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九州旅行 前段

九州旅行


 昭和46年3月10日、親父の突然の死は私にとって晴天の霹靂だった。

前年の45年4月親子3人揃って5泊6日の九州旅行をして、私としては親孝行をしたと思い、その後も努力して陸曹候補生の試験にも1回で合格し、親父も喜んで呉れていたと思っていた矢先の自殺は本当に気持ちが凹んだ。


 今思うと、あの九州旅行、本当はあまり嬉しくなかったのかな、私は生まれ故郷だが、親父にとって5年間の辛い炭鉱時代を思い出すだけだったのかな、否違うと思う。


 家出の後2ヶ月程運送会社の助手を経て陸上自衛隊に入隊し、2年後一時退職金の名目で纏まったお金が入ったので、思い切って家族3人九州旅行をした。


 高校3年の冬休み期間中に7泊8日の自転車旅行をして実兄と再会し3年が過ぎていた。もう一度会いたい、会って今度は実母に会いたい、その思いもあっての九州旅行だった。辛い炭鉱時代を思い出すだけだから、親父、本当は嫌だったかも知れないと書いたが、そんな筈はない、だって写真には炭鉱の長屋での祭りに、ねじり鉢巻き姿の親父が楽しそうに写っている。


 私が貰われる前は、隣の娘の静子を実の娘のように可愛がり、三輪車を貸さない私を三輪車毎放り投げる程可愛いと思っていたその娘にも会いたい筈だ。


 京都で待ち合わせて親子3人九州の旅は、1日目と2日目は叔母さんの家に3日は島原雲仙に、4日は熊本の阿蘇、最終日の5目は大分の湯布院と決めていた。


 昭和28年名古屋に引き揚げて以来、17年振りに訪れる飯塚は、息子も21歳となった昭和45年の春だった。新幹線は確か岡山まで、そこから特急で九州小倉、筑豊本線で新飯塚、叔母さんが住む三菱炭鉱社宅に到着した時はもう夕方だった。待ち受ける叔母さんの顔を見るのは、私には高校3年冬の自転車旅以来3年振りだが、親父とお袋にとってはもうそれは久方振り、感慨も一塩だった。実は、叔母さんはお袋のことを少し恨んでいた。


 親父とお袋が仲立ちとなり、叔母さんを九州に呼び寄せて、今の叔父さんに引き合わせたことは書いた、しかし、叔母さんは姉夫婦がその後名古屋に帰る事は聞かされていなかった。だから、名古屋に戻ると聞かされた時はショックで、自分も戻りたいと言ったそうだが、もうその頃は二児の母、迂闊な行動は取れない、止む無く九州の人となった。


 夕食後は、早速一番親しくしていたあの静子の家を訪ねた。高校3年の冬の時は会ったことがない、かといって子供の頃の記憶は遠い昔の話、同年の静子はもう立派な美しい女性となっていた。親父が実の娘のように可愛がった気持ちが分かるような気がする。


 ひとしきり昔話に花を咲かせ、酩酊した親父はもう自分で歩いて帰れない。仕方ないので、私が背中に担いだが、その余りの軽さに驚いた。もう私は170センチ65キロ、親父は155センチ52,3キロ、痩せたその身体を通して伝わる温もりは、何時も私を慈しんでくれた温もりだ。


 しかし、まだ親父は56歳、間もなく古希となる私は、今でも息子達に背負われることはないが、この小柄な身体で、炭鉱や製綿工場の重労働に耐え、育てて呉れたのだと思いながら、叔母さんの家に戻った。


 翌日は4歳上の実兄と会って、5市が合併して北九州市若松区となっていた実母が暮らすアパートを訪ねた。この旅の目的は、親父とお袋の親孝行と実母に会うため、実兄は当然実母の住所は知っていた。


 生まれて初めて会った実母は、私を見た途端泣き伏した、何の言葉も発しない、ただ泣いている、泣いている背中を見ていたら、私は突然胸の中で思った、もうこの女性は俺の母親ではない、と。


 自分でも冷徹だと思えたのは、彼女(もう実母という感情はない)の子供に会ったからだ、私より一つ下の20歳の義理の妹、3歳下の高校3年の義弟、そして小学校6年生の女の子。


 離婚したあと彼女は再婚し3人の子の母に、再婚相手は沖縄の男で、知念姓を名乗っていた。乳飲み子の私を捨てた時、既に彼女は好きな男が居たのだ、九州の女性の気性は激しいという、嫌いになれば、嫌いな男の子供は、もう自分の子ではない


 その嫌いな男の息子が来た、彼女にとって迷惑の何者でもない、ただ泣くだけで二度と見たくないこの男(私)は去っていくだろう、それでさっぱりする、只泣くだけの背中を見て茫然とする私に、悪魔のようにその呟きが聞こえた。


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