お菓子の家の魔女 前編
(3人称視点)
ここは魔法の森。タキシードを来たウサギが二足歩行で歩き、枝の上では意地悪な小鳥達がペチャクチャと一日中地上の生き物たちを罵っている。
この場所において外の世界の常識は通用しない。魔女から漏れ出している魔力が周囲のあらゆるものを変質させてしまうからだ。
うっそうと生い茂る木々の下からは空などどこにも見えないが、魔法によって歪曲された光が緑を明るく照らしている……
コンコンコンコンココココココココ!!
「タイヘン! タイヘン!」
突然。頭のおかしなキツツキが狂ったように、透き通った飴細工の窓を叩きだした。
「あらあら? どうしたのかしら?」
魔女が窓に歩み寄ると、キツツキはその場で円を描いて飛びまわりながらギャーギャーと耳障りな声をあげた。
「オキャクサマ! オキャクサマ!」
「あら? あらららら? どうしましょ。お客様なんて随分と久しぶりだわ…… 急いでお化粧しないと」
すると、魔女の肩に黒猫の姿をした使い魔がぴょんと飛び乗った。
「お喜びください、マグダレーネ様。なんと侵入者はポコのヤツのようですニャ」
するとそれを聞いた魔女が満面の笑みを浮かべて破顔する。
「ウッソ!? ホントに? やったー。私に会いに来てくれたのね~。うふふふふ。さぁ、こうしちゃいられないわ、あなたたち! 急いでおもてなしの準備をはじめなくちゃ!」
ふわりとスカートを浮かせながら魔女がクルクルと踊って歩きだす。クローゼットは勝手に開き、柱時計がボンボンとなり、ティーカップ達が列をなして歩き出す。
鏡の前で服をとっかえひっかえ数十分。
黒のビスチェ コルセットにちょっぴり短めのカラスの羽のスカート。上から羽織るのは魔女のマント。
羊の皮のブーツの上には、黒とカボチャ色の縞々のハイソックス。
手首から肘を覆う薄いレース手袋をつけた腕で胸の谷間を作ってポーズなんて決めてみたりする。
お気に入りのとんがり帽子を被っていざ完成……
「マグダレーネ様。それは外出用の恰好ですニャ」
「あら? あらあらあら?」
そして再び始まるお着換えパーティー。あぁ、こんなに楽しい時間はいつ以来だろう。
マントを脱いで薄いヴェールとロングスカートに履き替えて魔女は使い魔に尋ねた。
「うふふふふ。ねぇミー? 今日の私の恰好。変じゃないかしら?」
「マグダレーネ様はいつもお美しいですニャ」
「ありがと~! うふふふふ。ホントに久しぶりだわ。楽しみねぇ。
美味しそうになってると……いいんだけど……♪」
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(エルバアル視点)
ザッザッザ……
俺は壱号を護衛に連れて森の中を歩いていた。
道なんてないが、俺達が通ると木が根っこを足みたいにして勝手に歩いて道を譲ってくれるのだ。
背中を丸めてお辞儀をしてくるので、まるで木々のトンネルのような道が出来る。相変わらずふざけた場所だ……
今回タロス達には留守を頼んである。とてもじゃないが生身の人間を連れてきていい場所じゃない。
なぜならこれから俺達が向かうのは、世界で最も危険な場所なのだから……
やがて俺達は目的地にたどり着いた。
彼女の家はお菓子で出来ていることで有名だ。
屋根はケーキ。壁はクッキー。ドアはチョコレートで出来ている。
「壱号。お前はここで待っていてくれ……いいか、何があっても絶対に戦おうとするな。お前だけでも逃げて、見た事をタロスに伝えるんだ。わかったな?」
壱号が槍の石突を地面につけて敬礼する。どうせ戦うつもりなんてないんだが、こいつのキビキビとした動きを見てるとなんだか元気が湧いてきた。
「じゃ、いってくるから……」
ドアをノックしようとすると勝手に開いた。いつもの「入ってこい」の合図だ。
「邪魔するぞ」
「いらっしゃ~~~い!! もう、ほんと久しぶりなんだから……あら? あらあら?」
壱号を外に待たせて玄関をくぐる。すると魔女がパタパタと駆け寄ってきて、いきなり両手でガッと頬を掴まれた。
「あらあら? ねぇ、ポコ。あなたちょっと痩せたんじゃない? ちゃんと食べてる?」
魔女が鼻先3センチくらいのところまで顔を近づけてくる。こいつは目が悪いのでよくやるのだ。顔が近い。顔が近い。
「減量でこんな骨だけになる訳ないだろうが。一回死んで不完全な形で復活したんだよ。今は……エルバアルと名乗っている」
魔女の肩を掴んで引き剥がす。だがローブごしに柔らかな彼女の感触が伝わってきていきなり惑わされそうになる。
……気をしっかり持つんだ。ここは魔女の家なのだから……
「……ぷふ。なにそれ。全然似合ってない。 あ、外套預かるわね」
「うるさいよ! あ、すまん、ありがとう」
魔女が外套を受け取って壁に据え付けてあるハンガーにかける。
「でもそっか……ポコのままでいられなかったんだね。わかるよ。そういう人いっぱい見てきたから…… あ、座って座って」
着席を促される。テーブルには花柄のレースが入った白いクロスが。飴細工の窓を通して入ってきた柔らかな光がキラキラと反射している。
「それで? どうなのかな。新しい自分は?」
「……悪くはないよ。信頼する仲間が出来た、と思う。外に待たせてあるスケルトンもその一人だ」
「へ~。いが~い。前はそんなこと絶対言わなかったのに。良い方向に転んだんじゃないの?」
良い方向に、か……正直、俺自身の話に限れば以前のパーティーの中で気を使っていた頃よりずっと気は楽だ。
だが、同胞達の事を思うと……
物思いにふけっていると、魔女が陶磁器のティーポットからトポトポと紅茶を注いだ。
「あ、おい。俺はこの体だから飲めないぞ?」
「大丈夫大丈夫。魔法の紅茶だから。騙されたと思って飲んでみて」
おずおずと歯をカップにつけて傾ける。
「あ、うまい……」
ふんわりと香る柑橘系の香りと、少し甘い味が体に染みわたっていく。
なんかアゴの隙間から零れ落ちていきそうなもんだが、そんなことはなかった。
物体ではなく、イメージを具現化しているのだろうか? 原理はわからんがこいつの魔法は気にしたら負けだ。
「……久しぶりだよ。何かを美味しいなんて思ったのは。そうか、こんな感情だったか……」
この時の俺は暗い顔をしていたんだろうか。突然魔女が立ち上がって変なことを言い出した。
「ねぇ。おまじないしてあげようか? 本物の魔女のおまじない。すっごい効くんだよ?」
「む?」
魔女がテーブルを回り込んで隣に立つ。
「ん!」
彼女は背中を曲げて頭と両手を突き出してきた。訳もわからずにその両手を握ると、グイグイと引っ張られて俺も椅子を立ち上がってしまう。
「ん? お、おい? なんだなんだ?」
なおも彼女は両腕をぐいぐいと引っ張るものだから、前のめりになって思わず倒れこみそうになってしまった。
彼女の豊満な胸の谷間が視界いっぱいに広がり、シナモンのアップルパイみたいな甘い香りに頭がクラクラする。
「はーい。それじゃあそのまま顔をおっぱいに沈めて深呼吸~♪」
「おい! ふざけるな!」
慌てて肩を掴んで引き離す。
わざとやってたのかこいつ!
確かに元気出るかもしれんけど魔術関係ないだろうがそれ!
「むー。本当に元気の出るおまじないなのに~」
魔女が片頬を膨らませて悪戯っぽい上目遣いで見上げてくる。
「まったく、お前は変わらんなぁ!」
「えへへへ、不老不死ですので♪」
魔女が片目を瞑ってぺろりと舌を出す。
悪ふざけを咎められた時によくやるいつもの表情。
だがそんな彼女が、不意に瞳に深い悲しみを称えてポツリと呟いた。
「ねぇ、このままずっと一緒にはいられないのかな?」
「………………」
彼女が孤独に苛まれているのは知っている。
だけどその問いに俺では応えることが出来ない。
俺とマグダレーネではあまりにも実力に差があるし、住んでる世界が違い過ぎるから……
「アハハ。ごめん、困らせちゃったね」
静寂は一瞬だった。世界が色を取り戻して、気が付いたらいつもの彼女の顔に戻っている。
「ねぇ、踊りましょ? 私、なんだかとっても踊りたい気分なの」
「あ、いや、踊り方なんか習った事ないぞ?」
「いいのいいの。私だって適当なんだから」
魔女が指を鳴らすと天井が伸びて壁が広がる。するとどこからともなく動物たちが現れて音楽を奏でだす。
ふざけた顔の山羊の陽気なパイプオルガンに、厳めしい猪が太鼓を合わせればもう止まらない。
大きな体のクマが器用にチェロを弾くと、リス達が得意気にバイオリンでリードする。
鳥たちはフルートを奏で、カエル達の大合唱。お菓子の壁は劇場へと様変わりし、手拍子とともに体を揺らしだした。
ここでは夢と現実の区別は曖昧だ。
普段は絶対者として融通の効かない彼らも、ここでは指を咥えて見ているしかない。
だってここにいるのは。そんな決まり事なんかよりもっと偉大な獣なのだから……
「ねぇ?」
「ん?」
「楽しいね!」
「……まぁな!」
◇◆◇◆
かくてガイコツは魔女と踊る。
チョコにクレープ、イチゴのタルト。
ここは甘い甘ぁい魔女の家。
だけど忘れちゃいけないよ。
帰りのパンくず、どこにある?
◇◆◇◆




