表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦人の迷宮探索(改訂版)  作者: 乙黒
第三章 主と王
51/88

第十一話 絶体絶命

「氷雨君さあ、本当に一人で行くの?」


 カイトが喜んでいるその横で、ハルはしかめっ面をしていた。

 どうやら氷雨の判断に、不満を持っているようだ。


「ああ、そうだけど。それがどうかしたのか?」


「死ぬよ、おそらく――」


 ハルはカイトが泣きやむほど、衝撃な一言を放った。

 氷雨はニヤリともしない。あくまで無言を貫くだけ。クリスやカイトは予想していなかったが、氷雨はある程度分かっていたらしい。


「敵は最低でも数十。しかも武器付き。それだけじゃない。罠って色々あると思うけど、一番考えられる可能性は人質だよ。――ユウちゃんを、ね。殺す気? あの子――」


 氷雨は少しだけ、顔を歪めた。

 カイトとクリスは安堵の気持ちも、砂の城のように崩れ去った。

 ただ、ハルは真剣な顔を貫く。ユウは同じゲームプレイヤーだ。ハルはそんな彼女を、純粋な気持ちで救いたいと考えていた。同族意識もあるだろう。妹のような気持ちもあるだろう。子供だから今死ぬのは、ということもあるだろう。

 でも、現実は悲惨だと考えている。

 それは、氷雨とは違う考えだった。


「氷雨君は生き残るよ。多分――」


「だろうな――」


 ハルのその意見には、氷雨も賛成だった。

 自分には悪運がある。それも強烈な。

 あのカナヒトの時もそうだった。一人では護衛たちに囲まれて、死んだだろう。でも、久遠という反逆者も現れ、多くの護衛たちを斃してもらった。

 あのミノタウロスの時もそうだった。あのままではあの固い蹄に踏まれて、死んだだろう。でも、名も知らぬ冒険者が現れ、結果的に自分は助かった。

 そんな悪運に頼るつもりはないが、少なくとも自分の運は、強烈だった。


「でも、ユウちゃんは死ぬ。助ける気でも、おそらく死ぬ。人質を助けるのは、それぐらい大変なことらしいよ。予想だけど――」


「だろうな――」


「それでもう一度聞くけど、殺す気なの? ユウちゃんを」


 人質を助けた上で、敵を斃すのは、思ったよりも難しい。銃などの便利な飛び道具で、相手がこちらを気づく前に全員殺すのが、一番簡単な方法だが“この世界”に銃は無い。弓やボウガンはあるが、熟練した者で無い限り、それは難しい。

 そして、この中にそんな者はいない。知り合いもいない。


「本当に……死ぬのですか? ユウちゃんは――」


 不安そうな顔で、クリスは尋ねた。


「今は、まだ生きているだろうね。じゃないと人質にならないし。でも、事が終って解放は――万に一つもありえない」


「どうしてですか?」


「だって考えてもみなよ? 憎き氷雨君を殺したとして、ユウちゃんを解放したとする。それなら、ユウちゃんがディアブロのことを絶対に恨むでしょ? そうなれば、ディアブロに、少しでも危険が及ぶ可能性がある。例えば復讐とかね。それは――絶対に見逃せない。それが上に立つ人の選択だよ」


 ぐっと、クリスは唇を噛んだ。

 よく、分かった、と、思ったのだろう。


「ハルにい、ユウを、助ける方法は……ないのか?」


 カイトは希望から絶望へ落とされ、そこから一筋の光を見つけようとした。

 だが、


「僕も言いたくないけどさ、無いよ。捕まった時点でほぼ終わり。奴らに交渉を持ちかけることができれば、ユウちゃんは助けられるかも知れないけど、そうなると氷雨君が死ぬ。それは嫌なんでしょ?」


「うん……」


 カイトは力の無い頷きをした。


「二人とも助かる可能性は、宝くじが当たる確率よりも低いね。多分。例えば、ディアブロのメンバーが、全員病気で死ぬとか?」


 ハルもユウを助けたいと、あの笑顔を守りたいと、本気で思っている。

 その気持ちは今でも持っている。


 だが、ハルは、現実主義者だった。

 いや、現実(リアル)を生きていたら、こうはならなかったかも知れない。こんな世界に来たからこそ、現実を見なければ生きられなかった。

 目の前には、絶望しかなかったこの世界で。

 ここは、楽園なんかではない。戻ることもできず、生きることは難しく、明日の生活もままならぬ状況の場所だった。

 それに食事も不味い。娯楽も無い。裏切る仲間を作るのは容易く、信じれる仲間を作るのは難しく。

 生きてても嫌なことばかりで、それでも死ぬのは嫌で。

 ハルがそれでも生きていけたのは、現実を厳しく見つめていたからだ。


「氷雨君、それでもそこに行くの?」


 ハルは、彼に問う。


「で、それがどうかしたのかよ? 行くぜ、俺は――」


 だが、こんな話で、氷雨が行くのを止めるはずが無かった。

 誰よりも自分に正直で、忠実で、短絡的な彼の、姉や祖父でもやっと抑えることのできた狂気を、会って数日のハルが止めるなど、絶対に無理なのだ。

 言葉では止まらず、力でも止まらず、止めるには動けなくしなければいけない。

 一度溢れだした狂気を止めるのは、それ程難しかった。


「死ぬよ?」


「誰が?」


「氷雨君かユウちゃん」


「俺は死なねえ――」


「じゃあ、ユウちゃんが死ぬ――」


「それでも行く――」


「本気?」


「嘘に見えるかよ、この顔が?」


 二人の話は、水かけ論のように続いた。

 

「嘘には……残念ながら見えない。でも、無いよ。ユウちゃんが助かって、氷雨君が生き残る道なんて」


 無理なのだ。

 現実は甘くない。

 何もかも、上手くいくように、この世はできていなかった。


「さっき、カイトが言ってただろ? 明日までに行かなければユウが死ぬ」


「うん……」


「行っても、ユウが死ぬとお前は言う」


「うん……」


「じゃあ、どうすればユウは助かるんだ? お前の意見では、絶対に助からないだろうが」


「……」


 ハルは黙る。

 そうだ。それでは、無いのだ。

 ユウが未来が。

 ハルの意見はとても正しい。間違ってもいない。この世界で、特にこの町で、生き残るには最善の判断だ。


 でも、そうすれば、ユウが死ぬ。

 幼い命が一つ摘み取られる。

 カイトはどちらに転んだとしても、何も言わないだろう。カイトだって、ユウは大切だ。これからも一緒に生きたい。育ちたい。でも、行っても行かなくても死ぬと仮定するなら、カイトは諦めるしかないだろう。


 ハルは、まだ黙っていた。

 氷雨はそれを見つめる。カイトとクリスは、希望に縋るような眼で、ハルを見ていた。

 そしてそれから数分。

 やっと喋りだした。


「……考えたら、調べたら、きっといい案が浮かぶ……」


「遅えよ」


 ハルの長考の後の答えを、氷雨は一刀両断した。


「今が大体夜の八時くらいだから、ユウが死ぬ夜まで、まあざっと十時間ぐらいか。それだけの時間で、何を考えるんだよ? 敵の数か? 罠か? きっと答えはすぐ出るだろうさ。――無理だって」


 氷雨も、馬鹿ではない。

 人質は取った者の方が有利なことぐらい、良く理解している。自分の死ぬ可能性が、高いことも。

 だがそれでも、行く。

 無理だと知ろうと、行く。

 死ぬとしても、行く。

 馬鹿ではないが、馬鹿だ。

 彼の頭は考えるためにあるのではない。頭突きのためにある。

 戦いに生まれ、戦いに生き、そして戦いに死んでいくことが、彼の望みだった。


「アニキ……アニキが……アニキは、本当に行ってくれるの?」


 カイトが、また泣きそうな顔で聞いた。


「ああ」


「本当に?」


「ああ」


「助かるの、ユウは?」


「ああ」


 カイトの質問に、氷雨は滑らかに答えていった。

 カイトはまた、笑顔になった。

 だが、ハルはぷるぷると震える。そして、爆発した。


「氷雨君! 君は死ぬ気なの! 行ったら死ぬから! もうちょっと調べて考えて……」


「――うるせえよ」


 しかし、それに氷雨は、水をかけた。


「待っても、死ぬ。行っても、死ぬ。だったら――行くだろうが。戦わないで殺すぐらいだったら、戦って殺してやろうぜ」


「で、でも!」


「俺が行くと決めたんだ。お前は関係ないだろ――」


 氷雨は言い切った。

 本気だった。

 声に淀みが無かった。


「氷雨君、僕なら、今のうちに侵入して、ユウちゃんを取り戻――」


 ハルはユウを助けられる一縷の望みを思いついて、そう氷雨に提案するが、


「――どこにいるんだよ、ユウは? 場所が分からないだろ? もしかしたら、ディアブロのところ以外にいるのかもしれない。それにユウがいる場所は、絶対に警備が厳重だ。そいつらは、寝ずの番だろうな。だから、明日、俺はディアブロに乗り込む。一人で」


 彼は断った。

 狂気は蹲る。彼の中で。

 鬼は悦んでいた。彼の中で。


「……ユウちゃんを、どうやって救うの?」


 最後に、ハルは彼に聞いた。


「その時に、考えるさ。きっと、助けるさ――」


「それ、僕もついて行っていい?」


「ユウの面倒は見ろよ?」


「……分かったよ」


 この日の夜は、これにて終わった。

 獣たちが動くのは、次の日の夜であった。



 ◆◆◆



 ユウは願っていた。

 誰も来ないのを。

 ディアブロの地下にある、一室の牢屋で。鉄格子の前で、意地の悪い歯を見せた冒険者の醜悪な視線に晒されながら。枯れた涙を示す赤い目で。


 本当は、来てほしい。

 カイトが、クリスが、ハルが、そして氷雨が来てほしい。

 お姫様のように救ってほしい。

 こんな暗く、冷たい牢屋になどいたくない。お菓子も食べたい。温かいスープを飲みたい。お腹が、減った。

 やりたいことも、してほしいことも沢山ある。


 でも、来てほしくない。

 分かったのだ。

 奴らの罠は、とても手が込んでいる。幾ら氷雨でも、これは突破できないということを。


 何故なら、ユウの首には黒く光る金属があった。

 『スレーブ』だった。

 ユウは例え、氷雨に助け出されたとしても、奴らに解放されないのだ。

 この首輪がある限り。

 『スレーブ』は、専用のカギで外されない限り、一生その支配は続く。ユウにもその知識はあった。だから、分かってしまった。逃げる様に助け出されても、本当の意味では助からないことに。

 そしてこれは、ベルにこのコミュニティに来た時に、泣いて嫌がっても付けられた物だった。


 来てほしい。

 来てほしくない。

 その気持ちの両方が、ユウには混合している。

 お姫様になりたい、とそう少し前は思っていた。でも、今は違う。お姫様は、辛いのだ。助け出されるだけで、楽だと思っていたが、実際は違う。

 心が、叫ぶ。

 痛い、と。

 引きちぎれる、と。


 矛盾した二つの思いに挟まれて、ユウは苦しかった。


「へへっ……!」


 いやらしい視線にも、何も思わない。


「小さいが、中々可愛いな……!」


「だろ?」


「ああ。もしヒサメ? が来なかったら、遊ばしてくれるかな?」


「くれるさ! だって、ベルのアニキだぜ!」


 意味が理解不能な言葉にも、何も思わない。


「オレさあ、今すぐ裸にしたいな。あの子――」


「馬鹿! 服を着たまま、が、いいんだろうが!」


 将来に起こるだろう羞恥にも、何も思わない。

 思うは、矛盾した考え。

 助けてほしい。

 助けてほしくない。

 ただ、この二つだけだった。

 この晩、ユウは眠れなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ