幕間~勇者パーティーは動かない~
(3人称視点)
そして時は流れだす。
大妖怪カーミラの助力を取り付けたエルバアル達は、帰還してタロスと合流。
村の物資をあらかた運び出し終えたのちに村を完全放棄して遺跡に立てこもった。
荒野で採取された粘土からレンガを。レンガで炭焼き場を。そして木炭とレンガを使い塊鉄炉を。
近隣の小さな集落を襲いながら、彼らは着実に討伐隊迎撃の準備を進めていく。
一方その頃。王都ではちょっとした小競り合いが起きようとしていた…………
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王城の一角。
磨き上げられた白い大理石の廊下を、恰幅の良い壮年の男が護衛の騎士を連れて歩いている。
「お待ちしておりました」
扉の両脇に立つ警備の騎士が頭を下げる。
「……今日は通してくれるんだな」
「子爵殿が中でお待ちです」
騎士の儀礼的な返答を受けて、男はため息をついた。
昨日訪れた際には「アポイントメントをお取りください」と言われて追い返されてしまったのだ。
本来ならば、子爵風情が公爵の面会を断るなどあってはならない事である。ましてや、娘に会いに来た父親を追い返すなどと……
「お前達はここで待っていてくれ」
「し、しかし閣下!」
「いいんだ……どのみち娘がその気になれば誰も敵わん……」
護衛の騎士は心配そうに詰め寄るが、公爵に諭されて悔し気に引き下がった。
「……入るぞ……」
警備の騎士に促されて公爵が部屋に入る。
部屋一面に広がる赤絨毯の奥。贅沢な一枚板を使った古めかしい執務机の向こうで、女が熱心に調べ物をしながら何かを書き記している。
シャルロッテ・バーンシュタイン。王国軍最強の女魔法使いにして、かつてポコ達とともに魔王討伐に赴いた4人の勇者パーティーの一角。
魔王討伐の功績を称えられた彼女は公爵である父親の後ろ盾を受けて、ノープル村近辺を含むバーンシュタイン子爵領の領主となる。
だがシャルロッテは領内の運営にはまるで興味を示さなかった。
自領の騎士団長であるアリエスに領主代行の仕事を一任。自身は王都に入り浸って独自の人脈作りに勤しんでいたのだが……
「……シャルロッテ」
「聞こえてるですよ」
シャルロッテは資料に目線を落としたままで、顔も上げずに答える。
公爵は頭の鈍痛をため息に込めて吐き出してから言った。
「何の用件かはわかっているな」
「……領内のことはアリエスに一任しているはずですが?」
「そのアリエスから相談の手紙が来てるんだろうが! お前の方へ先に届いているはずだぞ!」
「…………だから?」
語気を強める父親をまるで意に介さず、シャルロッテは手も止めずに返答した。
「もう手紙の返信は送付済みなのです。『任せる』とね」
「……! 軍を動かせば金がかかる事くらいわかるだろうが! お前が行って簡単に片づけてくれれば……」
ハァァァァ……
今度はシャルロッテがため息を吐いた。だが、沈痛な父親のそれとは違い、完全に侮蔑の念だけを込めた暗いため息。
そもそも公爵の発言を子爵がため息で遮るなど…………
「お父様こそ手紙の内容をよくお読みになったのですか? 賊は遺跡にたてこもっている可能性が高い……室内戦ならサラに任せるべきでは?」
娘の提案に公爵は眉をひそめた。彼女の現状をシャルロッテが知らないはずがないからだ……
サラは勇者パーティの女戦士である。
彼女は勇者が発狂して裁判にかけられた際、最も巻き添えをくらった人物だ。
壇上で勇者はこう証言した。
『自分はサラを愛している。まずリア王女と結婚して第一子を出産させる。そして王位を継承したのちにリア王女を殺害。その後サラを後妻として娶る計画だった』と……
これに関しては実際には勇者の言ではなく、勇者に憑りついていた時のエルバアルの虚言である。
本来ならこのような内容を自白しても勇者に何のメリットもない、不可解な証言だ。
だが当時の勇者が半狂乱に陥っていたために、誰もそのことに違和感を抱くどころではなかった。
結果。サラは限りなく強い疑惑の目を向けられ、王城で半強制的に軟禁生活を送る事になる。
もっとも本人がその気になれば逃走の手段はいくらでもあったのだが、地位も名誉も失って呆然自失となった彼女にその気力は残されていなかった。
「……何を言ってるんだお前は? サラ君は今……」
「えぇ。ですから困るのですよ。大人しく引き籠られていては難癖をつけようにも闇討ちしようにもどうにも具合が悪くて…… どうにか手を回して引きずりだしてもらえないですかね?」
娘の顔を見て公爵は戦慄した。幼かったころ花のようだった娘の笑顔が、僅か十数年で悪魔のような陰惨さを帯びていたからである。
「お、お前は一体何を言ってるんだ……?」
「おやおや。今更良い子ぶらないで欲しいのです。お父様も知ってましたですよね? ポコが魔王軍と通じていたなんて根も葉もない流言だったことを」
「…………ぐっ!…………」
それは公爵の急所だった。
王国は天才回復術師だったポコに協力を要請する見返りとして、リブリン族に土地の返還と国としての独立を約束していた。
だが、実際にそれを許してしまうと同じように圧政に苦しんでいる他の少数民族達もことごとく権利を要求してくるようになる。
魔王が倒れた後、二時間以上に渡る謁見の場で王が公爵に言い渡した下知はたった一言に集約する事が出来る。「お前の方でなんとかうまいことやってくれ」と。
対応に苦慮する公爵の元へ娘が急報を告げる。ポコが魔王軍と通じていたので道中で始末したと。
ポコがパーティーの中で不人気な存在だったのは公爵も知っていた。世論も傾いている。
結果として公爵は流されるままにリブリン族の様々な容疑、処断について認可していくことになるのだが……
シャルロッテが椅子から立ち上がって父親に歩み寄る。その妖艶な雰囲気に公爵は思わず生唾を飲み込んであとずさった。
「男の価値を顔と財力でしか判断出来ないおバカなサラ。ちょっとおだてればすぐ調子に乗るマルス。この二人を転がすのは実に簡単だったですよ……
不人気で厄介者のポコはもういない。マルスの突然の奇行は予想外でしたが……あとはサラさえ消してしまえば王家も私に頼らざるを得なくなる」
公爵もそのことは理解している。国民からの人気も高かったサラを消すならば今が絶好の好機。
だがしかし……目に見える利益と理性の狭間で揺れ動く公爵に、シャルロッテが畳みかける。
「お父様…………わかってるですよね? 誰のおかげで公爵にまで上り詰めることが出来たのかを」
パキッ!
更に一歩詰め寄られ、後ずさったことで公爵は異変に気付いた。氷の割れる音…… 気が付けば部屋一面が氷漬けになっている。
「よろしくお願いするですよ。公爵……閣下?」
「しっ……失礼する!」
慌てて退出しようとする際、ドアノブのあまりの冷たさに公爵は悲鳴をあげそうになった。
それをかろうじて飲み込んだのは、彼の大貴族としてのささやかなプライドの残り香であったのだが……
「くふ……くふ……くっふっふっふっふっふ………………消えてもらうですよ。サラ…… そして、いずれあの目障りなマグダレーネも……」
1人残された部屋の中央でシャルロッテは笑う。
不幸にも魔法の才に恵まれ過ぎた彼女は、とうに国の一貴族で終わるには満足出来ない身となっていた……
ここまでお読みくださいまして誠にありがとうございます!
徐々に力をつけるエルバアル陣営と、サラの背後を狙うシャルロッテ。
女戦士を狙う包囲網は徐々に狭まっていくのですが……彼女達の登場はもう少しあととなります。
これにて第二章完。明日から第三章「蹂躙される人間社会」がスタート。
今後とも引き続きよろしくお願いします!




