ノープル村襲撃 前編
(3人称視点)
~二日後のノープル村~
木枠にベルを吊るしただけの簡素な門のその隣。これまた簡素な木椅子に座って、門番の若者は落ち着かない時間を過ごしていた。
門番と言っても本職ではない。村の衛兵達が最近頻発していた人攫いの調査に向かって誰も帰ってこなかったため、人手が足りなくなり雑用を押し付けられてしまったのだ。
「うぅ、嫌だなぁ……こんなとこに1人で座らせて、僕が人攫いにあったらどうするんだよ……」
支給されたのは使い古され倉庫に眠っていた槍一本だけ。頼みの綱は危急を知らせるこの鐘だけだが、鳴らしたところで誰が駆けつけてくれると言うのか……
後ろを振り返っても通りには誰もいない。まだ夕暮れ時と言うのにみな扉を固く閉じて、木窓までしっかりと閉じてしまっている。
「この通りって……こんな景色だったっけ……?」
見慣れたはずの風景が、人気がなくなっただけでまるで違う場所のように見えてくる。
なんだか悪い夢に迷い込んでしまったようだ。などと思っていると、広場の方から鐘の音が聞こえてきた。
「これは……集合の合図?」
何事だろう、と思っていると友人が小走りに駆けてきた。
「おーい! まだこんなとこいたのかよ。早く行こうぜ。もうみんな集まってるぞ!」
「え、なに? 僕ここで見張ってるように言われてるんだけど……」
「バカ、そんなのいいから早く来いって! 村長が雇った大男が山賊たちをやっつけて敵の大将を捕まえてきたんだよ! 今から公開処刑って話だぜ!」
「なんだって!? そりゃこうしちゃいられない!」
若者たちは急いで広場に走った。なにせ村には娯楽が少ない。処刑とくれば村で唯一の楽しみと言ってもいい。
現代の感覚では少し違和感があるかもしれないが、当時は処刑が身近な存在で人々のストレス解消の場でもあった。
この頃に発展していた村の形は主に3つ。教会を中心とした塊町。街道を中心にした宿場町。そして、広場を中心とした広場町。
中でも多く見られたのが広場町で……そのほとんどの場合において絞首台が設置されていたのである。
むしろ処刑をよく見えるようにするための広場町と言ってもいい。
人が吊るされる様を見て民衆は何を思ったのだろう。
ほぼ例外なく鬼のような形相になって口々に呪いの言葉を浴びせかけ、自分達が何かを成し遂げたような気になって家に帰る。
吊るすための罪人がいなくなると、教会は適当なよそものを見繕ってきては魔女にしたてあげて様々な処刑を楽しんだ。
本当に魔女が連れてこられることなど滅多になく、人々も薄々気がついてはいたが……そんなことはどうでもよかった。
それほどまでに当時は処刑の需要が高く……そして、他に楽しい事が何もなかったのだ。
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「最悪の知らせと……良い知らせがある。 知っての通り、この村ではひと月ほど前から村人が頻繁に姿を消していた。そして、衛兵達が調査に向かったが誰も戻ってはこなかった」
若者たちが駆けつけると、広場では丁度演説がはじまっていたところだった。
広場は民衆で埋め尽くされていたが、絞首台の上に立った大男の姿は後ろの方からでもよく見えたに違いない。
「俺もまた例の遺跡に向かった。調査隊の救出にな。そこで敵の恐ろしい罠をかいくぐり、巣食っていた賊どもをちぎっては投げ、ちぎっては投げ。とうとう敵の大将を捕らえる事に成功した。
俺は言ってやったよ。『村の連中はどこだ!?』とな。だが、やつが案内した先で……俺は死体の山を見せられた」
広場に悲鳴があがり、婦人たちが口に手をあてて目を見開く。
「全部は持って帰れなかったが……隊長さんの首を持って帰ったよ。村長に見せたところ、間違いないらしい」
老婆が泣き崩れ、そばにいた男が背中をさする。みなが悲しみを共有し、広場を一体感が包んでいた。
「まさに悪魔の所業。そしてその張本人がここにいる! お前達の中にこいつに見覚えのあるものがいるだろう!?」
大男が仮面をつけた男を皆に見えるように高々と掲げる。
「そいつは!」
「酒場で見たぞ! そいつが遺跡に向かうように話をしていたやつだ」
観衆の側から反応が返ってくる。
「敵は恐ろしく強かった。調査隊の連中が敵わなかったのも無理はあるまい。俺も正体を知って驚いたさ! なんとこの男の正体は……」
タロスが仮面に手をかける。
「絶賛指名手配中の元勇者。凶悪な殺人犯マルス。その人だったんだぁ!!」
仮面の下から出てきたのはボコボコにされた勇者の顔だった。観衆にどよめきが起こる。
「うおぁぁ?!」
「本物だ!」
「俺も見たことあるぞ!」
勇者の顔はこんな辺境にまで売れていたらしい。口々に証言添えが飛び出てくる。
最も、実際にはここまでボコボコにされていては他人を連れてきたとしても見分けがついたとも思えないが……
「俺はこれからこいつを王都に突き出すつもりだ。だが、それだけでは家族を奪われた連中の気が晴れねぇだろう。そこでどうだ。懸賞金の額は落ちるが……今ここでこいつを縛り首にあげ、みなの無念を晴らそうじゃないか! 俺はその後で死体を頂いて王都に向かえば十分だ」
観衆は沸いた。あまりの熱気に地面が揺れ動く。
初めは家に引きこもって様子を伺っていた母子達まで出てきた。
どんなに高位の聖人が説教を始めたとしても、ここまで1人残らず村人が集まることなどないだろう。
「いいぞー!」
「吊るせー! 悪魔の子を吊るせー!!」
大男は勇者を群衆の中に投げ捨てた。鯉の群れに石を投げ入れるように、ぶわりと空間が広がる。
勇者は呻きながらこう言った。
「ち、ちが……助けて。みんな、騙され……」
ガコッ!
だがその言葉は投げつけられた石に遮られた。
みながみな、思い思いに石を拾っては投げつけ、唾を吐きかけ、少しでも精神にダメージを与えようと粗を探す。
「死ねぇぇ! このクソ野郎!」
「俺達の怒りを思い知れぇ!」
「この、人でなしがぁ!」
「前からちょっと危ないやつだと思ってたんだよ」
「そういや噂だけどあの人のお父さんって……」
ガコン! ガコン! ガコン! ガコンッ!
誰もが、ヒーローになりたくて石を投げる。
そして共に石を投げる者達と一体感を感じる。
きっと。誰もが何かと戦いたいのだ。
だけど矢面に立つのは嫌だから、代わりの何かを叩いて充実感に浸る。
ガコン! ガコン! ガコン! ガコンッ!
安全な位置からみんなと一緒のものを攻撃したい。
そうすれば、何かあった時に隣の者たちが代わりに戦ってくれると信じているから。
誰も彼もが安全だと思い込んでいた。勝っている側だと思い込んでいた。
もし誰かが大男の話の真偽に疑問を投げかければ、そいつも一緒に吊られた事だろう。
勿論、そんな事を口に出す者は誰もいなかったが。
ガコン! ガコン! ガコン! ガコンッ!
「やめて! やめて……!」
勇者は揺れ動く視界の中で群衆の表情を見てぞっとした。
目には確かに怒りの形相が浮かんでいる。だが口元は……みな笑っているのだから。
広場を熱狂が支配した。
エルバアルが合図を出してスケルトン達が配置につく。
周囲を完全に包囲され、弓を向けられてなお……
群衆達が状況を理解するにはかなりの時間を要した。




