討伐隊迎撃戦 3
(3人称視点)
一方、遺跡の前では。集結した討伐隊の兵達が騒然となっていた。
「だ、ダメです! 中に化け物のような男がいて……我々では歯が立ちません!」
なにせ遺跡の中から飛び出してきた時の兵士達の様子が尋常ではなかった。
そこそこ名の知れた騎士ですら顔面を蒼白にしてガタガタを震える様を見て、外で待機していた兵士達にも動揺が広がる。
「戻ってきた者達の数が少なすぎる……先遣隊はほとんど全滅したらしいぞ……」
「一体どんな男が中にいるんだ……」
兵たちが口々に不安を募らせる。
そんな中、遺跡に潜む敵にまるで恐怖を感じていない男がいた。
討伐隊の総指揮官であるトーラスだ。
「はぁぁぁぁ? はぁぁ? はぁぁぁぁぁぁぁぁ? こんっだけ人数集めてなぁにしてくれてんですかねぇ、君たちはぁ」
トーラスは懲罰用の鞭を片手に、ペシペシと叩きながら先遣隊の中隊長に詰め寄った。
「お、恐れながら申し上げます! 敵の戦力は正体不明であり、正面突破は無謀かと。なにか対策を……!」
バシィッ!
トーラスが鞭で鉄兜を横殴りに叩き、中隊長は衝撃にうめき声をあげた。
「無謀……無謀って言ったかオイ?」
顔を掴んで無理矢理正面を向かせてトーラスが詰め寄る。
「なぁ、聞いていいか? お前と、俺。どっちの階級が上だ?」
「し、司令官殿です……」
「俺とお前、どっちが賢いと思う?」
「……司令官殿です」
「そうだよなぁ? そぉぉぉだよなぁぁぁ?」
トーラスは中隊長の顔から手を離し、兵達を一瞥するようにぐるりと歩き回りながら言った。
「お前達よりも経験が豊富で。階級も上な俺が『出来る』と言っている。なのにお前達がそれを『出来ない』と否定するのか? どういう理屈で? 何の権限で?」
口上の途中でいきなりトーラスは鞭を振り上げた。兵たちが咄嗟に顔を伏せる。
「出来ません出来ませんって言うだけならなぁ!! バカでも出来んだよぉっ!!!!!」
バシン バシン バシン!
「ぐっ!」「がっ!」「ぎゃぁぁ!」
「それを頑張ってなんとかするのがお前らの仕事だろうがぁっ! わかってんのかぁ!!」
恫喝し、暴力を振るい、ひとしきり大声を出してスッキリすると、トーラスは襟元を正していった。
「……夕刻までだ。死ぬ気で完遂しろ」
こうして兵士たちは再び遺跡の中へと送り込まれることとなる。だが、目立った成果は上げられなかったのだ……
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指定された時間になっても兵士たちは迷宮を攻略出来ないでいた。
そんな中、白銀の鎧を身に着けた1人の女騎士が彼に声をかける。
「トーラス卿。進展がまるで見られないうえに、兵達の被害が甚大過ぎる……私達はここで引き揚げさせてもらうぞ。アリエス殿にこの事を報告せねばならん」
「はぁぁ?! お前、なにを勝手に……」
「御免」
不快感をあらわにして詰め寄ろうとするトーラス。
だが、そんな彼の圧力を女騎士はまるで斬り捨てるかのようにバッサリと受け流して踵を返した。
相手の呼吸、思考、仕草などを感じ取りながら、その隙間の瞬間にパッと一言差し込んだだけ。
だがたったそれだけの事でトーラスはこの幼さの残る少女のような顔立ちの女騎士に何も言えなくなってしまった。
この世界における騎士と兵士の立ち位置は少しややこしい。
兵士たちが国や都市から給料をもらって生活する雇われ人であるのに対し、騎士たちは自らの領民達から税収を取り立てて生計を立てると言う雇用者側の人間となる。
故に軍の兵士達に比べて独立性が強く、同じ騎士団の旗手(団長)と団員であっても、あくまでその立場は同盟関係に過ぎない。
兵士達にとって階級による上下関係は絶対的なものだが、騎士たちは家々ごとの力関係によってその時々の味方につく側を決めるのである。
更に今回のように、(家柄に)力のある騎士に現地での軍の指揮権が委任されると現場はさらにややこしくなる、が、ここではその件に関しては詳しくは触れない。
ともかくとして。今回女騎士はトーラスの公爵家内部における発言力のなさと、自身がアリエス派の庇護下にある事を鑑みたうえで独自に帰還の判断を下したのである。
……数刻後。女騎士は自らの従者、及び領地から馳せ参じた10名ほどの兵士達とともに、野営の準備をはじめようとしていた。
「今夜はここで野宿ですな。今日中に村までたどり着くのは無理でしょう」
白髪頭の従者が提案する。
穏やかな表情に走った深いシワからはそれなりに高齢である事が伺えると同時に、鍛え抜かれたたくましい体つきが今なお衰えを知らぬ事を物語っている。
「そうだな……ハミルトン、すまないが鎧を脱ぐのを手伝ってもらえるか」
この世界の騎士の鎧は重い。重いうえに動きが制限される。
なにせ着たままではトイレに行くことすらままならず、戦場では鎧と体の間に溜まった糞をとりだして掃除する専用の業者がいたほどだ。
とてもではないが着たまま休めるような代物ではなかった。
やがて女騎士とその家来たちは交代で見張りをたてると、焚火を囲んで思い思いにくつろいでいた。
「それにしても……話には聞いていましたがあまりにも酷い」
「左様。何の見通しもなく、ただいたずらに兵を消耗させるばかり。そればかりか水攻めの策を提案した者を目の敵にして、見せしめのように無謀な突撃を命じる始末」
「おのれ、アリエス殿さえいればあのような男に好き勝手はさせぬものを……」
気が緩むと口々に出てくるのは総大将であるトーラスへの不満ばかり。
そんな部下たちの様子を……まるで夕飯のおかずをとりあう息子たちを見つめる母親のような、ちょっと困った眼差しで女騎士は見守っていた。
傍らにコップを置いて、曲げた内股で佇む姿は母のようでもあり。耳の上で結んだ少し大き目のツーサイドアップの毛先をいじるさまは娘のようでもある。
一体誰が想像できるだろう。羽飾りで彩られたいかめしい鉄兜の下に、こんなあどけない少女の姿が隠されていようとは。
「なぁ、ハミルトン」
「なんでしょう、お嬢様」
女騎士の問いかけに従者が答える。当主となった今では不適切な呼び名ではあったが、従者にはどうしてもこのクセだけが抜けきらないでいた。
「……ガドルフが何もさせてもらえずに殺されたらしい。あの、馬上試合ではいつも負け知らず。闘牛の角を掴んで引きずり倒した事もあるガドルフがだぞ?
私は恐ろしいよ……あの遺跡に今、一体なにが潜んでいるのか……」
当主の深刻な面持ちに、白髪頭の従者は苦々しく言った。
「やはり……無理を言ってでもアリエス殿に来てもらうしかありますまい。それもこれも、もとはと言えばシャルロッテ様が……」
「よせ」
女騎士に遮られ、従者は思わず息を止めた。
「……やめろ……誰が聞き耳を立てているかわからん……」
そして女騎士が悲し気に首を横に振る。
トーラスはともかくとして。シャルロッテとバーンシュタイン公爵家を公然と非難などすれば、それこそ命がない。
従者は恥ずかしさを覚えて気まずげに頭をかいた。
歯がゆいのはこの娘も一緒なのだ……それを、こんな年端もいかぬ少女が我慢していると言うのに、自分は……
「……申し訳ありません。いけませんなぁ、どうにも歳をとると愚痴っぽくなってしまいまして……」
「フフッ…… なにをバカな事を言っている。まだまだ現役だろう」
そう言って微笑む顔は小さな頃から変わらない。3つ4つの頃、抱っこをせがむ時ですら妙に背伸びしながら主従関係を示そうとしてくる不思議な娘だった。
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焚火の火がパチパチと燃える。
夜空の星々が明るさを増し、一度目の交代を終えた見張りの兵が戻ってきた頃。
女騎士が周囲に目線を配りながら小声で囁いた。
「なぁ、ハミルトン……さっき自分であんな事を言っておいてなんなんだが……」
「……? はい?」
「この国は、どうなってしまうのだろうな……マルス殿がお隠れになり、サラ殿は軟禁状態。 ……我々がポコ殿を見捨てたのは早計だったのではないか? 魔王軍と通じていたなどと言うのはでっち上げなのだろう?」
従者は眉をひそめ、声を殺して囁く。
「ポコ殿ですか……あれで一本筋の通った男でした。個人的には嫌いではありません。ですが……時々何かを忘れてしまったかのように、突然ふと倫理的に危うくなる男でした。裏社会との繋がりも深かったと聞きます。彼の事は残念でしたが、いずれ道を違えるのは必然であったかと……? お嬢様?」
白髪頭の従者は目を見開いて息を呑んだ。女騎士が口に人差し指をたてて、左手を上から下に何度も振っていたからだ。
女騎士に目線で合図された兵達が音をたてないようにしながら素早く火を消し、武器を手にしてグルリと中腰のまま円陣防御の体勢をとる。
馬と鎧の位置を確認して女騎士は歯ぎしりをした。だが、父から受け継いだ剣だけは文字通り肌身離さず持っている。
ガサ…… ガサ……
暗闇の中を、なにかが這いずる音。
「そこだ!」
女騎士がベルトから短剣を引き抜いて投擲する。回転しながら飛来した短剣の柄が、ほふく前進中のスケルトンの頭蓋骨を砕いて息の根をとめた。
だが、次の瞬間…………四方八方から矢の雨が降り注ぐ。更には暗闇を赤く染める火球が飛来し、繋ぎとめてあった馬に直撃した。
「スレイグ!!」
魔術の直撃を受けた馬が横倒しになる。兄弟同然に育った愛馬への無体に女騎士は一瞬頭が沸騰しそうになったが、当主としての矜持でそれを無理矢理抑え込んだ。
「ダメだ、囲まれている。突破するぞ。私に続け!」
家を象徴する、柄に家紋を刻んだ剣を振り上げて女騎士は走り出した。
それを囲むように前方から3体のスケルトンが槍を突き出してくる。
カン カン カァン!
交錯は一瞬だった。まるで木の枝を振っているかのような音を立てて空を斬り、女騎士の剣があっと言う間にスケルトンの槍を斬り落としてしまう。
ズガカァッ!
刺突ほどではないにしろ、スケルトンには斬撃の効き目が薄い。やつらは腕一本斬り落とした程度では平然と向かってくる。
だが女騎士の目にも止まらぬ連撃を受けて、骨の体は行動不能なまでにバラバラに砕けてしまった。
女騎士はわき目も振らずに駆け抜けようとした。
だが、異様な雰囲気を宿した騎兵の影にその行く手を阻まれてしまう。
それは確かにスケルトンではあった。だが、右手に槍を、左手に盾を持ち。兜まで被り、まるで兵士のように全身を防具で固めている。
(騎馬武者……! しかも動きが他のやつと違う。こいつがここの大将首か……)
女騎士は剣を横一文に振り払って名乗った。
「我が名はヒュプテンブルク家当主。ナターシャ・ヒュプテンブルク! 名乗れ化け物! 私と一騎打ちをしろ!」
だが女騎士の口上に、馬上のガイコツはただカタカタと歯を鳴らすだけであった。
「語る口を持たんか…… ならば問答無用…… 参る!」
剣を構えて突進する女騎士。槍を体に密着させ、馬を走らせる骸骨。
だがそこへ、横合いから魔術の火球が女騎士を襲った。
「騎士を……舐めるなぁぁ!!」
気合い一閃。剣に魔力を込めて斜めに振り下ろすと、真っ二つに分かれた火球が爆発して飛散した。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
更に女騎士は体を半身にひねり、正確に心臓を狙ってきた騎馬武者の突きをかわす。
槍と馬のほんの僅かな隙間を潜り抜け、すれ違いざまに短剣で馬の後ろ脚を斬りつけた。
「……!!」
落馬直前。骸骨は機敏な動きで馬から飛び降りた。しかしその隙を見逃すほど女騎士は甘くない。
ガン! ガン!
まず最初の一合で槍が斬り落とされ、続く一撃に骸骨がたたらをふむ。
骸骨は尻餅をつきながらも盾で防御するが、それを支える腕にヒビが入る。
「終わりだぁっ!!」
女騎士が両手で剣を振り上げる。だが、その切っ先がおろされる事は無かった。
彼女は既に囲まれ、四方から槍を突きつけられていたのだ。
落胆を隠せない……生気を失った瞳で自分達がもといた方を振り返る。
従者たちも圧倒的な数の敵を前に、武器を捨てて降参していた。
彼女達は夢にも思わなかっただろう。
まさか遺跡の方はタロスとエルバアル以外はほとんどカラッポで、こちらが敵の本隊だったなどと……
剣に生きる者として、覚悟はしていた。
どんなに最善を尽くしても、いつかこういう日がくる可能性は消せないだろうと。
痛みには耐えられると思っていた。
だが、彼女を襲ったのはそうではなかった。
「おごぉぉぉぉ!! おっ! ほっ! ひぃぃぃぃぃぃぃ!!」
両肩を地面に押さえつけられ、首筋に吸血鬼の牙をたてられ。
彼女は制御の効かなくなった両足をまるで、死にかけのセミのようにジタバタとさせた。
腰の上あたりにある背中の筋肉が異常な収縮を繰り返し、女騎士は穴という穴から汁をまき散らして暴れる。
「やめてぇ。いやぁぁぁ。やめてぇぇぇ!」
吸血鬼の牙から染み込む体液が女騎士の存在を狂わしていく。
拷問されようと、輪姦されようと、どんな仕打ちにも耐えらえるはずだった。
そんな彼女が、何年ぶりかの女言葉を使って慈悲を懇願する。
女騎士の悲鳴を遠目に聞いて、従者の男は縛られた手首がひきちぎれんばかりに怒り狂った。
だが、彼の無念を聞き届ける者は今はここにはいない。
グール達の
夜が始まっている……




