第八話 終戦
「うぉおおおおおおおおおおーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」
ゲームプレイヤー達は勇ましく雄叫びを上げ、死ぬという恐怖を取り除いた。
そこにまともな思考判断などない。
作戦ともいえない久遠の作戦に従い、各々が剣士に向かって突進して行くのである。
その先頭は久遠であった。
自らが旗揚げした烏合の衆を率いるためだ。ばらばらな集団を一つにするには共通の目的を持たすことが最も早い。
だが、旗揚げした本人が率先して戦わなければ、その効果は薄いのだ。それを本能で理解している久遠は、仲間を守るという強い意思のもと、最初に走り出したのであった。
「はあっ!」
久遠は一番近い敵に、持ってた剣をがむしゃらに振り落とした。武術の素養などない彼は、どのフォームが最も効率よく敵にダメージを与えるか分からないため無茶苦茶な素人の振りとなったのであった。
そんなでたらめな攻撃は、やはり剣士に簡単に防がれた。
当然だろう。
どこに落とすかフェイントも全くない攻撃なのだ。むしろ防がなければ、剣士はこれまで何を習っていたのかという疑問さえ出る。
「弱い奴がオレ達に逆らうなっ!」
剣士は嘲笑った。
ぶつかり合った二つの剣は何度もぶつかり合う。
押されているのは久遠だった。秀でた反射神経だけで、何とか攻撃を防いでいるが、後ろに下がりながら逃げているだけでまず敵わないだろう。久遠もできるかぎり粘ってはいるが、いずれ負ける。これもこの“世界”では当たり前であった。
「はっ!」
だが、本来なら当たり前に勝てるはずだった剣士は、負ける羽目となる。
まず、ゲームプレイヤーの誰かが、血気盛んに突撃した。剣士は久遠のみに注意を向けていたので、体と体はぶつかりあった。そのおかげで一瞬の隙が剣士にできる。
久遠はそこを狙った。
その瞬間剣士の剣を、自分の剣で塞ぎこむ。聞こえはいいだろうが、実際は剣を剣士の剣に押し付けているだけだ。
凶器の危険を少なくすることによって、素手のゲームプレイヤー達を活かそうとしたのだ。
「やれぇ!!」
「今だぁ!!」
「オレ達が……オレ達が勝つんだぁ!!」
そしてその魂胆が分かった彼らは、久遠と同じように隣から何人も何人もやってきて、剣士の動きを封じ込んだ。
彼らの封じ込め方は、右足、左足、右腕、左腕を、それぞれ一人ずつ全身で止める。こうなれば、幾ら筋力があろうとゲームプレイヤーに抑えられない道理は無い。
所詮、どれだけ力量が高かろうと、剣士も人間なのだ。
筋力差はあるが、それはあくまで人間範囲でのこと。
もし、彼等が別の“人種”なら、結果は違っただろうが、同じ人間ならばそう大きな差は出ない。
氷雨だって、この人数に抑えられれば攻撃できない。それは彼もやはり人間であるからだ。
だが、彼ならきっと、その抑えられる前に、――斃す。だから、先程の数人の剣士との戦いを退けられた。
集団戦では――力を抑えられる形になればもう“終わり”なのだ。
「うわっ!? 止めろ! 離せ!」
その封じられた後の剣士は無残であった。
いくら力量差があっても、大群には勝てないからだ。武器を奪われ、剣士は成す術もなく数人に攻められた。ある者は馬乗りになり、ある者は手足を抑え、またある者は地味に鎧のない部分を蹴ったりと、そこに遠慮はなくリンチに近い。
彼等は“正義”という美酒に酔い、そこに罪悪感は全くないのであった。
そんな風に、次々と彼等は剣士を大勢で蹂躙して行く。
誰かが決死の思いで剣士に突撃し、一瞬動きを抑えて他の者が次々と襲い掛かる。ゲームプレイヤーの中には、その突撃で大怪我を負った者も居た。だが、ゲームプレイヤーは止まらなかった。崩壊したダムから流れる水のように、逆に勢いは増えていく。
卑怯、と剣士達は思っただろう。
ゲームプレイヤーのまともに戦わない戦法に。
だが、それを声を出す者は剣士の中に居なかった。
自分達も気が失っていたゲームプレイヤーをここまで連れて来たのだから……。
その数十分後、この場の主導権は逆転していた。
◆◆◆
一方、氷雨はこの中で最強の剣士相手に苦戦していた。
攻めきれないのだ。
剣というリーチ差が氷雨を不利にしていたのである。
「チッ!」
氷雨は迫り来る剣を、バックステップで避けた。
それを追うように、剣士はまた剣を薙ぎ払った。氷雨はそれをくぐる様に躱し、自分の間合いに近づこうとするが、剣士は氷雨が懐に入る寸前に後ろに下がる。
「けっ!」
「はっ!」
氷雨は男の剣を強引に潜り、顎を狙い右の拳を突き立てる。が、男は氷雨の腹を蹴って、そのアッパーを躱した。
護衛の男は“お綺麗な騎士剣術”なのではなく、戦いの中で築きあげた“自己流の剣術”で戦っている。それが何よりも、氷雨にとっては厄介だった。
「……!」
「しつこいっ!」
氷雨は剣士の傍に張り付いていながら、上手く攻撃できないでいた。
――隙がないのだ。
彼は剣士の攻撃を縫って、さらに防具の隙間を狙わなければいけない。そんな“大きな隙”を、この剣士は作ってくれないのだ。
なので、こんな状況が繰り返される氷雨は、防戦一方であった。
まず、氷雨には武器のリーチが足りない。70センチはあるかと思われる剣と腕の長さと足なら確実に足のほうが短く、リーチは短ければその分不利になる。
それに、防具の差も大きかった。防具で覆われている部分の多くに、氷雨の蹴り技は通用しないからである。体のどこを狙われても致命傷になる氷雨と、鎧のない部分しか致命傷にならない剣士。
速さは氷雨、後の基礎能力は剣士が勝っているだろう。
だから、氷雨は全ての攻撃を避けている。一瞬でも隙を見せれば、たちまち鋭い刃を体に浴び、死を免れないと本能で分かっているからだ。
だが、このままでは永久に決着はつかない。
両者ともそう思っていた。
「――終わりだ!」
――先に動いたのは剣士であった。
この状況を変えようと、剣士は数メートル近く氷雨と離れたのだ。
剣士はそこで剣を構え、縦に振った。
(なんだ? これに何の意味がある?)
氷雨は、この行動に最初は疑問しか持たなかった。
むしろ、休憩できるいい時間だと思った。
だが、この判断は失敗であった。
ブゥン!
鋭い風切り音が鳴った剣からは、透明のガラスのような三日月状の“何か”が出た。
その瞬間、彼の野生の勘が働いたのか、“何か”が出ると同時に動き出していた。体を毛を逆立たせて、その場から脱兎のごとく離れたのである。
しかし、その行動は、もう遅かった。
三日月状のそれは時速150キロ位出ていて、氷雨が完全に避ける前に、彼の左肩の皮膚を掠り、肉を抉る。血が舞った。
この強い痛みが、彼の思考を混乱させる。
こんな攻撃は今まで見たことが無いのだ。
氷雨の目は大きく見開き、誰が見ても驚愕していたように見えた。
「はっ、その様子だと剣技の一つ、『飛斬』も知らないのか?」
挑発するように剣士は言う。
だが、剣技という言葉に心あたりのない氷雨は、まだ困惑している。
この剣士は、わざわざ自分の技の理屈を言うような馬鹿やお人よしではない。
無言で、その場から、『飛斬』を放つ。
いくつも、いくつも。
時には縦に、時には横に、時には斜めに、剣士はその場から動かず、縦横無尽に剣を振る。
剣からは幾つもの三日月状の“何か”が出た。
(スキル? どこかで聞いたような……)
氷雨はその迫ってくる『飛斬』を全て避けきる。
縦のは右に、横のは跳んで、その全てを躱しながら、彼は頭を回していた。だが、頭には靄がかかっており、スキルというのが中々出てこない。
血を土の上に垂らしながら、余計に氷雨の戦況は過酷になっていった。なぜならこちらは相手に近づけず、相手は離れた所から攻撃できるからだ。
(クソッ、頭がぼっーとしてきた)
そして、肩から流れ出る血が、より彼を不利にさせていった。血を失えば、正常な判断力を失うからだ。
『飛斬』を避ければ避けるほど、氷雨は集中力と体力を失っていく。
故に、動きが鈍り、先程まで躱していた筈の『飛斬』を受け、肌に一つずつ掠り傷をつけていった。
氷雨は攻められないわけではない。
死ぬ可能性がある神風特攻のような攻撃なら、いつでもできる。
だが、その結果は悲惨なものだろう。もし、上手いこと賭けに勝ち、相手に勝てることになっても、自分が死ぬ恐れがある。
それだけは避けたかった。
やっと、こんな世界に来れたのだ。どうせ帰るなら、この世界を堪能してから帰りたかった。
「クソッ! クソッ……」
彼は攻撃を避けながら朦朧としてきた視界で、必死に探す。飛び道具を。石でもなんでもいい。固いものなら。投げられるものなら。
だが、そう容易くは見つからなかった。
やはり、世の中は非情なものだ。
そう自分に都合よく出来ていない。
氷雨は一発使えもしない左手で、自分の顔を殴った。
大して痛くもない。
だが、活は入った。たかだか、この程度の出血でなんだ。たかだか、この程度の怪我でなんだ。たかだか、この程度の不利でなんだ、と。
勝たなければ、と思う。
もっと、このゲームよりスリルな興奮を味わいたいからだ。
『飛斬』を避けながら、氷雨はマントの端を破り、大きな怪我の左肩を無理矢理止血する。
血の流れは、殆ど布の動きで止まった。
もう一度覚悟を決める。
勝て、負けるな死ぬな、と。
「はあはあ、お前ももう少しで終わりだな。最後は我輩の剣で直接降してやる!」
そして、有利な剣士の息は、――既に切れかけていた。
この時、氷雨の脳裏にある“可能性”が浮かんだ。
もう『飛斬』は出せないという可能性だ。もし、無尽蔵に『飛斬』を出せるなら自分なら使ってる。相手が傷つき、倒れるまで使ってる。
ならばもしあの技に制限があって、もう『飛斬』を使えないなら、近づけると氷雨は思った。
近づけたらいくらでも斃す手立てはある。
氷雨のその考えは、間違ってはいなかった。男が覚えている技を発動するのに、体力の消耗が必要不可欠だからだ。技の発動時、体力が一定以下の使用は、満足に発動しない場合や発動してもそのまま気絶する場合がある。
“冒険者”なら大体の技に、体力の消耗など常識であるが、冒険者ではない氷雨はもちろんその常識を知らない。
もちろん、男はそれを知っていたため、これ以上の『飛斬』の使用はしなかった。傷ついた獣ならば狩るのは簡単だと思っていたからだ。
「けっ、やってやる。やってやるんだ。勝つんだ、よ。俺はな……!!」
氷雨は疲れなどを隠して、高くいきり立った。
だから、一か八か体に最後の活を入れ、腰を低くした。近づいてくる敵に、いつでも駆け出せるための準備である。
彼の頭は、大量のアドレナリンの出すぎで正常ならば機能する痛覚さえ失っていた。
ゆえに、いつもより、不思議と体が軽かった。
「――勝つのは俺だ……!!」
「――ほざけぇえええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
氷雨は弱弱しく、剣士は荒々しく吼えた。
お互いとも、既に体は限界である。
いや、剣士は限界を超えてないが、氷雨は限界を超えている。左腕の損傷はかなり酷く、左腕自体の感覚がもう――無い。
ダンッ!
二人はほぼ同時に地を蹴る。
そんな二人が激突するまで、時間にして十秒もないだろう。しかし、貴族風の男にはもっと永く見えた。
そして、氷雨に近づいた男は、ぎりぎりの剣が届く距離を見切って、剣をを右から左に振った。
「なっ!?」
男は、灰色のマントで咄嗟に脱いで避けた氷雨に驚いた。
剣にまとわりついたマントのおかげで、氷雨の姿が消えた。かのようだった。そして、男が目を逸らした隙に、氷雨は自分の得意距離である数十センチに移動した。
だが、氷雨も無傷ではない。避けたように思われた剣は腹の皮を一枚分切っており、そこから血が少しずつあふれ出る。
彼は腰の位置に構えた右の拳を、指を広げて四本の指を綺麗に揃えた。
男はこの時、少しだけ安心した。この世界では、“貫き手”などという技術がないからである。だからその危険性に、溢れんばかりの氷雨の殺気に、気付かなかった。
「――まっ、死ねや」
彼は揃えた四本の指で、男の剥き出しな喉を狙う。
喉に指は深く突き刺さり、男は少ししてから――死んだ。それは「うっ……あ……」と、最後の言葉を残した剣士からも分かる。
そして、勢いよく抜いた彼の右手には、自分ではない赤い血が滴っていた。ぽとぽと、と地面に流れ落ちるのが、氷雨にもわかる。
「はあはあ……」
彼は体がぼろぼろな状態でも、十分なほどの満足感を味わっていた。それは緩んだ彼の顔からも分かる。
「やったぜ!」
だが、近くから聞こえるゲームプレイヤーの歓声のおかげで、その感覚に浸っているのもほんの数秒ほどだった。
◆◆◆
「やったぜ!」
「正義はやっぱり勝つんだ!」
「リーダー俺たちを率いてくれてありがとう!」
ゲームプレイヤーが剣士達を完全に制圧した。
この動きにそう時間はかからないのであった。
彼等がぼこぼこにした剣士は、武器を取り上げられた上で、端っこに居た。かつてゲームプレイヤーが縛られていた縄で、体中を雁字搦にされているのだ。兵士たちはみじめな気持ちであろう。
そんな彼等を縛った張本人であるゲームプレイヤーは、広場の中心で勝利の宴を開いていた。
「いや、皆のおかげだ! この反乱は僕一人では絶対無理だった! 皆ありがとう!」
だが、そこにご馳走も酒も何もない。
けれども、人だけは居た。
数時間前まで、“ダンジョン・セルボニス”をプレイしていたゲームプレイヤーが。世界初のVRMMOのゲームをログアウトすると、後ろで手を縛られ、貴族風の男には自分たちの事を奴隷だと言われた人々が。
あのままでは、本当に奴隷になってただろう。底辺の生活を送っていただろう。そんな生活は久遠、彼によって免れた。
救われたと云ってもいい。
そんな人々の中には、踊ってる人もいた。
泣いてる者もいた。
笑ってる者もいた。
様々な人々が様々な方法で、今の喜びを表現していたのだ。
「いや、リーダー! あんたのおかげだ! あんたが居なければ、きっとオレは奴隷になっていた。いや、間違いない。だったら、オレは、オレを助けてくれたあんたに付いて行くぜ!」
「オレもオレも!そしてオレ達に栄光と安全な生活を!」
「私も! 貴方だったら危険が多いこの世界でも信じられる!」
これからも、苦難は山ほどあるだろう。
もとの世界に戻る方法も分からないし、この世界では現代ほど満足に生活をおくれないかもしれない。他にも色々とギャップがあるだろう。
だが、そんな不安も今だけは取り除けた。
久遠光、という英雄がいたからだ。
彼には感謝をいくらしても足りない。この場に居たゲームプレイヤーの誰もがそう思った。そして、誰もが彼についていこうと思う。
それは彼にある独特の魅力が成せることであろう。
――そう久遠の栄光の第一歩は、これが始まりとなるのである。