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討伐隊迎撃戦 4

 アゴラ イム アムド セアーレ イゴラ ゼム ベルク


 (初めに矢が降り、そして鐘が鳴った)







カーン カーン カーン カーン



 丑三つ時。突然の奇襲によって討伐隊の本隊は大混乱に陥っていた。

 今回は遺跡に立てこもった賊の掃討戦のはずである。互いに陣を引いて睨み合うような戦と違い、夜襲に対する備えなどまるでない。


 奇襲を受けるその少し前の事だ。見張りの兵達は疲れ切っていた。

 トーラスの頭に負担を均等に分けると言う発想はない。立場の弱そうな者を見つけてはスケープゴートにし、自分への不満を逸らすいつものやり方。


 今回標的にされた部隊は夕刻に無理な突入を繰り返させられ、そのまま休憩もなく見張りの任につかされてしまった。

 そして彼らは逃げ出した。一番陣地の外側にいる彼らをさらに外から見張るものはいないと思っていた。


 だが……いたのである。闇夜に潜む、物言わぬ軍勢達。そして彼らは喰われた。悲鳴とともに矢の雨が降る。



カーン カーン カーン カーン



 実際に突入してきたのはグールである。

 背中を丸めて頭を突き出し、両手をダラリとぶら下げて進む死人の群れ。


 ゆらりゆらりとこちらへ向かう、白銀の鎧を身に着けた少女を。兵士たちははじめ、夜襲で負傷して戻ってきた負傷兵と勘違いした。

 トン、と兵士の胸元に彼女の額がもたれかかった。

 心配して声をかける兵士へ、少女はまるで抱きつくようにすがりつき……そして形の良い白い歯が首筋に食い込んだ。



カーン カーン カーン カーン



 グールに噛まれた者達が次々と新たなグールとなって兵士達を襲う。

 矢が降り注ぎ、鐘のような金属音がぐるりと周囲を囲む。

 混乱は頂点を極め、もはや彼らは自分達がなにと戦っているのかすらもわからなくなっていた。


 

 実際には、これはただスケルトン達が闇に紛れて鍋をオタマで叩いているだけである。

 冷静に考えると、実際に周囲に大量の伏兵を用意しているのであればわざわざその存在を知らしめる必要はない。どう見てもブラフだ。

 だが夜襲を受けて混乱している場面で、暗闇の中を金属音の鳴る方へ向かうのにはかなり勇気がいる。これは理屈ではない。誰もがそうなるのだ。


 この状況で冷静に情報を整理し、人々の先頭に立って突破口を開く事が出来るのは騎士しかいない。

 だが、その肝心の騎士はほとんどが既に死亡するか負傷していた。無傷な者はナターシャが帰還したあと、同じように見切りをつけて帰ってしまっていた。


 そして……最後に残った騎士(と、言っても彼の場合は金で買った称号だが)であるトーラスが、最悪の決断を下してしまったのである。



「守れぇぇぇぇぇ!! 俺を! 俺を守るんだぁぁぁぁぁ!!!」



 兵士とグールの区別がついていない状況で同士討ちが始まっているのに、密集防御は自殺行為だ。しかも弓矢に対する防御も遮蔽物もなにもない。

 彼らは周囲の囲いに対してただただ押し込められるように崖の方……つまり、遺跡の入り口の側へ押し込められていってしまう。


 そして、遺跡の中からあの男がでてきた……


 

 タロスである



-------------------------------------



「ありゃぁ? なんだこれ、もうほとんど終わってんじゃねぇか」


 遺跡から出てきて、タロスは呆気にとられた。


「うおぁぁぁぁぁ!?」


「で、でたぁぁぁぁぁ!!」


 まさに前門の虎、後門の狼。

 絶叫をあげる兵士達の中、タロスに声をかけるものがいた。



「タ、タロス!? お前タロスか!?」


「あぁん? …………隊長……か?」


 訝し気に眉をひそめるタロスに対し、トーラスは両手を振り上げ、ピョンピョンと飛び跳ねながらまくしたてた。


「お、お前なんでそんなとこに……まぁいい! とにかく助けてくれ!」


「いや、俺山賊側なんだが……」


 先端の刃を赤黒い血で染めた、バカみたいな丸太を脇に抱えた大男。

 いで立ちも出てきた場所も、どう見ても敵にしか見えない。だがもはやタロスに槍を突きつけようとする兵士はいなかった。心が折れていたのである。



「ばっ!? おま、このバカ野郎! いや、なんでもいい。とにかく助けてくれ!」


「……どうして俺がお前みてぇなクズ野郎を助けなきゃならねぇ。アンタも死ぬ前に一度くらいは自分の行いってやつを振り返ってみなよ」


「はぁぁぁぁぁぁぁ!? タロス、きっさまぁ! 俺が一体どれだけ目をかけてやったと思って……」


 トーラスは目を血走らせて激昂したが、この状況で威圧の効果などあるはずもない。

 だが、兵士達には伝わった。


 トーラスの普段のふるまいから過去に何があったのかを察した彼らは、頷き合ってトーラスを殴り始めたのだ。



ドカッ! バキッ! グシャッ!


「お、おまえら一体なにを……! や、やめ! やめてくれぇぇ!!」



 身包みを剥がされ、顔面をボコボコにしてトーラスは突き出された。


「こいつですよね!? こいつが悪いんですよね!?」


「どうぞ! やっちゃってください!」


 膝をつかせ、両腕を押さえて頭を突き出させる。兵士たちは実に嬉しそうに目をらんらんと輝かせていた。



 トーラスは懇願する。


「や、やめてくれぇ…… お、俺はいずれお前を軍の幹部候補としてどこに出しても恥ずかしくないように……」


「自分の帳簿ミスを俺の責任にして減給したり、休みの日に俺だけ待機命令だしたりしてたのがか?」


「な、なんだお前。よくそんなこと覚えてるな…… それは、お前に責任感をもって仕事に取り組んでもらうための愛の鞭で……」


 見苦しい言い訳にタロスは1つため息をはいた。


「あ、そいつの鞭貸してもらえる?」


「ははっ!」


 タロスが手を差しだすと、兵士が頭を下げてうやうやしく鞭を差し出した。



「愛情をもって叱る人はいる。だが、相手に害を与える鞭の先に愛情が宿ったためしなんざ見た事ねぇよ」


 パシパシと手で鞭の感触を確かめながらタロスは歩み寄った。トーラスは涙目で懇願する。


「や、やめろ……しんじゃう。そんなので叩いたら死んじゃう……」



バチィィィィィィィン!!




 鞭と言うのは本来痛みを与えるための懲罰用の道具ではない。

 痛みを与えたうえで相手を殺すための刑死道具である。


 トーラスは死んだ。衝撃で皮どころか真皮までめくれあがり、内臓を破裂させて死んだ。

 死ぬまでの短い間、めくれあがった肉片から恐ろしい量の痛みの信号が脳に届こうとして大渋滞を引き起こす。

 トーラスは死んだ。口から血のあぶくを噴き出し、苦悶の表情を浮かべて死んだ……

 



「くだらねぇな、こんなもん。痛ぇばかりでクソの役にも立ちゃしねぇ」

 


 タロスの呟きは誰の耳にも入らない。

 死体へ蹴りを入れる兵士達が、ただただ嬉々として踊り狂うばかりであった……

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