第七話 混戦
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(一発か……)
氷雨はカナヒトへと歩きながら、体の調子を確認していた。
体に異常があったのは両手で、やはり、関節を無理やり外し、無理やり嵌めたので痛い。
右手に殴れないほどの激痛は無いが、左手は使えそうにない。先程の裏拳により、手首から先の感覚がもう無いのである。
そう考えると、右手も一度しか使えなかった。一度だけ使った左手の感覚が無くなったことを考えると。
残り一発の弾丸で、十人以上の戦士を斃さなければならないのだ。
だが、この絶体絶命の苦境に――より彼は燃えた。
目を滾らせ、手が駄目でも足があると。
そう考えると、剣が峰に立っていたとしても、貴族風の男の隣にいる剣士へ氷雨は全速力で――走れた。
「旦那様のために死ねっ!」
彼が地を駆けると、右からすぐに邪魔者が飛んできた。
氷雨は斬り下がる剣を一歩下がって避け、剣を掴んでいる両手を蹴る。武器が無くなり剣士を無力化できたので、氷雨はそれ以上その剣士に攻撃しない。
彼の目に映ってるのが、弱い剣士ではなく強い剣士だからであった。
「……」
今度の剣士は、無言で突いてきた。前の男は声を出して攻撃したから氷雨に気づかれた、と思ったためである。
彼はそんな攻撃を上に飛んで躱す。
そのまま遠慮なく蹴り、剣士の男を沈めた。頭への、上段蹴りであった。兜の上から遠慮なく蹴ったため、足に痛みが奔るが、両手の激痛に比べるとなんてことはない。
氷雨は足の痛みなど気にせず、また狙いの男に向かう。
「はあっ!」
「ひゅっ!」
次は二人同時に、氷雨へと切りかかった。
その二人の頭に、氷雨の力量が低いという意識は既にない。これまでで、三人も楽に斃せた彼を強敵だと認識し、油断は微塵もなかった。
だが、それも氷雨には通じない。
二人が攻撃する瞬間、一度だけ止まり、また走り出したのだ。
そのためタイミングを外された兵士たちの剣は、宙を斬った。彼等の攻撃は不発に終わったのだった。
「皆、立ち上がれっ! 僕たちの自由を手に入れるんだっ!!」
と、そんな時だった。
久遠が剣を頭上に掲げたのは。
とがらせた金髪に、端正な目鼻立ち。掲げた剣が太陽によって輝き、後光が差しているかのような光彩がそこにはある。
殆どの人間が、怪しいと思えるほどの魅力を持つ彼に目を向けた。その時、時間が止まったと感じる者までいた。
「――全員で協力したら、数で対抗したら、どんな強敵にも勝てないことはないっ! 僕たちの正義は、正義は必ず勝つんだ!!」
久遠は、自分達を正義だと決め付けている。
縄で自分たちを縛り、仲間の雲林院や雛形を危険な目に遭わせた彼等。それだけで、久遠の中では剣士他大勢を、何らかの理由がある可能性があることも考えず、悪だと決定していた。
まあ、当然カナヒトたちは悪なのだが。
これとは反対に、カナヒトは次なる危機を覚えた。
あの青年が居る限り、奴隷の反乱は簡単には沈静しない。圧倒的な武力により謀反を止め、反乱分子の根絶やしによって、初めて沈静したと言えるのだ。
これは反乱を起こす前に、奴隷たちを静めなければ自分の命が危うい、と貴族風の男は思ったのだった。
「奴隷達をっ! 奴隷達を静めなさいっ! “雑魚”は私の護衛がなんとかしますっ! 先に奴隷をっ!」
だから、心から男は叫んだ。
それは、悲痛の叫びと云えるだろう。
「オレ達でもできるよなっ!」
「ああ、だってこんなファンタジーな事滅多にないぜ?」
「正義は私たちにあるもんねっ! 奴隷なんて制度を使う彼らが悪者っ!」
だが、時すでに遅し。
奴隷ならぬゲームプレイヤー達の士気は上昇していた。それは、上限を知らなかった。
久遠の剣によって縄が解かれた十人は、それぞれが刃物も使わず別のゲームプレイヤーの拘束を外す。自由になったゲームプレイヤーは鼠算のように増えていった。
それらは武器を持っていないとしても、力量が低いとしても剣士達には脅威である。
――数が多いからだ。
数はそのまま力になる。かの有名なナポレオンは、数の利を生かして幾つもの大局に勝ったのであった。
それに士気の高さも、そのまま力に繋がる。
士気が限りなく上昇した者が、死に恐れなくなるからだ。恐怖を失った者は、捨て身の攻撃を何度も行う。捨て身などは、当たり前に。
ゲームプレーヤー達は久遠の言葉によって士気が上がり、そんな――勝てれば死んでもいい、という異様な空気に包まれていた。
「ぐっ!」
剣士達は、そんな“空気”にたじろいだ。
それは剣士たちの圧倒的有利な状態が終わったからで、ここからは血みどろの勝つか負けるかの争いだからだ。
勝者が全てを得て、敗者が全てを失う――そんな戦いだ。
この戦い、分だけ見れば、おそらくゲームプレイヤーの方が高いだろう。
いかに剣士たちの力量が高いとしても、それが有利になるのは一対一の場合だ。一騎当千の実力がない限り、人対人であれば4~5人で囲んでしまえばまず負けることが無い。
――人海戦術が、戦場では一番強いからである。
そして五十人ほどのゲームプレイヤーは久遠を一番前とし、集まっていた。一方、十人程度の剣士も氷雨に軽く倒された者も含め、集まっていた。
それぞれが、心を激しく滾らせながら。
「皆、一人ずつ囲んで武器を奪え! 武器を手に入れたらこっちのもんだ! 勝つためには恐れるな! 正義は僕達にある! ――勝利の女神は僕たちについてるっ!!」
「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
久遠の咆哮と共に広まったのは――勝利への応援歌。
「勝つぞ! 負ければ死だ!! 全員歯を食いしばれっ!!」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
その反対に、一人の剣士の雄叫びから始まったのは――制圧への序奏曲。
二つの軍団は、まもなくぶつかるのであった。
◆◆◆
「――ははっ、やっとだな」
そんなゲームプレイヤーと剣士による激戦の少し前、氷雨も貴族風の男とその護衛の剣士の元に来ていた。
護衛の剣士は貴族風の男の前に出て、氷雨と睨み合う。
「お前の強さの理由は分からない。興味も無い。――だが、我輩をこれまでの者と一緒にするなよ?」
剣士は言った。
自分の実力はこの中で一番上だ、と。
そんな男の力量は40。氷雨は知りなどしないが、それはやはりこの上で一番上であった。
「――けっ、上等だ」
氷雨は腰を低くして、半身になる。左足を前に出し、右手を腰元に、構えていた。
彼は戦いに、ぶるっと震える。
――武者ぶるいであった。
戦えることに歓喜し、強者と巡り合えたことに感謝し、興奮に痺れた体に支配された、彼だけの戦闘準備であった。
「――ふんっ、減らず口が言えるのも今の間だけだ」
反対に、護衛の剣士は、腰の剣を抜いた。
太陽の光が鈍く光る剣。それは魅せるために作られたわけではなく、儀式のために作られたわけではなく、ただ――人を殺すために作られた剣だ。
ゆえか、怪しい魅力があった。
鈍色に輝くその剣には、人の目を引きつけて止まない怪しい魅力があった。
「早く、早く雑魚を殺してしまいなさいっ!」
そして、この二人の戦いは、貴族風の男の罵声をきっかけに始まったのだった。