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戦人の迷宮探索(改訂版)  作者: 乙黒
第四章 剣闘士
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第十九話 エピローグ

 あれから一週間が経った。

 氷雨の姿は悲惨だった。

 いかに回復薬が存在しようと、骨折がものの数秒で治ることはない。もちろんリアルと比べれば治るのは早いが、それでも二週間はかかる。特に氷雨の場合は亀裂骨折も多数あったが、両腕は右手が完全骨折で、左手が粉砕骨折だ。治るのも特に遅い怪我だ。身体の怪我はそれだけではなく、腹部の裂傷と肋骨の亀裂骨折に加え、度重なる盾への蹴りに寄って、足も骨が何本か折れていた。

 そんなこともあってか、今の氷雨は全身が包帯で巻かれている。

 両腕と両足は添え木によって完全に動かないように固定され、ギプスを用意することが出来ない胴体はあの戦いの後、姉である雪によって固く締め上げるように包帯を巻かれた。呼吸によって肺が動くので、ほぼ自己治癒にしか任せることしかできない肋骨と言っても、固定されているのといないのでは、痛みの大きさが違う。

 また、特に氷雨が辛かったのは最初の夜が来た時だった。

 折れ曲がった右腕を元の形に戻すのも痛かったが、それよりも戦いの間に脳から出ていたアドレナリンが切れて、一気に全身の痛みが襲ってきた時は死ぬかと思ったほどだ。鎮痛剤はこの世界にもあったが、いささか効きが悪かった。

 それも落ち着いた頃には、今度は羞恥心が襲ってきた。

 痛みによって身体が動かないので、食事などは全て他の者に任せているからだ。


「氷雨、はい、あーん。やだ。そんな顔しないでよ。早く口を開きなさいって。はい、あーん」


 などと手慣れた手つきの雪に食事を食べさせてもらったり、


「ヒサメさん、私が……身体を拭きます……ね……」


 頬を朱色に染めて、恥ずかしそうに体がもじもじしているクリスには体を拭いてもらったこともあった。もちろん、彼女にも食事の給仕は雪とローテーションで行われている。


「おねえちゃん! おねえちゃん! わたしもしたい!! おねいいちゃんにたべさせるの! はい! あーん!」


 もしくは、クリスに食べさせてもらっていた時に、興味を持ったユウに食べさせてもらったこともある。スプーンを無理矢理口に押し込むように。それで何度か嗚咽もした。

 氷雨としては、どれも直視したくはない現実だった。

 また氷雨は起きている間は、ずっと寝ながら窓の外を見ているか、部屋の中にいる者と色々な話をした。この世界のことやあのリアルのことなどを。

 また、夜になると、宿に帰ってきたカイトが楽しげに一日のことを話す。


「アニキ! アニキ! 今日ね、剣の不利が早くなったんだよ! 雪ねえに褒められたんだ!」


 カイトは氷雨が寝たきりの生活を余儀なくされてから、ずっと雪と修行を行っているらしい。その内容を、ずっと語るのだ。氷雨はそれも相槌を聞きながら大人しく聞いていた。そんなカイトの話の中には、迷宮探索のことも含まれていた。どうやら、雪と二人で行っているようだ。

 もちろんお金にはまだ余裕はあるが、何時、またこんなことがあるか分からない、との雪の懸念もあったからだ。

 氷雨はそれに最初は何とも思ってなかった。


「ねえねえ、こういうのをヒモっていうの?」


 だが、ユウが首を傾げながらクリスへと、この発言をした時はかなりのダメージを負ったことは事実だ。クリスはそれに「あはは……」と言いようのない固まった顔をして、ごまかしていた。

 そんなこともあって、氷雨の一日はゆっくりと流れていた。


「……氷雨、今日、昇君達がアンタレスに帰るそうよ。よろしく、って言っていたわ」


 今日は珍しくカイトの修行も中止して、一人で外に出て行った雪が帰ってくると氷雨のベッドに腰掛けて、早々口にしたことだ。


「あいつ、もう元気になったのか?」


「ええ。ダメージの大きさは、氷雨の方が大きいからね。昇君はまだ顔の骨は折れていて包帯も巻いているらしいけど、すぐに綺麗に治るらしいわ。それに、ここより『ヴァイス』のほうが落ち着くっていう理由から帰るらしいわよ」


「へえ……『ヴァイス』ってそんなにいいのか?」


「ゲームプレイヤーが多いからね。それにここと比べると治安もいいし……」


「そうか……」


 氷雨はまた外を見つめる。


「ねえ、氷雨、あんたはどうするの?」


「どうするって?」


「これから先のことよ」


 雪は淡々と語った。

 昇のパーティーは、アンタレスは、目的があるというのは氷雨も聞いたことがある。

 ――元の世界に帰る、というゲームプレイヤーなら誰もが望む大願だ。

 アンタレスは石版を一つ持っているコミュニティに属しており、迷宮探索などを行いながら石版に関する情報とダンジョンの攻略を同時に手伝っていると聞いた。もちろんそれは辛く厳しい道であるが、やりがいはある、と雪は語っている。雪としては、パーティーを抜けると同時にそのコミュニティから抜けると言っていた。これからのことは、この五人しかいない変わったメンバーの集まるパーティーに命運を賭けるようだ。


「どうしようか?」


 氷雨は悩んだような表情で、ユウ、カイト、クリス、そして雪を見渡した。

 これまで氷雨は大きな目的を持って、動いたわけではない。

 昇たちのようにコミュニティの助けになることを目的に動いてもいなければ、ハルのように率先してコミュニティを率いてリアルへと戻るために動いているわけでもない。

 これまでは、欲望の赴くまま、獣のように動いていた。


「おにいちゃん! わたしはね、おにいちゃんといっしょにいるよ! はなれるりゆうもないし、そうきめたもん!」


 ユウは嬉しげに言った。

 話をどこまで理解しているかわからないが、これからも自分に付いて来るらしい、と氷雨は考えたから、「そうか」と微かに微笑みながら頷いた。


「アニキ、オレはね、やっぱり強くなりたい! その上で、アニキの力になれるなら何だってするよ! それにね、アニキに付いて行けば、オレも強くなれる気がするし!」


 カイトは自分の拳を丸めて、それを見ていた。

 どうやらカイトの目的は、ハルたちのようにゲームプレイヤー皆の為に動くためでも、昇のようにその手助けをするわけでもない。ただ一人の為に頑張るらしい。その人物は、もちろん氷雨も知っている。その覚悟も、その意思の固さも。

 氷雨は、それにも頷いた。


「ヒサメさん……」


 クリスは表情が暗くなっていた。

 そう言えば、と氷雨は彼女のことも考えた。

 あの商人からどんな教育がされたのか、あの中でどんな事があったのかは、詳しくは知らない。

 だが、奴隷がどんな扱いかは大体知っている。

だからと言って、氷雨はそんな扱いをこれまでもしていなく、これからもするつもりはない。元々、そんな目的で買ったわけでもない。


「別に、俺はクリスが何を選んでもいいぞ。離れたければ離れればいいし、ここにいたければいればいい――」


「そうですか……」


 その言葉を聞いて、一層、クリスの表情が暗くなった。


「おねえちゃん、どこかにいっちゃうの?」


 そんなクリスを見かねて、ユウが不安そうな声を出して抱きついた。

 クリスはユウを力いっぱい抱きしめて、頭を優しく撫でる。その姿はまるでユウの母親のようであった。


「……いえ、行く気はありません。ヒサメさん、私もこのパーティーに付いて行きます。理由は色々とありますが、カイトさんやユウちゃんといたいですし、何より、出て行く理由がありませんから」


 その言葉を聞くと、氷雨も微かに笑いながら頷いた。


「分かった。なら、その意思を尊重するよ。姉ちゃんは?」


「あんたに任せるわ。それで、このパーティーの目的は決まったの? それがないと、何もかもが締まらないわよ?」


「決まっている。――強くなりたいんだよ」


 これまでの戦いを思い出す。

 どの戦いでも知ったことは、自分は弱いということ。

 昇との戦いでも、それを思い知った。

 あの戦いはスキル無しでは絶対に勝てなかった。

 最後まで、使うかどうか悩んだが、自分は勝つことを選んだ。スキルを使うかどうかなんていうちっぽけなプライドなんて、溝に捨てることを選んだ。必死に足掻いた負けより、縋り付いた勝ちのほうがいいと思った。

 負けた先には、何も無いのだ。

 負けて得られるものより、買って得られるもののほうが多いと思った。

 これから、また、強くなればいいのだ。

何にも頼らず、自分の力のみで勝てるような強さを。


「どう強くなるの?」


 雪は挑発するように聞いた。


「ここにいてもこれ以上大きな変化がないと思うから、心機一転して、『ヴァイス』に、行こうと思う。」


「いいわね。それ――」


「だろ?」


「それで、氷雨はこれから先、どんな方向で強くなるの? スキルは使う?」


「……分からない。でも、多分使わない。と言うよりも、使えないな。俺が持っているスキルは、二つだけなんだ。『力量読み』と『強化』だけだから」


 その言葉を聞いて、雪とクリスが眉をひそめた。


「それ、おかしいわよ。普通なら、武器を使うだけで何種類かスキルが得られるはずよ。私も、何個か持っているわよ」


 雪は不思議そうに言った。


「あの、ヒサメさん、実はですね、最近になって私ナイフを使うようになったじゃないですか」


「ああ」


「それで、もう剣スキルを獲得したんです。つまり、武器の熟練度を上げてスキルを得る場合は、一番最初のスキルはとても低く熟練度が設定されているはずなんですよ」


 クリスはこれからの経験から得たことだった。


「アニキ、オレもさ、最初のスキルは簡単に手に入ったぞ! 多分、皆、『強化』を得るよりか早く武器スキルを手に入れているんじゃないの?」


 カイトの言葉に、クリスも雪も頷いた。


「……おそらく、素手が原因でしょうね。拳スキルも存在するけど、使っている人は全員が攻撃用のグローブをつけている。でも、氷雨はそれをつけていない。だから、武器の熟練度が上がらない。氷雨、よかったわね。悩む必要が無さそうよ」


 雪は己の考察を披露して、ニヤニヤとした。

 氷雨はベッドに横たわっている状態なので、その顔を睨むことしか出来なかった。

 どうやら悩む悩まない以前に、自分にスキルを使うという道は無さそうだ。グローブをつけるという選択肢は氷雨の中には、あまり存在しない。それを付けると、投げや貫手などが使えなくなるからだ。できるだけ攻撃のカードは多く残しておきたいのが現状だった。


「まあ、気楽に行こうぜ――」


 氷雨はまた布団の中で眠りに入った。

 窓から太陽の日差しが差し込む。

 それを見て、クリスが窓を開けた。

 氷雨は、新しい風が部屋の中に入ったのを感じた。



 戦人は、自分の感情を知った。

 望みを知った。

 これから新たな旅が始まろうとしていた。




 彼の現在の装備、灰色のマント。鉄板が仕込まれたブーツ。持ち物、奪ったドラゴンスレイヤー。

 所持金、30980ギル。

 力量(レベル)21。

 獲得(スキル)、『力量(レベル)読み』。『強化』

 仲間、カイト。ユウ。クリス。雪

ひとまず、第四章はこれで終わりです。

ここに長々と書いたら読みにくくなると思いますので、残りのあとがきは活動報告に書きました。よければ見てください。

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