第四話 プレイ
読者の皆さん、作者の勝手なわがままを承諾していただきありがとうございます。
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「確かにそうよね。氷雨はゲームを全然知らないし……」
「うちもその方がいいと思うで。ここから東に行けば簡単に力量も上がるしな」
ノボルのその意見に次々と賛同の意が募る。空気としては氷雨がこのパーティー、通称アンタレスに入るのが当然のようだった。
「氷雨くん、では、パーティーの手続きに行こうではありませんか!」
パーティーの手続きには、とある段階を踏む必要がある。
それは一つはパーティー組合所という店に入り、そこの掲示板の中で自分が入りたいパーティーを指名する。その後、リーダーが許可を出すと、正式にそのパーティーのメンバーとなる。ここでの注意は、一つのパーティーには六人までしか入れないということであった。
もし仮に、新しくパーティーを作りたい場合は、パーティー組合所で新規パーティーの要請をすると誰でもできるのである。
「氷雨、行くわよ」
と、雪が、氷雨の手を取ろうとすると、彼はその手を払った。
そして一言。
「――嫌だ」
と、言った。
彼は、さっさと戦いたかった。一人で戦闘を、それも高純度の死闘を行いたかったのだ。そこに仲間などというのは不要だと、氷雨は考えていたのである。
「えっ、どうしてであります?」
「なんでなんだよ? こう言っちゃあ悪いが、初心者には安売りだぜ」
「うちらそんな弱いわけちゃうしな。ほんまお得やで」
「僕らは現在、このゲームの攻略の五本の指に入ってます。なので、パーティーに入りたい方は沢山いるんですよ」
氷雨のこの発言に、四人からは次々と驚きの声が飛んだ。
彼等、アンタレスはスタートダッシュが少しばかり遅れたが、攻略スピードが群を抜いて早く、とある初級迷宮を二つもクリアしている。これは、今、三組しかいない凄まじいことで、彼等のパーティーに入りたい者は後を絶たない。
それに、他の二組のパーティーはじっくりと時間をかけて迷宮をクリアした。だが、彼らはWikiなどの誰でも編集が出来るwebサイト等で情報を集め、早々とクリアしているのだ。
「はあ、氷雨、いいからこのアンタレスに入らない理由を教えて?」
最後に雪が聞いた。
彼女は予想はついている。
――獣のように獰猛な彼は、血を求めていた。それを祖父から教えてもらっていたからこそ、雪も氷雨の“戦闘衝動”を知っていたのだった。
「決まってるだろ。存分に、心行くまで、――“戦りたい”んだよ」
最後に、彼はそう問題発言をした。
これに対し雪はやっぱり、と溜息を一つ。そして、冷静に基本馬鹿の弟の目指す場所を聞く。
「で、どこに向かうの?」
「北――」
「――でしょうね。ま、死なないように頑張りなさいよ?」
これを最後に彼はこの“ヴァイスの町”を去った。
動揺の声はアンタレスだけでなく、耳に入った通行人までも発する。だが雪だけはそれを分かっていたように、呆れ顔をしていた。
「ユキ殿! ヒサメ殿を止めなくてよかったのでありますか? あそこは……"北の森”は……とてつもなく、危険な場所なのですよ?」
「いいのよ。あんな馬鹿はほっとけば。それより私たちは武器や防具を整えに行きましょう?」
そう実の弟へ冷たい雪に、アンタレスの仲間は戸惑うが、
「ゆ、ユキ殿がそう言うなら分りました。では、装備品の調達に行きましょう!!」
「お、おう」
「ええ」
すぐにノボルの声に賛成し、五人はヴァイスの町中へ消えていった。
そんな街中での五人の会話は、凄く明るいものであった。
「ユキ殿、知っていますか? ヴァイスの西通りには、まだサービスが始まって数時間なのに“凄腕”の職人がいるんです! 是非、そこに行きましょう!」
「そうね。でも、私はまだ1,000ギルしか持っていないわよ?」
「ご安心ください! このノボルが、全てのお金を出すであります!!」
「ありがと」
「いえ! 雪さんのためならいくらでも……!!」
実は“ダンジョン・セルボニス”は剣士や槍使いなどの戦闘技だけではなく、鍛冶や服飾などの生産技も充実している。
彼らはNPCが売っている装備を探しに行ったのではなく、同じゲームプレイヤーが作り出した装備を探しに行ったのであった。
(さて、氷雨は何匹斃せるかしら?)
雪は街中でアンタレスのメンバーと話をしながら、氷雨のことを考えていた。
まさか、ゲームの仕様を全く使わずに戦う人間はどんな強さになるのか、という疑問に彼女は思いをはせていたのだ。
ある意味、このゲームを作った人間ですら考えないことである、古流武術でのゲームプレイ。
(楽しみ……ね!)
「ユキ殿? どうして立ち止まっているのですか?」
「ごめんね、すぐに行くわ」
雪はいつのまにか立ち止っていたのか、ノボルに注意され初めて気がついた。
(ま、頑張りなさいよ)
雪はそう思ってから、仲間に追いつくまで走り出した。
テュートリアルで警告されるほどの難易度を誇る“北の森”。まだ、このゲームのサービスが始まって、八時間ほどしか経っていない今の状態で挑むのは無謀とされている領域で、一組だけ挑んだパーティーが居たが、結果は四分で全滅。
“北の森”を超えた先にあるとされる迷宮の攻略はおろか、森を通り抜けることすら難関とされる場所で、間違っても初心者が一人で挑むような場所ではないのであった。
◆◆◆
氷雨は最初に持っていた1,000ギルで、上から羽織る灰色のフード付きマントを買っただけで、北の森に来ていた。
武器も無く、防具も無く、薬草などの回復薬もないゲームを舐めているとしか思えないような装備である。いや、ある意味ゲームをしに来たわけではなく、習った武術を試しにきた彼にとっては、当然の装備だと言えるだろう。
「はあ……はあ……」
そんな準備など全くしていない彼の状態だったが、この“北の森”に訪れて早十分、未だ彼はゲームオーバーになっていなかった。
これだけでもある意味彼は、ゲームプレイヤーの中の異常だと云えるだろう。
人が作ったとされるような道は無く、全てが緑に染まっているこの森。
危険、そうチュートリアルで言ったのも氷雨は納得できた。
自分に襲撃してくるのは強く、大きく、気高く、動物だからだ。三百六十度周囲を常に警戒してなければ、いつゲームオーバーになってもおかしくなかった。
それにまだ彼は“一匹”も討伐していないのである。
ササッ!
今も狼をモデルとし、体色が白で全長2メートル程の動物が、背後の草むらから飛びかかってきた。数は一匹。遭遇したのはこれで三度目。
しかし、前回も前々回の遭遇時も最後には逃亡した。
それは、敵の弱点は分からず、素手の攻撃も効かず、間接も極められない相手に氷雨が苦戦していたからであった。
そして、今回も、隙を見つけ出し何とか逃亡した。
逃げた先は木の上。
ここまでは良かった。
だが、彼に休憩できる暇などなかった。すぐに上空から鳥に似た動物が数十匹。氷雨は額にかいた冷や汗をを手で拭い、足場の悪い幹の上で腰を低く構えた。
その鳥のような動物は、翼を畳み、鋭いくちばしで突き刺そうと、氷雨に向かって――落ちる。
一匹目は最小限の移動で避けていた。ただ、皮膚を浅く切ってしまったので、視界の左端に固定されているHPだけは、着実に減っていく。
「ちっ!!」
十匹目まではそれで攻撃を避けれたのだが、十匹も来ると、急に氷雨は追い込まれた。
――ここで枝の先端まで来てしまったのである。
ピンチだった。凄くギリギリの状況だった。
だが、彼は慌てることだけはしない。
すぐに木の枝から跳躍し、下にいた狼がモデルの動物に、踵落としを行った。既に氷雨の事を視界から外していたその動物は、上からの彼の攻撃を予測できず、頭蓋に直撃する。
ゴンッ!
鈍い音が響いたが、それだけであった。
敵はHPがあまり減らず、大したダメージには繋がっていない。
「ははっ……!」
上からは鳥。
正面には狼。
それぞれに似た怪物を位置を確認した上で、氷雨は少し笑う。
ああ、楽しい、と、この絶対的状況を分かった上で、彼は笑ったのだ。
「これだよ、これ。こういうのが欲しかったんだよ!」
彼は、日常では絶対得られないような命のやり取りに興奮していた。
やっと、念願の“戦い”が出来る、と。戦れる、と。
まだ、一匹も怪物を殺してはいない彼だったが、既に敵を一匹殺したような充実感に浸っていた。
グァアアアーーーー!!!!
だが、それに浸っている余裕など――無い。
上空の鳥の攻撃は当たる寸前で、狼も氷雨に飛び掛っている。
その二つの攻撃をそれぞれギリギリまで引き付け、転がるようにして氷雨はその場から離れた。すると、鳥のくちばしは次々と狼をを貫いた。
狼は悲鳴を上げる。鳥は標的を氷雨から瀕死の狼へと変えた。
弱肉強食が、この世界の縮図だからだ。
人も亜人も怪物でさえも、弱者は強者に虐げられる。このゲームはそんな重厚な世界観で作られていたのだ。
「はあはあ……」
氷雨は疲労した体で、その場を離れた。
この数瞬の激闘は結果的に氷雨の勝利となったが、彼の力量は上がっていなかった。このゲームでは、自分もしくはパーティーメンバーが怪物を斃さないと経験値が手に入らないのである。したがって、本来貰えたはずの莫大な経験値によって起こるレベルアップが行われなかった。
ガサッ!
だが、そんな彼に、休息の時間など与えられない。
また、すぐにどこかで草が動く音が聞こえたのだった。
◆◆◆
(今日は満足したし、そろそろ帰るか)
それから数十分、彼はずっとその森で彷徨っていた。その間、数多くの怪物と気を抜けない攻防を行っていた。
HPは少しずつ減っていたのだが、0になることはなく、氷雨は結局ゲームオーバーにはならなかった。
そしてほどよい戦いの満足感を感じていた彼は、そろそろログアウトしようと思っていた。
それはメニュー画面に搭載してあった時計を見て、夕食の時間だと知ったからである。
もし、夕食の時間に遅れたら、姉に叱られる。この折角のゲームが出来なくなるかも知れないかと、危惧した結果だった。
「メニュー、オン」
そうして、テュートリアルの説明にもあったメニューを開けると、目の前に透明の液晶が現れた。その中にはログアウトのボタンがあり、氷雨はそれをタッチした。
また、あの意識が消失する感覚がくる。
こうして、彼の初日のゲームプレイは終わった。
これが最後のゲーム――とは知らずに。
今回の氷雨の討伐数0。――未だ、力量1。