犠牲者達の望み
魔王は倒された。勇者達の手によって。
お互いの健闘を称え合う勇者、戦士、魔法使い。
「お、おめでとう……」
俺も何か言った方がいいのかなと思ったけど失敗だった。
ジロリと冷たい視線を向けられて、慌てて視線を逸らす。
「は? なんか言った?」
「いや、なにも……」
女戦士の軽蔑をたっぷり込めた視線に萎縮すると、勇者がププッと吹き出す。
共に魔王を倒したパーティーの仲間とは思えないほど、彼らの態度は冷たい。何故なら俺は不細工だから……
『これはまずいな……』
俺の名前はポコ。パーティーの傷を癒す回復術師だ。
俺の生まれた村はリブリン族と呼ばれる少数民族人の住む村だ。そこの住民はほぼ例外なくチビでブサイクだったりする。あくまで平野の連中基準だが。
そんな訳で、「ゴブリンの血が混じってる」なんて根も葉もない噂をたてられ、国中の人達から嫌われていた。
そんな時、魔王が復活して神託の勇者が選ばれ、討伐パーティーのメンバーが募られる事になった。
そして小さい頃から神童と呼ばれていた俺もまた、メンバー候補として王城に招かれる事になったんだ……
ホントはあまりそういう目立つの好きじゃなかったんだけど、俺が活躍したらリブリン族の地位向上になるからと村のみんなに説得されてしまった。
王城に着いた俺を、誰もが同じように侮蔑の視線と嘲笑で出迎えたよ。
そして回復術の腕前を披露すると、誰もが同じようにとてもひきつった笑顔に様変わりしていくのだ……
回復術は元々の使い手が少ないうえ、修練よりも本人の資質によるところが多い。要は代えが効きにくい役職になる。
リブリン族……と、言うより見栄えのしない不細工をパーティーに加える事を、街道に集まった民衆も含めて誰もが嫌がっているのが見て取れた。
だが、魔王を倒すためにやつらは実利をとったのだ。しかし、その魔王はもういない……
『王都に戻ったら金だけもらってさっさと村に帰ろう……』
村のみんなには悪いが、恐らくリブリン族の地位は何も変わらないだろう。
それどころか今の俺の立場はかなり危うい。どう見ても用済み。
しかも回復が専門の俺は攻撃力に乏しく、もし裏切られたら1人じゃ何も出来なくなる。
予感はしていた。だがすぐには決断出来なかった。
何の証拠もないのに俺が逃げ出せば、村のみんなに被害が及ぶと思ったから……
だが、証拠が出てからじゃ遅いんだよな……
ザシュッ!!
「ぐぁぁぁぁぁ!!」
帰りの道中、森の中で野営していた時のことだ。
突然、俺は女戦士に斬りつけられたのだ。
「あー! スッキリするぅぅぅぅ!! ようやくこの不細工とおさらばできるのね……」
「な、なにを……がはっ……」
嫌われていた事くらいは百も承知だった。だが、俺はこいつらの機嫌を損ねないように細心の注意を払ってきたつもりだ。
一度も口答えしたこともないし、命令に逆らった事もない。一体こんな事をしてこいつらに何の得があるんだ?
「そりゃお前……世のため、人のため?」
血を流して地面に倒れた俺に、勇者が近づいてくる。顔が物凄くニヤついていた……
「王都を出発する時の、民衆の顔を見ただろ? みんな満面の笑みで見送ってくれたのに、お前が視界に入るとテンション下がってたじゃん。 俺達は民衆に一点の曇りもなく、気持ちよーく俺達の帰還を出迎えさせてあげたい訳よ」
「って言うか私達ず~っと我慢してたんだけど! アンタみたいな不細工は視界に入るだけで女性のストレスになるって言う自覚ある訳?」
「くふふ……さぁ……死ぬのです……」
俺は膝をついて血を吐きながら3人を睨みつけた。
「……だからなるべく視界に入らないように気を付けてただろうが。パレードだって言ってくれれば辞退する」
グググ……
膝を震わせて立ち上がると、口から血がしたたり落ちる。
「違うだろ。結局お前らは反撃が来ない位置から他者を攻撃出来れば何でもいいんだ。その邪悪な本性を正当化するために、詭弁をふるっているに過ぎない」
それでもう精一杯だった。状況は最悪。完全に囲まれていて、到底逃げられそうもない。
「えぇ、そうね? 絶対に反撃出来ないとこまで追いつめてから相手をいじめ倒すのって、すっごい快感なの。あんたみたいなバカには到底味わえないでしょうけど」
「お前、男のくせにダッセェよなぁ。回復しか出来なくて何の攻撃も出来ねぇでやんの」
「悔しかったら反撃してみるのですよ」
ザシュッ! ザシュッ! ドゴォッ!
それが、俺の。人間としての最期の記憶。
なぜ、最後に俺は立ち上がったんだろう。勝てる訳ない事くらいわかってはいたんだが……
意味なんてない。でも、なんとなく最後くらい自分の意志で反抗してやりたかったんだ。
そして、意識は闇に呑まれていった…………
あれからどれくらいの時が経ったんだろう。
俺の意識は消滅する事なく、何もない無限の闇を彷徨っていた。
上も、下も、自分が止まっているのか進んでいるのかすらわからない。
永遠に続くのかと思われた闇の中に、青白い炎が現れる。
「ポコ……ポコ……聞こえるか、ポコ……」
「…………長老?」
それは確かにリブリン族の村の長老の声だった。
「おぉ、聞こえるのだな……儀式は成功したのか……」
そして、長老は俺が殺されたあとで村に起こった事をポツリポツリと語りだした。
「ポコ。すまない。お前には辛い思いをさせてしまったようだ……お前が魔王軍の残党と通じ、勇者達に反旗を翻したと聞かされたよ。そして我々の村だけでなく、多くのリブリン族のものたちが謀反の疑いをかけられて吊るされた。
お前もまた、あらぬ疑いの末に害されたのであろう事はすぐにわかったよ。生き残った者たちは結集し、自分達の魂を生贄に捧げてお前の魂を現世に呼び戻せるよう儀式を行ったのだ。頼む、我々の無念を晴らしてくれ。復讐を……復讐を……」
青白い炎が徐々に小さくなって消滅し、反転して黒と紫の渦を巻いたゲートが現れる。
中に吸い込まれると、赤と黒の網目模様の肉壁のようなトンネルのような景色。
そこには惨殺されていく村のみんなが、高笑いする兵士達の姿が、そして世界の真理が無数の絵画のように散りばめられていた。
トンネルの中を進んだ先に、現世の光が見えてくる。
どうやら楽には死なせてもらえないらしい。仕事がまだ、残っているから…