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人の本性

人の本性


 義父の死は、改めて絆とは、家族とは、仕事とは、生きるとは、社会とは、そして死ぬこととは、と考えさせられた


 義父の死後、誰が喪主となるか揉めた。妻には弟が二人居る、長男は京都外国語大学卒後後、千葉で中学校教師となっている。次男は大手信販会社系列の取締役になっていた。


 私は義兄だが、経歴と云えば高卒運転手崩れの警備員で、しかも中途で退職したので所謂世間で云う落ち毀れだ。義兄として誇るものは何もない、その揉め事に何ら仲裁する力も権限もない。


 長男は大学卒業後千葉県で暮らし、夏時々家族を連れて帰省するが母の死後、父の面倒を見る気はさらさらなかった。次男は宮城県仙台市郊外で所帯を持っているので、これまたその気はない。


 平成4年お袋が死んだ年、妻は父の世話をすると言って郡山へ帰った。それは名目で、私との生活に幾分疲れたようだ。その原因は全て私にあった。今は歳をとったせいか、性格も幾分穏やかになったが、若い頃は気性が荒かった、だから怖いものなし、誰とでも何処とでも衝突した。そして気に入らない事があると家の中でも暴れた。


 子供達が机の上で遊んでいたので、勉強をしない机など必要ないとばかり机を3個捨ててしまった。今でも、長男はその時が一番悲しかった、と。そればかりではない、思い出が詰まった親父、お袋の古いアルバムや自分のアルバム始め折角大学で学んだ書籍類やアルバイトで稼いで買った多くの古本も捨てた。今で云う所の断捨離という格好良いものではない、只の破れかぶれだ。


 妻は永らく辛抱していたが、お袋の死でその縛りも消えた、とばかり子供を連れて実家に帰ってしまった。


 少し筋道をそれてしまったので元に戻すが、喪主は結局妻がなった。平成4年に郡山に戻ってから16年に亡くなる迄足掛け13年一緒に暮らしている、実質この家を仕切っていた。色々な事情も分かっている、時たまご機嫌伺いに来る弟達では葬儀の挨拶も儘ならないだろう。


 義父が大腸癌で余命3ヶ月となってから、千葉県東金市に住む教員の長男は毎週土曜見舞いに来て呉れた、1時間程見舞って呉れてから帰る。に比べ、仙台市に住む弟は死の直前迄見舞いに来なかった。


 そして、医者から2、3日と宣告されたので、もう葬儀の準備をしなければならなくなり家で皆が集まったとき、その話が持たれた。


 そこで誰が喪主をやるかで揉めた。弟は、兄がやるべきだと、俺は千葉で暮らしている、その資格はない、と云う、では弟がやると云う。しかしそれには魂胆があった。葬儀には社長も参列する、取締役となっている弟はその葬儀を仕切って自己をアピールしようと。


 だが、結局妻がなった。別姓になっているが、妻が面倒を見ていたことは世間が衆知している。喪主名が違うことなど取るに足らないことだ、実の娘で長女が執り行うことに誰が異議を差し挟むことなど出来よう、渋々弟も納得した。


 しかし、話はそれで終わらなかった、で、財産分与となった。財産といっても取り立てて何もない。義父は年金暮らしで、退職金も色々な事情があって今は一銭もない。あるとすれば、この家と土地だ。家屋は築30年、その価値はとっくにない、土地は50坪弱。


 弟は家を毀し更地にし、それを売って3等分にしろと。これは土台無理な話だ、大体壊すにしても解体費用が掛かる。更地にしても直ぐ売れる程便利の良い地形でもない。ここで、兄と弟は仲互いした、それはもう取り返しが利かなかった。


 こうした雰囲気の中で6月18日葬儀は行われた。福島県日教組の副委員長だった義父の名はまだ皆が覚えていた。関係者の方達が大勢来てくれた。そして葬儀が行われ、妻が喪主として挨拶することとなり、弟二人も椅子から立ち上がったので、私と義弟の妻達も立ちあがろうとしたら、仙台の弟から手で立つなと制止された。その屈辱感で胸が潰れそうになったが、私は5月で中途退職したので、私の関係者は誰もいない、惨めな存在だった。


 しかし、妻の挨拶は見事だった、身長160センチで細身の妻は、喪服に身を包んだせいかさらに大きく見える。静かな声で、生前お世話になった方達に、父と亡くなるまで一緒に幸せに暮せたことを坦々と、心に沁み込むように語った。それを聞いた会場から嗚咽が上がった、誰もが泣いていた。


 こうして葬儀も無事終了したが、これが義弟達との別れとなった。私は、義兄として何ら価値がなかった。折角の警備会社も我が儘で辞めてしまったので義父の葬儀に恥をかかせた。せめて義父が亡くなるまで辛抱すべきだった、浅墓な一語に尽きる。


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