幸福とは
やはり自分の家族にも会わせねばなるまい。男は覚悟を決めたのだが、気が進まないことには変わりない。
男は一度現場に戻って、教授に協力を仰ごうと考えた。別に嘘をつくわけではなく「教授の助手をしている」という内容の証明が貰えれば研究者であると言い切れるのだ。レイハのことは問題無いだろう、彼女の父つまりベローダ博士は世界でも名のしれた人物であるし、旧伯爵家だということも社交界に顔を出している両親や兄ならおそらく知っているはずだ。
飛行機で1時間弱、国境は超えたが隣国である男の実家は、数年に1度帰ってくるだけの次男を暖かくは迎えてくれなかった。
早速父親に「貴族の御令嬢になんてことをするんだ」と言われたし、兄にも「自分勝手が過ぎるぞ、経営学も学んでもらうからな」と言われ文句も言い返せず小さくなっていた。
連れてきたレイハは「貴方にも弱点があったのね」と笑われ「ほっといてくれ」と言い返すのが精一杯だった。
しかし、レイハは歓迎された。庶民という種類の人間にはやはり憧れる対象があるのだろう。企業運営や晩餐会等でも肩身の狭い思いをしたのだろうか、彼女は丁重に饗され、我ながらよくやっただろう?と父や兄に対して言いたかったが、やめておくことにした。レイハはレイハであり、自分の中での価値は令嬢や名家ではなく彼女自身にあるのだから。
2日だけの滞在だったが、実家が順調なことと家族の健康が確認できただけでも帰ってきた価値はあった。と自分に言い聞かせながら、なんだかんだと理由を付けてレイハの家に戻ることにした。兄は役員であるファレスに役員会に出席することを望んだが、助手としてあまり長期間教授の下を離れられない旨と今までほとんど出席しなかった事で口説き落とし、次に帰った時には暫くは実家に留まることを条件に出立した。
レイハは人好きする性格と気取らない人物であり至って楽観的なものもあるのか、ファレスの家族全員に気に入られたようだった。本人も既に打ち解けており、式は内々だけでという約束まで取り付けている始末だ。
「お前には勝てる気がしないよ」とレイハに言うと「貴方だって、今までに会ったことの無い素敵な人よ?ベローダ家のレイハじゃなくきちんと私を見てくれるもの」と言われ少々恥ずかしくなり「やめろよ」というだけで精一杯だった。
さて、1週間ぶりに砂埃の街に帰ってきたのだが、休暇があと2日残っていた。レイハも体調は問題なくなっており、二人で街に出たが娯楽といえる程の娯楽は殆ど無く、酒も飲むわけにいかず結局レイハのアパートに戻って借りてきた書籍を読んだりTVを観る以外にすることがなかったが、二人にとってはそれで十分だった。問題はユイリについてだが、前のまま来てもらうことにした。レイハの負担は軽いほうが良いし、昼間は自分がいないため何か起きた時に備えてレイハ1人にはしたくなかった。
重苦しく男の肩に乗っていた荷物は両家に報告に行ったことで無くなり、改めてレイハとこの先生まれてくる命の事を考えると柄にもなく踊りたい気持ちになった。とは言え踊ることは無いのだが。
帰ってきて2日目、つまり休日の最後の日にブラハムがアパートを訪ねてきた。恐らく興味本位でレイハを見物に来たのだろうが、進捗具合を知るのに丁度良かったのでユイリに適当に昼食を作ってもらい4人で食事を摂ることにした。
ブラハムはレイハを見て「これはまた美女というか可憐というか、形容詞に困る程の女性だな?ファレスはどんな魔法を使ったんだ?」と茶化すが、男は自分でも何が起きればこんな女性と付き合えるのだろう?とひとしきり考え「運だな、それしか思いつかねぇ」と本音を吐いた。そのやりとりを見てレイハもユイリもクスクスと笑い、この二人の仲が本物の友情で出来ているのだということを確認した。
「えーと・・・」とレイハがブラハムに何か言おうとして男の方を見たので「あぁ、コイツはブラハム・レトロガってヤツで、シャンポリオンの再来、いわゆる天才さ」とお返しとばかりにブラハムを紹介した。「レトロガさん、で良いかしら?ファレスとは長いのですか?」との質問にブラハムは「腐れ縁でね、出会ったのは大学ですが妙に気が合いまして、夜な夜な・・・」と言いかけた時に男に口を塞がれ「俺は真面目に考古学を学んでただけだ」と言われ「そう、夜な夜な勉強に明け暮れてたってことです。あと、ブラハムと呼んでいただいて構いませんよ」と言って締めた。
「コイツは悪ふざけするクセがあるんであまり信用するんじゃねーぞ?レイハ」と念を押し、真顔の男に向かって3人は吹き出して笑ったのだった。




