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東京浅草 前段

東京浅草


 無事九州の旅も終了し、後は卒業を待つばかり、担任の嫌がらせもあったが何とか卒業し就職、親父もお袋もほっと一息ついていた矢先、突然の家出。何処に行くとも云わず、さぞかし面食らうとともに心配しただろう。


 当の本人、親の心を知らず、何時もの只何となく、が動機の家出、東京へ向かうため午後10時発沼津行きの名古屋駅0番ホームで、呑気に餡パンを齧りながら列車を待っていました。


 各駅停車の鈍行列車、途中沼津で乗り換え東京駅に到着したのは朝の6時、東京駅は大きい、人、人、人、駅を出れば皇居が近い。勿論お上りさん、物珍しさに御丁寧にも皇居を2周した。残す所持金は僅か200円否もう少しあったかどうか忘れたが、そこからボールペンと履歴書を買い、店員募集の張り紙がしてある喫茶店に飛び込んだ。


 碌に身元調査もされず(運転免許証は所持)採用されたのは本当に運が良かった。帰る汽車賃もなく泊まる宿代にも事欠き、勿論家に連絡(家には電話はない)する手段もない私にとって正に幸運の何者でもない。


 そこ銀座店は本店で、私は浅草の支店で働くことになった。案内された浅草店は、5階建てで、1階が靴店、2階が喫茶店、3階から5階までが住居で銀座店のオーナーが所有し住んでいた。喫茶店には、30代の支配人と副支配人の男性二人が黒の蝶ネクタイでスーツを着てフロントを、厨房には和歌山から来た21歳と19歳の男二人と、20歳の女性の3人組みがいた。


 寮から通うことが出来たので、寝る所と夕食は確保、私も厨房担当なので、朝はコーヒーとパン、昼はスパゲティでも何でも作ってくれるので、食事の心配はなかった。


 何故か、その時一緒に働いた人達の顔は同年の19歳を除けば、鮮明に思い出す事が出来る。21歳の男と20歳の女性は同棲していたと思われるが、まだ男女関係が分かっていない未成年では、只何となく羨ましいと感じていただけで、それ以上詮索する気持ちはまだ持ち合わせていなかった。


 寮から店への往復の毎日だったが、見るもの聞くもの刺激の毎日、その内寮生とも仲良くなり、将来店を継ぐ為に洋菓子の修行をしている若者が作る試食品を御馳走になりながら楽しく暮らしていた。


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