可能なものとした。

 重い鎧を着込んで真っ直ぐに突撃する事しか出来ず、方向転換すらままならなかった従来の騎士達には不可能な動きだ。


「おのれぇぇぇ!!」


 王国の兵士達もただ一方的にやられて黙っている訳にはいかない。特に先鋒隊は熟練の精鋭を集めた主力部隊だ。

 相手は所詮100騎にも満たない寡兵。馬には馬、とばかりに3倍近い騎士達がこれの追撃に出るのだが……


「そーれ♪」


「うあぁぁぁ!?」


 追撃する騎士達は突如空中から放り投げられた粘着質のクモの投網に捕らわれ、次々と地面に叩きつけられた。


「キャハハハハ!」


「クスクス クスクス♪」


 白く大きな翼に、鳥のような足。人間の娘のような顔と胴体をした奇怪な化け物達が空を旋回して嘲笑っている。

 騎兵に対して騎兵で追えば、味方との距離が離れるのは明白。空を舞う彼女達を脅かす弓矢も、ここまでは届かない。


「いまだ伏兵っ!! トドメを刺せ!」


 獣のような手足をした狗頭の怪人達が、合図の鏑矢と共に草むらから飛び出す。

 短剣を口に咥えたまま4つ足で走る彼らは歩兵とは思えない速度で忍び寄り、網に絡めとられた騎士達を次々と朱く染めた……




-------------------------




「…………なにこれ?」


 目の前に広がる光景を、サラはまるで阿呆のように口を開けて眺めていた。

 兵士達は誰も彼もが疲れ切っており、鎧の重さに耐えかねて座り込んでいるものさえいる。


「申し訳ありません……常軌を逸した執拗な奇襲に一昼夜まるまる晒されては士気もあがらず……」


 報告を告げる将軍にも疲労の色が強く、前髪が脂汗で額にべっとりと張り付いている。



 数の利を活かすためには包囲することが何よりも肝要だ。

 先に到着した部隊は後続が到着するまで陣をひいて待機するのだが……大軍の行列は長い。

 主力部隊が到着するまで丸一日以上。その夜、彼らは地獄のような居心地に晒されることとなった。


 鉄とクモの糸で作られた異形の鉄塔。そこに備え付けられた粗末なエレベーター。

 怪力を誇る豚頭の怪人達が滑車を回し、スケルトン達は次々に上へ上へと運ばれていく。


 そして彼らは風を受けて飛び立った。骨と皮で出来た醜悪な翼を広げて。

 それは風を受けて流れ落ちるだけの、一方通行の死出の旅。だが彼らに恐怖心と言うものはない。


 物は上から下に落ちるが道理である。

 頭上から降り注ぐ矢の雨は厄介極まりなく、しかも陣形を無視して飛び越えてくる。

 安全であるはずの後方にいても絶え間なく響く散発的な悲鳴。

 実際にスケルトンの矢に倒れた数は全体からすればそれほどの数ではなかったが、「休む場所と時間がない」と言う事実が彼らに与えた心理的負担は察するに余りあるものがあった……



「まったくもう……しょうがないわねぇ。まぁいっか」


 馬車から降りた自分を見ようともしない男達には少々イラついたが、彼女にとっては大したことではない。

 サラは後続の馬車から奇妙な砲弾を取り出した。


バィィィィィン!! バイィィィィィン!


 直径30cmの鉄球…… フル装備の騎士の重量に匹敵する質量を、彼女はまるで手毬のように地面に叩きつけた。

 鉄球が地面にぶつかって跳ね返ってくると言うあり得ない挙動。大地が揺れ、馬が慄き、テーブルの上に置かれた木皿が衝撃で跳ね上がる。


 これには流石の兵士達も起き上がった。何事かと様子を見ようと人だかりが出来る。

 疲労困憊の彼らを立ち上がらせるのは暖かな気休めなどではない。怪異と恐怖を塗りつぶす強大な力のみなのだ。


「よしよし、ちゃんとこれやっておかないと足場が不安なのよね」


 無理矢理に空気を吐き出させられ、岩のように固くなった地面を彼女は踏みしめた。

 膝下くらいの深さまで凹んだ足場の中で、にっこりと微笑む。


ギチ ギチ ギチ……


 そばにいたものは幻聴ではなく確かに聞いた。肉が、肉を引き絞る音を。

 町娘のような細身の体の一体どこからこんなエネルギーが出てくるのだろう。

 体内からあふれ出す圧倒的なエネルギーが、陽炎のように見る者の視界を歪ませる!


「そぉれ!」


…………シュゴォォォォォ!!


 それはかつて巨人が見せた山なりの遠投とは違った。

 真っ直ぐ……遠くへ飛ばすためではなく、ただただ早く相手のもとへとたどり着くための軌道。


 螺旋状に乱された空気が凄まじい音をたて、防壁がはじけ飛ぶ。


ズゴォ!! ズゴズゴズゴズゴズゴォォォォォォ……


 破壊された防壁は散弾のように石片をまき散らした。砲弾がいくつもの民家を貫通し、噴煙とともにめり込む。



「どんどんいくわよー♪」


 投げ込まれる鉄球。崩れ落ちる防壁。これまでのお返しとばかりに次々と繰り出される一方的な攻撃に、兵士達の心は沸いた。



「おぉぉぉぉぉー!」


「勝てる、勝てるぞ!!」


「そうだ! 我々にはサラ様がついているじゃないか!」


 気合いと言うものは現金よりも現金だ。勝てそうなら沸きたつと言う非常にシンプルな構造をしている。

 敵は確かに人間ではない。だが、こっちはそれ以上の化け物なのだ。



「さ~って、それじゃぁ行きましょうか」


 神剣を構えて歩き出すサラに兵士達は続いた。



 シャルロッテが魔法の神に愛された天才なら、サラは力の化身。

 防護魔法と回復呪文を主体とするエルバアルの……天敵である。

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