2.神様は腹黒だった
『……マ……シ…………マキ…シ……』
誰かが誰かの名前を呼んでいる。
とても透き通る女性の声で。
とても優しい声で。
とても懐かしい声で。
眼が覚めた。
其処は真っ白い世界。
それ以外何も見えない。
まるで白い闇だ。
『気がついたようだな』
辺りを見回していた俺の背後に何時の間にか男が立っていた。
俺は思わず”俺の後ろに立つんじゃねえ!”と叫びそうになったのは秘密である。
「あ、あなたは? 此処は何処なんです? 俺は一体……」
そう言いながら俺は男の姿を確認する。
身に着けている服は何やら古めかしい時代かかった物で古代ローマ時代の服装に似ている。 体型は俺より背が高く百八十cm以上あるだろうか?痩せ型だが貧相でなく服から出ている腕や脚はがっちりと鍛え抜かれた筋肉が見える。 肩や胸は広く逞しい。 世に言う細マッチョである。
髪は短く切り揃えられ色は見事な金髪。 肌は色白で俺の見える範囲ではシミ一つ無い。 しかも顔は俺より万倍もイケメンだ。
死ねばいいのに。
などと心の中で思いながら初対面の人物に対して失礼にもまじまじと見つめていると――
『お前は死んだ。 それをお前は理解しているか?』
え? 死んだ? ああ、そういえば俺、校長にカッターナイフで何度も心臓刺されたんだっけか。 流石にあれじゃあ死ぬだろうな。
『理由は至って単純。 校長と女性徒の痴話ゲンカに巻き込まれたのだ。 しかも女性徒は理事長の孫娘だ』
あの校長、そんな娘に手を出したのか。 そりゃあバレたら色々ヤバイよなあ。
それにしても――
「それは兎も角あなたは何処のどちら様? 此処は一体何処ですか?」
『む? おお! すまん。 名乗っていなかったな。 私はカテナイ。 お前が住んでいた世界――我等はルコンレストと呼んでおるが――その世界の創造主の一柱よ』
「えっ!? もっ、もしかして神様ってやつですか!!」
『うむ。 そうだ』
「神様って死後の世界で本当に会うもんなんですね!」
俺は思わず自分の置かれた状況も忘れて感動していた。
神様って本当にいたんだ!
今まで偉い学者さん達が証明できなかった存在が俺の目の前に居る。
この神様、閻魔様かな?
『そんなわけあるか。 お前達の場合は特例だ』
あれ、そうなの? それより特例って何? 何の事?
「特例? 俺、何か特別な所があるんですか? それに俺達って言いましよね? 他にも居るんですか?」
疑問に思った事を矢継ぎ早に質問する。
『待て待て。 そう急かすな。 質問にはちゃんと答えてやるから一度に幾つも質問するな』
威厳に満ちた声音で制止する。
機動的な人型兵器に出てくる仮面の人を想像してしまう声だ。
「す、すいません! 眼が覚めたら行き成り見た事も無い場所でだったもんですから……」
『ふむ。 一見落ち着いているように見えるがやはり動揺しているか』
「何せ訳分かんない出来事が立て続けに起こり過ぎて何がなんだかサッパリなんで……」
そう、人生初の職場来たら行き成り女子生徒や上役の校長に刺され、気が付いたら見知らぬ場所。
わけワカメな状態なのですよ。
『先ず今のお前の置かれた状況だが……先程も話したがお前の肉体は校長と呼ばれた男の手によって心の臓を何度も刃物で貫かれ生命活動は停止した。 しかし、お前の魂は肉体が死ぬ直前に我が拾い上て生と死の境界の此処に導いた』
「え~と……つまりどゆ事ですか?」
体は死んで魂が生きてる? 俺、死んでんの? 生きてんの?
『今のお前は肉体が死んで魂が生きている状態だ。 しかしお前の肉体が死んでいる以上このままでは魂も死んでしまう。 だが生と死が混在するこの境界なら魂は死にはしない。 そして何故お前達を生かすかというと……世界の歪みを正す為よ』
「世界の歪み?」
何のこっちゃ?
『そう、嘗て我等が住む世界にて大きな戦争が起こってな。 その時使用された兵器の影響が時を超えお前達の住むルコンレストの多数の住人に運命の歪みを与えた。 お前を含め、その数六百六十六。 しかも本来なら死なぬ筈のお前達が死んだが為に更に歪みが加速しておる。 このままでは世界は崩壊し消滅してしまう。 其処でお前達の救済も兼ねて別の世界にお前達の体を創り、其れにお前達の魂を移す。 そうしてお前達の存在を完全にルコンレストから切り離す事によって世界の歪みは正される』
「そうなると俺達の存在した記録はどうなるんですか?」
家族や友人の記憶、及び公的な記録はどうするんだろう?
『お前たちが存在した記録はルコンレストに残さん。 でなければルコンレストからお前達の存在を完全に切り離す事が出来ずに歪みは残ってしまう』
「そうですか……」
……だろうな。 残っていると色々と騒ぎになるしな。
生まれてから十九年間、共に暮らした家族から俺の記憶が消える。
それは俺にとってとても寂しくて辛い。
『その代わりお前が異世界で生きていける様その世界の言葉や文字、一般常識程度の知識、そしてギフトを一つ授ける』
「ギフト?」
『ギフトとは普通の人間は持たぬ特殊能力よ。 ギフトはその者に合った能力を与える。 それの扱い方はギフトが教えてくれるから心配いらぬ。 それと多少は肉体の年齢には誤差が生じておるかもしれぬが気にするな。 ちなみに転移先は邪神に苦しめられているとある国の広場だ。 其処に召喚者全員が居る』
「ちょっ! 邪神て何ですか!?」
聞き捨てならないってばよ!
『邪神の事は召喚先の国の者にでも聞け。 では早速お前を異世界に送る』
「えっ!? ちょっと待って下さいよ!」
いきなりすぎるよ! ギフトや邪神の説明とかもっとしてよ!
『すまぬが時間がないのだ』
神はそう言うと俺に掌をかざし何事か呟いた。
その瞬間、俺の魂はこの世界から消え去った。
☆☆☆☆☆☆
真っ白い世界――生と死の境界に神が一柱。
『ふう。 漸く全ての実験体共の廃棄が完了したな』
一人ごちる。 と、其処へ別の存在が降臨する。
『カテナイ様、次の第二段階を行うための試験体の準備完了しました』
その存在はカテナイの部下だった。
『しかし、よろしかったのですか? 折角の実験体を全て廃棄して。 せっかく実験体共の体も新たに作り直しというのに』
『我が力を得る為、能力付与の実験にルコンレストの人間の魂を手に入れるのに運命を弄って殺したまでは良いが結果、我等神々の力に対して強い抵抗力を持ってしまったのだ。 簡単に始末出来ぬ者を我の近くに置けん』
『能力付与により中には面白い能力を身に付けた者が居りましたが。 例えば、そう……先程の若者は特に。 お陰で良きデータが取れましたぞ』
其処でカテナイが邪悪な顔で嘲笑する。
『ハハハハハ! あの者のを殺す時も見ものだったぞ! 何せ本来ならば結ばれる運命にある娘をライバルに寝取られ更に刺されたのだからのう。 これだから人の運命を弄るのは止められん。 クックックッ!』
実は歪み云々はでっち上げで正輝を殺したのはカテナイ本人だった。
カテナイは自身が神の領域を超えんが為に様々な種族を使い生体実験を繰り返していた。
とは言え既に正輝はこの世界とは縁もゆかりもなくなった上に正輝達がこの世界に戻れぬようカテナイが予防策を講じた。
そう、正輝達実験体がこの世界に帰還する術はないのだ。
正輝がこの事実を知ることは永遠にない。
一頻り笑ったカテナイは真面目な顔に戻る。
『しかし、余興に興じておれる時間は少ない。 そろそろ奴等――主神共が動き出す。 早く次の計画に移行せねば』
『既に準備は滞り無く……』
『では行こう! 我が神々の頂点に立つた為に!』
『ハッ!』
二つの存在も消え去り此処は再び静寂に包まれた。