禁断の科学者 中編
「あ、適当にその辺座ってて。おーい。ヴォイドー! お客さん、お客さん!」
俺達は案内されるまま中に入った。普通の椅子。普通のテーブル。
「中は意外と普通なんだな……」
「まぁこっちはただの居住区だからな。博士も身体的にはただの人間だし……」
壁にやたらとメモ書きのような紙が差し止められている他は、取り立てて特筆するようなものは何もない。
数分後。トレーにボトルとコップを載せた優男を連れて、博士が帰ってきた。
「やぁ、ポコ……なんですよね? 随分とあんまりな変わり様だ…… 流石に驚きましたよ」
「やぁ、ヴォイド。ようやくまともな反応が返ってきて安心したよ。そっちの方はまた随分と男前になったじゃないか」
「おかげさまで。その節は本当にお世話になりましたね」
優男がまるでバーテンダーのように手慣れた手つきで金属のグラスに黄金色の酒を注いでいく。お湯を注いでかきまぜると、ふわりとした麦の香ばしい匂いがした。
「どうぞ。温まりますよ」
「あぁ、すまん。俺は飲めないんだ。タロス、もらっとけ」
「あぁ、そんじゃぁ……へぇっ! こいつぁなかなかじゃねぇか」
初めて味わう感覚にタロスが舌を巻く。
確か……蒸留酒とか言うんだったか。博士の謎技術の1つだ。
「お気に召して頂けたようで何よりです」
その様子を見て優男が満足気に微笑む。
スラリとした長身の細身に、後ろで束ねた黒髪のオールバック。片眼鏡と執事服がバッチリ決まって如何にも女受けしそうな顔立ち。
この姿を見て一体誰が予想出来るだろうか。こいつが世に誕生した時、ただ「醜い」と言うだけの理由で凄惨な悲劇が起きてしまった事を……
ヴォイドは博士が作りだした人造人間だ。ちなみに博士と言うのはあだ名で、彼は当時ただの学生だった。
博士は墓場から盗んだ死体を繋ぎ合わせ、執念と奇跡の果てに完全な自由意志で動く人造人間の作成に成功する。
だが誕生した当時、彼はあまりにも醜く……その怪物のようなおぞましさにショックを受けた博士はヴォイドを置いて逃走してしまう。
だが、ヴォイドは怪物などではなかった。高い知性と優しい人の心を持つ、まっとうな人間だったのだ。
ヴォイドは博士の誤解を解こうと必死に博士を追いかけた。まるで捨てられた幼子が母親に縋りつこうとするかのように。
道中で彼は火の暖かさを知り、鳥の鳴く声の美しさを知り、拾った本から言葉を覚え、そして……人が人に愛情を向ける様子を遠くから目にすることとなる。
いつしか彼は自分もあんな風に受け入れて欲しいと願った。そして身を隠しながら人間というものを学び……善良な心から人助けをしたこともあった。
だが人々は彼を嫌悪し、暴力によって徹底的に打ちのめしたのだ。「醜い」と言うたったそれだけの理由で……
『呪われた創り主よ。おまえまでがむかついて顔をそむける、そんなおぞましい「被創造体」を、なにゆえに創り出したのだ』
ヴォイドは人生に絶望し、自分の運命を呪った。そして博士を憎んだ。
だがそんな中、偶然事件に巻き込まれた俺は騒動の末に博士を説得する事に成功する。そして回復魔法を駆使して、ヴォイドの整形手術に協力することとなった。
手術は成功した。もはやヴォイドの姿を見て一目で人造人間だと見抜く者も、そして嫌悪感を向ける者も誰もいない。
取り返しのつかない悲劇もあった。博士の弟と召使の命はもう二度と戻ってはこない。
それでも今、こうして手を取り合って共に研究に励む二人の姿がある。
……間に合ったと思いたいものだな……
勝手な自己満足かもしれない。だが、何かを救ったと信じたい。
今の二人を見ると、そう思いたくなるんだ……
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「それにしても」
博士の何気ない声に少しだけハッとする。つい昔の出来事に思いを馳せてしまっていたようだ。
「本当に凄いね。僕も最近人体合成の方で行き詰っちゃってて、錬金術の方にも手を出していたんだ。でも、まさかこれほどのものにお目にかかれるとは…… 詳しく話を聞かせてもらえるんだよね?」
「あぁ、勿論だ。そのつもりで来ている…… が、こちらの事情も一緒に聞いて欲しい。博士には興味がないかもしれないが……」
それから俺は、一度死んでから同族達の儀式によって呼び戻されたこと。その際に直接頭の中に死霊術の知識が流れ込んできたこと。さらには俺自身使い方のわかっていない力がある事などを話した。
軍団の戦況や今後の作戦目標なんかについては話していない。隠したのではなく、絶対に博士の耳を通り抜ける確信があったからだ。
「なるほど、そんなことが…… いやぁ、それにしてもホント凄いなぁ。僕も頑張ってはいるんだけど、未だこの世界の魔術は人の技術の追従を許さないと見える」
いや、俺から見ると博士の技術も十分訳がわからんのだがな……
「そしてこれが賢者の石って訳だね」
「あぁ、俺もよくはわからんのだが……この中に人間の魂が凝縮されているのは間違いないと思う」
「なるほどなるほど…… 触っていいかい?」
「さわ……えっ!? お、おススメはせんぞ!? 人体に無害かどうかも……」
「大丈夫大丈夫…… うん、感触は柔らかいね。面白いなぁ」
……相変わらずネジが飛んでるようだな。普通こんなガイコツの体内で赤く光る石を素手で触ろうとせんだろ。
博士はひとしきり感触を堪能したあとで、プハーと息を吐いて背もたれに体を預けた。
「…………満足したか?」
「あぁ」
「なにかわかったか?」
「いや、全然?」
「……そうか……」
正直、残念だが……そりゃそうだよな。当たり前か。
「ただ…………」
「うん?」
「推測だけど、やはりその肉団子(?)って言うものがキーになっている気がする。是非実物を見てみたいものだね。それと……賢者の石を使って実際にスケルトンを作成しているところも見てみたい」
言うが早いか、博士は物凄い速さでメモに何か書き記していった。どうでもいいけど字がメチャクチャ汚い。
「ヴォイド。悪いけどリストに挙げた品々を荷物にまとめておいてくれないか。明日には出発したい」
「博士? まさか……」
ヴォイドが片方の眉を上げて博士を訝し気に見つめる。
「いいだろ? だってこんな機会滅多に見られるものじゃないよ。 ……実に……興味深い…………」
博士が口角を上げて眼鏡のズレを直す。その奥には、いつか見た狂気にも似た光が宿っていた……
この作品ではフランケンのストーリーの大元になっている「人造人間が醜い」と言う問題が解決されているため、途中から全然違う展開となっています。
原作の彼は誰にも愛されず、迫害の末に憎悪を我慢しながらこう言いました。「もうお前達には何も望まない。ただ、せめて俺と同じような醜い怪物を作ってくれ。それを伴侶とし、人の目につかない場所でひっそりと生きよう」
しかし博士は怪物への恐怖からそのたった1つの約束すらも直前になって破ってしまいます。
そして怪物は誰もいない北極の果てへ、1人でひっそりと死ぬために旅立ってしまうのです。
ヴォイドと言う人名はこの作品のみのオリジナル。原作の彼は最期まで名前を貰えませんでしたが、この世界線でようやく博士から名前をもらう事が出来ました。




