11,食堂の母娘
発掘場の出入り口戻ってきたバルデスさんと俺達。
「もう夕方か……」
発掘場に入るまではまだ日は空高く在ったのに、今はもう街の建物の屋根の上の高さにまで落ちていた。
「そろそろ腹が減ってきたな。 食堂も開いてる頃だろう。 シュタインの奴はまだ仕事だろうから先に飯でも食わないか?」
俺も腹が減っていたのでバルデスさんの意見に賛成だ。
「そうですね。 彼方此方歩き回ったのでお腹がペコペコです」
「私もそれで良い」
他の二人も賛成したのでこのまま食堂に向かう。
食堂に行くと中からガヤガヤ、ガチャガチャと騒がしい声や音が聞こえ、扉には”開店中”の看板が掲げられていた。
扉を潜ると中では沢山の人でごった返していた。
「あ、バルデスさんいらっしゃい。 今、込んでるから適当なとこに座って下さいな」
バルデスさんに声を掛けてきたのは二十歳前後のブロンドで長髪のエプロン姿がとてもよく似合う綺麗なお姉さんだ。 耳が長いので間違いなくエルフだ。
「ああ、分かってる。 所でお前等、此処のメニューはパン、スープ、チーズ、ジャーキー、麦粥、後、街の門が開いてる今なら新鮮な肉なんかも食えるが、軽く金貨三枚はするぞ」
「げっ!? 僕の一か月分の給料じゃないか! そんなにするんですか!」
ほほう、アルサートのお給料は金貨三枚なのか。
ただ、俺は物価がどの位なのか分からないので高いか安いか分からん。
「それは多分、三ヶ月前の邪神襲来による被害の影響もあるだろう。 あの時、農村部で結構な被害が出たからな。 それで農作物の物価が高騰したんだ」
レイヤの話にバルデスさんが付け加える。
「更に富豪や貴族達が優先的に、しかも通常価格で手に入る様に優遇されているからな。 その皺寄せが一般市民の生活、特に妖精族が住むこの街に直撃しているとシュタインの奴が愚痴を零してたな」
この国の貨幣は銭貨、銅貨、大銅貨、銀貨、金貨、宝貨の六種類があり、銭貨十枚で銅貨一枚、銅貨十枚で大銅貨一枚、大銅貨五十枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚、金貨千枚で宝貨一枚なのだ。
宝貨とは宝石でできた貨幣だ。
貨幣の材料である宝石の種類は色々とあるが宝貨の価値は皆同じだ。
金持ちの中にはこの宝貨をコレクションしている者も居るという。
「この街では低レベルの探求者でも金貨くらいなら楽に稼げる。 だから年々、探求者になりたい貧民が街に遣ってくる。 ……だが、その大半は探求者に向いてない。 探求者を諦めるか、途中で死ぬかのどっちかだ」
バルデスさんの言葉で場の空気が暗くなる。
「それより注文がお決まりならさっさとして欲しいんだけど? バルデス」
話に夢中になってて気づかなかったが、何時の間にかシルバーブロンドの少女が俺達のテーブルの側に来ていた。
少女は十四歳位だろうか、妙に大人びて艶っぽい。 可愛いより綺麗といった部類だ。 それに一番目を引くのは何といっても髪の色。 この異世界でシルバーブロンドなんて初めて見た。
「何? この髪が珍しい? 気味が悪い?」
少女はとても不快な顔で俺を見る。
バルデスは”しまった!”と言う顔をしてるが意味が分からない。
「確かに此処では初めて見たよ。 でも、気味が悪いって何で? とっても綺麗だよ。 それに俺のとこでは銀は聖なる物として扱われるんだよ。 気味なんて悪くないよ」
俺は素直に感情の赴くまま少女に話した。
「そう……。 ところで早く注文を言ってくれないかしら?」
と、少女はそっけなく答えた。 心なしか顔が赤いような気がするが、多分、蝋燭の明かりで照らされた色が肌に反射してそう見えただけだろう。
隣では何故かバルデスさんが呆然としているがどうしたんだ?
「あっ、そうだね。 じゃあ、パンとチーズ、それとスープをお願い」
「分かったわ。 バルデスと其処の貴方達はどうするの?」
はっと我に返ったバルデスさんは俺と同じものを頼み、アルサートとレイヤはそれに加えて魚のジャーキーを注文した。
少女が立ち去った後、バルデスさんが説明してくれた。
「あの娘はイヴ、厨房に居るのは母親のコゼット。 此処は二人だけで切り盛りしている。 ……それでだ、あの娘があんな風に言ったのはここいら辺では昔からシルバーブロンドは魔性の証と言われていてな。 まあ、そんなの迷信なんだがな。 それであの娘はハーフエルフ以上に人間や同族の妖精族からも嫌われ、迫害を受けているんだ」
「ハーフエルフも嫌われてるんですか?」
「ああ、ハーフは人間族と妖精族、二つの血を持つ。 人間族は妖精族の血を嫌い、妖精族は人間族の血を嫌う。 結果、互いの一族から嫌われ迫害されるんだ。 だからあの娘も今までの経験から人嫌いで仕事以外じゃ話もしないんだがな……。
バルデスさんは最後の台詞を小いさい声で話す。
「あの娘のあんな顔、俺は初めて見――」
カタン!
バルデスさんの最後の言葉を遮り、テーブルの上には注文のパンが載せられた木製の皿がテーブルの上に置かれた。
「御注文の品よ。 バルデス、余計な事話さないで」
イヴは怒気を孕んだ視線でバルデスさんを睨み付けた。
「悪い。 余計なお喋りをした。 許してくれ」
バルデスは軽く両手を挙げ、降参の意思表示をしめす。
「分かったならいいわ。 でも、二度としないで」
「分かった」
バルデスはイヴが運んできたパンを貪る。
イヴは注文した品をお盆に載せて次々運んで来る。
最後に運ばれてきた料理はメニューには無い、しかし俺には馴染みの物だった。
この香り立つオリーブオイルとガーリックの香り! そしてオリーブオイルで化粧され艶を放つ麺から覗く赤い小さく輪切りにされた唐辛子とパセリ!
見た目といい、匂いといい間違いない!
「こ、これはペペロンチーノ!」
「そう。 ……嫌い?」
俺は満面の笑みを浮かべて言う。
「大好物さ!」
「そう。 良かったら食べて。」
「でも、いいの?」
「ええ、奢りよ。 その代わり貴方の名前を教えて」
「俺の名は正輝。 これからこの街で探求者をやるんだ。 宜しく」
横からまたしてもアルサートが入ってくる。 お前、呼ばれてねぇだろ!
「僕の名前はアル――」
「貴方には聞いてない」
「……」
アルサートは自分の自己紹介をバッサリ切り捨てられた。 スゴスゴと引っ込んで食事に向き合い、黙々と食べ始める。
ハッハッハッ! アルサート、ざまあないね!
「そう、マサキ……。 良かったら、また食べに来て」
「おう! 常連になるよ」
「……ありがとう」
イヴは一言そう言ってから厨房に戻った。
バルデスは俺のペペロンチーノを見てボソリと呟く。
「マサキ、それ、裏メニューで俺でも滅多に食えないんだが……」
「ン? そうなの?」
「ああ、さっきも言った通り、此処はあの母娘が二人で切り盛りしているから人手が足りないんだ。 だから、一寸でも手間が掛かるものは時間の関係で作れない。 手が空いて暇だったら偶に作ってくれるんだが、そんな事は滅多にない。 だから裏メニューになったんだ」
「ふ~ん」
そうなのか。 それにしてもこのぺペロンチーノ、シンプルだけど凄く美味え!
俺は久しぶりの大好物に舌鼓を打った。
☆☆☆☆☆☆
さっきからイヴの様子が変だ。
行き成りぺペロンチーノを調理しだしたのだ。
あの娘の料理は絶品だ。 でも、母であるコゼット以外、決して他人には食べさせようとしなかった。
普段なら客に提供する裏メニューのぺペロンチーノもコゼットが作っていた。
親として気になったので仕事をこなしながらイヴをそれとなく監視。
すると調理したペペロンチーノを客のテーブルに持っていくではないか!
しかも、よく見るとイヴがペペロンチーノの皿を置いたのは小さな男の子の前。
もしかして”イヴにも春が来たのでは?”と考えたコゼットは――
「あの男の子の事、調べなくっちゃ! イヴを私と同じ境遇にしない為に!」
そう心に誓うコゼットであった。




