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戦人の迷宮探索(改訂版)  作者: 乙黒
第三章 主と王
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第二十話 悪鬼VS牛人Ⅲ

 俺はそのミノタウロスの攻撃を躱すために大きく距離を取ると、何故か地面にうつ伏せで倒れていた。まるで地面が目の前に迫ってきたようだ。

 理由は分からない。

 何故なら俺はミノタウロスの攻撃に見事に当たったから、こうなっているわけではないからだ。例えばミノタウロスの攻撃が後頭部に当たって脳に損傷を受けたからではなく、その拳が顎に掠って脳が揺れたからでも無く、ましてや肝臓に打撃を受けて酸欠になったわけでもない。

 そんな攻撃は、戦いが始まってから一度も受けていない。

 受けるはずが無いだろう。

 俺はそれを一番に注意していた。

 ミノタウロスの鉄のような拳を“そういう”弱点に受ければ、一撃は負けることは容易い。

 だから拳は受けても、そういう場所は避ける様にしてきた。


 ああ、そういうことか。

 俺は地面に倒れている状態で分かった。

 鼻を荒々しく鳴らしているミノタウロスがこちらに近づいている状態で分かった。

 痛快な一撃が、ジャストミート頭などに当たっているから、こうなっている訳ではないのだ。

 肝臓を叩かれて、チアノーゼになっているから、こうなっている訳ではないのだ。

 普通ならダメージにもならないような場所に、ミノタウロスの凄まじい攻撃が何度も、何度も当たったから、こうなっているのだ。

俺は幾らミノタウロスの攻撃でも、的中しなければ脅威ではないと思っていた。

 だが、違う。

 ミノタウロスの攻撃は、そんなにも柔では無い。例え皮膚を滑るような攻撃でも、それが人ならざる威力により、人を沈めさせることができる。そこが人を一撃で斃せるような柔らかい箇所でなくても、この圧倒的な攻撃力なら人を斃す事ができるのだ。


 どうやら俺の限界は、既にきていたようだ。

 もう、指すら動かない。

 薄れゆく意識の中、俺は思う。


 どうしてまだ戦っているのだろうか?


 俺の中の狂気は、既に満足した筈だ。

“鬼”は全然出てくる気配が無く、身を焦がすような衝動も俺には無い。

 欲望は、もう、無い。

 からっからだ。

 果てた。

 精根は燃え尽きた。

 十分なのだ。

 身を赤く染める痛覚も、拳に響き渡るゴムのような肉の感触も、耳を刺激するミノタウロスの荒い鼻息も、鼻に広がる濃厚な赤い鉄の臭いも、目の前にいるミノタウロスの姿も、俺はもう堪能しただろう。全てをとことんまで味わった。


 なら、金のために戦っているのか?

 違う。

 金は欲しい。

 金があれば働かなくていいし、好きな物をたくさん食べる事ができる。女も抱けるだろう。しかも安い女ではなく、一流の女だ。それに服だって、こんなぼろい布切れのようなマントを着なくてもすむし、肌着も心地のよい絹にできるだろう。

 だが、この戦いができるなら、俺は、金を払うとまでハルに言っていただろうが。

 なら金は要らないはずだ。ミノタウロスを斃せば、ハルは報酬をくれると言っていたが、それを目的に俺は戦って無いはずだ。

 断じて違う。


 なら、この戦いに勝てば、何か価値のある物が貰えるのか? 

 知らん。そんなことは。

 確かにダンジョンでそこの地下にいるボスを斃せば、何か価値のある物が手に入る、という話は聞いたことがある。

 その話では確か、名剣や秘宝だった。

 例えば売りに出せば一生暮らせるような価値のある物や、持つだけで一騎当千になれるような武器である。

 だが、そんな物を俺は必要では無いだろう。

 俺の武器は、この身体だ。

 長年に渡って鍛えぬいた、宝物のような肉体だ。

 武器など、必要無い。むしろ、使い方を知らない。俺がそんないい品を持っても、剣の使い方を知らぬ身では、棒きれと同じだ。無駄だ。

 なら、俺は価値のある物のために戦っているわけではないのだ。

 そうだ。

 その通りだ。


 だったら、この戦いに俺が賭けているのはプライドか?

 ジジイから受け継ぎ、習い受けた何百年も続く武術が、獣などに負けられないからか?

 だが、そんな高尚な誇りなど、俺の記憶の中では一度たりともジジイから習った事が無い。

 いや、ジジイは形的には俺の師匠だったが、この武術自体は酒に酔うと、すぐ馬鹿にしていた。

 技の名づけ方が適当だったり、その示す範囲が適当だったり、果てには技の内容が全く書いていない名ばかりの“技”なんてのもある。特に『驟雨(しゅうう)』など、変形の種類が多くて困るとよくほざいていた。

 それならば、人としてのプライドか?

 獣と人、この二つが戦えば、畜生のような獣より、崇高な人が必ず勝つという安いプライドの為か?

 しかしそんなプライドなど、俺は持った事が無いだろう。

 むしろ、認めているはずだ。

 ミノタウロスを。

 俺と戦うからと言って、武器を使わないあいつを。

 武器を使えば、太くて重い斧を使えば、素手のミノタウロスに負けそうになっている俺なんか一撃で屠れるだろう。

 だが、ミノタウロスは使わなかった。

 あくまで俺と同じ土俵になった。

 そこは認めている。

 俺に負けた言い訳をさせないためか、それとも自分の意地を守る為かは分からないが、わざわざ俺と同じ土俵という茨の道を選んだミノタウロスに、俺はまるで積年の悪友や良きライバルのような印象を抱いているのだ。

 獣などと馬鹿にするなど、ありえない。


 なら、何故、俺は戦っているのだろうか?

 こんなつらい目までしてどうして戦っているのだろうか?

 逃げてもいいのではないか?

 まるで地べたを這いまわる鼠のように、ここで敵に背中を向けて、逃げてもいいのではないか?

 負けることになるが、そういう、生き残る選択もあるだろう。

 誰だって、命は惜しい。

 俺だって、惜しい。

 ならば逃げても、いいだろう。

 俺はミノタウロスがゆっくりとどんどん近付きながら、そんな弱腰な思考になっていた。


 ――そこで、思い出した。


 前回とのミノタウロスとの戦いの結末を。

 名も知らぬ冒険者に助けられ、無様に背中をさらけだした記憶を。

 さらには、あのスライムに逃げ出した屈辱まで、脳裏に蘇った。

 それを覆したくて、どうしても覆したくて、こいつに勝とうと俺は決心したんだろうが。

 あんな目に二度と会いたくなくて、会うぐらいなら死ぬ方がマシで、どうしてもあの借りを返したいから俺はここに来たんだろうが。

 はらわたが煮えくりかえるような思い出を、頭から消したくてここに来たんだろうが。

 だったら、俺はどうして眠っている。

 こんな地面で、どうして無様に這いつくばっている。

 どうして、逃げるか、ミノタウロスに踏まれて死ぬか、という二極の未来しか想像できない。

 違うだろう。

 違うだろうが。

 まだ、やっていない技があるだろうが。

 まだ、俺は負けていないはずだ。

 まだ、体も動くはずだ。

 だったら、立って、もう一度奴と相対して、歯を食いしばってでも、その道程で死ぬことになってとしても、最後まで奴と戦い抜く事を誓うんじゃないか?

 その通りだ。

 確かに身体は痛いが、まだ最後の灯火ぐらいの体力は残っているだろう。

 立つんだ!

 構えるんだ!

 そして戦うんだ!

 俺は歯を血が出るぐらい噛み締めて、必死の形相で立ちあがった。

 ミノタウロスに構えて見せた。

 ミノタウロスは立ち止まった。

 ミノタウロスは歯を見せるほど唇を釣り上げ、嗤っていた。

 嬉しいのだろう。

 きっと、餌である俺が立ちあがり最後の抵抗をすることに、悦んでいるのだろう。

 上等だ。

 俺の体力は、殆ど限界だ。

 だが、勝ってやる。

 まだ一度たりとも成功した事のない技を決めて、あいつに勝ってやる。

 そう思うと、俺の心はまるで軽くなった。

 この戦いが、楽しくもなった。

 これまでの戦いも、楽しくなった。

 そんな俺が願うのは、絶対に一つだけだ。

 ――勝ってやる。

 こいつに、勝ってやる。

 チャンスは一度きりだ。

 俺はミノタウロスに殺気を発しながら、この体力がぎりぎり持つ最後のチャンスを賭ける。



 ◆◆◆



「おにいちゃん……」


 ユウが呟いた。


「ヒサメさん……」


 クリスは氷雨から目を逸らす。

 もうこれ以上傷つく彼を、見ていられなくなったのだ。


「アニキ……」


 カイトは結果がどうなろうと、この戦いを見届けることを決めた。


「氷雨……君……!」


 ハルは氷雨が地面に倒れた時、魔道書を開いていた。

 これ以上は見ていられない。

 彼を、死なせるわけにはいかない。ゲームプレイヤーなら、同郷の人間なら、尚更だ。

 ページが、ハルの感情に反応して輝く。赤い光だ。火の魔法だ。雑魚を蹴散らすような、小さな火の玉を生み出すような弱い魔法とは違う。全てを焼き尽くす業火のような、強大な魔法だ。


「――――えっ!?」


 だが、その赤い輝きは弱くなった。

 氷雨がゆっくりと、立ち上がったからだ。

 身体が芯から震えてきた。

 ハルは、何かに脅えたのだ。

 ミノタウロスか?

 違う。

 あっちは、直視できる。

 ならば、と思い、氷雨を見ると、魔道書を落とすほど震えは強くなった。

 恐怖の根源はあっちか。

 ハルは氷雨から、そっと目を逸らした。


「おにいちゃん……何か……怖い……」


 ユウも、ハルと同じ感情を感じていた。

 ――怖い、と。

 氷雨が怖い、と。

 何が原因かは分からない。

 冷たく深い闇のような瞳を覗いたわけでも、人を殺すことに快楽を感じる姿を見たわけでもない。氷雨は、あくまで立ったとしても、変わった部分は無かった。普通だ。宿で無愛想な様子で、椅子に座っている氷雨である。


 だが、どこか怖い。

 ミノタウロスの怖さとは、まるで違う。

 ミノタウロスの怖さとは、暴虐に満ちたその力だ。

 人を一撃で破壊するような太い腕もそうだ。大地を力強く蹴る太い脚もそうだ。切れ味の悪い剣なら、決して斬れなさそうな太い図体もそうだ。決して折れなさそうな立派な双角もそうだ。その全てが、その強さを教えてくれる。怪力を教えてくれる。

 人では、並みの力では、太刀打ちできない。

 それこそ、いい武器とそれを使いこなす技術が無ければ、ミノタウロスに勝てないだろう。

 ミノタウロスの強さは、怖さは、そこにある。


 なら、氷雨の怖さは何だろうか?

 ユウには分からなかった。

 氷雨の見た目は、凡庸だ。

 ミノタウロスのような立派な角も無なければ、大木のような太さも無い。顔の形相も般若のように怖くなければ、戦い方も素手と、斧や槌を使う冒険者と比べれば派手ではない。

 傷跡は、ある。

 多くの怪我のあとだ。

 だがそれが怖さを醸し出すかというと、それは別の話だ。

 ユウは、少しも、そこに怖さを感じなかった。

 しかし、ユウは、氷雨のどこかに怖さを感じていた。

 それは見ているたびに強くなり、ついには、ユウは目を逸らした。


「あれは……」


 クリスは氷雨を見ながら、恐怖も感じていたが、同時にいいようのない感情も覚えていた。

 胸の奥に、芯のような物ができたのだ。

 それは、熱かった。

 熱を持っていた。

 顔も、赤くなる。

 だがクリスには、その原因が氷雨だと分かりながらも、原因は分からなかった。

 分からずして、一心に彼を見つめていた。


「アニキ……!」


 カイトは、他の三人とは違っていた。

 氷雨に恐怖も感じなければ、ミノタウロスにも怖さを感じない。

 あるのは、高揚だった。

 胸の奥が、ざわめいた。

 踊った。

 二人の戦いを、酷く美しいと思ったのだ。

 心の底から、この戦いに感激したのだ。

 泣きそうにもなった。

 ぼろぼろに傷つきながらも最後まで必死に抵抗する氷雨の姿も、その圧倒的な暴力で氷雨を蹂躙するミノタウロスの姿も、どちらもカイトは美しいと思ったのだ。何故かは分からない。理由は不明だ。

 そんな二人の姿を、見逃せなどいられない。

 この輝きは、もう一生見られない、と確信している。

 似たような戦いは、きっとあるだろう。

 それはもちろん、氷雨が別の人物だったり、ミノタウロスが武器を持っていたり、それとも全く違う戦いで似たような輝きを見られる可能性だってある。

 だが、これは見られない。

 この輝きは、胸の奥が、きゅっ、と締め付けられる煌めきは一生見られない。

 損だと思った。

 こんな素晴らしい戦いを瞬きで見逃すなんて。

 だから、カイトは目を凝らす。

 二人の命の躍動を。

 二人の限界の果てを。

 ――そして、二人の決着を。

 その全てをこの目に、焼き付けるために。


 そんなカイトの心中とはよそに、右へ、左へ、二人の戦いを見て、僅かに彼の身体が反射的に動く姿を、この部屋にいる誰も見ていなかった。

 それは、きっと、彼の才能なのだろう。

 ハルにも、クリスにも、ユウにも、そして氷雨にも無い、彼だけの才能が少しだけ、芽吹いた瞬間であった。



 ◆◆◆



 俺は、ゆっくりと歩くミノタウロスを、眺めていた。

 そんなミノタウロスの歩みは、酷くのそのそとしていた。

 これまでで一番遅い。

 体力を回復しているのだろうか?

 そんな疑心を俺は抱いたが、無いな、と確信する。

 俺だったら、そんなことは絶対にしない。

 今の状況はミノタウロスにとって、有利だ。

 なら、体力を回復してこの戦いを長引かせるよりも、一気に叩き込むはずだ。

 そっちのほうが、戦いに置ける、最高で一瞬の高揚が得られる。

 戦いは長引かせても、これ以上いいものを得られるものではない。負けそうな相手をわざと生かせて、戦わせるなど、相手の心をなぶるだけで、大した感動など得られない。俺はそれを知っている。だからミノタウロスも、きっと本能で分かっているだろう。

 なら、と思うと、分かった。

 噛み締めているのだ。

 この戦いを。

 本当はこの興奮が、もっと長く続いてほしい、と。

 しかしそこで戸惑って殺さなくても、きっと、何も得られない。

 だからミノタウロスは、俺を一思いに斃したくないが、斃さなくてはいけない。

 そんな葛藤を抱きながら、それでも斃すことを決意し、今の興奮を味わっている。


 分かるぞ。

 その気持ちは、俺も分かる。

 俺も今、お前を待ちながらこの思いを噛み締めている。

 お前はある意味憎いが、それでもいい敵だ。

 いや、いいライバルだ。

 もっと言えば、いい友だ。

 こんなにも心が躍る戦いは、初めてだ。

 俺の中に眠る戦闘衝動を超える充実など、生まれて初めて感じている。

 きっともうすぐ、この戦いも終わるのだろう。

 それを惜しむ気持ちはお前の相手である俺にも、よく分かるからな。


 この思いを口に出すつもりは無い。

 お前は俺の言葉を分からないだろうし、お前がもし言葉を話せたとしても俺には分からないだろう。

 だからきっと、この思いは胸に秘めるしかないのだ。


 ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


 お前もやはりそうか。

 その遠吠えだけで分かるぞ。

 それが、心に染みるんだ。

 こう、全身に、な。


 俺はそれから、まるで相撲の立会いのように姿勢を低くし、右の拳を地面に付けてから駆け出した。

 俺たちの距離を詰めるのに、あいつだけ力を使わせては不公平だからな。

 俺が走り出すと、あいつも体制を低くし、太い足が、強く地面を蹴った。


 俺とあいつがぶつかるまで数秒もかからなかった。

 すぐに、始まった

 やはりあいつは、経験が無かった。

 俺まで、猪突猛進に来る。

 そんな俺はあいつの裏をかき、あいつとぶつかる直前に止まる。

 そんなあいつは、これは予想していなかったのか、やはり止まりきれなかった。

 俺はあいつを右に避け、未だスピードが落ちていないあいつの顔面に蹴りを入れた。あいつのスピードもあったせいで、逆に俺の脚がやられた。あいつの顔面に当たった俺の足に、激痛が響いた。

 だが、この生贄は大きかった。

 あいつが、少しだけ揺らいで、スピードが無くなったのだ。

 二つの威力は、相殺されたのだった。

 しかし、奴もタフだった。

 すぐに俺へ、拳を入れる。

 がむしゃらだった。

 狙いは特に無いのだろう。

 急激に伸びた拳は、俺の横腹へ突き刺さる。

 避ける余裕も無い。

 いや、見えなかったからこの攻撃すら感じ取れなかった。

 俺は拳の威力で、身体がふわりと浮く。

 やはり倒れざまの拳は威力が弱く、痛かったが、飛ばされない。

 まだ俺は、あいつの近くにいた。

 俺は倒れたあいつの首を取ろうと、腰を落とした。

 あの技を狙わなくとも、この距離なら、関節をしっかりと取ったら勝ちだ。

 あれにこだわる義理など、俺には――無い。


 俺はうつ伏せになっているあいつの背に乗ろうとした。

 奴はそれを転がるように躱し、目を俺へと向ける。

 奴の口が、歯茎が見えるほど見開いた。

 前蹴りが、膝立ちの俺に飛んできた。

 俺はその危険性が分かりながらも、奴のマウントを取ろうと、懐に飛び込む。

 あいつの前蹴りは喰らわなかったが、代わりに張り手が来た。

 その前に、右の拳を奴の胸に叩き付ける。

 張り手は、来なかった。

 あいつは俺の拳で動きが止まると、上半身を無理やり起こし、俺を退かした。

 俺は奴の腰元で、あお向けになった。

 そんな俺の上へ、今度はあいつが乗ろうとする。

 それだけはまずい。

 俺は腕だけで身体を伸ばし、足を奴へと伸ばした。

 右足を防がれて、足首を捕まれた。

 俺は腰を捻り、逆の脚で頭を狙う。

 あいつは、足を離し、上半身を逸らして俺の攻撃を避けた。

 俺はまたあお向けになるが、すぐに上半身だけで起き上がる。

 あいつは俺が体制を立て直す暇も無く、来た。

 マウントを取ろうと、両肩を強引に押された。

 また、技を奪われたのだ。

 俺は押し倒される寸前に、奴の目を足の親指で付いた。

 いくらあいつでも、身体の構造自体は獣のようだ。

 肩にあった手を離した。

 あいつは目を咄嗟に押さえた。

 俺はそんなあいつへ、逆に飛び掛った。

 肩を押した。

 マウントを取ろうとしたのだ。

 だが、俺の筋力では奴を押せなかった。

 あいつは耐えた。

 二人とも、膝立ちになる。

 奴は目から、手を離す。

 俺はその間に立ち上がり、あいつの顔面へ蹴り。

 奴はそれを首を逸らしながら、耐え、立ち上がった。

 すぐに、左の拳が来た。

 あいつの、だ。

 俺はそれを少しだけ前に出て、威力を殺す。

 それでも、重症だ。

 肋骨が、また、何本か折れた。

 けれども、今度は飛ばされなかった。

 左手は、使えないから右手だ。

 右の拳を、俺は奴の腹へつけた。

 最後はやはり、この“技”なのだろう。

 そしてこれが、俺の最初で最後のチャンスなのだろう。

 瞬時に気合を入れ、俺は解放した。

 拳を突き出した。

 ――やっと、身体の全ての動きが“噛み合った”。


 踏み込んだ足で、貯め。

 捻る腰で、増幅し。

 伸縮する背筋で、集め。

 太い肩で、支え。

 強い手首で、押し出し。

 固い拳骨で、敵を狙った。


 やっと完成した、『烈風』だった。


 この“技”は、『烈風』は、特に特別なことなどしていない。

 全身の力を駆使し、殴るというだけだ。

 どんな武術でも、あるような技だ。

 ただ、その完成度が、限りなく高いだけだ。

 全身の力を少しのロスも無くすようにし、数瞬だけ人ならざる威力を手に入る。

 それは時には鉄板を歪め、――こうしてミノタウロスの腹をも陥没させられる。

 その代償としてあるのは、避けた拳骨の皮膚ぐらいだろう。


 あいつの腹には、俺の拳の跡があった。

 そんな相手へ、身体が凹んだ痛みで悶絶している相手へ、俺はもう一撃、『烈風』を行った。

 俺の右の拳は、完全に“壊れた”。

 そして、あいつは、敵は、友は、膝を崩す。

 ――俺はもはや握れない右手を頭上に掲げ、最高の友に勝ったことで、雄たけびをあげた。

やっとミノタウロス戦が終わりました。

疲れました。

この戦いについて感想をもらえると、とても嬉しいです。

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