いつもの日々
自由を好む者にとっては孤独こそが生きる上での絶対条件であり、パートナーを必要としない。その点でいうと男はそうではなかったようだ。困惑しつつも未来と対峙し乗り越えようとする努力を惜しまぬことは確かなものだ。ただ、一つの場所に居を構え、そこで生活するということには決して満足しないことも自覚しており、レイハとその体に宿った命についての課題に関しては本人の助言もあったが今は考えずに置くことにした。
結局2つの石については詳細がわからないまま現在は放置している。ブラハムの加入で文様の解読が進むかと思っていたがそれもまだ芳しい結果は出ていない。男はまた郊外へは出ず、教授の研究室に足を運ぶ毎日が続いた。しかし、レイハの事を考えると街の中に居たい気持ちが強いので自分にとっては好都合だと考えるようにしていた。
教授だけには事情は話したのだが「それはめでたいのぅ、一度二人で帰ってはどうじゃ?」と言われたがそれで事情が変わるわけではなく、また決心も揺らぐことはないのはわかっていたので棺の人物の特定を暫くブラハムと共同で行うことにした。せめて何かの突破口が見つかるまでは。
いつものように、とはいかなくなったが仕事の終わりに「辺境亭」に立ち寄り、酒を飲みつつ食事を軽く終わらせ、アパートへ帰らず男は直接レイハの所に向かった。ここ一週間程それが続いている。
「よう、気分は?」男はドアを開けながらノックをし、短い廊下の手前の部屋を覗き込んだ。それを見たのか聞いたのか、世話係に雇っている若い娘のユイリがこちらの方を見た。
「相変わらず、か。女のことはわからんので助かるよ」と男は言い「ありがとな、今日の分だ」とクリップで挟んである札を3枚抜いて渡した。「今日は遅くなったしそれでいいか?」と訊ねるとユイリは「シャレムさんはいつも多くくれますから、今日もいつもどおり20ドルでいいです。ほんと、この街の物価知らないですよね?」と微笑みを浮かべ「明日もですか?」と問われたので「明日は休みなんだとさ、教授の都合らしい。あんたも一日休んでもらえるかい」と答えた。しかしレイハは「借りてた本全部読んじゃったのよ、教授に頼んで私の読んだことのない文献をまた借りてきてくれない?」と言うので「じゃあ、午前だけ頼めるか?」と男はユイリに言った。
「予定も無いですしそのほうがありがたいです。」とユイリは答え「医学の専門書を買うのにお金を貯めているんですよ」と続けた。
「なんなら医学書も借りてきてやろうか?あの教授、何故かわからんが専門外の書籍をかなり持っててな。確か解剖学と外科だったか、それと東洋の薬の本は持ってたはずだ。あんたに必要なものなのかどうかはわからんが」と言うと、ユイリは「興味があります、お願いしてもいいですか?」と答えたので「じゃあ明日は教授図書館に行ってから昼に戻ることにするから、それまで頼んだぜ?」男は自分の立場を利用することに対して躊躇することはなかった。まぁ説明は必要だろうが大丈夫だろう。と考えた。「英語かドイツ語なら読めるだろう?適当にみつくろってくるさ」と答えて台所に向かった。
「今日の晩飯はなんだい?」と男が問うと「ブイヤベースを作ってみました、レイハさんには東洋の料理でゾウスイとかいうものです。間違ってなければ良いのですが。」なんだか自信なさげだったが、一口食べてみるとわかった「あんた料理も上手だな?趣味かい?」と聞くと「東洋には医食同源と言う言葉があって、食事も医療の一つと考えているようなんです」ユイリの答えに「ほぅ・・・」と男は感心し「やっぱり30ドルだな、こりゃ材料費と手間賃以外に技術料も必要だと俺は思うが?」と笑いながら10ドル札を1枚ユイリに握らせた。「あんたの向上心には何か触発されるものが有る」と。




