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遺跡の目  作者: 朝倉新五郎
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予期せぬ出来事

 着替えのためだけに一旦自分のアパートへ戻り、大急ぎで着替えてレイハのアパートへと向かった。症状からすると疲れが出たのか熱に当てられたのか、どちらにしても大した事は無いはずだとわかっていたのでそんなに心配はしていなかった。念のために世話役も手配していたのだが「大げさだわ」といわれたくらいだ。

 レイハのアパートに到着し、息を整えてからいつものようにノックをしながら扉を開けた。視界には眠っているレイハの姿があり、世話係の若い娘が椅子に座って居た。

 「ご要望通り1日休んでいただいてました。ただ食欲が無いようでミルクとジュースしか召し上がってません。他は特にお変わり無いですね。」看護士の卵であるというその娘の言葉を聞き安心して「連日クソ暑い中付きあわせちまってたからな、ありがとう、明日も頼めるか?これは今日の分だ」と日当を手渡すと「豆のスープとパンをカウンターに置いてありますので召し上がってくださいね。」と微笑みながら出て行った。

 とりあえずは起きるまで教授に借りた玉と以前の石ころを比べてみるか、とあまり持つことの無いカバンをテーブルに置いて比較してみた。どちらも丸いが真球ではない、やはり人の手を加えられていない自然物のようだ。棺から出てきた方は一部ガラス質のようだが緑がかっているのが気になる。これも2次的に出来た石だな。珍しいと言えば珍しいが・・・と考えていると、レイハが目を覚ましたようだった。

 「今何時?」と起きるやいなやベッドから出ようとするのを押し止め「もうすぐ夕方だ、食ってないらしいが腹は?」と訊いた。

 「あまり食欲が無くて飲み物しか摂ってないけど平気よ、貴方もまだでしょ?あの子の故郷の料理が台所にあるから全部食べちゃっていいわ。」とヘッドボードにもたれ掛かかる姿勢をとり「少しだけ私もいただこうかしら、折角作っていただいたものだし彼女のおすすめらしいのよ」と言われるが早いか男はその豆料理とやらを自分とレイハの分取りに行った。

 男はどうやら気に入ったのか、たっぷり3人前は食べ「コイツはなかなかイケるな、クライルジャムよりパンに合う」と評価しながら「レイハも食えるなら食っておけよ?俺らみてーに力仕事じゃねーから食は細くなるだろうが、お前は食わなすぎる」とブツブツ独り言のように言いながら、それでも慣れない気遣いを精一杯態度と言葉に表したつもりだ。だが、そこからは男を悩ませる展開となっていくことになる。

 レイハが男を見てから上を向いて目を瞑り「どう言い出せばいいのか今日考えていたんだけど、多分病気じゃないと思うの」と切り出した。「父は物理学者って知ってるわよね?母は医師の家系なの、だからある程度自分の状態はわかるんだけど・・・」と言葉を止めたので、男は少し不安になり「治る病気なんだろう?症状も顔色もそんなに悪くねえじゃねえか、からかうのは無しだぜ?」と確かめようとした。

 するとレイハは困惑しつつどうにか考えていた言葉だったのだろう「多分だけど、これは病気じゃなくて妊娠だと思うの。」それを聞き驚いたが、男はしばらく黙って考え「家柄があわねぇ・・・お前は名家出身だろぅ?ベローダ家って言うと旧伯爵家だ。俺の親父は祖父の代から工場主だが所詮は庶民だ。その・・・お嬢様と悪ガキみてえな関係で」と混乱して自分でも訳の分からないことを話してるのが自分でもわかるほど狼狽していた。

 それを見てレイハはくすっと笑い「今時そんなこと考える親戚は居ないわよ、私は傍系だし母は貴族の出じゃないわ」続けて「考えるのは後にしましょう、一旦報告はしないといけないけど、大丈夫よ。私はこれでも昔から親の言うこと聞かない子だったもの。ここに来たのだって家出みたいなものよ?」と冗談っぽく男に言ったが、言われた方の男はその身に背負わされた荷の重さをどう支えるかで頭がいっぱいだった。

 あまりに整った環境と思いがけず出会った幸運がこんなにも己の脳細胞を支配する出来事を創りだすのか、と。今までなら明日のことだけ考えてればそれで済んでいたのだが、これからはそうはいかなくなる。もちろん異端の研究を楽しんでいるわけにもいくまい。そこまで考え、男は思考を現実に戻した。「まだ決まったわけじゃない、もしそうだとしても今考え尽くす必要もない。」と。

 ただ、その日は自分のアパートに帰る気にもなれず、レイハのアパートのソファで眠ることにした。


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