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戦人の迷宮探索(改訂版)  作者: 乙黒
第四章 剣闘士
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第八話 自己紹介(再)Ⅱ

「で、俺も姉ちゃんに聞きたいことがあるんだけど――いいか? それにカイト、ユウ、クリスにも」


 神妙な顔になった氷雨。

 順番に他の四人も見渡した。


「いいわよ」


 返事を言ったのは雪だけだったが、他の三人も同様に頷いた。


「俺がこの世界に来て、まだ短い。浅いんだよ、知識が。それでいい機会だと思って、そろそろ、この世界について教えろ」


 氷雨は今回の姉の襲来を好機だと思った。

 この世界から――帰るのに。

 氷雨は他の人と比べると、驚くほどこの世界に順応するのに早かったが、それでも、元の世界に帰りたい、とは思っている。

 理由としては、祖父との決着だ。

 引導を渡してもらうために死なれては困るのだ。

 だから、今すぐとは言わないが、帰りたかった。

 できるだけ早くに。


「……何から聞きたい?」


 雪が言った。


「まずはこの世界はあの“ゲーム”か?」


 氷雨はまだ『ヴァイス』には行っていないが、あの“ダンジョン・セルボニス”で使われた言葉が多く使われている。

 街名、迷宮(ダンジョン)怪物(モンスター)(スキル)、ゲームの説明書は禄に読んでいないとはいえ、それらの簡単な情報ぐらいはテレビで何度もニュースされていたから氷雨も知っていた。


「……似ているってだけよ」


 また、雪が言う。


「違うのか?」


「いえ――分からないのよ。『ヴァイス』には、ゲームプレイヤーが沢山いる。それで、多くの人がゲームと共通点があることを見出した。だけどその一方で、違う部分も多くあった」


「ライフゲージが無かったり、身体は本物だったりか?」


「ええ。いくつか実験したらしいけど、極めて現実だったみたいよ」


 雪はこれまで得た知識を勿体ぶることなく、氷雨に伝えた。


「じゃあ、次に、帰る方法は?」


 これにはカイト、ユウ、クリスも食いついた。

 この世界がゲームと似ているが違うというのは、三人も何となく気づいていたが、雪とは違い、確固とした情報は何一つ持っていなかった。

 手に入れられなかったのである。


「――あるわよ、一応」


「へえ――」


「全ての“石版”と、一人の“英傑”。それらが揃えば道は開かれん――、とのことが、とある人が持っている石版に書かれていたらしいわ」


「どのぐらい信憑性があるんだ?」


「かなり、ね。それに、他に帰れそうな当ては全くないのよ」


「で、それはどのぐらい揃っているんだ。


「残念なことに正確な数は不明だけど、『ヴァイス』には石版が確認しているだけで二つあってね。ただ、それぞれ、別のコミュニティが所持しているのが問題なのよねえ」


「理由は?」


「“英傑”、よ。誰が英傑か? 二つはそこで争っている。私の入っているそのコミュニティの先導者を英雄(ヒーロー)という“名”が発現したから彼を英傑と唱えて、もう一つはそのコミュニティのトップが救世主(メシア)という“名”が発現したから、彼女を英傑と讃えている」


 利権絡み、であった。

 人々をこの世界から救う存在にはやはり、それなりの力が入ってくる。

 金、人材、地位だ。

 例えこの世界であってもそれは変わらない。

 この“名”が英傑だということを主張しなければ、もう一つのグループに飲み込まれる。例え飲み込まれたほうが本当の英傑だとしても、その者は闇に隠れるかも知れない。

 それを恐れた人が、自分の盲信する英傑を支持しているのだ。

 それに、金を目当てに英傑を支持している人もいる。

 果てには、その者だから、という理由の支持者もいる。


「そうそう。さらに最近はね、勇者(ブレイバー)という“名”が出た人もいるそうね――」


「おいおい、どこの三国志だよ――」


「そして厄介なことに、この三つの“名”はどれもが特別らしいわ。他の“名”とは次元が違うらしい。噂だから私もあんまり知らないけど、どれもが平等に強いらしいわよ?」


 雪が悪戯な笑みを浮かべた。


「雪さん、その“石版”らしき物を実は見たことが……」


 恐る恐るクリスが手を上げた。


「持っているの?」


「いえ、持っていませんけど、この前、とあるダンジョンをクリアした時に、光る石版を真っ先に手にとった人がいるんです」


「アークのハル、ね――」


 クリスがその名を言う前に雪が言うと、クリスは驚いたように頷いた。


「彼女が救世主よ。まあ、私も彼女から氷雨の場所を聞いたんだから、知り合いなのは予想がついたけどね」


「ハルさんって、そんなに凄い人だったんですね……」


 クリスは驚きのあまり口を開いた。

 クリスのハルのことを飄々としていて、どこか掴みどころがない雲のような人間だとしか思っていなかった。

 それがまさか、ゲームプレイヤーの命運を握る一人とは思わなかったのだ。

 でも、頷けた。

 納得は、できた。

 特別なゲームプレイヤー、それは『名無しの迷宮』の時にたっぷりとその威厳を知らされた。

 他のゲームプレイヤーとは一線を画する強さ、攻略方法、それに魔法を数十も覚えるという荒業。

 どれもが、ただのゲームプレイヤーという言葉だけでは片付けられない。


「ねえ、雪さん、雪おねえちゃん? 雪ねえでいいや! ハルにい、って、さっきから彼女って言ってるけど……」


「あら、カイト君は知らなかったの? 彼女は女性よ。そうね。『エータル』は悪名高きことで有名だから、男と偽るのが正解だったのかもね。私もそうすればよかったかしら」


 これには、流石の氷雨も何とも言い難い複雑な顔をした。

 まさか女性だったとは、それが四人の心に残る。

 ここの世界の真相や複雑な関係があるゲームプレイヤーの街よりも、氷雨たちにはハルが女性だということのほうが衝撃だった。


「ハルにい、がおねえちゃん? つまり、ハルねえ? ハルおねえちゃん? うう、よくわかんない……」


 ユウは頭を抱えながら呻くように呟いた。

 クリスはそんなユウの頭を撫でながら「ハルねえ、でいいのではないでしょうか?」と優しくなだめを


「なんつーか、めんどくせえな――」


 氷雨は溜息を吐くように言った。


「アニキ! これからどうするんだ!」


 カイトが輝いた目で氷雨を見る。


「どうって ……特に何もねえよ」


「いや、アニキなら、きっと、その英傑にもなれるって!」


 期待した目を向けられた氷雨は戸惑うように言う。


「いや、なれねえから――」


「え、氷雨って“名”を持ってたの?」


 雪は驚いていた。


「いや、持ってねえよ――。おい、カイト、勝手なこと言うなって」


 氷雨は呆れたような表情だった。


「いや、アニキだったらそういう“名”が出るって!」


 カイトは興奮した目をしていた。


「カイトは想像できるのかよ?」


「何を?」


「俺が英傑の一人になって、ゲームプレイヤーを必死になって助けようとしているところを」


「……アニキじゃあ、英傑は無理そうだな」


 カイトは暫しの間に考えて、首を横に振った。


「それは良かったわ」


 安心したような雪。


「どうしてなの?」


 ユウが小首を傾けながら聞いた。


「四つ巴になったら、それこそ『ヴァイス』は割れるわよ。それに今の段階で“石版”を多く持っている我がコミュニティが真の英傑! なんて言っているところもあるのよ? 争いを生むだけじゃない」


「それはそれで嬉し……」


「黙りなさい」


 雪は氷雨の頭を軽く殴った。

 すると、氷雨は予想以上に痛かったのか、頭を押さえながら少し考えこむ。

 ただ、結論は出なかった。

 “石版”と英傑。

 この二つが揃わない限り、帰れないそうだが氷雨にとってはどちらを探すのも金と労力を無駄に浪費するだけだと考えたのである。


「まあ、そんなことは置いとくとして、どうやら俺達は、ゲームプレイヤーの渦から大きく離れているみたいだな」


 氷雨は興味も無さそうに言った。


「アニキ! やっぱり何かするのか!」


 カイトは期待するように氷雨を見た。


「いや、、特に何も――」


「ええ~どうして?」


「理由は色々とあるとして、第一、ここじゃあ何もできねえだろ。それに……コミュニティというからには、どれも大きな組織なんだろ? 個人の力は無に等しい――」


 氷雨はカイトを宥めた。


「そうでもないわよ」


 だが、雪がそれを否定する。


「どうしてだよ?」


「考えてみなさいよ、氷雨。あんたが“石版”を一つか二つを持ったとしたら、例え英傑じゃ無いとしても、それなりの賽にはなるんじゃない? それに噂では、『永久(とこしえ)の迷宮』には石版があるかも知れないと言われているのよ――」


「それこそ、個人には無理だよ、姉ちゃん。あそこは広すぎる――」


 そう氷雨が告げると、クリスなどの三人も頷いた。

 あそこには、何度も入ったことがある四人ならではの反応だった。


「そうなの――」


 雪は知らなかった。

 言ったことも無いダンジョンなのだから仕方ないといえば仕方ないが、その大きさだけは『ヴァイス』にも伝わっている。

 ただ、他のダンジョンとは規模が段違いに違うので、『永久(とこしえ)の迷宮』の大きさを想像することさえ出来ないのであった。


「氷雨さん、この話を聞いて、何か動くのですか?」


 クリスが疑問に思っていたことだった。


「何か良い意見があるのか?」


「ありません。ゲームプレイヤーに知人は……亡くなりましたし、親しい人もこのゲームを買っていなかったので。私は氷雨さんの決定に付いて行きますので」


「へえ、そうか――」


「そうです――」


 氷雨とクリスの間に流れる微妙な雰囲気。

 雪はまだよく二人の関係が分かっていなかった。

 先ほど彼女から氷雨に助けてもらった、と聞いたが、どうにも氷雨が“善意”で彼女を助けたとは思えないのである。

 ならば、身体目的と思うが、どうにもそんな感じは女の勘で出来なかった。

 氷雨に虐げられているとしたら、意見など元々聞かないだろうし、目が憎悪に染まっていると思ったからだ。

 だが、そういった気もない。

 雪には不思議でならなかった。


「そう言えば、カイトやユウは知り合いがいるのか?」


「げーむぷれいやーに?」


 氷雨の質問に、ユウが答えた。


「ああ」


「うーんとね、えーとね、いないとおもうよ!」


「オレもそう思う!」


 二人ともいない、とはっきり言われたので、氷雨はなら急いで『ヴァイス』に行く必要も無いだろう、と考える。

 ゲームプレイヤーの知り合いは、個人的にあまり会いたくない人ばかりなので、もう少しはここにいていいか、と思ったが、止めた。


「だとしても、一度くらいは『ヴァイス』に行くか――」


「どうして? もしかしてお姉ちゃんが『ヴァイス』に帰るのが寂しい?」


 冗談っぽくいった雪の言葉は、一瞥しただけで無視をして氷雨は話を続けた。


「……そろそろここ狩場にも飽きてきたし、これ以上居ると別の厄介事が生まれそうだしな」


「そうですね……」


 クリスはこれまでの氷雨の行いを振り返って同意する。

 街で絡んできた人をちぎっては投げ、ユビキタス商会のワルツによくない縁を持ち、闇コミュニティも一つ潰し、因縁をつけたら最後、悪鬼のように食われちまうぞと言われる始末。

 畏れを抱いてか街では何もないものの、視線はピリピリと感じていた。

 

「悪党連中ならまだしも、騎士や貴族は殴ると、まあ、面倒そうだしな」


 これが氷雨の感想だった。

 今のうちはまだ暴力だけで何とかなるが、上が出てくるとそうではいかない、というのが嫌だった。

 捕まったとしても暴れればいい、というわけにはいかない。

ずっと顔を隠して生きていくなんて、不便だと思ったのである。


「ま、今すぐじゃ無いけどな」


 今の所は目立った動きは無いので、当分そのような動きが無いと思える。

 だから焦ることもないだろう、と氷雨は思った。


「……おにいちゃん、そんなことよりおなかへった~」


 どうやらユウはあまり話を聞いていなかったようで、飽きたようにお腹を擦る。

 そんな姿に、氷雨は溜息しか出なかった。

 じゃあ飯にするか、と氷雨はベッドから立ち上がり、近くにおいたマントを手に取る。

それに合わせて、ユウも「ごはんだ! ごはんだ~!」と嬉しそうにベッドから勢い良く離れた。

 クリスやカイトの二人はいつものことだと、淡々と宿を出る氷雨の後に付いて行く。

 雪は詳しい経緯は分からなかったが、不思議な繋がりを持つこの四人はいいパーティーだな、と思いながら後ろに続いた。いい仲間に巡りあった氷雨に、笑みが溢れる。


「で、姉ちゃん、宿に戻るんだろ? じゃあな」


 夕食が終わると、氷雨がやる気の無い手を振りながら言う。


「え、氷雨の宿に泊まるに決まっているじゃない」


「ベッドがねえよ――」


 氷雨はげんなりとしていた。


「だったら私は……」


 雪がユウとクリスを見ると、


「あの、実はベッドが二つしか無く、私はカイト君とユウちゃんと寝ているんです……」


 クリスが申し訳なさそうに言う。


「なら、氷雨、一緒に寝ましょう。姉と弟なんだから問題は……」


「帰れ! 仲間も心配しているから!」


「はいはい。帰るわよ。また、明日、宿に行くからね。べえーっだ!」


 雪は舌を小さく出してから、氷雨たちとは逆方向に歩いて行った。

 氷雨は久しぶりの姉との再会だったが、かなり疲れたようであった。


久しぶりの更新です。

余談ですが、ハルは女性なので、ボクっ娘の魔法少女ということになります。

そして無駄設定ですが、アークの上にいる人達はハルの逆ハ―となっております。やったね、ハルちゃん。

ただ、例え要望があろうとなかろうと、作者にはその辺りの事情は書く気が全くありません。

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