第四話 フラウロス
氷雨は三人に連れられて、『フラウロス・ファミリー』の本拠地に辿り着いた。
それは、町の端にあった。
煉瓦で作られていた。
高い塀を背にして建っており、建物自体は奥行きがかなりあり、それに周りの建物は煉瓦を積み上げただけで触るだけで崩れそうだが、この建物はしっかりと煉瓦同士を“のり”で接着していた。試しに氷雨は壁を蹴ってみるがびくともしない。 どうやら頑丈な建物のようだ。
だが、入り口は一つしか無く、狭い。
またその両隣には、二人の“ごろつき”が立っていた。
「何のようだ?」
ごろつきの一人は胸当と脛当てという最低限の防具と手に薙刀を持っていた。
刃が厚く、長い。
ただ、柄は木製であった。
「いや……それがな……こいつが……」
顔が大きく腫れて誰だか確認のつかない男は、氷雨の前に立ちながら腰を低くしていた。
どうやらこの門番は『フラウロス・ファミリー』の中でも強者に入るらしく、氷雨を連れてきた男たち三人はビビっていた。
「こいつが?」
ごろつきは三人の後ろにいる氷雨を指さした。
その時の氷雨はフードを被っており、灰色のローブで全身が隠れているので、口元が笑っている様しか見えない。
「どうやら俺は謝罪しないといけないらしい――」
氷雨はゆっくりと言った。
「謝罪?」
ごろつきは聞き返す。
「ああ。どうやらこいつらに粗相を働いてな。お前らの頭に詫びを入れようと思うんだ――」
「ほう――」
「だから、そこを通せよ――」
氷雨の声が低くなると、三人は鼠のようにごろつきと氷雨の間からどいて、道の端でびくびくとしていた。
「それはできん相談だ――」
ごろつきは氷雨の言葉を受けると、持っていた薙刀を氷雨に向ける。
それはもう一人のごろつきも同様だった。
「へえ。いいのか?」
「何がだ?」
ごろつきは“こういった輩”に慣れているのか、少しも態度が変わらない。
どうやら氷雨をたまに来る命知らずだとおもっているらしく、ただで通す気は依然としてない。
「俺に刃を向けるってことはお前らを倒してもいい、ということになるぜ――」
だが、氷雨も同様に目の前の的に怖がる様子はない。
「その為にきたのなら、相手になるぞ」
ごろつきは腰を低く沈めた。
「勘違いするな。あんたらを倒しに来たんじゃない」
だが、氷雨はごろつきの士気をそぐように言った。
「ほう、なら、なぜ来た?」
「最初に言っただろ? 俺はお前らの頭に“詫び”を入れに来たんだよ」
氷雨は身体の前で固く拳を握った。
言葉とは裏腹に、戦う気は十分にあった。
「やる気か――」
ごろつきは氷雨に静かに聞いた。
「どっちでもいいぜ。お前らはそこを退くか、俺に斃されるか選べばいい」
「分かった――」
氷雨とゴロツキ二人が動いたのはその直後、ほぼ同時であった。
◆◆◆
『フラウロス・ファミリー』の建物内に一人の男が入った。
氷雨だった。
氷雨は中に入ると、辺りを見渡した。
入ってすぐある大きな空間。そこは机も椅子もなく、奥へと続く扉と木製のカウンターが一つあるだけだった。カウンターに守られるように緑色の髪をした妖艶な女性が一人、紫煙を吐きながら立っている。
だが、そこにいたのはそれだけではなかった。
空間の端を埋めるように、ごろつきがちらほらといた。
そんなごろつきどもの視線が、氷雨には心地よく感じる。
「おいおい、ここはならず者達の集まりかよ?」
氷雨は両手に門番の首襟を掴んで、引きずりながら中へと入った。
そして真っ先に緑色の髪の女性を見つけると、近づいてカウンターに肩肘をついた。
「何のようだい?」
三十代前半ぐらいのその女性は、ドーナツ状に煙を吐きながら聞いた。
「頭を呼んでくれ――」
「用は?」
「詫びを入れに来た――」
どう考えても喧嘩を売りに来たにしか思えない氷雨に、周りでたむろしていたごろつきたちが集まった。
数にして、八人程度。誰もが当然ながら武器を持っている。
「“詫び”なら、こいつらが受けてくれるさ」
彼女は紫煙を氷雨の顔にかける。
「だが、それじゃあ足りねえ」
「ああ!」
ごろつきの一人が氷雨へと掴みかかろうとした。
だが、それよりも早く氷雨の裏拳が男の顔面に突き刺さった。男は上体が反って、折れた鼻を両手で呻きながら押さえるが、手の隙間から赤い血が流れていた。
怒り狂う目で氷雨を見るが、斬りかかりはしない。仲間の一人に手で制されて止められたのだ。
「俺はミノタウロスやドラゴンを斃した男を呼んでいるんだ。こんな有象無象の連中なんかに興味はねんだよ」
「てめえ! 喧嘩を売ってんのか!」
氷雨の言葉にキレて、ごろつき達が一斉に剣を抜こうとした時だった。
「邪魔するで――」
また建物内に一人の男が入った。
三人の腰が低い男を引き連れて。
それは――観月であった。
突如として入った観月に、部屋にいる全員の目が向かれた。
「ああ、あんたら、どっか行ってええで。ありがとな。ここまで案内してくれて」
だが、その視線に怯える様子がない観月はここまで案内してくれた三人に手をひらひらと振った。三人の男は揉み手で何回も頭を下げながら蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
観月はカウンター前に集まる男たちに興味がわいたのか、顎を擦っていた。
「何や、もしかして取り込み中か?」
観月は質問を気軽にぶつける。
「あんたは――何のようだい?」
逆に、紫色の髪をした女が観月に聞いた。
「わいはな、ここにいると噂のごっつい強い団長さんと戦いに来たんや。今はおるんか?」
観月は人懐っこい笑みで言った。
それに男たちを手で押しのけて、氷雨が観月へと近づいた。
「おいおい、そいつには俺の用が先だぜ」
氷雨がフードを片手で脱いで、観月を見る。
同じように観月も氷雨を見た。
「さよか――」
二人が二人を観察する。
二人が並んで経つと、身長は若干氷雨のほうが高かった。だが、数センチの違いしか無いだろう。上背はおそらくだが観月の方が著しいが、手足は当然ながら氷雨の方が高かった。
二人は共通して剣などの刃物を持っていなかったので善良な市民のようだが、流れ出る獣臭がごろつきたちと同じ存在だと思わせる。
違いはいくつかあるが、氷雨は全く武器を持っていないのに対して、観月は両拳にグローブを付けていた。
何も持っていない氷雨を見て観月がぴんと閃いたように質問をする。
「あんさん、名前は?」
「氷雨だよ。お前は?」
観月は探し求めていた好敵手を見つけると、踊りたくなる気持ちを抑えながら答えた。
「わいは観月や」
「へえ――」
氷雨は観月のグローブに目が釘付けになっていた。
「奇遇やな。あんさんも“素手”か?」
「そうみたいだ。お前は“拳”か?」
「そうやで。運命みたいやな――」
「そうだな――」
「なあ?」
「何だよ?」
「わいな、別にあんさんに譲ってやっていいで」
「何をだ?」
「だから、あんさんがここの団長と戦えるように協力したってもいいで、っていう話や。そもそもがあんさんのほうがついたのが先みたいやからな」
「へえ、分かるやつだな、お前」
「その代わり、その後、わいと戦うんならな」
「分かった――」
「いいんか?」
「いいぜ」
二人は話が終わると、にかっと歯をお互いに見せて笑って、仲よさげに肩を組んだ。
どうやらお互いの意見が一致したらしい。
並んで、男たちと相対的に立つ。
「話は纏まったのかい?」
紫色の彼女は、急に意気投合しだした二人を信じられないような目で見た。
「ああ、さっさと上を呼べよ。邪魔するなら――」
氷雨は観月を見た。
観月も氷雨を見た。
「仲良しのわいたちが全員のしたるわ――」
観月は肩を組むのを止めて、両拳を構えた。
氷雨もそれを習うようにして、軽く跳ねて肩を伸ばしながら首を鳴らす。
――それから、八人と、二人が戦うまで数秒も必要なかった。