戦い終わりて夢語り 前編
(エルバアル視点)
こうして一つの戦いが終わった。
徐々に狭まる包囲の中、兵士たちは阿鼻叫喚の悲鳴をあげたらしい。
転属のあったものもいるだろうが、担当地域的に俺の同胞達を虐殺したのはあいつらでほぼ間違いないだろう。
中には嫌々命令に従っていた者達もいたはずだ。彼らに罪はない。
だが、かと言って許しはしない。俺達もまた、決して許されはしないのだから……
俺は一度大祭壇に戻って報告と祈りを捧げたあと。遺跡の外に出て再びタロスと合流していた。
「それにしてもよぉ。すっげぇ数のグールだよな。大隊をまるごと飲み込んじまったのか……」
俺達は整列するグールの群れの中を歩いていた。
グールは吸血鬼に噛まれて体液を注入され、脳神経を浸食されてしまった物言わぬ人形だ。
その後脳内に留まった吸血鬼の組織は受信機となり、大雑把にではあるが支配主の吸血鬼の命令を聞くようになる。
手足がもげたり槍で突き刺しても平気で向かってくるが、決して不死身ではない。
ただ単に脳で消費する酸素の量が極端に少ないのと、吸血鬼の組織が損傷部分を超速で塞いでしまうだけだ。
修復や再構築はしない。使い捨ての体。グールはどんなに大切に扱っても、時間と共に体が崩れていって最後には活動を停止してしまう。
最大の違いはスケルトンが術師の魔力で動くのに対し、彼らは肉を食うことで自ら活動エネルギーを確保すると言う点だ。
長期戦には向かないものの、爆発的に制限なく増えることが出来ると言うのは次の作戦において大きな意味を持つ。
なにせ我々が目指す壁の向こうには、二足歩行の肉が掃いて捨てるほどいるのだから……
「それにしても…………妙だと思わないか?」
「なにが?」
どんなに大軍を連れてきても、一度に遺跡の中に突入出来る人数は限られている。つまり貧乏くじをひくやつが出る訳だ。
そこでタロスを見せつけてやれば必ず脱走兵が出るはずと踏んでいた。と、来れば逃げ出すのは夜と相場が決まっている。
伏兵を使ってそこを捕らえ、偽兵を使って包囲しながらグールを突入させて同士討ちを誘う……そして現にそうなった訳だが……
「順調過ぎるんだよ。何の抵抗もなく、全てこちらの都合の良いようにことが運ぶなんて。じゃあ敵軍の将は何をやっていたんだ?」
今回、俺達が相手にしていたのはノープル村の時のような村人達ではない。統率された正規兵だ。
だと言うのにこれは一体……
闘争がコミュニケーションだと言うのは、昔から使い古された実に有名な句だ。
相手が何を考え、どんな策をうったのかをリアルタイムで感じ取りながら互いにその上をいこうとする。
だが、今回俺は最後まで敵将の影も形も感じる事が出来なかった。
まるでぬかるんだ泥沼に一歩片足を突っ込んだような気持ち悪さを感じる。
「考えすぎじゃねぇか? 言っただろ? あの隊長、そんな作戦とか考えるようなタマじゃねぇんだって」
「ではなぜそのような者が指揮官を務めている? この状況で得をする者は誰だ?」
「そりゃぁ、まぁ……色々あるんじゃねぇの? 貴族のしがらみとか」
…………果たしてそれだけだろうか…………
「悪いが一度落ち着いたら3日ほど遺跡の方の指揮を任せていいか? 壱号と合流して徹底的に付近に何か隠されていないかを調べなおす。どうもこの件は自分で確認しないことには落ち着けそうにない」
しかめっ面で歩きながら話すと、タロスは「了解」と言って含み笑いを漏らした。
「……おかしいか?」
「いや、全然。ただ、『順調過ぎる』ってのがホントにアンタらしいなって思ってよぉ……クックック」
「自分でも臆病だとは思っている」
「別に悪いことじゃねぇだろ。最前線で丸太振り回すのが仕事じゃあるめぇし」
そう言ってタロスは豪快に笑った。
俺はタロスには成れない。タロスも俺に成ろうとはしない。成って欲しいとも思わない。
それでも構わないとこの大男は言う。
こんなやつがもっとたくさんいたら生きるのが少し楽になるのに、と思う。
でもそんなタロスもまた、日の当たらない場所で影を背負って生きてきたと言う現実がある。
殺されて復活する前、この世界はとても息苦しかった。
そんな世界をほんの少しだけ変えてみたい。それが叶わないなら、せめて自分達の居場所を……
---------------------------
「あ、あれシンシア達じゃねぇの? おーい! おーい!」
タロスが声をあげて手を振ると、シンシアが小走りに走り寄ってきた。壱号達も一緒だ。
「御主人様ぁぁぁぁ! ごしゅっ! ご、ごしゅじ! ご主人様ぁぁぁぁ!!」
シンシアは駆け寄ってくると頬を少し赤く上気させたまま、拳を振り回してぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
「あ、あの! みなさん噛むと凄い声をおあげになるので恥ずかしかったんですが……が、頑張りました!」
ピシっと小さなおて手で敬礼をする姿が可愛らしい。
いつもちょっと控えめなシンシアにしては、少し興奮気味な様子だ。
だがそれも無理はない。褒められたくてたまらないのだろう。
普段の一歩引いた様子についつい忘れがちになるが、彼女はまだ子供なのだ。
それがこれほどの大戦果をあげてくれたのだから……支配下のグールと合わせれば、今日のエース(討伐数トップ)は間違いなく彼女だ。
本日の大殊勲者に労いの言葉をかけようとしたところで、壱号の左腕にヒビが入ってるのが見えた。
「壱号!? おま、腕ケガしてるじゃないか。大丈夫なのか!?」
慌てて駆け寄ろうとすると、壱号は左手を腰にあてて、右手の人差し指をたて、それをチッチッチと左右に横に振った。
これは否定の合図。さらにそこから右手の掌を上に向け、それをズイっとシンシアの方に向けて掌1個分突き出した。
「僕のことは気にしないで、お嬢さんを先に労ってあげてください」と言いたいのだろう。
違いのわかる上質なスケルトンであることを伺わせる流麗な仕草。
壱号はウォーリアに昇格したあとも胡坐をかくことなく修練を重ね、ついには馬術を習得して「スケルトン・ライダー壱号」へと進化していた。
今ではもうほとんど人間と見分けがつかないような繊細な動きが可能になっている。
今回、壱号はシンシアを後ろに乗せて本当によく偵察の任務をこなしてくれた。
サラとシャルロッテが敵陣にいない事を知らせてくれた彼の功績は大きい。
俺は壱号に感謝と労いの意を伝えると、あらためてシンシアに向き直った。
「あぁ、シンシア……本当によくやってくれた。さぁ、おいで」
片膝をついて両腕を広げ、彼女を迎え入れようとする。
「う、うぐぅ……(と、飛び込みたい……いや、でもそんな失礼だし……)」
「いいんだよ。俺が撫でてあげたいんだ。さぁ、おいで」
彼女は一瞬迷ったあと、目を瞑って両手を突き出し頭からとびこんできた。
抱きとめて頭を撫でてあげる。
「あ”あ”あ”あ”あ”! ご、ご主人様ぁ!!」
ポポー シュッポー
シンシアは顔を真っ赤にして……頭から熱い湯気みたいなものを噴き出した。
熱っつ! なんだこれ?
「おー、よしよし。愛いヤツ愛いヤツ」
なんとなくイタズラ心が芽生えてしまって、髪にキスしてしまった。ちょっと変態チックだろうか。
「ギャー!!? だ、ダメですご主人様。溶けます! 溶けてしまいます!」
「ハッハッハ。よいではないか。よいではないか」
「い、いけません! もう、もうほんとにドロドロになっちゃってて……!」
そのままお姫様抱っこで抱きかかえて、頬っぺたにもチューしてしまう。
……ちょっと調子に乗り過ぎてしまったんだろうか。
ボハァン!
突如シンシアは白い湯気を爆発させて、そのままどこか遠い世界へ旅立ってしまった。
---------------------------------
(シンシア視点)
気が付くと私は見知らぬお花畑にいました。
菜の花の黄色と、緑の茎が鮮やかなコントラストを彩り。なんだかとっても良い匂いがします。
「あ、可愛い……」
白いチョウチョさんがひらひらと舞い、姿は見えませんがどこからか鳥さんの声も聞こえてくるのです。
「おーい。おーい」
誰かに呼ばれた気がして、私は土手を駆け上がりました。
土手の向こうには河原があって、綺麗な川が流れています。
さらにその先。向こう岸の土手の上で、見知らぬおじいさんとおばあさんが手を振っていました。
「おーい。おーい。シンシアやーい」
私は口元に手で輪っかを作って叫びました。
「あなたたちはー 誰ですかー?」
「わしらは、お前のおじいちゃんとおばあちゃんだよー」
「でも私。あなたたちのこと知らないんですけどー」
「そりゃぁまぁ。お前が生まれる前に死んじゃったからねー」
おばあさんも叫びました。
「ごめんねー。シンシアが生まれる前に死んじゃってー」
私も叫びました。
「いーよー。辛いこともあったけどもう平気だからー!」
私が両手を頭の上でブンブンと振ると、おじいさんとおばあさんも笑顔で手を振り返してくれました。
『おーい。おーい』
と、そこへ川と反対側の方から声がしました。
例え朝夕のご飯を忘れようとも、この声だけは絶対に忘れるはずはありません。
……ご主人様の声です!
「ごめんねー! もう少しお話したかったけどー! 私もう帰らないとー!」
「いいんだよー! ゆっくりしておいでー!」
「ありがとー! またあとでねー!」
私は踵を返して、跳ねるように駆け出しました。
『おーい。おーい。しっかりするんだー』
お花畑を過ぎ、草原を走り抜けて。大好きなご主人様の声のする方へ駆けていきます。
ですが……その中になにやら不愉快な声が混ざってきまして……
『あぅあぅ…… ウェヒ ウェヒヒヒヒヒヒヒ……』
私は前傾姿勢になって、全力ダッシュで走りだしました。
なんなのでしょうか。理由はわかりませんが、その声を聞くと恥ずかしくてたまらなくなってくるのです。
と、とにかく急いで帰らないとまずい気がします!
そして私は走り抜けました。
待っててくださいね、ご主人様。
シンシアが。今、帰りますので!




