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呼び戻された魂

 気が付くと目の前に本があった。

 視線を動かすと高級そうな革張りのチェスターフィールドソファーに座っている事がわかる。

 磨き上げられた大理石の床にはふかふかの絨毯が敷かれ、天井から吊るされたシャンデリアが煌びやかに室内を照らしている。


 それから、奇妙な事に気付いた。今の俺には手足がない。それどころか実体がない。

 そしてどうも、視点をある程度動かせるらしい……

 視点を前に動かしてから振り返ると、予想通りのやつが本を読んでいた。


 マルス……神託の勇者であり、俺を殺してくれたパーティーの元仲間。


 どうやら俺はこいつにこびりついた悪霊のような状態らしい。

 湧き上がる怒りをひとまず抑えて、俺はまずこの状態で出来る事と出来ない事を確認する事にした。


 だが、しばらく色々と試してみたものの、出来る事と言えば視点の移動くらい。


 早々に手詰まり気味になった俺はしばらく様子を観察する事にした。

 それからどれくらいの時間が経っただろう。


 コン コンと扉がノックされて、勇者が本をパタンと閉じる。


「マルス? あ、あたしだけど……入っていいかな?」


 この声……女戦士のサラだ。惨殺された時の記憶が蘇って気分がざわつく。


 勇者は扉を開けると、その整った顔に薄っぺらい笑みを浮かべた。




「これはこれは大変失礼いたしました。どこの国からいらっしゃったお姫様でしょうか?」


「もう、からかわないでよ。恥ずかしいんだから!」


 女戦士はいつもの鎧姿ではなく、白いドレスを着ていた。


「ハハハ、ごめんごめん。でも本当に驚いたよ。あんまり綺麗だったから……」


 そう言って勇者は女戦士を部屋に招き、ソファに座らせる。

 わざと女戦士を先に座らせてから、対面ではなく隣に座るのがどうにもキザったらしい。

 それを見てハッと顔を赤らめる女戦士がまたわざとらしい。

 茶番だ。茶番にもほどがある。




 二人はそのあとくだらない事を30分ほど喋っていただろうか。

 部屋にしばしの沈黙が訪れた頃合いで、女戦士が切り出した。


「あ、あのさぁ……あたしたち、魔王倒したじゃない? それで、マルスって……リア様と結ばれるんだよね?」


 リアと言うのはこの国の王女だ。こいつらより一回りか二回り幼く、勇者に懐いている。


「ね、ねぇ。初めて会った時の約束覚えてる? もしかしたら誰も祝福してくれないかもしれない。それでも、私は……」


 勇者が女戦士の手をとり、ヤツのセリフを遮った。


「バカだなぁ。忘れる訳なんかないだろ。僕は初めて会った時からずっと君の事を誰よりも……」


 俺は一体何を見せられてるんだ。勇者を殺したら次はお前だからな。本当は今すぐにでも


「殺してやりたいと思ってるよ(大切に思ってるよ)」





「…………はぁ?」


「は?」


 今、なにか……俺の心の声が漏れてなかったか?



「ご、ごめん。ちょっと聞き取れなかったんだけど、いまなんて?」


「こっちこそごめん。今なんか変な事言った気がする。言いなおすね。僕は君の事を誰よりも」


 試しにもう一回やってみよう。今度は聞き間違えのないように、少しゆっくりめにハッキリと。


「殺してやりたいと思ってるよ(大切に思ってるよ)」



 今のはハッキリわかった。気のせいじゃない。俺は一瞬だがこいつの言動を乗っ取る事が出来る。

 女戦士の眉間にしわが寄り、いくらか目線が泳がせてから……若干遅れて猫をかぶった傷心顔を纏う。


「ウソ……だよね? ねぇ、笑えないよ。突然何を言い出すの? それとも何? やっぱりリア様と結婚するのに私は邪魔になったの?」


 勇者は酷く慌てた様子で


「違う! そうじゃないんだ! リア様の事は本当に関係なくて。僕はただずっと君の事を」


 あぁ、少し待ってくれ。何も思い浮かばない。


「口臭いし演技も寒いしクソみたいな女だな(誰よりも愛してる)」


「って言いたかっただけなんだ!」



 ………………


『僕はただずっと君の事を、口臭いし演技も寒いしクソみたいな女だなって言いたかっただけなんだ!』


 前後の繋がりも若干おかしいし、あんまり良いチョイスとは言えなかったが……意図は伝わったようだ。

 女戦士は一瞬口に手をあててから視線を下に向け、若干の間を空けてからまぶたをピクピクと痙攣させて言った。


「何よそれ!? 私が邪魔になったんならハッキリそう言えばいいでしょ? 最っ低よ、そんな言い方するなんて……」


 女戦士は拳をワナワナと震わせて立ち上がり、平手打ちの形にして手を振り上げた。だが、状況に気付いて思いとどまる。

 そりゃそうだろう。冷静になって今の自分の立場を思えば当然だ。用済みになった俺がどういう結末を辿ったかを思えばな……

 今、部屋には勇者と自分の二人きり。自分は丸腰のドレス姿だが、勇者は帯剣してなくても魔法が使える。

 この状況で頬を張り飛ばす勇気はお前にはないはずだ。


「違うんだサラ。聞いてくれ、僕は!」


 勇者が女戦士の手を掴む。女戦士と違って、勇者は状況を把握しきれていない。そしてそれは悪手に繋がった。


「いや、いやぁぁぁぁぁぁ!!!」


 女戦士は絶叫をあげて勇者の手を振りほどき、部屋から飛び出した。

 部屋には防音効果の高い、豪華な意匠が施されたしっかりした扉がついていたが……流石にあの声では衛兵達の耳にも入るだろう。


 リブリン族のみなの魂を生贄に捧げて、対価がこれとは随分ケチでまわりくどい悪魔もいたものだ。

 だが、今の勇者の表情はなかなか悪くはない。

 いいだろう、もう少しだけ付き合ってやろうか。

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