第十二話 提案
久しぶりの更新です。
相変わらず亀なのはご遠慮ください。
五人は街に戻ると、狭い宿でゆっくりとしていた。
氷雨は身体の治療が主でそれにクリスが付きっ切りだったが、他の三人はつかれた身体を休めるためにのんびりとしていた。
特にユウはダンジョンに行くのがとても疲れたのか、ベッドの上ですやすやと眠っており、それを見たカイトも治療が終わると同じようにユウの横で眠りについた。
雪はそんな兄妹が寝ているベッドに腰掛け、カイトとユウを温かい眼差しで見守る。
だが、そこから視線を氷雨へと変えると、顔つきは厳しくなった。
「氷雨、今日の迷宮探索については何も言わないわ」
「そうか――」
氷雨はベッドにうつ伏せになったまま言う。
彼は上半身裸になっており、傷ついた箇所を丁寧にクリスに治療されていた。
「私も『ヴァイス』で冒険者をしていて、私なりに冒険者のことも分かっているつもりだし、色々なパーティーも見てきた。でも――」
「こんなパーティーはいねえだろうな」
氷雨はさも面白そうに少しだけ口元を歪める。
「そうよ。私が見てきたパーティーは、よくも悪くも正道だったわ。確かにたまにソロプレイをするような人外もいたけど、あなた達はそれ以上に特殊でしょうね」
雪は思い出す。
『ヴァイス』にいた時のことを。
冒険者同士の情報交換は同じコミュニティだけに留まらない。有益な情報や他のパーティーの攻略方法は、どの冒険者も死なないために逐一新しい情報を仕入れていた。
パーティーによっては、弓に重きを置いていたり、魔法が使える戦士を重要視していたりと傾向は違った。
だが、氷雨達ほど極端なパーティーは見たことがなかった。
何故なら『ヴァイス』にいたパーティーは、全員が戦える程度には強く、一辺倒な人間はいなかった。
確かに冒険者のサポートを主にし、結晶石を拾ったり道具を持ったりするサポーターもいるが、彼らもある程度は戦えるし、武器も持っていた。魔法を使えるような者も、基本的には武器で戦い、その補助として魔法を放つ冒険者が多かった。確かにハルのように魔法専門もいたが、彼女もまた特殊な例であろう。
ただ、氷雨達のように特化したパーティーは見たことがなかった。
いや、そもそも子どもをパーティーに入れるなど、普通の神経ならしない。
カイトはまだしも、サポーターとしてユウを入れることを考えるなんて、感覚が腐っているとしか雪は思えなかった。
「ダンジョンはユウ曰く、お化け屋敷気分だからな。あいつはダンジョンの捉え方が、常軌を逸していると思うぜ。その点なら、カイトよりも異常だよ、あいつは――」
氷雨は、かか、と笑う。
「それを聞いて笑える氷雨も、十分、まともじゃないから安心しなさいよ。というか、どんな事情にせよ、ユウちゃんのようないたいけな子をダンジョンに連れて行くこと自体が、『ヴァイス』では非難されると思うわ」
雪はマイペースな弟にため息を付いた。
「勝手にさせろよ。どうせこの世界に児童労働法なんて、固苦しいものは無いんだし、やりたいもん勝ちだ」
氷雨は目を細めながら言った。
「ねえ、なら、私も好き勝手にやっていい?」
雪の目が怪しく輝いた。
「勝手にしとけよ」
「なら、氷雨のパーティーに入れてよ」
「は?」
「私をね、氷雨のパーティーに入れてよ」
艶やかに雪は告げた。
「……まあ、入りたければ入れば? 何なら姉ちゃんにリーダーを譲ってやろうか?」
氷雨はニヤリとする。
意地の悪い笑みだった
「冗談でしょ? あんたが私の指示になんて従うわけが無いし、そもそも、あんたのいるようなパーティーのリーダーなんて、気苦労が多くてやってられないわ」
「いや、意外と従うかもしれないぜ」
「そんな誘いはいいから、これから私に付き合いなさいよ」
雪は氷雨との押し問答が面倒になったのか、無理矢理に話を進める。
「何を?」
「あんた、私がアンタレスに入っているの忘れたの?」
「そうだったか?」
「あんたねえ……まあ、いいわ。それより、これからアンタレスに別れを言いに行くから、あんたにも付き合って欲しいのよ」
「俺はどんな顔して会いに行ったらいいんだ?」
氷雨は面白そうに言った。
「その汚い笑みで会いに行ったらいいんじゃない?」
「そうかよ。分かった――」
氷雨はクリスの治療を終わらせ、肩や首などをぽきぽきと鳴らしながらベッドから立ち上がる。
そして雪と一緒に扉へと向かい、振り返ってクリスに声をかけた。
「というわけで、クリス、俺はこれから姉ちゃんに付き合ってくるから、ガキは任した――」
「ヒサメさん、治療はまだ終わってないので、戦いはしないでくださいね」
まだ氷雨といた時間は短いが、クリスは彼の性格をよく分かっているようで心配そうな顔で忠告した。
「ああ、そうだな。それは、分かっている――」
氷雨はクリスの言葉に頷いた。
◆◆◆
雪は宿屋で休んでいたアンタレスのメンバーを呼び出し、とある酒場に集まった。
彼らが腰掛けているのは長いテーブルで、氷雨と雪が隣に座り、アンタレスのメンバーである五人が二人の対面に座る。張り詰めた空気が彼らの周りには漂っているのか、そこには他の冒険者は集まらなかった。触らぬ神に祟りなし、ということだろう。氷雨は背もたれに体重を預けながら呑気な顔をしているが、雪はどこか覚悟を持った顔をしている。アンタレスの他のメンバーの顔つきは厳しかったのだから。
「雪さん、僕達をここに呼んだってことは、今後のことが決まったということでよろしいのですか?」
昇は雪の隣にいた氷雨を睨んでから言う。
「ええ――」
「雪ちゃん、それでどっちにするの?」
雪とは親しいのか、細く大人な女性が優しく雪に話しかける。
「私は――やっぱり弟のパーティーに入ろうと思うわ」
「そんなっ!」
昇は大きな声を出すが、細い女性は分かっていたのか「そう」と小さく頷いた。
どうやら氷雨を連れて来たことで、雪の選択は分かっていたらしい。
「理由を……聞いてもいいですか?」
それは安堵か嫉妬か、複雑に嬉しいとも嫌だともなく微妙な顔をした田中愛は雪を真っ直ぐに見る。
「そうね。ダンジョンに潜ってみてだけど、こっちを支えたくなったのよ。危なっかしくて見てられないわ」
穏やかに語る雪の顔は、まるで母性に満ちた氷雨の母のようだった。
「そうですか――」
田中愛は納得したのか、雪から視線を逸らした。
「本当にあなた達には申し訳ないと思うわ。これまでパーティーを組んで貰って、ここまで付いてきて貰って、半ば裏切るような形になるんだから――」
「雪さん、本当にいいんですか!」
「ちょっと、昇君、雪ちゃんの選択を見守ろうって――」
「昇さん、少しだけ――」
そこで昇が身を乗り出した。
彼の隣に座っていた田中愛ともう一人の細い女性が、昇に落ち着くように言うが、昇は止まらない。
感情が、湯水のように溢れ出す。
だからこそ、昇は止まれなかった。
「氷雨君のレベルは22です! それだけではありません! 彼の周りにいたメンバーも、一人だけ27という高レベルの女性がいましたが、それ以外は全員が氷雨くんより下でしたよ! それなのに雪さんはそんなパーティーに――」
「――あれか、俺が弱いとでも言いたいのか?」
ここで氷雨が口を挟む。
その評定は昇を鋭く射抜いていた。
氷雨は確かに自分が強いとは思っていない。
だが、自分が弱いと認めると、これまで自分に負けてきた相手まで弱いことになるのは、どうにも嫌だった。
「いや、決して、そうでは――」
流石の昇も面と向かっては言えないのか、口を濁す。
「はっきりと言えよ。レベル“如き”で強さを決めるのが冒険者なんだろ?」
「――レベルが“如き”ですと?」
昇は氷雨の発言に、静かに息を呑む。
その氷雨の“如き”というレベルを手に入れるために、どれほどの苦労がいるのか、昇は知っていた。
レベルが低ければ他の冒険者から馬鹿にされ、稼ぎも少なく、生きていくのも苦痛になる。
ゲーム時代とは違い、レベル上げは作業にはならないのだ。
モンスターに勝てばレベルは上がるが、その過程は雑には行えない。
命を賭け、身をすり減らしながらモンスターに戦いを挑むからだ。
相手の牙が、爪が、武器が、身に掠るたびにどれ程の恐怖を覚えたのか。一度どころの話ではない。戦いの度に精神が消耗し、何度も冒険者を辞めようと昇は思ったことがある。その度に耐え、立ち上がり、血に塗れ、モンスターを殺す罪悪感に痺れながら、剣を振るってきたか。
そして、レベルが、一つ上がる度にどれ程の感動を覚えたのか。
十を超え、二十を超え、三十を超え、最近遂には四十を超えたが、未だにレベルが上がる時には昇は心が震える。
まだ、生き残っていることをぐっと噛み締めるのだ。
それを“如き”で済ませた氷雨に、昇の眉間にシワが寄った。
「“如き”だよ。俺はあんたがレベルに執着している理由が分からない。姉ちゃんに拘っている理由は――」
氷雨は雪を見た。
「――まあ、想像がつくけどな」
「氷雨君は、もしかしたら、運がとてもいいのではないですか?」
昇の声が、急に低くなる。
どうやら昇は雪の件は冷静になったようだ。
「運がいい、か。別にそれでもいいぜ? なら、レベルに頼ってるあんたらも生きていられるってことは運がいいんだろうよ」
氷雨は昇を強く睨んだ。
「レベル上げに苦労を覚えていない、ということはもしかして氷雨君、強い冒険者についておこぼれを貰った経験でもあるのですか?」
「はあ? 言いがかりはよせよ。お前たち冒険者こそ、弱いモンスターを殺して、レベルを上げて強くなるんだろ?」
「氷雨くん、喧嘩を売っているのですか?」
「お前こそ、喧嘩を売っているのなら買うぜ」
氷雨と昇の空気が、張り詰める。
話が、別の方向に向かっていく。
「氷雨っ! 昇君っ!」
雪が二人の争いを止めようと声を掛けるが、二人はまるで彼女の言葉が耳に入らないかのように争いは加速する
「あまり、勝算のない戦いは挑まないほうがいいと僕は思いますよ?」
昇はしたり顔で言う。
「お前こそ、レベルが上がってお山の大将気分なら、逃げ出したほうがいいぜ?」
氷雨は馬鹿にするように嗤う。
「実は、僕は、人を斬るのは得意ではないのですが――」
「怖気づいたんなら、そう言えよ――」
「いえ、きっと勝者は決まっていますし、戦う必要が無いでしょう?」
「それこそ大きな間違いだと思うがな」
「大した自信家なのですね、氷雨君は――」
「そうでもねえよ。お前と比べるとな――」
氷雨と昇が睨み合う。
戦闘は既に始まっているのだろう。
二人の中では。
「一週間後、でどうですか?」
昇が提案する。
そこには、静かに激情した昇の姿があった。
「今じゃねえのは不満だが、いいぜ。それで。ついでに姉ちゃんのパーティーも“これ”で決めるか?」
氷雨は親指で雪を差す。
「氷雨っ!」
雪は氷雨に大声を出す。
「氷雨君、勝つのは僕なんですよ。お姉さんの了承無しにそんなことを言っていいのですか?」
「けっ、勝つのは俺だよ。どうせ勝つ戦いだ。スリルが増えたほうが面白いだろう?」
「氷雨っ、辞めなさい!」
雪の制止は虚しく、氷雨と昇の戦いの日は決まる。
アンタレスのメンバーはそれから昇の声によって、酒屋から出て行った。
長いテーブルには、氷雨と雪だけが残る。
氷雨はいつも通りに戻ったが、雪は俯いたまま暗くなっていた。
「氷雨……あんた……連れて来なければよかったわ……」
「そうか?」
「あんた、負けるわよ――」
雪の顔は未だに暗い。
「それは俺のレベルが低いから言っているのか?」
「違うわ。ダンジョンでの戦いを見て言っているのよ――」
「へえ、それで?」
氷雨は雪の発言に恐れることなく真顔で聞いた。
「昇君の強さはね、私よりも上なのよ。もちろん、素手でも、剣でも負けるわ」
「へえ、姉ちゃん、弱くなったのか?」
「違うわよ。昇君が強いの。氷雨、もう一度言う。あんたは負けるわ。信じられないなら、これからどこかの空き地で私と戦う? きっとそれも負けるから――」
雪は氷雨を真っ直ぐ見る。