悪霊の囁き
裁判での勇者の証言は……あぁ、もう。思い出すと笑ってしまいそうになるので結論だけ言わせてもらおう。
最終的にヤツは壇上で鼻水と涙をまき散らしながら頭をかきむしり…………裁判所の中で魔法をぶっぱなして逃走した。
「どうしてみんなわかってくれないんだぁぁぁぁぁ!!!」
絶叫とともに魔法の矢が乱射される。
腐っても勇者と言う事か。凄まじい威力の雷や炎が壁をえぐり、傍聴していた貴族たちが巻き添えをくらって場内は地獄と化した。
流石に王も庇いきれずに勇者を捕縛するように指示を出すも、並みの兵士たちが適う相手ではない。
唯一対抗できそうな女戦士のサラと女魔法使いのシャルロッテに要請が向かうが、女戦士は心身喪失状態に陥っていてまるで役に立たなかった。
魔法使いのシャルロッテは自分勝手で利己的な女だ。恐らくヤツが本気を出せば良い勝負にはなっただろう。
しかしリスクを負う事を嫌がった女魔法使いは、形だけの追跡を見せるとさっさと引き揚げてしまった。
正直俺としては千載一遇の機会をもらった形だ。だが、必ずあとでその判断を後悔させてやるからな…………
勇者は指名手配された事で、行く先々でトラブルを起こした。強盗まがいの事を行い、よっぽどストレスが溜まっていたのか殺人まで犯した。
困り果てた王国は神官たちを集め、勇者の称号をはく奪する儀式を敢行する事にした。
勇者の超人的な力はパーティーの他の2人と違って、才能と努力によるものではない。
神殿に集められた信仰の力を、神託によって選ばれた適合者に付与する事で授かる言わば借り物の力だ。
本来ならば一度与えた付与と言うものは簡単には取り消せない。
別の適合者を探さねばならないうえ、また長い年月をかけて信仰心の集めなおしになってしまうのだが……今回はやむを得ないと判断されたのだろう。
勇者の体から加護の力が抜けていくのを感じる。そして……
「くそうくそうくそう! アイツら、庶民の分際でよくも勇者の僕に向かって……うっ!?」
勇者の体から奇妙な光が発せられたあと、それがしぼんでいき……勇者が急に膝に手をついた。
「か、体が重い……まさか……」
勇者が聖剣を引き抜く。すると、エメラルドグリーンの光を放っていた刀身がまるで石のようにその輝きを失っていた。
「まさかあいつら、勇者の称号をはく奪したのか!? バカかあいつらは! 勇者不在になるってことがどういう事かわかって………… あんのクソ。どうしようもないクソバカどもがぁ!」
勇者が髪をかきむしり過ぎてブチブチと毛根が音を立てる。
「チクショウ! 一体僕がなにをしたって言うんだよ!」
…………え、ウソだろお前!?
ついさっきも売り物のリンゴを勝手に食っておっさんに怒られた挙句……逆ギレして頭を消しとばしたばかりじゃないか。。
だと言うのに、こいつに罪の意識みたいなものは全く見えなかった。バカ過ぎて理解出来ないんだ、自分以外の視点でものの価値を想像するって事の意味が。
『…………すごいな、お前』
「…………え?」
「え?」
俺は独り言のつもりで勇者に話しかけた。すると、明らかにヤツが反応したのだ。
「おい! 聞こえたぞ! アンネか!? そうなんだろ!? いや、リーゼ……ヘレンか!? サラ? いや、サラは違うな。わかったぞ、やっぱりアンネだろ! アハハ。おーい、出てこい。いるのはわかってるんだぞ~」
……こいつ、俺の声が聞こえるようになったのか?
勇者の加護が消えたせいか、それともこいつの精神が大分やられてきてるせいか……
原因はわからないが、ともかく声が聞こえるのは間違いないようだ。
とりあえずこのままじゃこいつが捕まってしまうから、大声で叫ぶのをやめさせないといけない。
『おい、今すぐそのバカみたいな声を止めろ。お前、今自分が指名手配中だと言う事をわかっているのか? さきほど勇者の加護が消えたのはわかっているはずだ。このままじゃ捕まるぞ。もう今までのような力任せの逃走は出来ない」
「ぅ、あ……お、お前は誰だ?」
本当は全然違うが、今はこう答えなければならない。俺にはまだ仕事が残っているからだ。
『お前の…………味方だよ』