禁断の科学者 後編
それから更に2週間後、俺達は博士と共に遺跡に戻って来ていた。
それにしてもタロスの怪力は凄まじかったな……ヤツが1人で重たいソリをひいてくれたおかげで、博士はかなりの設備を運び込む事が出来た。
遺跡の近くまでたどり着くと、シンシアは何を嗅ぎつけたのか凄まじい勢いで駆けつけてそのまま飛び込んできた。
出かける前は若干ぐずっていたが、すっかり機嫌を取り戻していたらしい。壱号は心なしかげっそりしていた。
それから博士は本格的に例の肉団子について調べ始め、ついにその使い方の片鱗を突き止めることに成功した。
やり方自体は単純だった。特定の状況下にある生き物や肉片を中にいれた状態で、俺が肉団子に手を触れて力を込める。ただそれだけ。
それだけで何やら力の抜けて流れていくような感覚がわき起こり、中の物体に変化が起きる。
研究は続いた。壱号の偵察隊が材料を集め、博士が試行錯誤を繰り返し、ヴォイドが助手と設備の準備を務める。
博士は順調に成果をあげていった。そう、研究としては順調ではあったんだよ。ただな……
「ぎゃぁぁぁぁぁ! ぎゃぁ、ぎゃぁぁ。ご、ご主人! ご主人さまぁ!!」
壱号から偵察の報告を受けていると、シンシアが走ってきて抱きついてきた。
そのままグルリと後ろにまわり、まるで俺を盾にするように何かを威嚇している。
視線の先を辿ると……
「おーい。ちょっと見てくれないか。今度もなかなか面白いものが出来たよ」
「あ、あの人変態です!」
シンシアはなおも俺の後ろに隠れながら博士を指さす。
「またか……いい加減うちの娘を脅かすのもたいがいにして欲しいものだがな……」
「うーん。そんなつもりはないんだけどなぁ。それよりほら、見てくれよ」
そう言って博士は人間の腕と腕だけが肘同士で繋がれた奇妙な物体を差し出してきた。
「なんだこれ!? 気持ちわるっ!」
なかなかに前衛的なフォルムだが、今更こんなものがなんだと言うのだ。
博士は皮膚移植どころか臓器移植、神経接合までやってしまう天才だ。
そんな風に思いながらその謎の物体Xを受け取ったのだが……
ビックビクビク! バタッ! バタタバタバタ!!
「うおぁぁ!?」
「ぎゃーー!!」
いきなり物体Xが気持ち悪い動きを始めたので、思わず驚いて落としそうになってしまった。
シンシアなんて悲鳴をあげてそのまま走り去ってしまう。
「あっはっは。面白いだろう? 中にカエルの脳髄を入れてみたんだ」
「なんでそんな事やろうと思ったんだ!?」
気持ち悪いんでよく見てなかったけど、さっき作ってたのこれか……気持ちわるっ!
博士の発想は万事が万事、この調子だ。
『なんでそんなことやろうと思ったの!?』と、誰もが思う。
常に思考が斜め上にとんでいて、意味のあることと意味のないことが入り混じっていて実に気持ち悪い。
「すると実に面白いことがわかってね……ほら、もっとよく触ってみてくれ。微かにだが、心臓のような鼓動がするだろう?」
「あ、ほんとだ……きもちわるっ」
「勿論、腕の中に心臓なんてある訳がない。……あの中で新しく生成されたんだよ。ただたんに腕と腕だけをくっつけただけなら、このような変化はなかった。この違いがわかるかな?」
「まぁ、違いって言うかより気持ちわるくなったってのはわかるけど……」
「研究初期の段階で、カエルから胃を取り出した状態であの中に放り込んだ時のことを覚えているかい? 内臓がそっくりそのまま再生されていたのを我々は単純な治癒効果によるものだと推測した。
だが、違ったんだよ。あの肉団子は明らかに蓄積されたなんらかのデータベースと照らし合わせて、最適解を照合する機能を持っている。中に入れられた物体に不足している組織が何なのかを、自力で想像して考えられるんだよ」
「な、なるほど……それは凄いな」
ごめん。何言ってるのかさっぱりわからん。
「さらに精製途中で無理矢理物体を引き抜く事で、面白い事がわかった。まず、僕たちはたった一つの受精卵から細胞分裂を繰り返して胚盤胞を形成し、更に分化して様々な組織を作り上げていく。こういう様々な組織に分化出来る細胞の能力を多能性と言うんだけど、その能力は実際に僕たちの筋肉や臓器を形作っているような終末分化体細胞では失われてしまう。
ところがあの肉団子の中では、様々な生物の胚性幹細胞に成りうる『キメラ幹細胞』とでも言うものが培養されていて。中に入れられた物質から細胞核のデータを読み取ったうえで、驚くべき方法で分化誘導を行っていたんだ。そもそも終末分化体細胞も多能性幹細胞も遺伝子の塩基配列自体は全く一緒なんだけど、どこでその性質が分かれるかと言うと……」
更に研究は続いた。
博士の説明は何言ってるかさっぱりわからなかったので全部聞き流した。
毛の生えたクモの足を体中から何本も生やしたカエルがわさわさと動く様を見て、シンシアは泡を吹いて気絶した。
タロスは食欲をなくし、ヴォイドまでもがドン引きしていた。
その後の研究の内容についてはホントにもう思い出したくない。ほんとに気持ち悪かった。
やがて、博士は体組織を巨大化させる技術を確立させる。
博士はあの肉団子のことを「魔王の胎盤」と呼んだ。
材料を捕まえては精製し、大掛かりな手術でつなぎ合わせ、俺が回復魔法で組織を修復、拒否反応を消していく作業が続いた。
自重に耐えれるように筋組織の密度を調整し、そして……
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「オーライ。オーライー。ゆっくりゆっくりー」
ついにその訳のわからん物体は完成した。
巨大人造人間イヴ……
中では今、神経接続されたヴォイドが試運転を行っている。
「どうだー!? ヴォイドー!」
「問題ありませんね……実に奇妙な感覚ですが」
全長18メートルはあろうかと言う巨人が、上半身を起こしている。
ズシィィン ズシィィン
「あ、立った。立ちましたよご主人様!」
「こりゃまた、とんでもねぇもん作ったな……」
試しにヴォイドがブオンブオンと手を振り回すと、生暖かい風が俺の顔を撫でた。
「まぁ……インパクトは凄いな。たしかに」
こんなものを見せつけられたらアリエスも度肝を抜かして降参するだろう。
「いやぁ、凄いねまったく。まだまだ研究のしがいがありそうだよ!」
当の本人はまだまだ満足しきってないらしい。一体、どこまで探求心の塊なんだろうか。
「まったく……博士は本物だなぁ」
俺は誰ともなしに呟いた。
本当に、本物の……変態だよ。
「ところで……指名手配書にある連続殺人犯の名前がヴォイドじゃなくて博士の名前になってるんだが?」
「え……あっ!? ホントだ!?」
「私が書きました。フフフ」
「お前かーー!!」




