文様
あの日から幾日が過ぎ、男はまたモグラになっていた。ベローダ博士はよほどの遺産を残したのだろう、レイハは自分の興味だけに集中して街と郊外を往復する日々を送っていた。そして、やはり自分に付きまとっていたのだ。
迷惑とは思わない、あの件があったのだからむしろそのほうが当たり前のことだと自分を納得させることにしていた。いつもの午後にある一つの出来事があった。
この間まで関わっていた墳墓から棺が取り出されたとのことだ。
「カガリ君か、当たりかね?」ひげをたくわえた紳士が簡易テントの中で報告をたずねた。
「どうやら、教授の考えていた人物とは違うようです。それと、棺が妙なんですが、一緒に来てご覧になっていただけますか?」メガネをかけた男はそう言うと、「ふむ」と答えて腰を上げてカガリと呼ばれた男の後を年齢に似合わぬ足取りでついて行った。
「棺以外に副葬品は出ていないんじゃから、開けるときだけ呼んでくれと言っておいたはずだがのぅ」不服そうに、しかし聞こえない程度につぶやいた。
これです。と言われ教授は一度メガネを拭き、よく見えるようにかけなおした。
「この装飾は?絵かそれとも文様・・・この地域のものではないようだ。ふむ、面白い。資料を集めるようにさせなさい。全ての画像をワシの研究室に送って、似たような文様が過去に無かったか探させよう。」教授は的確に指示を出し「しかし」と頭の中で考えた。「時期が少しずれる可能性があるな」
この地域は本当に墓場だな、次から次に見つかる。掘るなら墓より都市の方が楽しいのだが仕方がない。こないだよりは浅いようだが、年代的には同じようなところか。
自分の考古学的な知識をその分野の大家と比較するのは間違いだが、これまでの経験がそれを埋めていた。この街に来てから3年以上もう10以上の墳墓を掘ってきた。
「しかし不思議な事は」と男は考えた「都市か集落遺跡の痕跡が無いのに墳墓だけが異様に多い、あれらの棺に入った古代の死者は一体どこから来てここに葬られたのだろう?」
教授はもう一人の地質学の専門家に意見を聞くことにした。
「墳墓の場合は遺跡や遺物と違い、年代確定は地層から導き出すのは難しいのですが」と前置きした上で、その地質学者は「おそらく近くで発掘されたものより時代的に100年程度の違いがあるのでは無いでしょうか。」丁度アレクサンドロス3世つまり大王の時代だ。
「ふむ、それでこの文字か絵のようなものなのだが」と教授は尋ねたが。
「それについては教授が専門でしょう?しかし見たことのないものですね、これは」と地質学者はこたえた。
「そうじゃな、ワシの専門だが。開けてみるしかないかの」と教授は顎のひげをいじりながらひとりごちた。「確か一人居たな、こういうのが専門の男が」
次の日、男は以前自分の掘っていた現場に呼ばれた。
どうせ雇い主は同じこの教授だが、作業から抜けるのはあまり好きではない。さっさと切り上げて今の現場に戻ろう。そう決めて教授のテントに入っていった。
「やぁ、シャレム君かね?」そう言われて2度ほど頷くと「君の分野と思われるものが出た、というより君は気が付かなかったのかね」と教授にきかれ「今の俺は穴掘りが専門分野なもので」と少々皮肉とも冗談ともつかない答えを返してみた。
案の定、教授は少し表情を緩ませたが「この棺に掘られた模様が他のものと違っていてのぅ、確か君はこういったものの研究をしていたと思い出して来てもらったのじゃが」と棺に案内された。
「まだ開けてませんね?これは確かに今までの棺とは違いますが・・・」形状は他のものとほぼ同じだが、表面の装飾がかなり凝っている。
男は「文字でしょうか」過去の知識と経験を思い出しながら「前例はありましたか?ラボにデータは送ったのでしょう?」と教授に聞き返した。
「今一致するか、近いものが無いか照合中じゃがまずは君の意見を聞いてみたくての」と、棺を真近で見ている男の後ろから覗きこむように言う。
「教授、私をご存知ならわかっていると思いますが」前置きをして「参考にならないと考えなさらなかったのですか?」
「実のところ」教授は誰にも聞こえないような小声で「君の研究内容は知っておる。その上でのことじゃよ」
「そうですか、わかりました」男は表情のない言葉で答えた。
それにしても、見れば見るほど不可解さが増していく。
「あくまでも私見ですが、これは象形文字のような気がしますね。この、何度も同じ絵のようなものが散見されますが、棺の主の名か、称号か、それを合わせたものか。」気が付くと額にしわを寄せて没頭しかけている自分に気がついて、男は「もしくは神の名か」と付け加え「未知の文字なら大発見ですが、この棺の主が試験的に文字を作ろうとしたとも・・・」と言いかけ、それが如何に荒唐無稽な解答なのかを思い出し「やはり飾りでしょう、墳墓の規模から考えてそれほどの権力者では無いようですし。」せいぜい部族長程度の棺だ。と男は考えてそう答えることにした。
ただし、「データを検証すればある程度わかるでしょう」と希望的観測も添えて。