第五話 フラウロスⅡ
前回までのあらすじ。
主人公である氷雨は「~ですわ」などの口調を使う観月ちゃんと意気投合して仲良くなった。
「なんや、骨がないなあ――」
観月は斃したごろつきの一人を足蹴にかけながら言った。その男は顔面が崩れて、ずっと呻いている。似たような者は辺りに広がっていた。地獄絵図だった。血は切り傷が無いのであまり出ていないが、ある男は関節が逆方向に折れ曲がり、またある男は死んだようにぴくりとも動かない。紫色の女性は既にこの場から逃げて奥へと引っ込んでいた。その中で氷雨と観月は悠々自適に経っている。残念ながら傷ひとつ無い。
氷雨と観月が共同戦線を張った戦いは、すぐに終わったのだ。
二人の圧勝だ。完勝だった。
氷雨と観月はまるで慣れたように、お互いが背中合わせとなって一人ずつ潰していったのである。
「ま、奥のやつは骨があるといいな――」
氷雨は精神を昂らせながら奥を睨む。
「そやな――」
観月もそれに頷いた。
二人がお目当ての人物に逢おうと奥へと向かおうとする時、奥から五人の人物が現れた。
他の四人に隠れるようにして出てきた一番後ろにいる一人は、あの紫髪の女性だ。
後の三人は固まっており、一人は全身鎧の重装備で、もう一人は軽装の女剣士で、もう一人は何の特徴もないローブを来た槍兵だ。
その後ろに控えるように立っていたのが――威厳のあるいそうな男だった。
得体のしれない青く細い甲冑で全身を隠して、その背中には深い藍色をした大剣が背負われている。それは刃が分厚く幅は広いが、その大剣には柄がなく、片刃であった。大剣としては珍しい。
「――お前らがここを荒らしたのか?」
青い男が氷雨と観月に言った。
「荒らした? まあ、そういうことだな」
氷雨は否定をしない。
「そやで。あんさんが来るのを待ってたんや。逃げずに来てくれて嬉しいで」
観月もそれは同じだ。
「死ぬ覚悟は出来ているというわけか――」
青い甲冑の男は諦めたように目を伏せた。
どうやら氷雨と観月をただの質の悪い悪漢だと思っているらしい。
「それはお前がしたほうがいいんじゃねえか? 俺は死ぬ気は毛頭ないぜ」
「わいもや。わいも全然ないで」
青い甲冑の男は減らず口を叩く二人を忌々しそうに見ていた。
「よくほざく小僧どもだ。ケイ、コウ、アカリ。やれ――」
青い甲冑の男がそう命令すると、三人が一歩前へ出た。
氷雨がその三人を観察する限り、ごろつき八人と比べればまだ骨がありそうではある。少しは楽しめるか、と氷雨が顔に愉悦を浮かべて前傾姿勢になると同時に、その三人も攻撃態勢に移った。
それぞれの武器は大斧、手頃な剣、それに三叉の槍だ。
バランスがいい、と氷雨は思った。
大斧は力、剣士は早さ、槍は射程範囲に優れているように見えて、大概の敵は相性で斃されるだろうというのが予測できる。
「――まあ、ちょっと待とうや」
だが、観月も戦闘に移るかと思いきや、面白そうにその戦いを止めた。
「何だ?」
青い甲冑の男が聞いた。
その表情は観月のことが煩わしそうだ。
「一対一で勝負しようや――」
観月はおかしな提案をした。
「ふん。誰がそんなのを受けるか。三対一で戦えばこちらの勝ちだ。なぜ、わざわざそんなことをしなくてはならない?」
男のいうことも最もである。
氷雨と観月は二人に比べて、男の部下は三人もいる。単純に考えれば、男のほうが有利に違いない。
「じゃあ聞くけど――本当に三対一でええんやな? わいの名前は観月やで」
観月は淡々と名乗った。
それに男の眉がぴくりと動いた。
男は冷静に観月を観察しだす。
「なに? お前が――観月だと? サラワの許可を取ってこんなことをしているのか?」
サラワの名を観月は知っていた。
度々、観月に依頼を頼んでくる男の名前だ。
「さあな? わいにそれと何の関係があるんや? わいは好きな様にやっているだけやで。どうしてわいがあいつの許可を取らなあかんのや?」
観月の言葉に男は舌打ちをした。
どうやらそれなりにこの街で観月の名は知られているようだ。それとその強さと、その戦闘狂も同様に。
「ちっ、面倒な――」
「まあ、一対一でこいつが負けたら、わいは引いたってもええで。まあ、ありえんと思うけど」
観月は氷雨を指しながら言う。
「その男が強いだと? 暗器を使う戦士か――いや、一般人のレベルしか無いではないか。ただの雑魚に違いないだろう?」
男は氷雨のことを鼻で笑った。
氷雨はそれを、へえ、と受け流している。どうやら強さを誤認されることに関して、あまり気にしていないらしい。
「なら、あんさんも別に文句ないやろ?」
「お前――何か企んでいるのか?」
男は訝しげに観月を見る。
「いーや、わいはただこいつの強さを確かめたいだけや。わいが次に戦うのに相応し敵かどうか、な。ちいっとばかし、あんさんも協力してくれや。てか――しろや」
男は観月の脅しに黙っていた。その頭の中では、この挑発を受けたほうがいいか、それとも受けないほうがいいか、冷静に考えているのだろう。
「どの相手との対戦が見たいのだ、お前は――」
「そいつやな――」
観月が指差したのは大斧を持った全身鎧の重装備の男だった。
その鎧は隙間がほぼなく、生半可な斬撃などは通じ無さそうだ。
「暗器使いなら、まあ、よかろう。ではお前の挑戦を受ける」
男の的はずれな考えに、観月は大声で笑い出した。
青い甲冑の男はその大きな笑い声を出している観月を睨みつけた。
「何がおかしい?」
「あんさん、何言ってるんや? こいつはなあ、暗器なんか使わへんで。こいつの武器はなあ、素手や。暗器みたいな小洒落た物使うような男やないで。あー、腹が痛いわあ。これで安心したやろ? 普通に考えて、素手相手に甲冑は不利や。氷雨はん、何ならローブを脱いで戦ったれや。そいつ、不安そうやで」
観月は面白可笑しそうに喋る。その姿は腹を抱えていて、目からは少しだけ涙が溢れていた。おそらく笑いすぎたためだろう。
その観月の提案に、氷雨は不思議そうな顔をして尋ねた。
「お前、何が目的だ?」
氷雨に怒りは無かった。
むしろ喜々としてローブを脱ぐ。ついでに上の服まで脱いで、傷だらけの上半身を見せていた。
「氷雨はん、おそらくやけど日拳(日本拳法のこと)か総合(総合格闘技のこと)やろう? この世界に素手の格闘はそこまで発展しとらんし、打撃も、投げも、関節も使っとったからな」
どうやら観月は氷雨の戦闘スタイルから、ゲームプレイヤーであることを見破ったようだ。
「残念だが、違うな。俺はあえて言うなら古武道が近いな――」
「へえ、さよか。ならちょうどいいわ。わいな、気になるねん。ああいうやつ相手に、あんさんがどう戦うか。何なら、鎧通しか重ね掌底? 拳法なら発勁か? そういう技を見せてくれへんか?」
「残念ながら、ああいう技を実践で使うような馬鹿はいねえよ」
氷雨は観月の言葉を頭から否定した。
「へえ、なら余計に気になるわ。どうやって戦うか?」
「ま、なら見せてやるよ」
氷雨は観月の言葉に軽く頷いて、一歩前へと出た。
それと同時に斧を持った男も前に出る。
斧の男は氷雨を鼻で笑いながら言った。
「お前、残念だな――」
「何が?」
氷雨は聞き返した。
「たかだかあの男の道楽のために命を投げ捨てるなんてな」
「それはお前のことだろ?」
「ふん。まあ、そう思うのならそう思っとけばいい。お前の攻撃は我が鎧には通じんぞ。精々、その拳を痛めながら殺されるが良い」
「いいから始めようぜ――」
氷雨の一言と同時に、また両者は一歩近づいた。
誰も戦いの合図などしない。
先に動いたのは氷雨だった。
一瞬で距離を詰める。
だが、男は焦りなどしない。何故ならスピードでは負けることなど、この鎧を着ている時点で分かっているのだから。だが、その鎧は業物である。生半可な攻撃なら通じもしない。男の作戦といえば、氷雨の攻撃を受けた時にカウンターで斧による一撃を与えればいいだけのこと。
男は僅かに半身になりながら大斧を高く持ち上げた。
氷雨が右の拳を後ろに引いた。
ほらきた。男はそのまま拳を痛めつけるがいい、と思いながら斧を振り下ろすタイミングを見極めようとする。
だが――その前に体がくの字に折れ曲がり始めた。氷雨の右の拳はフェイントで、男は膝を踏み抜かれたのだ。膝が砕かれて、足のふんばりが効かない。それでも何とか近づいてきた氷雨に大斧を落とそうとするが、それよりも先に掌底が顎に当たって男の視界がぐるんと回った。どちらが天で、どちらが地か、男にはもう分からなかった。
そのまま男は地面へと倒れた。
「これでいいか?」
氷雨はもう男を見ていなかった。
「へえー膝を踏み抜くんか。いいな、それ――」
「まあな。こっちのほうが早い」
氷雨はそう言いながら観月の元まで戻る。
そして観月へと氷雨は言った。
「なあ、俺もお前の期待に答えただろ? ならさ、今度はお前があの二人の部下と“同時”に戦ってくれよ――」
氷雨の提案に、観月は獣のように嗤う。
また更新が遅れて申し訳ありません。簡潔に言えば、バイトなどで忙しすぎて新しく書く暇があまりないです。
その代わりに昔書いた作品である「迷宮で石ころは光り輝く」を細々と公開していますのでよかったらそちらの方を暇つぶしにお使いください。