その1
「最近異世界ネタ多くありませんか?」
よく晴れた夏の日……かどうかは昨晩から編集部で泊まり込み作業をしているためわからないが、取り敢えず七月の上旬。俺の担当編集たる押花栞は、つまらなそうに俺の原稿を読みながらそう呟いた。
一枚、また一枚紙を繰るごとに、大きくなっていく「はぁ」という溜め息。遂には頬杖をつきだす始末。人が寝る間も惜しんで考え出した新作プロットを、頬杖と溜め息という失礼千万な行動で読み進めるとか……おっと、そこに欠伸まで追加されましたか。眠いのはこっちの方だっての。
ここで少し、俺について紹介させてもらおう。
倉瀬一文、自宅近くの公立学校に通う高校二年生。
部活に所属しておらず、生徒会などの委員会に属しているわけでもない。成績も芳しくなければ、友達だってまずいない。
しかしその代わりに、高校生にしてラノベ作家という肩書きを持つ、所謂人生勝ち組なのだ!
「いちもん」というペンネームで執筆活動に精を出し、本屋でもそこそこ売れている。700人近くいる全校生徒の中でも、十人くらいは「大ファンです!」と言ってくれるんじゃないか?
……なんてね、格好つけて言ってみたけど、この世にラノベ作家が何人いるんだって話ですよね。
大体「その代わりに」って、ラノベ作家であることが勉学と友達作りにどんな弊害をもたらすんだっていう話ですよね。……認めましょう。人生はさておき、こと青春に関しては、俺は負け組です。
その上自分の魅力として謳っている『ラノベ作家』という肩書きだって、最近は危ういものだ。
デビュー作にして代表作である『魔法世界の無双剣士』が完結して、早数ヶ月。俺はいくつもの新作のプロットを提出しては、毎度ボツを食らっている。
「何か、前作と変わり映えがしないんですよねー」
GOサインの出ない理由なんて、毎度これだ。
異世界、チート、ハーレム……そんなファンタジーを描きたいが故にラノベ作家になった俺である。設定こそ大きく違っていても、似たり寄ったりになっているのは自覚していた。
「そう言われましてもねぇ……。最近異世界ネタが流行っているせいか、目新しい設定を考えるのも一苦労なんですよ。産みの苦しみってやつですね」
「ハンっ。童貞が何を」
……いや、童貞は関係なくない?その精神攻撃は、全く予想していなかったんだけど。
「上手く説明出来るかわかりませんが、『魔法世界の無双剣士』は間違いなくいちもん先生に作品だったんですよ。確かに異世界ファンタジーではありましたが、その他大勢の作品とは一線を画するような、そんなインスピレーションがありました。しかし今日まで持ってこられた新作は、何と言いますか……数ある異世界モノの一つとしか思えないんです」
「言いたいことが、わかります?」。まぁ、わからなくもない。
「つまりは俺らしい物語じゃない。そう言いたいんですか?」
「はい。多分なんですけれど……「自分らしい作品を書きたい!」というデビュー当時のいちもん先生の思いとは違い、「売れなければならない」という義務感が先行してしまっているのではないかと。いや、勿論商業誌ですから。悪いことではないんですけど」
でもそれが裏目に出ているから、現状のようになっているわけで。
今はまだ学生という身分があるから良いが、あと一年して高校を卒業してみろ。小説を書かなければ、俺はもれなくフリーターの仲間入りだ。
書きたい作品もなければ、仕事もない。あるのはダンボールの中に山積みにされた、面白くないボツ小説ばかり。
本来夢を抱いて羽ばたかんとするはずの若者が、既に未来への希望を失っていた。
「……一つだけ、打開策があります」
「……本当ですか?」
「はい」と頷く押花さん。
言わば異世界テンプレスランプに陥っている俺を、一体どうやって救い出そうというのだろうか?
俺が押花さんの次なる言葉を待っていると、彼女は徐に――俺の新作プロットを引き裂いた。
「あああぁぁぁぁ!」
俺の悲痛な叫びが、出版社の中を木霊した。
押花さんは明らかに「うるせーな、クソガキ」みたいな顔をしながら。
「何ですか?たかが一夜漬けしてまで書いた努力の結晶を、真っ二つに裂かれたからって」
「認めたよね!今、努力の結晶って認めたよね!あんたは悪魔か何かか!」
「編集者なんて、作家にとっては悪の権化みたいなものですよ」
「開き直った!そして全国津々浦々に点在する全ての編集者に謝れ!」
「安心して下さい。未練の残らないよう、きちんとシュレッターにかけておきますから」。最早悪の権化を通り越して、魔王そのものだな!
押花さんは内容のみならずその存在そのものもゴミと化したプロットをトントンと整えながら、「話を戻しますが」と軌道修正を試みてきた。
「いちもん先生の抱えている一番の問題は、先生らしい異世界ファンタジーを書けなくなってしまっていること。内容や表現は面白いんです。そこは間違いないでしょう」
「え?つまらないわけじゃないんですか?」
「はい」
「流石はプロですよ」。押花さんは頷く。
「面白いですよ。でも、面白いだけなんです。修飾語に「特別」や「凄く」のような単語が付くことは、まずありません」
「成る程。あくまでテンプレ通りの面白さ。と言ったところですか?」
「的を射た表現ですね。……異世界ファンタジーにおいて、これ以上の進化が望めない現状。ならば一体どうすれば良いのか?」
押花さんは胸の前でハートマークを作りながら、頬を紅潮させて言った。
「新たな境地を開拓し始める。つまり、青春ラブコメを書くんですよ」
「……確か押花さんって、三年前に大学院卒業したって言ってましたよね?そんな表情やポーズされても、違和感が否めないというか……」
「いちもん先生。向こう十年間、出版枠はないものと思って下さい」
「僕が悪かったです。ごめんなさい」
俺は椅子の上であるにもかかわらず、綺麗な土下座を披露した。原稿が遅れた時でさえ、ここまで謝罪することはなかったというのに。
「しかし青春ラブコメを提案されるとは。今まで考えてきた全ての作品を、否定された感じですね」
「それは違います。むしろ今までの異世界ファンタジーがあったからこそ、このような選択肢に辿り着けたのです」
何だかんだ言いつつも、押花さんは俺の書いた全作品を隅々まで読んでくれている。
本来「いっぱい」と書くべきところを、疲れや諸々が溜まったせいで「おっぱい」と書いてしまった。「制止をかける」と書くべきところを、「精子をかける」と書いてしまった。
その程度の些細なミスすら見逃さず、きちんと赤を入れてくれる。
仕事とはいえ、ここまで至れり尽くせりのことなんて、そう出来るものじゃない。
俺は素直に「ありがとうございます」と、日頃の感謝を述べた。
押花さんは隠しきれていない照れを露わにしながら。
「そんな、やめて下さいよ!こっちも仕事でやっているんですから!……それに、四割に及ぶいちもん先生への思いやりは、ファンとして当たり前のことです」
「押花さん……。ん?四割?なら残りの六割は何なんだ?」
「単に異世界モノに飽きてきたからです」
「過半数がお前の趣味じゃねーか」
今までその本心を隠していたつもりが、ついポロっと出てしまったらしい。
押花さんは「ヤベッ」という顔をしながら、慌てて口を押さえた。俺の感謝を返せ。
「じーっ」
「……」
俺の疑念の視線にとうとう耐えられなくなったのか、押花さんは「降参降参」と言いながら両手を挙げた?
そして本心を隠すという行動から、相手を納得させる言い訳を口にするという行動にシフトチェンジした。
「いちもん先生って、唐揚げお好きですか?」
「え、何ですか唐突に?奢ってくれるんですか?」
「嫌ですよ。私みたいな一介のサラリーマンより、先生みたいな印税マンの方が儲かっているんだから、むしろ先生が奢ってください」
印税マンって……。
俺は一度咳払いをする。
「奢るの何のの話はさて置き、唐揚げは好きですよ。特にばあちゃんが作ってくれる唐揚げなんて、舌鼓を打つくらい絶品ですね」
「同感です。……では、その美味しい美味しい唐揚げを毎日食卓に出されたらどうですか?」
朝も昼も夜も。ご飯の傍には、常に唐揚げが置かれている状況を想像する。
唐揚げを一つ食べてはご飯を一口。唐揚げを二つ食べてはご飯を一口……。
「……流石に飽きますね。というか油っこすぎて気持ち悪くなったり、胃がもたれたりします」
「ですよねー。で、そういう時って、無性にお寿司が食べたくなりません?」
「そう言われると、そうですね。エビとか食べたくなりますね」
「あっ、私甲殻アレルギーなんで、それは勘弁」
「いや、そこは「はい、そうですね」で良いでしょう?どこぞのラノベのボケですか?……というか、これ何の話です?」
「小説の話ですよ」。ドヤ顔を決め込みながら、押花さんは言った。
小説と唐揚げの接点って何だ?今度は料理ネタでも書かせる気か?
「唐揚げに飽きたらお寿司が食べたくのと同じように、異世界ネタに飽きたから恋愛モノが読みたくなったんです。知ってます?今月ウチのレーベルから発売される新刊、全て異世界ファンタジーなんですよ?」
「別にそれがいけないとは言いませんけど」。それでもアラサー独身編集者は、胸がドキドキするような甘酸っぱい青春ラブコメを求めているようだ。
「でも、俺はラブコメなんて書いたことありませんし。それどころか、ろくに読んだこともありませんし」
自信なさげに呟く俺。そんな俺を見た押花さんは、ゆっくりと目を閉じた。
「すみません、先生。さっき言ったこと、全部撤回しても良いですか?」
「全部撤回?ラブコメ書かなくても良いんですか?異世界ファンタジーでマンネリ化して良いんですか?」
「良いわけねーだろ、甘ったれんな。……撤回すると言ったのは、私がラブコメを勧める理由ですよ。四割が思いやりで、六割が個人的な飽きってところ」
あぁ、その部分ね。
でもそれって全部じゃなくて、今までの会話の一部だよね?本当に全部だったら、『ドラッグ&全選択』からの『デリート』が必要になるよね?
……などと軽口を叩いて良いような雰囲気ではなかった。少なくとも、押花さんの醸し出すオーラが、そう物語っている。
「いちもん先生。今から言うことは、普段ふざけたことばかり言っている私の嘘偽りない本心です」
自覚あるんですね、と言いたくなるような前置きをしてから、押花さんは己の胸に抱いている本心を吐露した。
「私はあなたの一番のファンとして――いちもん先生の書くラブコメディーが読みたいんです。そしてあなたには、その才能があるんです」
「……」
そこまで言われたら、何が何でも面白い青春ラブコメを書くのがプロの作家というものだろう。男というものだろう。
最後に一言、作家らしく締めるとしたら、この一言に限る。
俺たちの戦いは、ここから始まるんだ!
……と言うと打ち切り臭半端ないので、取り敢えず我武者羅に頑張ってみようと思います。