第十七話 迷宮攻略
期日が今日までとなった日に、名無しの迷宮改め、ミノタウロスのダンジョンは底から低い呻き声が聞こえる。
地獄の主だろうか。
誰かが呟いた。
そんな声が止めどなく響き渡っているダンジョン内は、酷く殺気立っていた。人も、モンスターも。特にモンスターは黄昏時でも、黎明時もないのに、気が立っていて、人を見つけただけで襲うようになっている。
そしてここは細い通路だった。
幅は五メートルほど。高さは三メートルほどであった。
戦うのに窮屈な場所ではないが、一旦取り囲まれると厄介な場所だ。前後から数十匹のモンスターで挟まれれば、幾ら熟練の冒険者でも突破することは難しいだろう。だからこういう場所の攻略は、いかに素早く通り抜けるかが大切だった。
そんな場所に訪れた五人。
氷雨と、クリスと、カイトと、ユウと、ハルであった。
そんな五人の姿は、いつものダンジョンの攻略のしかたとは随分勝手が違った。
氷雨はいつもと同じ格好だが、他の四人は皆軽い革製の防具に身を包み、あのユウであってもナイフという小さな武器を持っていた。
本気だった。
誰もが誰も、このダンジョンを真面目に踏破する気でいるのだ。
ハルはただの協力だった。
自身がミノタウロスと戦いたくないために、氷雨を使っているのだ。そのサポートに不備は全くなく、ただ氷雨がミノタウロスと万全の状態で戦うために、今日のダンジョン攻略を行おうとしていた。
カイトはただの恩返しだった。
ユウを助けてくれたお礼だ。カイトは氷雨がユウを助け出してくれたことに、とても恩を感じていた。特にハルがあそこまで反対した正面突破で、ほぼユウを無傷で助けたことに対してだ。カイトも氷雨がミノタウロスに勝つまでに、様々な努力をしていたのは知っている。
だからその努力を潰さないために、今日はナイフをしっかりと握り、冒険者の一人として、このパーティーの勘定に入ろうと頑張っていた。
ユウも、役に立たないながらもハルの補助を頑張っていた。彼女もハルから、氷雨が自身を助けてくれたことは聞いたのである。
クリスもユウを救ってくれたことを嬉しいと思っていて、同時に、彼の願いならと、自分が持っている唯一の魔法で、カイトの補助をしていた。
そして氷雨は、ミノタウロスと戦うために、今日まで準備をしてきた。
体も、心も、だ。体は二日前のディアブロとの抗戦で傷ついたが、もう万能な回復薬で全て治った。それに昨日は修行を一日休み、疲労も完全に抜いた。
そしてこれはハルの意向だが、氷雨が完全な状態でミノタウロスと戦うため、ダンジョンの攻略は彼以外の四人で行うことになっていた。
従って、今回のこのダンジョンを進む際の隊列は、氷雨を戦力に入れていない。だからハルが先頭で、カイトが殿。ユウがハルの後ろにつき、クリスはカイトのサポートとして前についていた。ちなみに氷雨は真ん中で、まだ一回も戦っていない。
「クリスねえ、援護を頼む!」
「はい!」
どうやら後ろから怪物が現れたようだ。
ルーだった。
狼の形をしたモンスターで、一匹でもあった。
力量13。カイトはこの結果を見て、自分の11というレベルと比べると少し戦うのに戸惑ったが、それでも特攻した。
カイトの武器はナイフだ。しかも、安物である。
サブならまだしも、メインにはなりにくい武器だ。
カイトは技を、しかもナイフでも使えるスキルは、剣スキルの『隼速』しか持っていなかった。
『隼速』は簡単に説明すれば、剣の振るスピードが上がる、それだけスキルだ。効果だけで述べるなら、『疾槍』に近い。違うとすれば、剣のスキルか槍のスキルといったところだろう。
クリスが魔法スキルの『炎球』を――火の玉を一つだけルーへと放ちながら、カイトは距離を詰める。
『炎球』は残念と云うべきなのか、クリスのレベルでは火耐性を持っているルーには効き難く、毛を焦がす程度の威力にしかならない。
だが、意識は逸らせた。
ルーは本の一瞬だが、思考が『炎球』へとずれる。
そこをカイトの突きが、最高速でつけ狙う。
血が、爆ぜた。
カイトの突きが、ルーを目玉から脳天へと貫く。
だが、それだけでは足りない。
まだルーより低いレベルが低いカイトの攻撃では、一撃でルーを沈められない。
もう、一撃。
カイトは瞬時にナイフを抜き、その間にルーも最後の力を振り絞り、カイトに噛みつこうと大きな口を開けるが、その口内へ、クリスの『炎球』が入り、カイトは無傷で済んだ。
そして、カイトがもう一方の目玉へナイフを入れた。
やっと、ルーが死んだ時であった。
――ピコーン、レベルが12になりました。
カイトの腕のデバイスが、機械音を奏でる。
「やった! やった!」
彼は久しぶりにレベルが上がったことにより喜ぶが、そんな暇は無かった。
「カイトさん!」
クリスが叫ぶ。
どうやらカイトが後方で戦っている間に、ハルやユウなどの先頭集団はもっと先へ進んでいたのだ。カイトはクリスの声によって引き戻され、ルーの“結晶石”を拾わずして、隊列へと戻った。
その間に右の通路からも、左の通路からも、豚顔の獣――ゴブリンが湧くように出てくるが、カイトはキリが無いと思ったので、相手にしなかった。いや、できなかった。いくらゴブリンのレベルが八だと言えども、高々レベル11のカイトが全て斃せるような敵ではない。五匹までなら、と思いながら、鈍足のゴブリンを背に、カイトは必至で走った。
そんな時、ハルはというと手に持った魔道書を光らせながら、魔法を縦横無尽に展開して、目の前から来るモンスターを八つ裂きにしていた。
それぞれに適応する弱点属性を使い、弱点部位に当て、それはモンスターに対して広く深い知識を持っていなければ、なしえないことであった。少なくとも、氷雨にはできない。敵を殴るという考えしか持たない彼には、到底不可能な光景であった。
まだ通路は狭い。
道の端には片足を失ったルーや、魔法によって動けなくなったゴブリンなどがたむろし、五人はその間を早足で通って行く。
「皆、そこには罠があるから飛び越えて!」
ハルの知識は、モンスターだけではなかった。
ダンジョンの攻略にも役立っていた。
それが例えば、トラップだ。
落とし穴から、地雷、モンスターを多く呼ぶような仕掛けまで躱している。
氷雨は数日前、一人でこのダンジョンを攻略した時は、ほぼ予備知識が無い状態だったので、トラップはほぼ引っかかった状態だった。運よく逃れたトラップもあったようだが、今の一つも引っかかっていない状態と比べると、天国に近いだろう。
彼らはそんな風に、ほぼ駆け足の状態でこのダンジョンを進んでいく。
途中で一人だけスピードの遅いユウは、途中から氷雨の背中に乗っていたが、それでもいつもの攻略時の負担と比べると氷雨のそれは無いに等しかった。
ハルは、まだ進む。
まるで止まることを知らないイノシシのように。
邪魔する者は魔法で燃やし、剣を持つ者は鋭い風の刃で細切れにする。大技は一つも使わず、どれもクリスの『炎球』のような小さな魔法で、相手を一方的に退かしていく。
それは冒険者と云うよりも、魔術師と云うよりも、一種の暴君に近い所業だった。
ハルのダンジョン攻略の方法は、広いエリアでも変わりなく続いた。どうやらこの程度の難易度のダンジョンでは、レベルを軽く50も超えるハルにとっては楽勝らしい。
好敵手、すらいないのだろう。
カイトが見る限り、ここのモンスターのレベルは最高でも18。彼らを殺すのはその三倍ものレベルがあるハルにとっては、赤子の手を捻るに等しい。
カイトだって、そうだった。
氷雨という例外は置いとくとして、自分の半分以外のモンスターに負けるなど、ほぼ考えられない。数が数百に至るのなら、その危機はよく分かるが、ここは細い道。一度に相手するのは最高でも四体ほどなら、とカイトはハルの強さに納得した。
そしてハルのワンサイドゲームが続いて数時間、最下層へと続く階段に、五人は辿り着く。