表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦人の迷宮探索(改訂版)  作者: 乙黒
第四章 剣闘士
69/88

第七話 自己紹介(再)

 雪は久しぶりに会った氷雨の顔を一旦見つめ、それからまるで我が子を絶対に離さないかのうように自分の胸へと彼を抱きつけた。

 氷雨はあまりの強襲に思考が追いつかず、動きが固まっていた。

 

「ひ、ヒサメさん……その人は……?」


 クリスは氷雨に抱きついている女性を、丁寧に見た。

 彼女は同じ女であるクリスからも、美しいと思わせるような女性であった。

 髪がではない。

 それは黒かったが、埃と油でくすんでもいた。

 肌がではない。

 それは白いはずだが、所々が土と葉の緑によって汚れていた。

 服がではない。

 それは無骨な戦士の装束。オシャレとは程遠い。

 猫目のような瞳と、氷のような鋭い空気が、クリスにそう思わせたのであった。

 すると――何故か、クリスは表情が厳しくなった。


「誰って……姉だよ。姉。正真正銘血の繋がった実の姉――そうだよな、姉ちゃん?」


「ええ……やっぱり……氷雨なのね……あなたなら……あの程度の攻撃は捌けると思ったわ。それにしてもやっと会えた……」


 雪は少しの間、氷雨を離し、顔を両手で挟んでよく見ると、溜まった感情が溢れだし、それが物質化し、ポロポロと涙を流し始めた。

 言いたい言葉も沢山ある。

 聞きたいことも沢山ある。

 だが、今だけは、泣くことしか雪には出来なかった。

 だから、また、雪は氷雨を胸に抱くように抱きしめた。


「そう……姉ですか……」


 クリスのジト目は消えなかったが、心のわだかまりは少し消えたようだ。


「カイにい、なんだかかんどうするね……」


「そうだなユウ……」


 ユウとカイトは既に目がウルッとなっていた。

 すると、遠くの方から五人ほど、冒険者らしき格好をした者達が追ってくる。

 そしてこの場へと着き、最初にノボルが声を上げた。


「雪さん! やっと見つけたんですね!」


「ええ! やっと……やっとよ……」


 雪は涙を撒き散らしながら、昇に笑顔とも、泣き顔とも取れる最高の喜びを表していた。


「よかったです……」


「ええ……本当によかったわね……」


 アンタレスのメンバーも、安堵したかのように氷雨を見た。

 灰色のマントは新品になっているおかげか、氷雨は浮浪者と見間違えられなかった。それにまだ“悪鬼”の噂も『ヴァイス』には伝わっていないので、恐れを覚えさせることもなく、雪の最愛の弟として、いい印象しかなかった。

 だが――


「はあ。姉ちゃん、そろそろ離してくれよ。暑苦しい――」


 氷雨はわざわざ雪の肩を押して彼女を引き剥がし、ムードをぶち壊すような発言をする。


「暑いって……これまで雪さんがどんな思いで、長い間――“一年ほどの期間”を探していたか……弟なら、そんな姉の気持ちも分からないのですか!」


 それに食って掛かるように、ノボルが氷雨を睨んだ。


「長い間って、そんなに長くねえよ――」


 氷雨は罰が悪そうな顔をしながら、昇の顔を見て、雪の顔を見て、不思議そうに二人を交互に見る。

 その態度がより一層、昇を苛立たせた。


「そんなにって……ヒサメ君には人の気持ちが無いんですか?」


 勝手に激昂している昇に、氷雨は溜息を吐いた。


「はあ。見ず知らずの奴に怒鳴られている理由はさっぱりだな――」


 氷雨は昇へと瞳の焦点を絞り、まるで射抜くような目をする。


「見ず知らずって……そもそも、僕の顔に見覚えは無いのですか?」


「ねえよ――」


 氷雨は目の前のたくましそうな男を見るが、本当に見覚えが無かった。

 心当たりさえない。

 本当に、無い。

 見当たらない。

 強そうではあるので、こんな男、一度会えば覚えているはずだが、氷雨はこの“世界”に来てから、ひと目とも見たことがなかった。


「ならば、もう一度自己紹介をしましょう。僕は、アンタレスのリーダーである昇です。以後お見知りおきを――」


 昇は親しみやすそうな笑みを浮かべ、片手を差し出すが、それに氷雨は答えなかった。


「あっそ。姉ちゃん、ここだと“何か”と目立つ。昔話をするんなら、移動しようぜ」


 むしろ無視し、「よかった……よかった……」と泣きじゃくる姉の脇の下に手を入れ、無理矢理に雪を立たせ、背中を慰めるように撫でた。

 まるで昇など眼中に無いかのように。

 その間に、雪は涙で、氷雨のマントを濡らしていた。


「ひ、ひ、ひ、氷雨君――」


 昇は雪の切実な思いを踏みにじるかのような氷雨の態度に我慢できず、思わず剣を抜こうとするが、泣きじゃくる雪を見て押しとどまった。それに仲間の一人が肩に手を置いたおかげで、少しだけ、冷静になれたのもあり、ふーふー、と、深い息を吐き、無理矢理に高ぶった神経を落ち着かせた。

 氷雨は昇の一触即発の事態に気づいてはいたが、特に、焦りなどしていなかった。

 このような自体に慣れたからで、冷静に、アンタレスのメンバー全員に向けて聞いた。


「それで、姉ちゃんはどうしたらいいんだ? まあ、落ち着くまでは話も聞こえなさそうだから、あんたたちに預けたらいいのか? それとも俺が一緒にいた方がいいのか?」


 氷雨の選択肢に、この場にいる全員で行動をする、といったものは無かった。

 理由としては色々とあるが、殺気立っているのが、昇だけではないと気づいたからだ。

 それがアンタレスの他のメンバーだ。昇ほどではないが、どの者達も氷雨が無神経に言った言葉で、怒ってはいるようだった。

 氷雨にとっては、微塵の興味もないが。


 反対に、氷雨のメンバーであるカイトやクリスは状況を飲み込めず、当惑している。ユウは空気が読めないのか、「よかったね……」と涙を未だに流していた。氷雨は思うが、中々にこちらを解決するのもややこしい、と。


「……今日のところは雪ちゃんの弟らしいし、ヒサメ君に預けたほうが良さそうね。私としては、気が引けるけど」


 アンタレスのメンバーである女性の一人がそう言った。


「ですが!」


 昇は大声で反論しようとした。


「そっちのほうが、雪ちゃんの意志だと思うわよ、昇君?」


「――くっ、分かりました。ヒサメ君、明日には、雪さんが僕達の止まっている宿屋に来るように言ってください」


 昇は悔しそうに言った。


「はあ、分かったよ」


 氷雨は面倒そうに頷いた。


「ヒサメ君、雪さんに失礼の無いように。もし“何か”あれば――容赦はしませんから」


「ヒサメ君、これはね、アンタレスにとって大事なメンバーである雪ちゃんの為だから。明日、もし“何”も連絡が無かったら、私たちはヒサメ君達を敵と見なすわよ?」


 昇と女はそう言うと、人混みの中に消えた。

 氷雨は周りでこの中でも特に自分への視線が多いことをすぐに気づき、やっぱり面倒だな、と思いはしたが、姉を抱きしめるように抱え、仲間の三人に一言。


「まずは宿屋に戻るぞ。どうせあいつらとは別方向だ」


 折角の迷宮探索の機会を逃した誰かの溜息が、人知れず吐かれた。



 ◆◆◆



 宿に戻ると、五人はそれぞれベッドに座った。

 氷雨と雪が同じベッドで、他の三人が違うベッドで、向かい合うように座っている。


「姉ちゃん、ちょっとは落ち着いたか?」


「ええ。……大変なことになってたようなのに、何もフォローできずごめんなさい」


「いいよ。それより、俺はいいから、こいつらに自己紹介をしたらどうだ?」


 雪はまだ目が真っ赤に晴れていたが、氷雨のマントの端を握りながら言った。


「……私の名前は南雲雪。知ってのとおり、氷雨の姉で、離れ離れになっていたから探していたの」


「離れ離れって、何か理由が?」


 クリスが聞いた。


「ええ。“ゲームプレイヤー”ってご存知? 知らなければ、そこから説明するけど……」


 雪は丁寧に言った。


「それは大丈夫です。私も両隣にいるカイト君も、ユウちゃんもゲームプレイヤーですから。ヒサメさんもゲームプレイヤーのようですが――」


 最後の氷雨の部分だけ、クリスの声が急に冷たくなった。

 おそらくハルが去ってから、氷雨が全くそのことを話していなかったからだろう。


「そう。なら、話は速いわね。私は約一年前に、この世界に来たの。運良くカナヒトには捕まらず、その時に一緒に来ていたパーティーメンバーと、『クリカラ』の街に辿り着いたの。ゲームをログアウトした人だけがこの世界に来ているって知ったから、それから氷雨を探していたのよ……」


「そうですか――」


 クリスはあまりの重い話にどうしていいか悩み、まずは自分のことを告げた。

 この際、いい機会だから、カイトやユウのためにも、もう一度の境遇を分かりやすく言う。

 氷雨は雪の話に引っかかる部分があったが、訪ねはしなかった。


「私もゲームプレイヤーです。名前はクリスティーヌで、家名はリントヴルムで、これ以外にも名前はありますが、称号なので知らなくていいです。クリス、と気軽に呼んでください。ドイツ出身なので、国籍もドイツですが、祖母は日本人で、その関係のおかげか、親戚がゲームの関係者だったので、ゲームを手に入れることができました」


 ゆっくりと、これまでの自分をなぞるように続ける。


「雪さんとは違い、カナヒトには捕まりまして、一度は奴隷の身へと落ちましたが、ヒサメさんに助けていただき、今はこうしてここにいます。私は……雪さんとは違い、この世界に来てからまだ八ヶ月ぐらいでしょうか? 詳しい日にちは覚えておりません」


「よろしくね」


 雪が右手を出すと、


「はい」


 笑顔でクリスも握り返した。

 やっぱり氷雨は引っかかる点があったが、訪ねはしなかった。


「じゃあ次はオレね!」


 今度はカイトが言った。


「いぇーい!」


 ユウが片手を上げながら、ノリノリで相槌を打った。

 雪は独特の和やかな空気に少しだけ顔が明るくなったが、クリスは困り顔で、氷雨は頭を抱えた。


「オレは、カイト! 漢字で書くと……海って字に人って字を書くんだ! 苗字は……多々良! ユウとは兄妹で、オレはまだ九才! まあこのユウもだけど、ゲームプレイヤーで、ここに来て、半年ぐらいかな? やっぱり詳しくは数えてないや。オレとユウはゲームを一緒に始めて、一緒に遊んで、一緒に止めたら、こっちの世界に来たんだ。最初に訪れた街はこの『エータル』で、色々あって、アニキに世話になってんだ! なっ、アニキ!」


 カイトは笑顔で氷雨に言うが、氷雨は「……そうだな」と念の為に頷いた。


「というわけで、アニキの姉ちゃんも宜しく!」


「宜しくね」


 雪は差し出されたカイトの小さな手を握った。

 自然と、また、雪は笑顔になった。


「じゃあ、さいごはわたしだね! ユウだよ! ろくさい! よろしくね!!」


 ユウは雪の片手を、カイトよりも小さな両手で挟むように握った。


「こちらこそ宜しくね」


「えっと、ユウの漢字は優しいで、これまではずっと一緒だから、殆ど同じだと思ってくれていいよ!」


 カイトがフォローした


「そう。分かったわ」

 

 雪は無邪気なユウに、やっぱり表情が柔らかくなった。

 大人とは違い、損得勘定が全く含まれない子どもの屈託ない笑みは、他の人をも笑顔にさせるようであった。

 やっぱり氷雨はカイトやユウの話にも違和感をまた耳にしたが、言葉にはしなかった。


「それで、氷雨は何か無いの?」


 雪は氷雨へと目を向ける。

 氷雨の話は聞いたことが無かったため、カイトやクリスなども興味を持った。


「そんなに無いけど」


「いや、アニキ、色々とある筈だぜ? オレだって、ストリートチルドレンになったり、そこからのことを語ると長くなるから言わないけど、アニキだって、この世界でオレたちの知らないようなことを見てきたんだろ?」


 カイトが反論するように言うと、氷雨以外の全員が頷いた。


「いや、本当に無いぞ。俺は確かに『クリカラ』じゃなくて、この『エータル』に来たけど、冒険者に登録して、ここにある永久(とこしえ)迷宮(ダンジョン)を少しだけ進んだけだぞ」


「それまでにさ、オレやユウと会うまでに長い期間が合ったんじゃないの?」


 伺わしい顔でカイトが聞いた。


「本当に無いって。しつこいな。だって俺はこの世界に来て、五日ほどで、お前たちと会ったんだぞ? クリスと会ったのが大体半月くらいで、今日で一ヶ月と少しだぜ? 高々“一ヶ月と少し”じゃねえか。夏休みぐらいの期間だろ」


 氷雨がそう言うと、四人ははっと目を開いた。

 最初に、雪が聞いた。


「氷雨、もしかして……まだこの世界に来て、そんなに短いの?」


「は? 短い? 皆、それぐらいじゃねえの? だからさっきから、お前たちが半年とか、一年とか言っているの聞いてて、不思議に思ったんだよ」


 氷雨は首を傾げた。


「――呆れた。どおりでさっきから、反応が薄いはずね。だって私にとっては一年でも、氷雨にとっては長期休暇ぐらいだったとわね」


 雪はすっかり感動も冷めたようで、先ほどの泣いていた自分を思い出すと、今度は違う意味で目ではなく、頬が赤くなった。


「氷雨さん、知らないんですか? 私達――ゲームプレイヤーは、この世界に来た時間帯に、とても“差”があるんですよ。私が聞いた話だと、最初と最後で、一年ほどでしょうか」


 クリスはワルツが面白そうに話していたことを思い出したようだ。


「そうね。クリスさんの言う通りだわ。確か、最初に来たのが、今から約十三ヶ月前で、最後のゲームプレイヤーが一ヶ月ほど前。私は最初のほうだけど、どうやら氷雨は後の中でも、特に遅い方みたいね」


 雪が付け加えるように言う。


「どおりでアニキ、何も知らなかったわけだ。この世界の常識も、ルールも、オレたちが知っているような当たり前のことでさえ、アニキは抜けてたもんな」


 カイトは納得したように頷いた。


「おにいちゃん! だからわたしからじょうほうをかったんだ! よかった! そのおかげで、こうしておにいちゃんやおねえちゃんといっしょにいれるんだね!!」


 ユウは氷雨へと跳びかかり、嬉しそうに子猫のように戯れつく。

 氷雨はユウを何とか引き剥がしてから、一言漏らした。


「――来たのが遅くて、悪かったな」

久しぶりの更新です。

いかがだったでしょうか?

期間が空いたので、文体が変わって変わっているかも知れませんが、そこは見逃してください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ