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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

駄天使の分け前

作者: 渡鳥 陸

 皆さんは、天使の分け前というのをご存じだろうか。

 これは、ワインにおける用語で、ワインの製造過程で熟成させている間にワインの水分やアルコールが蒸発して、体積が減ることを指す。

 知らず知らずのうちに減っていくワインを見て、昔の人はコッソリ天使がワインを飲んでいるのではないかと空想し、天使の分け前と名付ける事によって天使の加護を願ったのだ。

 今回は、そんなお話。


 ▽ ▽ ▽


 ここに、一人の女性がいる。彼女の名前は木々乃瀬空(ここのせそら)

 今、彼女の風呂場からは、ズルズルと何かを啜るような異音がたっていた。


 彼女はそこにゆっくりと近づき、音をたてないように風呂場のドアを開き、風呂の水を啜っている男の頭を掴むと一気に風呂へ押し込んだ。


 水面に無数の泡が浮かび、じたばたともがく男の抵抗で頭が水中から押し上げられた。


「やぁ、空。今日も厳しい責めだね。」


 水を被って濡れそぼった髪、その一つ一つが赤銅色に煌めき、何も知らない女性が見れば一目で恋に落ちるレベルで綺麗だ。何も知らなければだが。


「ねぇ、ルシフェル。またやったの?」


「また?なんのことだい?」


「また風呂の水飲んでいたでしょう」


「天使の分け前を貰っただけさ」


「どこが天使の分け前......だっ!」


 彼女の正拳が男の鳩尾に突き刺さる。


「げっふ」


 悶絶する男、その背には一対の翼が生えていた。


 ▽ ▽ ▽


 彼女がこの男を拾ったのは2ヶ月前。

 はじめは男を拾うつもりなんて微塵も存在しなかった。彼女が見つけたものは薄汚れた毛玉型の生物だった。

 汚れて薄い灰色になっていて、さらに翼が生えた奇妙な生物だったが、ボロボロな姿を見て飼うことを決意。

 洗ったり、ミルクを与えたりしていたところ、拾ってから3日後に男の姿に変身したのである。


 彼は自らをルシフェルと名乗り、天界を追い出されて天使の力が弱まった為にあの姿になっていたと語った。

 そして、毛玉状態で一緒に入った時に飲んだ風呂の水に惚れたとも言った。


 戸籍も金も持っていないので追い出す訳にもいかない。そんなこんなでこの翼の生えた男との奇妙な同棲生活になってしまったのだった。


 ▽ ▽ ▽


 ビニール紐でぐるぐるに縛られた男が一人。近頃はアニメでも見ない簀巻きである。


「ねぇ、ルシフェル」


「なんだい?空」


「風呂の水飲むのは止めてって言ったよね?」


「そうだね、君はそう言ったね」


「それを覚えていたうえでこれをやったの?」


「僕達天使は人が関わった液体を飲まなければ、現世では満足に実体を持てないからね。天使の分け前だと思って見逃してくれるとありがたいなぁ」


「うるさい」


 ソラ   の ひらてうち ! ルシフェル に 10 のダメージ!


「へぶっ」


「そもそも何?その、人が関わった液体を飲まないといけないってルール」


「えっと......」


「言いなさい」


 空はそう言いつつ、足の裏でルシフェルの顔を踏む。室内なので一応靴下である。


「イェス!マム!説明させていただきます!」


「手短にね」


「はい!手短に行います!」


 きっちりとした敬礼。本当に天使なのだろうか。


「僕たち天使は、世界の管理を手伝う為に神様によって作られたんだ。でも、君達の様に何かを食べて生きるとなると、与えられた力の使いすぎによって世界のバランスを大きく崩す恐れがある。だから、僕達天使は、生きている生き物のプラスの感情エネルギーを吸収して生きるようにつくられたんだ」


「へぇ~、それで?それがどう関係するの?」


「天使は天界で活動する。だから、大気中のエネルギーは基本天界に吸い上げられている。結果、天界にいる間は常時活動できていても、現世に降りてきた時にエネルギーが足りなくてすぐ動けなくなる」


「ご飯が無いわけね」


「そこで、液体の出番さ。人の感情はじんわりと外に流れ出ている。それが、大気なら拡散して天界に吸われてしまうが、液体に溶け込めば吸われる事はない。それが、天使の分け前さ、人がワインを造る時っていうのは、美味しくなるようにだとか綺麗な色が出るようにとかの感情エネルギーを溶け込ましながら造っているものさ。だから、少しだけワインをいただいて活動するのさ」


「そう、それで?ルシフェルが、私が入った風呂の水を飲むのは?」


「リラックスとか、癒されるとか、空のプラスエネルギーが溶け出しているからね。美味しいよ?」


「他の天使達は飲むの?」


「超よっぽどの緊急時でなければ飲まないんじゃないかな」


「変態」


「ありがとうございます!」


「はぁ、なんでこうなっちゃったんだか」


 ▽ ▽ ▽


 それは変態(ルシフェル)が変態......もとい変身した次の日。風呂の水を飲んでいたことが発覚し、それを咎める為。今回と同じ様に簀巻きにして数回殴り、「最低」と罵った結果、ルシフェルは被虐趣味(マゾヒズム)の扉を簡単に開き。


「もう一度お願いします!」


 と、いってのけたのだった。


 ▽ ▽ ▽


「それで?ルシフェルが風呂の水を飲まないようにするためにはどうすればいいの?」


「えっと......実はあと三ヶ月くらい飲まなくてもいいんだ」


「え?あぁ、そう。ということはつまり」


「そうだね、今回のは完全に楽しむ為に飲んだのさ!」


 無言の前蹴り。


「げっふ」


「はぁ、どうせなら毛玉モードでいてくれたらいいのに」


「毛玉モードなら飲んでもいいのかい!?なら、今すぐにでも!」


 一瞬にして毛玉モードになり、簀巻きから抜け出してくる変態。

 空は無言でそれを踏みつける。


「キュ!?キュキュー!(ふぁ!?ありがとうございます!)」


「はぁ、しんどい。もう寝る」


 変態の心を折るのは難しい。二十数年生きてきて、ここ最近知った事である。


 空は自室に戻り、自室の鍵を閉めてから布団に潜った。

 鍵を閉めたのは、変態が入ってきた事があるためである。

 自宅にいながら変態に襲われる(布団に入りこんでくるだけだが)。嫌な時代になったものだ。

 空は星○一のような言葉を思い出しつつ、意識を落とした。


 ▽ ▽ ▽


 三日後、ルシフェルが消えた。

 ふらっと出ていって、まるで猫のようだと思いつつ、空は一人ぼっちの自宅を久しぶりに楽しむ。


 翌日

 ルシフェルは帰ってこなかった。


 翌々日

 空は、静かな家に嫌気を感じていた。

 あの小うるさい変態でも、少しは自分の心を和らげてくれていたのだと気づく。

 もしかしたら、ルシフェルを踏む事で彼女も加虐趣味(サディズム)に目覚めていたのかも知れないが。


 気がつくと、ルシフェルの事を考えていると気づいた空。自分の気持ちが理解できず混乱する。その日は、そのまま整理出来ずに眠りに着いた。


 ▽ ▽ ▽


「はぁ、どうしたのかな私」


 仕事の帰り道。空は一人呟く。

 時折ルシフェルの事が頭をよぎり、集中が途切れる。それとは別に無性に上司(あのハゲ)を虐めたくなる事も気になった、ルシフェルが来る前まではそんなことは無かったのだ。


 どんっ。


「あっ、すいませ......」


 考え込んでいてぶつかった。その相手に空は驚く。

 外国の人でも見ないような透き通る赤銅。顔は違うが、その色はまるでルシフェルの髪の色、ただ髪の根元が漆黒に染まっていた。


「あぁ?いってぇなぁ」


「本当にすみません」


「あぁ、いいよいいよ。問題無い」


「そうですか?」


「死んで償って貰うから」


「え?」


 男の、背筋が凍るような、悪意に満ちた笑顔。

 振り上げられた手を見た瞬間、空は跳んでいた。

 そのすぐ後、石畳に男の手がのめり込む。

 空は跳んだ先の人にぶつかり転倒する。


「あれ?避けちゃうの?人間のくせに。俺の手を煩わすなよ」


 立ち上がれないまま、男は目の前に立つ。

 周りの人は既に逃げ始めて、助けてくれる者はいない。

 男は空の首を掴むと、そのまま持ち上げる。


「ん~。どうしよっかな~。火炙り、八つ裂き、溺死に磔。ねぇ、どれがいい?」


 男は空に尋ねるが、首で吊りあげられている空には答える事が出来そうにない。

 しかし、空はそれに答えるかのように、前蹴りを男の鳩尾に叩き込んだ。


「ぐっ」


 力が緩み、地に落ちる空。

 男が動けない間に走って逃げようとする。

 しかし、


「このクソアマが、調子にのってんじゃねえぞ」


 人には不可能な速度で近づかれ、背後からのアイアンクロー。


「いいこと思い付いた、人間ってのは空飛べなかったよなぁ」


 男は、そのまま垂直に浮かぶ。その背中の黒い翼で。

 そして、かなりの高さまでくると、男は躊躇いもなくその手を離す。


「紐なしバンジー一名様。天国へご案内~なんてな、キャハハ。精々、恐怖して恐怖して恐怖しきってからトマトみたいに潰れて消えろよ~」


 遠ざかっていく男の笑い声。気持ち悪い浮遊感とともに、空が思い出していたのはルシフェルの事だった。


「ルシフェル」


 聞く相手などいるはずもない超上空の呟き。


「ごめんな空、遅れた」


 その呟きにただ一人、天使の彼だけが答えることができた。

 ルシフェルに両腕で抱き抱えられる。気持ちの悪い浮遊感は消失し、心地よい暖かさの中に包まれる。


「ごめん、すぐ降ろす」


 何かが歪む感じ。

 空が気がつくとそこはもう何処かのビルの屋上だった。


「ルシフェル、いままで何処に行ってたの?」


「僕はここ数日、あいつを捜していた」


「あいつは誰?ルシフェルと似たような髪色に、黒い翼を生やしていたけど」


「あれは天使だった者、力に溺れた天使の末路。僕達は、あれを悪魔と呼んでいる」


「悪魔......」


「僕達天使はプラスの感情エネルギーを吸っているといったね」


「えぇ」


「じゃあ、マイナスのエネルギーがどうなっているのか気にはならなかったかい?」


「少しは思ったけど......どうなっているの?」


「基本は浄化されて雨などと一緒に流して返される」


「吸えないの?」


「吸えるよ、ただし吸えば吸った分だけ魂が歪む」


「魂が?」


「君が見たように、力に溺れ、守護するべき者達に手をあげる。そんな者になる」


「天使達は彼を止めないの?」


「今のアイツは、エネルギーを大量に吸収した状態といっていい。そんな相手に、逐次エネルギーを吸収する事に慣れて最低限のエネルギーしか蓄えて無かった天使達がかなうはずも無かった」


「それじゃあ、あいつはどうなるの?」


「俺が止める」


「ルシフェルが?かなうの?」


「僕がやらなければ、後は多分世界が滅ぶか神様がリセットするかのどちらかだと思う」


「なんでルシフェルが戦うの?」


「一番可能性が高いから」


「それだけで?」


「それだけじゃないんだけどね、僕にも戦う理由はあるから」


「そう......」


 ルシフェルに抱きつく空。


「ねぇルシフェル、死なないでよ」


「空?どうしたの?」


「ルシフェルが居なくなってさ、少し寂しかったんだ」


「そうなんだ、そう思ってくれるなんてありがたいね」


「また私に寂しい思いをさせるわけ?」


「......ごめん、もしかしたら、そうなるかもしれない」


「死んだりなんかしたら許さないから」


「許さないって?」


「あの世で会っても遠くから眺めるだけで何もしないでやる」


「はは.......それはちょっと辛いかも」


「なら、なにがなんでも帰って来なさい。そうしたら踏んであげる」


「それは頑張らないとね」


 空の腕をそっと剥がすルシフェル。


「そろそろあいつが来る、空は隠れていて」


「うん」


 二枚の白い翼を大きく開き、ルシフェルは飛び立って行く。


 暮れ始めている空を舞うその姿は何時もの変態では無く、護るべきものを見つけた天使の後ろ姿だった。


 ▽ ▽ ▽


 ルシフェルが、高高度へあがった後すぐに男はやってきた。


「やぁやぁ、これはこれは天使さん。そういえばあんたがいたなぁ、忘れてたよ」


「サタン、浄化されてまた天使に戻るつもりはないのかい」


「なにをおっしゃる先駆者(、、、)さんよぉ。なぁ、ルシフェル。俺はあんたの事が不思議でなんねぇ。人間達の管理が嫌になって天界を追い出されたあなたが、何故未だ悪魔化していないのかが」


「月並みだけど護りたい者が見つかったとしか言い様がないね」


「そうかぁ、まあいいや、ルシフェル、お前女知らない?」


「女?どんな女だい?」


「てめぇが救った女だよ」


「教えるとでも?」


「それは俺を邪魔したいだけか?それともそれがお前の言う守りたい物なのか?」


「知りたいなら僕を倒してから、だよ」


「分かりやすくていいねぇ!でも天使が俺に敵うかな!」


「勝たなきゃ何もしてもらえなくなるんでね!負けられないよ!君には!」


 その一言を皮切りに、その姿をかきけす二人。

 衝突の度に姿を現しては、その瞬間に人の目視出来ないスピードへと加速し牽制し合う。

 常時ソニックブームが起こり、周囲のビルは軋み、唸りをあげ、窓ガラスが割れる。


「へぇ、天使風情がこの俺様についてこれるとは思いもしなかったなぁ!」


「天界にいなかったからね、エネルギーを貯める必要があっただけさ」


「でも、足りねぇなぁ!!」


 弾きとばされるルシフェル。

 勢い良くビルに叩きつけられる。


「どうしたぁ!そんなんで守りたい物を守るだなんてなぁ!そんなんだったら、俺がそんなもん叩き潰してやんぞぉ!」


 ルシフェルによるエネルギー弾がサタンへと翔ぶ。即座に手を(かざ)して防ぐサタン。


「おぉっと、油断はなんねぇなぁ。でも、エネルギー弾はこれくらい大きくないとなぁ!」


 一瞬で生成される巨大な弾。

 周囲のビル2つ3つは吹き飛ばす大きさ。


「そ~らよっ!」


 勢いよく落ちてくる弾。

 ルシフェルは同じような弾を即座に生成し、ぶち当て、干渉して中和する。


「あぁ?どうしたルシフェル、今のは体を覆うバリアで十分でしたねぇ。ナにやってんだ?」


「なんだっていいだろう、続けないのかい」


「いや、分かったよ。あなたがやろうとしてた事」


「わかった?なんのことだい?」


「てめぇ、このビルのどれかにあのアマぁ置いたんだろ」


「そうだとしたら?」


「ん?簡単な話だろ?こうするんだよ」


 無数に生成される大小様々なエネルギー弾。

 それが辺り一面のビルの屋上を狙って翔ぶ。


 その全てをルシフェルは同じ数のエネルギー弾で撃ち落とす。


「蓄積しているエネルギー量に違いがありすぎんのに、そんなに無理して大丈夫か~、キャハハ」


 二度三度と繰り返される攻撃、その全てを止めきれる訳もなく、いくつかのビルの屋上が粉々になる。

 そのたびに、ビル一つ辺りの攻撃が激しくなる。


「おい、女ぁ!聞こえてんだろ?でてこいよ。じゃねぇとルシフェルちゃんがお前を庇うために力使って俺様に勝テなくなるかもなぁ!」


「止めろ空!出てくるな!」


「ほらほら、ルシフェルさンが死んでしまいますよ?」


「うるせぇ!黙れ!」


 やや濁った色のエネルギー弾が、サタンの顔をかすめ翔ぶ。


「あ?」


 振り向いたサタンの視線の先には、髪の根元と、翼の半分近くを漆黒に染めたルシフェル。


「キャハハ!キャハハハハ!そう、そレ!それだよ先駆者ぁ!お前もコっち側だ!もっとマイナスのエネルギーを使え!キャハハハハ!」


「黙れつってんだよこの野郎が!」


 少しずつ侵食されていく白い翼。それに比例しルシフェルのエネルギー弾の威力と量が増加していく。


「落ちろこの悪魔がぁ!」


「悪魔はてメぇも一緒だろぉガ!」


 ルシフェルの翼が七割ほど侵食されはじめたとき。


「ルシフェル!止めなさい!」


 一人の女性の声が、大気を切り裂き、堕ちかけていたルシフェルの耳に届いた。

 声のもとは、ビルの屋上に立つ空。


「そ......ら......?」


「キャハ?あぁ、あの女か、自分から出てきてこいつを戻そうと?こンな楽しい玩具(おもちゃ)、テめぇなんかに盗らレてたマっかよ!」


 一気に距離を詰め殴りかかるサタン。


 血飛沫が舞い、空の頬を赤く染める。

 庇ったルシフェルの左腕が大きく曲がり。沢山の血が流れ出る。


「ちっ、庇いやがった。つまんねぇ」


「うるさい。何処かへ行ってろ『トランスポート』!」


「ちょ、まずっ!」


 ルシフェルが手をサタンに翳すと同時に、サタンがかき消える。


「ルシフェル!」


「空、まだだ!跳ぶよ!」


 空を強く抱きしめるルシフェル。


「『テレポート』!」


 世界が歪み、一瞬にして背景が切り替わる。そこは、空の家の中だった。

 壁に寄りかかり、血を流すルシフェル。


「ルシフェル、私。ルシフェルを傷つけた」


「いいや違う。ありがとう、空。僕が堕ちるのから救ってくれて」


 しっかりとした目でルシフェルはそう言った。

 見ると翼の黒は半分まで戻っていた。


「それにしても、エネルギーが足りないなぁ、あぁ、風呂の水が飲みたい」


「馬鹿、こんな時に」


「あぁ、この罵倒がエネルギーになればなぁ。心のエネルギーにはなるのに......」


「そもそも、倒したんじゃないの?」


「いや、あれは何処かに跳ばしただけ。多分、すぐにテレポートで戻ってくる」


「だからここへ?」


「そう、君の避難が必要だったのと、ちょっと時間が欲しくて」


「時間を稼いで何かあるの?」


「特には、それどころか転移系を三回も使ったからね。ガス欠さ。もしかしたら、この怪我が治らなくて死ぬかも」


「勝てそうに無いじゃない」


「ははは......やば、血が無くなってきたかも」


「はぁ、仕方ない、いい?ルシフェル、これはご褒美の前倒しよ。」


「踏んでくれるのかい?」


「違う」


「じゃあ何を?」


「黙って座ってなさい」


 ゆっくりと近づく空。

 ルシフェルの足のすぐ側に膝をおろし、正座する。

 空の手がルシフェルの頬を撫で、空の顔がルシフェルの顔に近づいていく。


「空?」


「うるさい」


 ルシフェルの口を空の口が塞ぐ。長いようで短いような一瞬。

 離れた二人の間に唾液の橋がかかる。


「足りた?」


「えっと......足りない」


「本当?」


「ほ......本当!本当だってば!」


「嘘ね、でもいいわ。もう一回やってあげる」


 そう言うと、もう一度深く口づける二人。

 二人が離れた時には、ルシフェルの翼と髪の色は元通りになり、腕は完全に治り、血は止まっていた。

 それどころか、ルシフェルの背中にはもう一対の翼が生えていた。


「凄いなぁ、相手を思った人の唾液ってここまでの力を持つんだなぁ」


「それよりルシフェル、その翼は何?」


「これが本来の僕の姿だよ、今までは最低限の実体化しかできていなかったからね」


「これで戦える?」


「ああ、十分だよ」


「じゃあ、いってらっしゃい」


「いってきます」


 かき消えるルシフェル。

 ただ一人残った空は唇に手をあて考えこむ。


「はじけ過ぎたかしら。ちょっと恥ずかしいわね」


 その一言を聞いている者はいない。


 ▽ ▽ ▽


 テレポートして来たルシフェルを見つけ、サタンは笑う。


「あぁ?逃げた弱虫の犬ガ帰ってキたなぁ」


「御託はいい。すぐ終わらせるよ」


「できるモのですか!」


 姿を消すサタン。

 対するルシフェルは動かない。


「ナんだぁ?諦めたノか?なら死ね」


 どこからか翔んでくるエネルギー弾。ルシフェルはそれを動く事無くバリアで防ぐ。


「はぁ!?超高密度ノエネルギー弾だぞ!?バリアでも防げるモのジゃねぇぞ!?」


「うるさい、すぐ終わらせるっていったよ」


 ルシフェルが手を振る。それに連動し、4つのエネルギー弾がサタンへ翔ぶ。


 サタンは両腕を顔の前で組み、エネルギー弾を防ごうとする。

 しかし、サタンの抵抗を嘲笑うかのようにエネルギー弾は曲がり、サタンの四肢を吹き飛ばす。


「ガァ!!」


 体だけになったサタンが、翼でその場に浮く。


「さぁ、サタン。天界に戻って浄化してもらうよ」


「嫌だ、いヤだ、イヤダ!」


「なら死ぬかい?」


「死ヌ?ソレハ良イナァ、死ンデヤルヨ。オマエラスベテマキコンデナァ!!」


 サタンの中心に集まっていくマイナスのエネルギー。その大きさは世界そのものを破壊するには十分な量。


「しまった!」


 ルシフェルは咄嗟に、サタンの周りにバリアをはる。

 次の瞬間、サタンの爆発がルシフェルのバリア内を暴れまわる。


「くぅぅ!」


 徐々にルシフェルの翼が消えてゆく、エネルギーを使って実体を保てなくなっているのである。

 永遠のような爆発。少しでも気を抜けば、バリアの弱くなった部分から爆風が逃げかねない。

 一対の翼が消え、もう一対の翼も消えかかったその時、バリア内の爆風が収まり、煙の中から黒い色の丸い珠が出てくる。


 ルシフェルはその珠を受け止め、地面に降りる。


「サタン、君は空に会えなかった僕だ。だからこそ、全てを壊したい気持ちは痛いほどわかった。君も今度は誰かに拾って貰うといい」


 ルシフェルは最後のプラスエネルギーを黒い色の珠に注ぎ込む。

 サタンの核であるその珠はやがて綺麗な白に染まり天界へと帰っていった。


「はは、やっぱ使いすぎたかぁ」


 透け始めるルシフェル。徐々にその姿は毛玉に変わる。しかし、彼の核たる珠は天界に帰ることは無い。

 サタンの核はルシフェルが送りだしたものだからだ。


(跳べれば、天界に戻って回復できるんだけどなぁ、人に使い切って自分の分を忘れるとか。本当にだめだなぁ)


(空、ごめん。帰れそうにないや)


 毛玉は、路地の隅で動きをとめた。


 ▽ ▽ ▽


 暗い部屋の中、テレビの音と光だけがその部屋の中で唯一変化している物だった。


「3日前に起きた高層ビル群の屋上が爆発した事件において、専門家は当初のガス管の爆発によるものという説を否定しました。これにより爆発の原因は不明となり、一件の真相は一層の謎となっています」


 部屋の主は壁際に体育座りで縮こまり、3日も帰ってこない相手を待つ。


 ガタン、と何かが落ちる音を空は聞いたような気がした。

 空はゆっくりと立ち上がると、音のした気がした風呂場へと近づく。


 ズルズル、ズルズル。

 聞いた事がある音に空は風呂場の扉を勢いよく開ける。


「ルシフェル!」


「やぁ、空。ひどいもんだね、不安やら心配やらが溶けだしてあんまり美味しくないよ、この風呂の水」


「ルシフェル!」


 空がルシフェル胸に飛び込む。

 ルシフェルはそれを受け止めようと大きく手を開く。

 空は勢いよく回り込むと、背後からルシフェルの首に肘をかけ、いつでも絞め落とせる体勢をとる。


「え?」


 間の抜けたルシフェルの声。


「ねぇ、ルシフェル。今までどこ行ってたの?」


 般若が見えそうな程の声音の空。


「あ......あの後、サタンを浄化したんだけど、それでエネルギー使い切っちゃって、テレポートできないし毛玉状態で空の家に帰ることもできないしで死にかけている所を神様に救われてね。お前は人を守るだけでなく、悪魔化した相手までも殺す事無く世界を救った、その褒美に天使長として天界へ戻って働くといいとか言われて」


「そう、なら今日来たのはお別れって事?」


「いや、違うよ?」


「え?天使長なんでしょ?仕事はいいの?」


「大丈夫、天使長は辞めてきたし」


「は?」


「神様の直属で働いてもさ、なんかこう慈悲あたえつつ働かせられるんだよね。それがなんか緩くて、やっぱり空ぐらいの攻めじゃなきゃ満足しないから、今回の事後処理の仕事だけ終わらせたら神様に辞職届け叩きつけて出てきた」


「はは、そんな理由で辞職届け叩きつけられるなんて神様もたまったもんじゃないわね」


「かなり驚いた顔してたよ」


「そう、それじゃあここに居るって事?」


「そう」


「ずっと?」


「ずっと。君を寂しくさせる事はしないよ」


「そう、なら」


 空が腕を引き、ルシフェルの首が絞まる。

 少しの間そうすると空が腕を離す。


「サタンと戦う前の3日間とその後の3日間いなかった分、それとさっきの風呂の水の分で許してあげるわ」


「やっぱりこの生かさず殺さずの感じ、これだよ!」


「ド変態」


「ありがとうございます!」


 ▽ ▽ ▽

 どうでしたでしょうか。

 風呂の水はいつの間にか減っています。

 あなたの家にも実は変態天使が潜んでいるかもしれませんよ。


 駄天使の分け前-完-

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