プロローグ、その弍(2)
一面パステルピンクの空間に、幸は立っている。
「あばたーを、えらんでね!」
まるで、自らが概念になってしまったかのような感覚。自分が、そこの存在していないのに意識はある。幸は、今そんな状態だった。キンキンとしたアニメ声にさらされながら、意識だけで、幸はいつも使っているアバターを選択する。
「いつものあばたーだね!君に魔法をかけちゃうぞ☆それえ!」
そんな萌え(?)ボイスとともに、幸は自分の体が形成されていくのを感じる。150センチぐらいの、小柄な体格。小学生のような、幼い顔立ち。そして、それを包み込む、真っ白でフリルがたっぷりついたワンピースに、これまたフリルの装飾が過剰な薄ピンク色のケープ。胸元に、大きな赤いリボンついていて、とてもかわいい。足元ももちろん、フリルがついたニーソックスに、胸元のリボンと同じような大きなリボンがついた白い靴。髪型はというと、ピンク色の髪の毛をツインテールにし、黒いリボンでくくっていた。頭には黒のラインが入った水兵のような白い帽子をかぶっていた。手には、そんな少女趣味全開な格好にあまりふさわしくない、大きくて重たそうな鎌が握られている。しかしその鎌も、淡いピンク色のリボンで可愛らしく装飾されている。
「めいくあっぷかんりょうだよぉ!それじゃ、もーどをえらんでね☆」
ゲーム内で魔法少女に変身した幸は、目の前に等間隔で表示されている、おはなし♪、サバイバル☆、トキメキ☆学園生活、から、サバイバル☆という文字めがけて、にっこり笑いながら大きな鎌を振り下ろした。
一瞬で、視界が変わり、幸はさっき自分がいた、学校の離れの校舎のトイレの一室にいた。
「いつも思うけど…トイレからスタートはいやだな」
幸はそんなことをぼやきながら、大きな鎌をぶん、と振り下ろしてトイレのドアを破壊する。幸の声は、ゲーム内ではとてもかわいらしい小さな少女のような声になっている。しかし、口調は基本的には変わらないので、少し違和感だ。
「じゃーあー、げーむおーばーか、ぎぶあっぷするまで、悪者をやっつけちゃってね☆がんばってね~」
だんだん声が小さくなりながら、萌えボイスがフェードアウトする。と、同時に、幸の目の前に、3メートルはあろうかという、足が六本ついている異形の化け物がトイレの入り口に姿を現す。
「さあ、お出ましだな」
幸が鎌を構える。と同時に、その化け物はムカデのように足を高速で動かしながら襲いかかってくる。
「ま、瞬殺だけどな!」
幸が鎌を化け物に振り下ろす。その降りは、化け物にクリティカルヒットして、ピンク色の閃光を放ちながら化け物を真っ二つに引き裂く。
「やっぱり最初の敵は味気ないなっと…お?」
手ごたえのなさに幸が手持ちぶさたで廊下をうろうろしていると、どこからか叫び声が聞こえてくる。
「あーあ、初心者が無理してるのかなあ~助けにいこっかな?」
声のした方へ幸が駆けつけると予想どうり、今にもゲームオーバーになりそうな眼鏡がよく似合う紫のショートカットの少女が体長が五メートルかはあるかと思われる蛇に足を付けたような蛇足感溢れる化け物の攻撃をなんとか得物のサーベルで防いでいる状況だった。
「…!た、助けて!すとろべりー☆さん!」
紫の少女は、幸に必死で呼びかける。幸は、ハンドルネームで呼ばれると、瞬時にすとろべりー☆になってしまう。
「…いま、たすけるよ!ふわふわみるくてぃー♪さん!」
すとろべりー☆は、ふわふわみるくてぃー♪との距離が結構あるから遠距離攻撃が最適だと考えた。得物の鎌を片手で化け物に向けて標準を合わせる。
「まじかる☆あるてぃめっとぱわー!!この世に悪をなす化け物よ、せんめつせよー!」
そんな聞くのも恥ずかしくなるような文言で、異形の化け物が一瞬で消し飛ぶ。世も末かもしれない。
「だいじょうぶでしたかー?」
すとろべりー☆は、ふわふわみるくてぃー♪に駆け寄った。
「ふわふわみるくてぃー♪さん!けがはないですか?」
「はい、結構体力削られちゃってもうギリギリですけど…多分、回復すればなんとかなりますし、最悪一旦ログアウトしちゃえば大丈夫です!」
「それならよかったです!」
幸…もとい、すとろべりー☆は、こんな感じでゲーム内で結構プレイヤーを救出したりしている。なにせ、やり込みすぎてレベルが限界まで上がりきってカンストしてしまっているのだ。ゲーム内はオンラインで、世界中のプレイヤーと繋がっている。…とはいっても、リアル空間を素材にしているため、自分のいる半径10km以内しかリアルでつながっていない。もちろん、最大10kmというだけで、初心者は100mから、というように配慮がなされている。レベルを上げていくごとに範囲が広がっていくのだ。範囲が広がっていくごとに、敵のレベルも比例してじわじわ上がっていくような感じだ。しかし、それはおはなし♪モードの話。この幸が遊んでいたサバイバル☆モードは、敵のレベル上限がなく、ほぼ廃人向けのサービスになっている。だから、このように中級者のような子が迷い込むところではないような気がするなあと幸はぼんやり考えていた。
「ねえ、君、サバイバル☆は初めてなの?」
すとろべりー☆は、ふわふわみるくてぃー♪にそう尋ねた。素直に疑問に思ったし、そうならば友達登録をして、タッグと呼ばれるものを組んであげようと考えていたのだ。そうすれば、ふわふわみるくてぃー♪はレベルも上がりやすいし、すとろべりー☆もサポートした分特別ボーナスが貰えるので悪くない関係だ。
「え?!ここ、サバイバル☆モードだったんですか?!」
「…あれ?もしかして、間違えちゃったのかな?」
「……いいえ、確かにおはなし♪モードを選択しましたし、間違ったはずは……」
「………メロンガム」
「………へ?」
「メロンガム」
「な、なんですか急に!」
「……本当にサバイバル☆は選んでないんだね、分かった」
サバイバル☆に進めるレベルになると、サバイバル☆を一番初めに遊ぶ前に答えなければんらないパスワードを言われるのだ。中級者レベルになると教えてもらえる。しかし、教えてもらった直後ですら太刀打ちできないといわれる廃人向けのモードだ。そのパスワードすらしらない子が、なんでこんなところにいるのかと幸は首をひねる。
「なんで…?そんな子が、どうして…?」
「なにかのバグですかねえ…運営に報告しないと…って、何?!」
ふわふわみるくてぃー♪がそんなことを言った時、誰かの鋭い断末魔が廊下の向こうで聞こえた。
「なんだよ、なんで断末魔なんか聞こえるんだ?!」
「す、すとろべりー☆さん、口調、が…?」
「あ、あああ、えっと、こまってるひとをたすけにむかうよ!ふわふわみるくてぃー♪さんは危ないからここにいてね☆」
そう言いながら、慌てて幸、もといすとろべりー☆は、瞬時にふわふわみるくてぃー♪に全回復魔法をかけ、声のした方へ全速力で向かう。このゲームでは、ダメージは受けてもそんなに痛くない。ぺちんと友達に叩かれたぐらいにしか感じないはずだ。ゲームオーバーになれば自動的に最初の画面に戻される。腕をもがれても、足を切断されても、体が真っ二つにさかれても、ゲームオーバーですべてが片付くのだ。そこに、リアルな痛みなど一切生じない。だから、こんな声など本来このゲームで聞くはずがないのだ。
「どうしました?!」
幸は、角を曲がったその先で一人の少女を見た。…いいや、それは正確には少女だったもの、なのかもしれない。腕や足はすべて胴体からもがれ、ぱくぱくと口が動いてる顔と首だけが繋がった胴体がそこにあった。
「………な、……」
思わずその光景に幸は言葉を失う。通常、このような状態になったら痛みを感じることなく即座にゲームオーバーになるはずだ。なぜ、まだフィールド内に残っているのか。
「グフォオオオォォ……」
少女だったものの先に、ゴリラを巨大化して頭をライオンと挿げ替えたような化け物がいる。
「……お前がやったのか、この子を」
「グアアアアアアア!!!!!!!!」
「………殺す」
幸は、一瞬化け物を鋭い眼光で睨む。化け物さえもひるませるその眼で一瞬それを睨むと、怯んだ隙に一手を繰り出す。化け物は、それを腕を体の前に組んで受け止める。
「ふうん、なかなかやるな」
幸はニィッと笑うと、何か文言のようなものをボソッと唱える。すると化け物に僅かに食い込んでいた斧の切っ先から、何か光が溢れだす。
「ぐっがぎゃ?!」
化け物は、必死で斧を振り払おうと腕を振り回す。しかし、幸はそれを無視するかのように斧をしっかり握りしめ化け物の腕に張り付き、化け物のもう一方の腕へ向け、中指をたてた手を向ける。
「あなたも、同じ目にあわせないとね」
そう幸が言った瞬間、中指から閃光が走り、化け物の片腕がドッ、と地面に落ちる。
「ぴぎゃあああああああああ!!!」
化け物が甲高く叫ぶのもお構いなしに、次々と片足、もう片足と事務的に幸は化け物の四肢を打ち落としていく。最後に、斧を差し込んだ腕だけとなった。化け物は、残っている腕を暴れさせるが、最初の勢いはもう無い。
「さ、これも落としちゃおうか?」
幸がそういうと、斧を差し込んだ場所から、腕がスパンと切れた。
「ぐぎゃ、ぐ、ぐあああああああ…!」
化け物が、もがくものもなくなって叫ぶと、幸は冷酷な瞳で化け物の面を上から見下ろす。
「…事情は分からないけど、あなただけは許さない…!」
化け物の首を断ち切る……と思いきや、まず、内臓のある位置へめがけて斧を振り下ろす。
「ぐぎゃあああ!」
「……」
はらわたを抉り出し、抉り出した後を滅多切りにし、化け物が苦しむさまを眺めた後、肺を潰した。化け物が呼吸ができなくて苦しむさまをぎりぎりまで眺めた後、やっとのことで首を切り落とした。
「………なにやってるんだろ、私」
ハッと幸は我にかえると、少女だったものへ駆け寄る。少女の側に、ハンドルネームが浮かんでいる。“聖夜”という名前のようだ。
「聖夜さん、大丈夫?!息してる?!」
「……た、…す。……」
息はあるようだ。幸は回復魔法を使おうとした。…しかし、目の前に大きく、“Error”と表示される。
「なんで、どうして?!回復魔法を使えば、大抵のことは回復するのに…?!」
「……げーむ……な、…に、げ…」
「え、なんだって?!」
「……死んじゃう、わた、し…ごめん、……、ね…」
「待って、なんで、どうして…!」
少女だったもの、は、息絶えた。幸は、状況が理解できずに、遺体を抱えている。そこへ、ふわふわみるくてぃー♪がやってくる。
「あの、すとろべりー☆さん、どうし……ええっ……」
その惨状を見た途端、ふわふわみるくてぃー♪は硬直する。少女だったものを抱きかかえる、返り血にまみれたすとろべりー☆と、惨殺して嬲り殺された後のある異形の化け物。
「…これ、すとろべりー☆さんがやったんですか……?」
「あ、えっと、化け物は私。でも、この子は、私が駆けつけた時はすでに……」
「うん、それは分かってるんです。でも、化け物だっていっても、こんなにしなくたって…」
「……この子をみたら、なにか糸が切れちゃって。ちょっとやりすぎたかもって反省してる」
聖夜を地面へおろし、幸はふわふわみるくてぃー♪に向き直る。
「…色々と、おかしい点があるの」
「……なんですか?」
「まず、この子のような状態になったら、強制的に痛みを感じる前にゲームオーバーになるはず。そして、あなたがサバイバルモードに紛れ込んでいるっていうこと。これもおかしい。このゲームは、サバイバルモードに関しては最新のセキュリティでレベル不相応のプレイヤーが迷い込まないようになってるんだ。それに関しては運営も細心の注意を払っている。初心者がサバイバルモードになんかきたら、トラウマ物だろ?高レベルのモンスターがうじゃうじゃいるんだからな」
「…ですね」
「それで、だ。まだ全容がよく分からない状態だということはほぼ確定事実なんだ。だから、さ」
幸は、ふわふわみるくてぃー♪に近寄ると、手を差し出す。
「私に、協力してくれないか?」
「へ?…わ、わたしなんか、よわっこくて役に立たないですよ?!」
「それでも、だ。事情を知っている仲間がいてくれるだけで心強い。協力して、この問題を解決したいんだ。もちろん、運営に通報するのが一番いいんだが、なんだかそれじゃあ済まなさそうな予感がぷんぷんするんだ」
「そ、そうなんです、か…。わ、わたしでよければ…!」
「ああ、ありがとう。よろしく」
ふたりは、固い握手をかわす。ふわふわみるくてぃー♪の手に血がついてしまったけれど。
「それで、なんだが……君は、この高校の生徒ってことでいいのかな?」
「えっと…そ、そうですね。あ!リアルでもお友達になる、ってことですか?歓迎ですよ!私はですね…」
「ちょ、ちょっとまったー!」
「へ、へえ?」
「ごめん、私、この姿とリアルのギャップが激しいから、ちょっと、かなり、はずかしいというか……だ、だから…」
「うーん、でも、あたしー、なんとなく検討ついちゃってるんですけどー…」
「ふえ?!」
「あ、でも、すとろべりー☆さんが恥ずかしいってなら、ハンドルネームだけのやりとりでいいですよ!ゲーム内チャットでリアルでもやり取りできますしね!」
「あ、いいのか、それで…?」
「はい!」
「そ、そうか、それなら助かる…。って、あっ」
「あ、もしかして口調のことですか?それならもうとっくに変わっちゃってますけど?」
「あ、っぐ…」
「……変わっちゃってる、というか、むしろこっちが本当のくちょ…」
「ち、違うんだ、これは、その…」
「すみません、おもしろくってつい…」
「……こ、この…」
「すみませんってー、反省しますから。まあ、さておき、そろそろリアルに戻ります?」
「…そ、それもそうだな…。リアルでは多分2分もたってないだろうが、結構こっち(・・・)で体力も精神力も使ったしな…。さすがにちょっと休んだがいいかもな」
「それじゃ、IDだけ交換して、リアルに戻りましょうか」
「そうだな」
そんなこんなで、二人はゲーム内IDを交換し、チャットで連絡を取り合える仲になったのだった。