プロローグ、その弍(1)
「俺には、その、よくわからないんだ」
その男は、その体格に似合わず、少し口ごもりながらそんなことを私に言ったのだった。
「「ニュースです。本日未明、17歳の女子高校生が道端で遺体となって見つかりました。警察では、一連の少女連続殺人事件と関係があるとみて、調査を進めてますが、いまだに詳しいことは分かっていません。警察としても、早急に捜査を進める方針だそうです。ここで、思春期の心理に詳しい、佐藤先生にお越しいただいてます。佐藤先生、よろしくお願いしま――――」」
ブチっと、彼女はテレビの電源を切った。彼女の名前は、秋林 幸。17歳の、高校二年生だ。朝食を食べ終わった彼女は、席を立ち、学校へ行く準備をする。今、家には彼女しかいない。彼女の父は、仕事で忙しく、出張で世界中を飛び回ってる。滅多に家に帰ってこない。彼女の母もだった。有名な女性弁護士として、いろいろな裁判で忙しくて、こちらも滅多に家に顔を出さなかった。決して、二人の仲が悪いわけではないのだが、とても夫婦と呼べる間柄ではなく、お互い、気を遣わなくていいパートナーとしてしか見てないようだ。体のいい、婚姻関係といえるだろう。だから、彼女はこの少し広めのマンションの一室に、ほとんどひとりっきりで住んでいた。しかし、彼女は、孤独なんか少しだけどうでもよくなる、少しだけ奇妙な問題を抱えていた。まあ、それはさておき。
「シロコ、行ってくるね」
彼女は、飼っている真っ白なオウムに話しかける。
「シロコ、カワイイ!!カワイ!オリコウ!イッテクルネ!!」
「はいはい、行ってきます」
この少し大きめのオウムだけが、彼女の家族のようなものだった。
「さーち!おはよう!」
「あ、おはよう」
幸が通学路を歩いていると、彼女の後ろから、いきなり誰かが抱きつく。それに特別驚いた様子もなく、幸は後ろを振り向く。
「なんでびっくりしてくれないの!!」
「い、いや、いつものことだし…」
幸の隣で頬をふくらませているのは、葉本 夏希、幸の同じクラスの友人だ。
「んー、びっくりしてくれないのはともかく、いつも思うんだけど、その背5センチだけでも分けてほしいなあ」
夏希が、幸を見上げる。夏希は150センチ、幸が168センチの長身だ。夏希が特別小さいわけではなく、幸がすらりとしているだけなのだ。
「…分けられるものなら、分けてあげたいんだが…」
「だよねえー!だれか、そんな感じの装置開発してくれないかなあー!そっろそろ来てもいいころだと思わない?なんか、最近バリバリいろいろ進化してるじゃん!!」
「…そうだな」
幸は、本当にそうだなと思っていた。いつもみんなから見上げられてるし、男子とほぼ同じ目線で会話している。たまに見上げられることもあるぐらいだ。少なからずとも、コンプレックスは持っていた。けれど、極力気にしないようにはしていた。それでも多少気にしてしまうのが、乙女心だ。
「ねえねえー、幸!そんなことよりさあ」
夏希は細かいことはあんまりきにしないで、適当に話題を変える。
「最近起きている、あの少女連続殺人事件、だっけ?あれ、私たちと同い年だよね?しかも犯人つかまってないんでしょ?めっちゃ怖くない?!」
「………確かに」
「もー、なんだか幸がいうと怖がってるようにみえなーい。…あ、幸ならなんだか逆に悪漢を撃退しちゃいそうだね!ほら、なんか武道してそうだし」
「何回も言うけどさ…私、武道なんにもしたことないんだけど…」
幸は、その恵まれた体格故か、何か武術を心得てそうに見えるが、全然そんなことないのである。勘違いした空手部やら柔道部やら剣道部やらから熱心な勧誘が来るので、それを避けるために最近体力が向上してきたぐらいである。
「…って、あ!幸、なんかすごく遅刻しそうな時間!!」
「…うわ、確かにこれはやばいな。走ろう」
「ちょ、ちょっとまって、幸、足ははやすぎ!!」
二人でそそくさと走りながら、学校を目指すのであった。
昼休み。幸は、夏樹とのんびりおひるごはんを食べていた。
「やっぱり卵焼きはおいしいねえ」
「…夏希、私のソーセージと交換しない?」
「だーめ!私のお母さんの卵焼きは絶対譲らないんだもーん」
以前、幸は夏希のお弁当に入ってた卵焼きを食べてから、その味に夢中なのだ。
「…そうか」
「あ、アスパラベーコンなら交換してやってもいいよ?」
「…ありがとう」
他のことには、あまり執着ない幸も、食に対しては異常にこだわっていた。家庭の味に飢えているだけかもしれないが。
「ねえねえ、幸、幸ってゲームとかするの?最近はやりの、ほら、E.S.Wシステムっての使ったゲームとか!あれ、めっちゃ面白いよ!」
「……へえ」
「あのね、私がやってるのは、年上の男の人とちょっぴり危険な恋しちゃうゲームなの!年の差デンジャラスウルトララブロマンス!略して、“とデラ”!!あのね、昔のゲームと違って、ほんとに目の前にキャラクターがいるの!すっごくキュンキュンしちゃうんだよおお!!!」
「…………………へえ」
「ねえねえ幸も始めようよお今ならお得な特典もついてくるよおお」
「…………卵焼きおいしいね」
「興味ないのかあ」
「うん」
「残念…」
「………ごちそうさま。ちょっと、トイレいってくるね」
「ええー今から、“とデラ”の魅力を語ろうと思ったのにい」
「すまないね」
幸は、そう言い残すと、すっと立ち上がり、トイレへ急ぐ。決して、トイレがしたいわけでも、なんでもない。幸には、クラスの誰にも、友達にも言えない秘密があった。
「ふう…この離れのトイレなら誰もいないかな…」
学校のトイレは、昼休みかならず混む。それは、決して寂しく便所飯をしているわけでも、おなかを下す人がおおいわけでもなんでもない。幸は、トイレの個室にはいり、洋式便器へ腰を下ろすと、ポケットから携帯端末を取り出して、腕に巻く。幸のものは、時計型になっていて腕にまけるようになっていた。腕に収まるサイズの小さめの液晶をタップすると、上の空間にスクリーンが浮かび上がる。最新型のものだ。空間に映し出されたスクリーンから、パスワード付きのフォルダを選び、パスワードを解除した後その中から彼女は魔法少女@E.S.Wを選び出す。
「…こんなものしてるなんて、誰にも言えないな」
幸のように、昼休みや休み時間を利用して、このようなゲームをする人が結構な数いる。しかも、それを助長させている理由がある。
「今は12時40分…なら、に、三時間分はしてもいいかな。午後の授業は寝てても大丈夫だな」
このゲーム、現実時間の一分が、ゲームの中の体感時間で一時間分あるのだ。忙しい学生や、はたまた受験生がはまり込んでも、あまり日常生活に支障がない。まあ、その時間分、しっかり精神と体力は消耗するので、そのへんは個人の良識の範囲内に任されている。保護者が任意でロックをかけたりもできるようだが、そのへんは幸には無縁の話だ。
「よし…さあ、夢の世界へ」
普段クールな幸は、少女のような微笑みを浮かべながらスクリーンに映し出されてる、げーむすたーと!というボタンにタッチした。