プロローグ
理想薬『マイン』
この薬は科学が発達した日本において次のステップへ進むための第1歩になった薬だった。
脳科学の専門家たちが人は日頃から願いを思い続けることにより、いずれ具現するという理論をたてた。つまり、リンゴが欲しいと思っている。子供であれば母に頼み買ってきてもらい、それを食べる。ある職業に憧れ努力し、その職業につく。この行為の中に何か不可視の力が働いている。今まで熱意と呼ばれていたようなものに単純にエネルギーがあるのではないか、という理論だ。そこで政府は人の思いが現実に働きかける力を半永久的に超強化するための薬を作った。つまり、思うだけで望みが叶う薬である。
例えば、この箱の中にこの位の水が欲しいという思いがあったとして、現実それは水を取りに行くしかないのだが、この薬を摂取し、それを事物としてしっかりとイメージすることが出来ればそこに水を発生させることが出来るということだ。
すごい!と思うだろう?僕も最初はそう思った。しかし、現実はそうはいかなかった。
確かに生活面での向上は目覚しいものだった。生活用品を売っていた数々の会社が苦しめられて、政府から多額の補助が出るくらいには『マイン』は売れた。
最終的には政府が採用し小学校入学時に強制的に摂取することが義務付けされたのである。
便利になっていく反面その有用性は、犯罪面にも利用されるようになった。
空き巣や窃盗などの事件が相次いだ。なぜなら鍵の構造を理解し、解錠するイメージを持つ事の出来る人物はその鍵を開けることが出来る。警察は天手古舞であった。そんな中、あの事件は起こった。
ある少年、高柳 徹は中学校3年生だ。遅くまで受験勉強を学校でしていてかえるのがおそくなってしまっていた。
「まっずいなー、夕飯…間に合うかなぁ」
夏も終わりに近く当たりには夜の帳が落ちていた。不意に角の向こうから複数の人影が現れる。白い服を着込みフードを深くかぶった上に顔を鈍い銅色の仮面で隠している。
「えっ?え、え?なに?誰?」
突然現れた集団に驚く僕に対して彼らは言った。皆、口々に言った。
「眠れ」「眠れ」「眠れ」「眠れ」「眠れ」「眠れ」……
「な、何を言って、あ…」
気味が悪くて逃げ出そうとした僕の足から力が抜けていく、そのまま僕の意識は闇に沈んだ…
強く揺さぶられる…、何度も何度も、意識が朦朧としている。次に頬に強い衝撃が走った。そこで僕の意識が覚醒した。
「やっと目覚めたか、よく眠れたかな?坊や」
「あなたは、誰ですか??」
「攫ってきているのに答えると思うのかい?馬鹿なんだねぇ?坊やは。」
夜なのだろう暗くて周りが良く見えないが、見渡すとそこにはあの時現れた白い服の人達が夜の闇に映えるように立っている。目の前の人はほかの人と違って仮面が銀色だった。声からして男だろうか。
集団の異様さもそうだが少し肌寒い、恐らく高所なのは間違いがないだろう。
「どうゆうこと?ここどこ?なんでこんなことするの?」
僕の頭の中は分からないことで溢れていた。銀の仮面が近づいてくる。
「君はねぇ、選ばれたんだよ。」
「なにに?」
「君はねぇ、私たちに祝福されるんだ。初めてなんだよ?私たちが祝福を行うのは。素晴らしいことなんだ」
仮面の穴から唯一見える目は焦点が定まらず、異様な動きをしている。怖くなった僕は叫んだ!
「そんなのいらないよ!帰らせて!」
「いらないィィィィ??お前、今いらないって言ったなァァァァ!我らが祝福すると言っているのにィィィィ!?」
突然狂ったような声をあげる男はそのまま僕の首を掴み、絞める。
「うぐっ」
苦しい息ができない、誰か、助けて、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い…
いきなりふっと絞める手が緩む。僕は大きく息を吸いこみそのまま男を突き飛ばした。
「あぁ!?長になんということを、祝福だ」「祝福だ」「祝福せねば」「早く祝福を!」白い集団が口々に祝福と繰り返し出す。僕の意識がまたぼぅっとしてくる。今度は倒れない。
「そうだ祝福だ!始めよう!祝福の時を!憐れな者に祝福を!」
銀の男が声を張り上げる。祝福の言葉が繰り返される度に体の感覚がなくなっていく。不意に体が動き出す。自分では指1本動かすことは出来ないのに、足がどこかへ向かっている。光るネオンが見える。
つまり向かっているのは…この建物の屋上の縁!?
まずい!このままでは落ちてしまう!ダメだ、ダメだダメだダメだ!踏み留まるように脳に指令を送る。少しだけ動きが鈍くなる、それを見た白い人たちが声を大きくしてまた祝福と繰り返す。
また元の速さで歩き出す。1歩、また1歩としに近づいていく、そして銀の男が一際大きな声を上げた。
「かの者に祝福をぉぉぉぉぉぉ!!はぁ、これで、祝福を終わります。」
その言葉を聞いてハッとした僕は何も無い宙に踏み出していたのだから。