空白の1年
境内
勝川のアパートの近くに小さな神社と境内がある。境内は全て開放、そこに座って見る秋の月は澄んでいて、見ているだけで清々しい。ある日、隣の部屋に住む同じ歳の彼女と一緒に座って月を見た。
彼女は、中学卒業後デパートの店員になっていた。何故、若夫婦と暮らしているのか分からないが、か、と言ってそれを聞いたことはないが、やはり気にはなる存在だ。
女性を近くに見たのは初めてのことで、少しどきどきしたが、ただたわいのない話をしただけ、それを何といっていいのか、今も分からない。
大型トラック
それは思いもよらないことだった、高校1年の秋、何と実の兄が勝川のアパートを訪ねて来たのだ。どうして此処に住んでいるのが分かったのか、兄のことは高校入学に必要な戸籍謄本で、実は自分が養子で、4歳上の兄が九州に居ることはその時知ったが、それにしてもあまりにも突然だ。
勿論家に電話などない、どうやって連絡を取っていたのか、考えれば考える程謎だ、でも実際に来た、それも大きなトラックで、国道19号線からアパートに続く道は整備も不十分で、道幅一杯にトラックが侵入してきた。迎える私はもう驚きで胸が潰れた。
仕事の途中寄ったとのことで、友達と一緒だった。狭いアパートの部屋に、親父とお袋、私、兄、兄の友達、5人、何を話したかもうすっかり忘れたが、その時の兄の顔ははっきりと覚えている。優しい顔立ちで、少し痩せていた、色白は私も同じだが、とてもハンサムだった。
兄は私の事はよく覚えていた、九州を離れ名古屋に行ったことも知っていた。実は、私には内緒で親父とお袋は、九州と連絡をとっていたのだ。しかし、今日訪ねて来ることは、親父もお袋も知らなかった。
16年間の空白を埋めるにはあまりにも少ない時間、あっという間に過ぎ、兄はトラックに乗った、それをただ黙って見送った。
空白の1年
有数な進学校で大学に行かない者は、もうそこで落ち毀れだ。1年からひたすら大学受験に励むクラスの中で、自分だけが浮いた存在だった。中学時代、きちんとした学習態度が身に着いていない私、加えて参考書の購入さえままならない家庭環境では、最初から此処を選んだのが間違いだった。
2年生になったら、出席日数も大幅に減少した、何とか赤点を取らず進級したが、友達も出来ず、珠に柔道で憂さを晴らす毎日、この1年の記憶は殆どない、正に空白の1年だった。




