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プロローグ、その壱

「誰にでも、変身願望ってあると思わないか?」

シンとした静かな住宅街で、彼女は俺にそう言ったのだった。



「「ニュースです。本日未明、17歳の女子高校生が道端で遺体となって見つかりました。警察では、一連の少女連続殺人事件と関係があるとみて、調査を進めてますが、いまだに詳しいことは分かっていません。警察としても、早急に捜査を進める方針だそうです。ここで、思春期の心理に詳しい、佐藤先生にお越しいただいてます。佐藤先生、よろしくお願いしま――――」」

ブッとテレビの電源を男は切る。男の名前は(かみ)(しろ) (たく)()。25歳、新米の刑事だ。

「…こっれが、まったく犯人が分かんねえんだよなあ…」

彼は、さきほどニュースで流れていた、今世間を騒がせている少女連続殺人事件を追う刑事の一人だ。正直、警察はほとんど何もつかめていない。遺体の状態も、みなバラバラで、焼け焦げていたり、めった刺しにされていたり、あるいは原型をとどめていなかったり。いずれにしても、ひどい状態で見つかることだけは共通している。殺害された女性は、全国でざっと30名ほど。住んでいる場所もばらばらで、見た目や年齢もバラバラ。ただ、はっきりとした共通点は、そのへんの道端に遺体が転がっている、ということだけだ。本当に、住宅街のど真ん中だったり、都会の路地だったり、コンビニの傍だったりと、そのへん、なのだ。

「まったく…なんなんだってんだ」

彼は、重い体を寝転がっていたソファから起こす。やっと、一時的に帰宅することができたので、着替えなどを取りに来るついでに、久しぶりにベッドでゆっくり寝ようと思ったのにいつもの癖でまたソファに寝てしまっていた。身を起こして、身支度をしようと洗面所へ向かう。鏡に映った自分の顔を見ながら、最近少し老けたな、と彼は自分自身で思った。彼は昔から正義感の強い男で、ずっと刑事になることに憧れていた。刑事ドラマのように現場を走り回り、犯人をその足で追い詰め、この世の治安を守ろうと、意気揚々と警察学校に入学した。昔から続けている柔道も、黒帯を持っている。しかし、いざ刑事になってみると、やっぱり現実はドラマのようにいかず、本当の正義とは何か?と考えることが多くなっていた。まあ、そんなことを考える暇も到底ないほど、忙しいのだが。

身支度を済ませ、少しよれたスーツのジャケットを羽織る。着替えなどの荷物を入れたボストンバッグを手に持ち、彼は仕事場へと帰って行った。


「よ、相変わらずのしかめっ面だね、拓真。そんなんだと早く老けるぞー?」

現場についたとたんに、彼はいきなり誰かに話しかけられた。彼は、大体その声をかけた主を分かっているのだが、一応振り向く。そこには、ひょろんとした長身の男性が立っていた。

「朝からうるさい、小世(おせ)。少しぐらい静かにできないのか」

「あんたが堅物すぎるんだっての!ってか、そろそろ柊也って呼んでくれないのー?」

拓真は、顔をしかめる。彼は、こういうからまれ方が苦手だった。人が嫌いなわけではなかったが、ある程度人と距離をとりつつ仲良くなりたいのだ。

「ああ、分かったから、そのことは置いておこう。で、だ。例のゲームの解析はどうなってるんだ?」

一旦話を区切り、拓真は柊也に尋ねる。

「あーもうなんでそういつもごまかすかなあー。まあいいや、例のゲームの話だね?」

柊也は、ステップを刻むように五メートルぐらい奥にあった自分のデスクへひらひらと移動する。

「あのねえ、これ、案外やっかいだよ」

柊也は自分の椅子に掛け、回転椅子なのをいいことにくるくるその場で回りだす。

「お前でもやっかいなのか」

そう拓真は問う。拓真は、柊也のことが少し苦手だが、仕事上での技術は信用しているつもりだった。

「少女連続殺人事件で殺された人の、9割がしていたとされるアプリゲーム。あ、いや、これって少女連続殺人事件とか言ってるけど、実は少女って呼ぶこともできそうにない年齢の方々も混じってて―――」

「そんなことは分かっている。で、どうやっかいなんだ」

拓真がそう言葉を遮ると、少し拗ねたように柊也はちらりと拓真を見る。しかし、仕方ないという様子で言葉を発する。

「えっとねえ、このアプリに使われている技術自体ね、ここ5、6年で発展しまくっちゃった技術なのー。俺はね、割と小さいころからパソコンに触っているけど、実をいうとあんまりこの分野は専門じゃないんだ。僕の専門はハッキングだからね。まあ、この職業は天職だと思ってるよ。で、アプリの話だけど。拓真も知ってるよね?仮想の電脳空間に入って、遊べるこのアプリのこと」

当然だ、と拓真は言いたくなった。しかし、ここで反応すると面倒なので、黙ってアプリのことを少し思い出す。捜査するなかで、少しかじっただけだが、確かそのアプリをPCなり携帯端末なりで起動すると、現実の自分は一時的に眠っているのと同義の状態になり、仮想電脳空間でゲームをプレイできるというものだったと思う。少し怖いものだな、と彼は思っていた。そのゲームの中での一時間は、現実での一分と同じ時間だそうだ。今、中高生を中心に大流行しているらしい。そのアプリのシステムを使ったゲームは他にもあり、ターゲットにする年齢によって、いろいろ趣旨多彩だそうだ。

「で、問題のこのゲームのことだけど。これは、少女向けのアプリだよね。名称は、魔法少女@E.S.W。E.S.Wってのは、確かこのシステム自体の名前だったよね。確か、正式名称はElectronic soul world。略してE.S.W。何のひねりもない名前ですごくおぼえやすくていいねえ」

そういいながら、柊也はカタカタと自分のPCをいじくる。いじくりながら、また話す。

「でもねー、これがねー、なっかなかシステムが複雑なんだよねー」

少し口をとがらせている。

「システム自体の解析は割と速く済んだよ。でもね、殺された少女たちがしていたこのゲームのデータ。調べたらなんかわかるかなって思ったけど、これがね、調べようと解析はじめた途端、データが消えちゃうの」

「…は?」

「ほんとなんだってば。でも、サンプルは他にもあるから、他の子のも別の方法で調べようとしたんだけど…。ちょっとだけデータを垣間見れたけど、またすぐ消えちゃった。でもね、少しだけ収穫はあったんだよ」

そこで、彼はぴょーんと椅子から立ち上がる。正確にはぴょーんと本人が言いながら立ち上がる。

「多分、殺された少女たちのシステムは、バグを起こしてる」

人差し指に手を当てながら、なにか内緒ごとを話す小学生のような瞳で柊也はそう言う。

「このことは、まだ確定事項じゃないから、他の誰にも言ってない。いうなれば、僕たちの秘密だ。君には、そのことを大前提として、捜査を進めてほしいんだ」

「…どうして、俺だけにそれを話すんだ」

少し間が開く・

「…僕の気まぐれさ」

いつもとは少し違う笑みを浮かべながら、柊也はそう拓真に言う。すると次の瞬間には、コロっと表情を変える。

「でねえー、もう一つ情報だけど」

「…なんだ」

「あのね、どうも殺された人たちで、ゲームを遊んでいない残り一割は、そのバグに巻き込まれたらしいんだ?」

「…へえ」

「詳しいことはね、まだよくわかんないんだけど、多分、このアプリのことを考えまくればきっと導きがあるはずだよ?」

「はあ?」

何か捜査のヒントでもくれるのかと真面目に聞いてたら、そんなことかと拓真は呆れる。しかし、柊也は割と真剣っぽい。いや、他人から見たらふざけた態度なのだが、しばらく柊也と接した人から見たら、割とまともな態度にみえるのかもしれない、そんな感じの態度だった。

「…ったく。わかったよ、少しこのアプリについてもう少し俺も考えてみることにする。お前も、何かわかり次第俺に連絡をくれ。それじゃ」

拓真は、柊也を後にして、彼の直属の上司に報告をしに行こうとする。すると、柊也が彼の腕をがしっとつかんできた。

「…なんだ」

拓真は少し不機嫌な様子でそれに応じる。振りほどこうとすると、それよりも早く、柊也が彼にぐいっと近づく。そして、少し神妙な、そして少し不安な顔つきになって、彼にこう言った。

「…せいぜい、気を付けてよね」


 結局、上司に捜査の状況を拓真は聞いたが、なかなか進展していないようだった。そして、本当に柊也は他の周りの者にバグのことを話していないようだった。

「…ぜんぶ俺にまかせる、てか?」

きっと、なにかにしろ頼りにされていることか、と解釈しながら、拓真はコンビニで昼食を買う。肉まんと、おにぎりと、フライドチキン。カロリーがかなり高いことは分かっているが、この組み合わせはやめられない。栄養素の間に合わせのように、野菜ジュースも買った。

「あいつがあんな性格じゃあなきゃ、もっといろいろ聞き出しやすいんだろうけどなあ」

彼自らの車の中で、昼食を頬張りながら独り言をいう。きっと、柊也がもっと普通に普通な性格だとしたら、そそくさと逃げるように拓真は彼のもとを立ち去らないだろう。もしかしたら、柊也自身も拓真と本質は変わらないのかもしれない。あの振る舞いで、あえて人を遠ざけているのかもしれない。もしかしたら、拓真よりも人との距離が遠いのかもしれない。

「…さて、何から調査するべきか…」

拓真は、野菜ジュースをずずずーっと啜りながらぼんやり考えていた。なにしろ、何も手がかりがないのだ。そこで、彼は思い出す。柊也の言ってた言葉を。

「このゲームのことを考えまくれ、だったか?あれは冗談なのか、それとも…?」

とりあえず、手持ちの携帯端末で、魔法少女@E.S.Wについて詳しく調べてみるとする。

「これか、公式サイトは」

それをクリックすると、画面が一面パステルカラーと豪華な装飾で埋まる。その画面の少女的な華やかさに、一瞬拓真は画面から目を離す。

「…なんだ、これは」

そのサイトにげんなりしながらも、ゲームの説明を黙々と読んでいく。このゲームの仕組みは、ゲームする人自身が魔法少女となり、現実世界をベースにしたワールドの中で魔法少女的に戦うゲームのようだ。敵のキャラクターが、その現実世界をベースにした世界にでてくるようだ。

「なになに…物語形式で話が進んでいくのか」

物語をクリアしていくことで、ゲームを進めていくらしい。どうやら、ゲームのなかで正義の味方ごっこができるようだった。

「なるほどな…このゲームの中では、町を影から救う正義の魔法少女になれるわけ、か」

他にもモードがあるらしく、ただひたすら目の前の敵を刈りまくるサバイバルモードや、その物語の中で登場するイケメンのクラスメイトの男の子と恋愛ゲームのようなことができる、トキメキ☆学園生活モードなどがあるらしい。

「…こりゃあ、対象は完全に小中学生、いや、中学生もぎりっぎりだな…」

いったいこれはどの層を対象にしているのかと少し疑問に思いながら、被害者の女性の年齢を思い起こす。どちらかというと、小学生の被害者は本当に少数で、十代後半から二十代後半、中には三十代から後の被害者のほうが多かったはずだ。

「いったい、どういうことなんだこれは…」

昔から、拓真は女性と話すことが苦手だった。同時に、何を考えているかも全く分からなかった。

「くっそ…なんでこんな苦手分野の捜査の情報を俺に流すんだ、小世!」

一人でブツブツ文句を言いながらも、彼の中にある正義感が捜査を怠ることを許さず、パステルカラーの公式サイトや、攻略サイトを延々と見ていくのであった。


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