破滅の階段
それから数日、俺は「殺してやる」と言う言葉が意外とどこでも使える事に驚いていた。
と、言うより勇者の対応がまず過ぎただけなのだが……
それは、朝にメイドがシーツを替えに来た時。朝食を食べている時。廊下で兵士とすれ違った時。
「殺してやる」
と、ひと声かぶせてあげるだけ。
もし、これを言ってるのが街の酔っ払い親父なら誰も気に留めなかっただろう。
だが、相手は勇者なのだ。殺してやるとヤツが言うたび、「何か粗相を致しましたでしょうか!?」と、城内の連中が青褪める。
「違うんだ聞いてくれ! 殺してやる。殺してやる。殺してやる!」
勇者は猿のように延々と同じ対応を繰り返しながら、次第に心を病んでいった。
仮にも勇者なんだから、筆談なりなんなり思いつかなかったのだろうかとは思ったが……
そしてある日の事……
勇者が階段を一歩一歩下りる。まわりをキョロキョロと見て、随分挙動不審になっていた。
よそ見をしてたせいか、考え事をしていたせいか……ヤツはらしくもなく、階段を踏み外した。
ズデデデデデデッ!
尻を何度もバウンドさせながら勇者が階段を転げ落ちる。
この程度でダメージを負うようなヤツではないが、衛兵としては見て見ぬフリは出来ぬ事態だ。
「ゆ、勇者さま! お怪我はありませんか!?」
差し伸ばされた手を掴み……
「あ、あぁ。なんでもないよ。コロシテヤル(ありがとう)」
「……ひっ!? し、失礼しました!」
衛兵がひきつった顔をして、物凄い勢いで差し出した手を引っ込める。
勇者は口をパクパクとさせてから、ガックリと項垂れて悲しそうに俯いて歩き去った。
その後ろ姿を見送りながら、衛兵達がヒソヒソと内緒話をする。
「お、俺なにかしたか!?」
「なんか難しい人らしいぞ。メシがまずかっただけで殺してやるとか言うらしい」
「階段でこけたのを見られて恥ずかしかったのかな」
「英雄なりの見栄ってもんがあるのかもしれないけど……なんか、小さい人だよな」
噂は噂を呼び、勇者の評判は段々と地に落ちていった。
元々、勇者のキザったらしい態度に反感を持っていた者も多かったらしい。
だがそれだけではなかった。
これまでは堂々と人前で勇者の批判をする事など許されない雰囲気があった。
しかしそれが崩れ出した事で、今までヤツの裏の顔の被害にあった者たちが証言しはじめたのだ。
人としての尊厳を踏みにじられた者。強姦まがいの事をされた者。
勿論、俺はその全ての疑念に対して正々堂々と答えてやった。当たり前だろう。なぜ俺がヤツのためにウソをつかなければならない。
そしてとうとう王も庇いきれなくなり……勇者の裁判が開かれた。