第十五話 ディアブロⅣ
ディアブロのメンバーの被害は甚大だった。
ベルを除いたとしても、ほぼ全てのメンバーが倒れている。ハルの魔法は、氷雨がベル一人を斃す間に、メンバーを殆ど魔法で蹂躙したのだ。
水で。
氷で。
炎で。
雷で。
石で。
剣で。
草で。
持っていた分厚い本が光り、様々な現象を生み出し、操り、当てて、殺していく。
その結果、敵は重なり合うように倒れ、テーブルはどれも無残に崩壊し、床も所々抜け、壁には穴も開いていた。まるで嵐が通った後のようである。
ハルもこの世界に染まっていたので、氷雨と同じく容赦は無かった。
向かう者は全て敵。
そう言わんばかりに、全て殺していった。
ユウはまだ、ハルの手の中でぐっすりと寝ていた。
氷雨はピクリとも動かなくなったベルから立ちあがり、ハルへと近づいた。
文句は無い。確かに敵が減ったのは迷惑だが、この人数はいくら氷雨でもきつかった。まともに戦えば負けることぐらい、最初から承知だったのである。
「ハル、やっぱりお前は強いな――」
氷雨は戦闘衝動が治まったのか、安らかな顔だった。
「そう? 氷雨君が斃したベルって男も相当強そうだったよ」
ハルの表情には魔法を使った反動か、汗が数滴流れていた。
どうやら魔法も普通の技と同じく、体に疲労が増すようだ。それとも体から魔力が倦怠感、とでも云うべきモノだろうか。
「どうしてベルが強い奴だって分かるんだ?」
「だって彼、“名”を持っていたでしょ?」
氷雨の問いに、ハルが答える。
「“名”持ちって、そんなに簡単に分かる物なのか?」
「うん。特殊なスキルがあったらね」
「それな何だ?」
氷雨はこれまで一度もスキルを使ったことはないが、興味はあるのだろう。
「『技量読み』――だよ。これは簡単に説明すれば『力量読み』の上位種で、それとは違って、レベルと“名”が見れるというものだね」
「それを手に入れる条件は?」
「レベルが四十に達することだよ」
ハルは平坦な声で言い放った。
「つまりお前のレベルは、それに達していると?」
「うん。……っと、これじゃあ自慢になっちゃうね」
ハルは恥ずかしそうに頬を掻いた。
「別にそんなのはいい。それより、お前のレベルは幾つなんだ?」
ハルに、氷雨の興味が湧いたらしい。
「聞くより、『レベル読み』を使った方が早いんじゃない?」
「最近レベル詐欺の奴がいてな、そのスキルは信用できないんだよ」
氷雨の言う奴とは、ワルツであった。
全ての人を馬鹿にしたような態度が、鼻につく人間である。
「へえ~。その噂は……本当だったんだ」
「それ、どういう意味だ?」
「いや、“ヴァイスの町”の町にもそれはあったんだけど、実際に使う人がいなくてね。……それより、僕のレベルだったね。僕のレベルは――54。まあそれなりに高いんだよ」
「それは“ヴァイスの町”でもか?」
「うん。あの町では、僕は一番上だったね。もっとも、今では誰かに抜かされているかもしれないけど」
謙遜しながらハルは喋っていた。
氷雨もそれに無愛想ながらも相槌を打っていた。
「で、最後に聞くが、一人ぐらいは生かしているだろうな?」
氷雨がハルに最後に聞いたのは、ただの確認だった。
「多分ね」
悲しそうな顔をハルはしていた。
彼はハルからいい返事を聞けると、虫の息なメンバーの一人に近づいた。
氷雨がディアブロのメンバーに聞きたかったのは、ユウの『スレーブ』の鍵である。あのままでは不便だ。首輪があると、この町では物一つ満足に買えず、食堂にも行けない。奴隷は人より価値が下、と思われているからである。
氷雨はメンバーの一人に近づくと、足で転がして上を向かせる。
「うっ……」
その者の呻き声が聞こえるが、氷雨は全く情けをかけなかった。
「おい、鍵の場所はどこだ?」
「うっ……」
だが、その者は答えない。否、脅されて答えたくとも、答える口が動かないのである。
氷雨はそれでもその男から聞き出したかったのか、胸倉を掴んで強引に状態を起こす。首を支える力も無いのか、男は頭を傾けながら白目を向いていた。かろうじて、意識がある、程度の状態であった。
「ちっ――」
氷雨も選んだ男が喋れないのを感じ取ったのだろう。
すぐに胸倉を放して、別のディアブロのメンバーを振り返った。
――その時だった。人の山の中から、男が立ち上がったのは。
大きな大剣を携えていた。
白い髭と白い髪を生やしていた。
右目を黒い眼帯で隠してもいた。
「とんだ伏兵だなぁ――」
しゃがれた低い声が、呻き声ばかりのコミュニティ内に響いた。
フォルカーだった。
ディアブロの長にして、妙齢の戦士。熟練した腕を持ち、それを年を経て、より濃い物にした凄腕の兵である。
「何故……?」
ハルが驚きながら、ほぼ無傷で、大剣を杖にして立っていたフォルカーに目を見開く。
「何故って、そりゃあ~お前さんの魔法が通じねぇからだよぉ~」
フォルカーは不敵に笑いながら、ハルを見据える。
ハルはそんなフォルカーにムカついたのか、それとも己の魔法が通じないことに苛立ったのか、理由は自身にも分からないまま魔法をぶつける。
それは炎だった。
雄々しく、強大な炎だった。
まるで神が生み出した聖火のような。
ぶつかる。
ハルの生み出した渾身の炎と、大剣を床に突き刺しフォルカーが盾にしたそれに、両者はぶつかった。
すると、瞬時に黒煙が舞いあがった。
それによりフォルカーの姿が見えなくなるが、煙はすぐに晴れる。
ほぼ無傷のフォルカーが、そこにはいた。
「なっ……!」
ハルの驚きが、辺りに響いた。
ハルはそれでも諦めきれなかったのか、今度は龍のような稲妻を放つが、それでもフォルカーは無傷だった。
魔法だけでのし上がってきたハルには、受け入れ難い現実がそこにはあった。
「おい、どうしてだ?」
言葉を失くしたハルの代わりに、氷雨がフォルカーへと尋ねた。
「この大剣のおかげだぁ」
「その大剣が、魔法を受け付けないのか?」
「そうだぁ――」
氷雨はいい相手に巡り合ったため、頬を釣り上げる
「ちょっと待ってよ! 並みの魔法耐性なら、僕の魔法には通じないはずだよ!」
だがそれでも現実を受け入れたくなかったハルは、叫ぶようにフォルカーへと訴えた。
「ドラゴンでもかぁ?」
「えっ……?」
情けない声が、ハルから出る。
「ドラゴンの吐く炎を耐えきった大剣に、並みの魔法耐性……なんて言葉を放つのかぁ?」
「それは……」
ハルは顔から、精気が消えたように青ざめた。
「この世界で最も強い生物と云われるのがドラゴンだぁ。その吐く炎は、野を焼き、山を焼くと云われているんだぁ」
それは人が扱う炎とは、別枠とされる。
威力も、規模も、温度も。
ハルもこの世界の書物でしか見たことは無かったが、もしそんな存在がいて、それが吐く炎に耐えきった剣なら――。
ハルは絶望した。
これまで魔法が通じない相手と戦うことが無かったハルに取って、フォルカーとの出会いには絶望を与えた。
目の前が真っ暗になったかのようだった。
例えば、あの大剣を打ち破る、といった想像ができない。
例えば、あの大剣を避けて本体を攻撃する、といった想像ができない。
魔法が通じないと分かると、自分はすぐに勝つのを諦める。
もしかしたらこの精神の弱さが、ミノタウロスとの戦いを譲った自分の本性なのかも知れない、と自覚すると、ハルは目から涙が溢れてきた。
雫がぽとりと、抱いていたユウの顔に落ちた。
「で、お前は勝ったのか? ドラゴンに――」
だがそんなハルとは裏腹に、氷雨はそこが重要だった。
氷雨とハルは、ある意味で対局であった。
戦いをひたすら求め、強者と戦うことを望む氷雨。
戦いをできるだけ望まず、勝てる戦いしかしないハル。
どちらがいいというのは分からないが、氷雨のほうが常人ではないのは確かであった。
「勝ったさぁ――」
「どんな風に?」
「あいつの固い鱗を切り裂き、肉も切って、真っ二つにしたのさぁ――」
フォルカーは余裕綽々に語る。
「へえ――」
氷雨はそんないい敵に、いいようのない感情がまた体を刺激する。
敵を斃す、それ以外が必要が無いかのように全身が沸々と脈動した。
人としてはあってはならない反応だが、少なくとも氷雨は戦士としては一流だった。戦いに、慈悲や思いやりなんていう感情は無用だ。
人を殺すための肉体と、それを行うための頭があったらいい。
「おい、ユウの鍵をありかを知ってるのか?」
氷雨はフォルカーに頬ずりを今にもしそうな体を、まだ、開放しない。
「この扉の後ろの部屋に置いてある」
フォルカーも、自分が手塩にかけて育てたコミュニティを潰した相手に対し、殺意が湧いていた。
「お前を殺すには、ちょうどいい理由だな」
氷雨が言う。
「お前さんが死ぬにも、ちょうどいい理由だろうよぉ」
フォルカーが言う。
「ひさ……め……くん?」
ハルが呟いた。
フォルカーが動いたのは、その時であった。ハルが口を開いたのと、ほぼ同時期であった。
大剣を、ぶん、と力一杯に下に振りおろす。
氷雨とフォルカーの間は大きく離れているので、フォルカーの攻撃は普通に見れば無駄だろう。そして氷雨ももうテーブルの上には乗っていないのだから、足場を攻撃するわけでもない。
だが、それには大いに意味があった。
振った直後の剣から、三日月状の“何か”が出たのだ。
『飛斬』であった。