邂逅
さてと、これで一旦失業いや休息か。墓掘りは終盤になり、力仕事一辺倒の男にはそれ以上の「繊細な作業」には向いていない。
思っていた通り男達は暇を出され、日当以外の残りの契約金をいただいて自由の身になった。
2ヶ月は普通に暮らせるが、仕事は見つけとかないとな。
と、またいつもの「辺境亭」で男が酔っていると、砂埃よけの外套を羽織ったまま誰かが入ってきた。
「おい、あんた。メシに砂が混じっちまうよ、そのマントは入り口に掛けるかたたんでバッグにでも入れてくれや。」
男が口を開く前に他の誰かが大声で怒鳴った。
別に脅してるんじゃない、ここの男連中は全員そうだ。
「あ、はい・・・すみません・・・」と慌てた様子でマントをバッグにねじ込んだその声は明らかに女だった。荒くれ男ばかりが集まるグルーノ(1階が酒場で2階は宿泊所になっている)には明らかに場違いだ。
「なんだよおい、ねーちゃんか?来る場所間違ってるぜ、誰かに襲われちまうぞ?がははははは!」髭面の屈強な男がブルク酒を片手にそうほざいた。が、当然そんなことは無い、と言うより、暗黙の了解で女性に危害を及ぼすような輩は居ないことになっている。
居たとしても翌朝には素っ裸で道端に転がされるのがオチだ。
「すみません、この街には来たばかりで、一番賑やかなところでこの街のことを教えて頂こうと入ってしまいました・・・」おびえてはいないが、少々当惑したかのような声でその女性は言った。
「じゃあそこの紳士に聞きな、この中じゃ一番の古株だし元学者様だ。」
自分のことか、そういえば昔大学で考古学を修めたがいつの間にか研究より掘るほうが性に合っていると知ってからは忘れてしまってたな。と、男は黙っていつもの黒ビールを一息で飲みきった。
「あの・・・シャレムと言う方を探しているのですが・・・確かこの街の外で発掘をしてらっしゃると」女性は男に聞いてきた。
「シャレムなら俺だが、人違いじゃないかね?それに、発掘じゃなくて穴掘りだよ」男はちらと女性を見てから空になったジョッキに視線を戻した。
「オヤジ、同じやつをもう一杯くれ」女性を無視して店主に注文する。女性は困惑したような顔を一瞬みせたが
「シャレムさんですか?少しだけ同席させて下さい」男の返答を待たずに女性は同じ卓に腰を下ろし「論文を読ませていただきました。お聞きしたいことがありまして」と自分の言いたいことを言い始めた。
勝手な奴だな、と思いながらも久しぶりに自分と話したいと言う人間を見つけて少々嬉しくなり。
「あぁ、あの異端の論文かい?真面目なやつなら読まないはずだが?」読むはずがないのだ、あれのせいで学会でさんざんな目に合ったし、残っているとも思えない。男は思い出したくない過去を思い出させられ迷惑気味に言った。
「父が、その・・・」と女性が言いかけた時に
「ほいよ、いつもの黒だ。今日はよく飲むな?大丈夫なのか?」店主自ら運んできたのは女性に興味を持ったからか、男を元学者と知ったからか。
「穴掘りモグラが論文ねぇ、面白いもんだ」とだけ言い放ち帰っていった。