表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦人の迷宮探索(改訂版)  作者: 乙黒
第三章 主と王
49/88

第九話 買い物

明けましておめでとうございます。

新年が来てからやっと、作品を更新することができました。

遅れたのには色々な理由がありますが、主に、用事ですね。仕事や友達との遊びが重なってしまいました。

ではでは、最後となりますが、今年もこの作品をよろしくお願いいたします。

 色々な獣たちが、それぞれの夜を過ごしていた二日後の日。

 カイトは、腕を組んでいた。

 ベッドに腰掛けながら、深く悩んでいた。内容は、クリスの不調である。

 そこは宿の部屋で、他にはクリスとユウがいた。氷雨はハルと一緒に永久(とこしえ)迷宮(ダンジョン)へと、修行のために向かっていた。


 昨日何があったか知らないが、クリスは氷雨に話しかけられると、貌を複雑そうに歪めて視線を落とす。

 ユウやハルではそんなことをしないのに、氷雨だけそんな態度を取っていたことに、少年は疑問を抱いたのだった。


(アニキが無理矢理“何か”しようとでも思ったのか? でも、オレはアニキは、そんなことをしないと思うけどなあ~)


 カイトは、あまり喋りたがらない氷雨を尊敬している。

 ベルを斃したことで、その感情はより一層高まった。が、それよりも前から、ストリートチルドレンであった自分たちを普通の大人として扱うような懐の深さから、彼を信用していたのだ。


「ユウさん、今日は何をして遊びますか?」


「うーんとね! おてだま! やってみたいとずっとまえからおもってたんだけど、いえになかったの!」


「そうですか……。私も良かったです。日本人の祖父から、そのような遊びを習っていて。無理を言ってヒサメさんに小麦と布切れを買ってもらって、本当に良かったですね!」


「うん! おにいちゃん、ここからでないことをやくそくするかわりに、いつもやさしいもんね!」


 カイトは目の前で楽しそうにはしゃぐ二人を、丹念に見ていた。

 だが、やっぱりいつもと変わらない。

 今朝見たあの違和感は、単なる考えすぎなのだろうか?

 カイトはそんな想像にかられた。

 いや、違う。絶対に違う。あれは自分の勘違いではないとカイトは想像を改め、また、クリスの動向を伺った。


「どうです? カイトさんもお手玉をしますか?」


 クリスは自分たちの遊びに入りたがらないカイトに、声をかけた。

 カイトは横に首を振った。

 そんな遊びに精を出している時ではない、と思ったのだ。

 

「ええ~! どうしてなの? カイにい! これ、すっごく、おもしろいよ!」


 ユウは二個のお手玉を持っていたが、一個投げては掴めず、一個投げては掴めず、をずっと繰り返している。一つすらまともに投げ受けできないのだから、二つ持っている必要性はどこにもない。

 だが、ユウはそんな不出来なお手玉を、何度も何度もやっていた。


「ユウさん、これはこうやるんですよ」


 クリスがまた別のお手玉をを手に取り、手本を見せるが如く、三つのお手玉を回し始めた。

 お手玉はクリスの右手から離れ、空中を経て左手に落ち、左手は素早く右手へお手玉を寄こす。それを三つ全てで、絶え間なく行うと、綺麗なアーチ状がクリスの前に出来上がっていた。

 ユウが「すっごーい!」と、両手をパチパチと叩いた。

 

「クリスねえ、そんな特技あったんだ?」


「はい。これだけは少しだけ上手なんです」


 クリスは恥ずかしそうに、誇らしげに、笑う。

 カイトはそんなクリスを見て、邪知な考えに染まるのは止めよう、と考えた。クリスは身も心も美しいので、きっと、自分でその問題を解決すると思ったのだ。

 そんな風に思うと、こんどは何かお詫びをしなくては、とカイトは次の思考へと移す。

 先ほどの想像は勝手な想像だが、やっぱり、そのまま終わらすわけにはいかない、と彼の中の天使が言ったのだ。もちろんそれは、いつも自分たちの面倒を甲斐甲斐しく見てくれるクリスへのお礼も気持ちもあった。


(うーん、何がいいかな? 食べ物は……アニキはそこは結構豪華にしてくれてるし、服は……クリスねえの好みが分かんないだろ……)


 カイトはまた腕を組みながら、深く考え始めた。

 幸いにも、カイトは金を持っていた。

 あの“美人の奴隷買う時の調査”の時に貰ったお金だ。それを最初は氷雨に返そうとしたが、「じゃあ、やる。それは依頼の成功報酬として貰っておけ」と言われて、カイトは素直に受け取ったのである。

 それからカイトは全く金を貰う機会が無かったので、ずっと残していた。

 そんなお金を、今回、カイトはクリスのために使おうと思っているのだ。

 すると、カイトはいい方法を思いついた。


「ユウ、これから町へと行かないか!」


 まだ幼いが、一応女であるユウなら、いいアドバイスが期待できる、と。


「ええー! でも、おにいちゃんがわたしたちだけだと、おそとはあぶない、っていってたよ?」


「そうですよ、カイトさん。お外は恐い人たちがいっぱいなんですよ」


 カイトのそんな意見に、ユウとクリスは即座に反対した。

 氷雨の言いつけだから、と。

 だが、ここで諦めるカイトではなかった。

 この時の対策はしっかりと用意していた。彼は、中々頭の回る子どもなのである。


「ユウ、クリスねえ、考えてみてよ? オレたち兄妹は元々こんな町で、子ども二人で暮らしてきたんだぜ。今さら表を歩くだけで危険……って、もう遅いとは思わない?」


 確かに、そうだった。

 ユウは、「そうだったー!」と頷き、クリスはそれにどう反論していいか迷い、


「でも、ヒサメさんが外は危険って言ったのですよ? その時ならまだしも、今はリスクが増しているのではありませんか?」


 と、言った。


「クリスねえ、この町はそんなに変わらないって! 危険度は、今も昔もウルトラC! そんな場所で暮らしてきたオレたちは、ちゃんと、この町で生き延びる(すべ)を知ってるって!!」


「でも……」


 クリスはそんなカイトに、やっぱり渋った声しか出ない。


「大丈夫だって! それにユウだって、お菓子を食べたいだろ?」


「うん!」


 ユウは片手を挙げて、それに賛成した。


「ほらね! ちょっと行って帰ってくるだけならそんなに時間はかからないし、きっとアニキにもばれないって! なっ、ユウ?」


 ユウは同意を求めるカイトに、「おかしー!」と答えた。

 この場では、最早クリスは二人を止められなかった。

 二人が宿から出るまで、ずっとクリスは二人を言葉で引き留めようとしていた。

 しかし生意気盛りな子どもが、こんな優しい言い分で聞くわけがなかった。クリスは二人の姉のようだが、母のような厳しさは持ち合わせていなかったのである。そしてそんな厳しさがない限り、子どもは止まらないのであった。


「じゃあ、クリスねえ、行ってきます!」


「いってきまーす!」


 クリスが一緒に行くのを、カイトが断った。

 この町を慣れていない人間が歩くのは危険だよ、と。

 だから、彼女は見送るしかなかった。

 バタン、と扉が閉まった。むなしい部屋で、一人クリスは、両手を握りながら二人の無事を祈って、戻ってくるのを待つのであった。



 ◆◆◆



「カイにい、どんなおかしがおいしいかな? ハチミツがかかったおかしなんかはおいしいかな?」


 一方、こちらはメインストリートへと来たカイトとユウ。

 恰好は目立たないような灰色のマントだ。

 ユウは美味しい匂いにつられて、右往左往に体を動かそうとするが、カイトがしっかりと彼女の右手を握ってそれを止める。

 こんな人の賑わっている場所で誰かにあたりでもしたら、という最悪のイメージをカイトは拭えないのである。

 そんなユウを御するためか、カイトはここに来た“本当の理由”とやらを話しだした。

 

「ユウ、実はな、ここに来た理由はお菓子じゃないんだよ」


「じゃあ、どうしてわたしをよんだの!」


 ユウはぷくーっと、嘘をついたカイトに頬を膨らました。


「いや……クリスねえに、プレゼントをしたいと思ってさ!」


「プレゼント?」


「うん。オレたちいつもお世話になっているだろ? だったら、何かお礼を出来ないかと思って……さ。でも、オレだけだったら何を買っていいか分からないから、ユウに協力してもらおうかと思ったんだよ」


 ユウは胸中を話したカイトに、目を点にした。

 少しずつ頬を緩ませながら、やがて、ダムが決壊するように――


「だったら、わたしもきょうりょくする~! おねえちゃんのことすきだし!」


 ――賛成してくれた。

 続けざまに、ユウはこうも言った。


「なぁーんだ、てっきりわたしは、カイにいが、おかねをわすれてきたんだとおもったよ!」


 生意気なことを言うユウに、カイトはあまり痛くないげんこつを一つ。

 それに「いったーい!」と、ユウはカイトに抗議を申し立てるが、当然無視であった。

 でも、二人ともまるでイタズラをするような笑みを浮かべているので、お互いに不満は無いのだろう。すぐに目当ての店を、探しに走りだしたのである。


 そこから、二人は様々な議論を交わした。

 持っていたでも、決して十分とは言えないお金で、何を買えるかを。

 ユウが提案したお菓子は、カイトがすぐに却下した。流石に氷雨や自分たちを加えた四人分は高くて買えないからだ。

 次にカイトが提案した花は、ユウが却下した。この町に唯一ある花屋を遠目から見回したユウの意見によると、リアルの花より枯れているかららしい。

 そんな風に、二人は数多くの議論を行った。


 あれも駄目。これも駄目。

 あーだこーだ言いながら、多くの出店や店を回っていく。しかも町を歩いている人の記憶に残らないよう、誰にも声はかけず、あくまでただ一人の、町の住人だという立場を保ちながら。


「やっぱり、じつようせい? のあるものがいいとおもうよ! いつでもつかえるとおもうし!」


「例えばどんなのだよ?」


「うーんとね。うーんとね。…………せっけん! そうだ、せっけんだよ! おねえちゃんもわたしとおなじ“れでぃー”なんだから、たいしゅうをきにするもん! たおるでからだをふくだけだったら、やっぱりさっぱりしないし!」


 カイトはこんないい意見を言ってくれてたユウに、深く頷いた。

 氷雨は自分たちに気をかけてくれるが、やはり男なので、その辺りの気はつかなかったのである。


「……いいな。……いいな、それ! まあ、ユウがレディーかどうかは置いといて、じゃあ、早速買いに行こうぜ!」


「うん! ……でも、わたしは“れでぃー”なんだからね!」


「はいはい」


 二人はそんな調子で、納得した答えを探しに町を探索し始めた。

 結局、石鹸が売っているお店を見つけたのは夕方のことだった。

 町外れ。メインストリートから少し外れ、人はいないが、でも宿からは遠くなく、あくまで逃げ切れる距離。カイトとユウは恐る恐るその店へと入った。


 店内は優しそうな女主人で、丁寧な説明を受けながら、買えるお金で一番高価な石鹸を買った。

 大きさはユウの小さな手のひら二つ分。

 一人で使ったら、当分は無くならないだろう、と予感させる大きさの石鹸だ。二人はそれが入った茶色の紙袋を渡されると、満足そうにお金を払った。


「じゃあ、わたしはさきにそとにでとくね!」


 紙袋を大事そうに懐に抱えたユウが、カイトより先に外に出た。

 狐に化かされていないか、丁寧にお金を数える女主人は、数え終わったところで、「まいど。また、この店をよろしく頼むね」などとカイトにお礼を言った。

 カイトは空になった巾着を腰につけ、ナイフもあることを確認し、外に出ると、



「――よう、久しぶりだな。カイト」



 ベルがいた。

 誰もいないこの道。たくましいベルの肉体。使いなれ、されども磨かれた鎧。新品なのか、刃こぼれ一つない立派な大斧。そして、何度も脅された野太い声。

 カイトはがたがたと恐怖を思い出し、体が震えた。

 一度染みついた恐怖は、例え氷雨がやっつけた雑魚キャラであっても、消えないものなのであった。


「か、カイにい……つかまちゃった……」


 そんな男の前には、涙で目を濡らしたユウがいる。

 石鹸の入った袋は、ユウにぐちゃっと胸に潰され、形を変えていた。ユウの肩は、太い腕で掴まれている。首のすぐ下には、ベルの斧があった。声は震えて、もう殆ど出ていなかった。

 ――恐がっては駄目だ。

 と、カイトは情けない姿は妹の前では見せられないと意地をはり、震える両足を強引に止めた。

 

「元気だったか? と、言っても、あの男の隣にいるんだ。幸せだったよな?」


「……どうしてここにいるんだ?」


「――人の質問には答えろと、親に教わらなかったのか?」


 ベルの鷹のような視線が、カイトの心を抉る。

 身震いが、また、一回だけ起きた。


「まあ、俺は今はいい気分なんだ。それは見逃してやるよ。それより、お前の質問だったな。実はな――この町にいるストリートチルドレンに聞いたんだよ。簡単に調べてくれた、さ。何せ、にっくき、お前たちを苦しめるためならなぁ!!」


 カイトは、また、体が震えだした。

 こんなことなら、氷雨の意見に最初から反対しなければよかった、と今は後悔している。氷雨がどこまで考えていたかは分からない。でも、これに近いことは予測していたはずだ。

 

「そんな話も、実は俺にとっては、どうでもいいんだ。それより、――ヒサメに告げろ。ユウを取りかえしたければ、俺たちのコミュニティに来い、と。確かカイトはその場所を知ってたよな?」


 カイトはそれに頷かなかった。

 もちろん、ベルが言った通り、あのコミュニティの場所は知っている。

 だが、そんなことを言いだす余裕は、今のカイトにはない。

 震える足を叩いて止め、震える手を気合いで止め、震える声を太ももをつねって普通の声色に戻す。


「ユウを……ユウを放せ! 人質ならオレでいいはずだ! ユウじゃなくても……だから、ユウを……ユウを……」


「カイにい……」


 カイトは自分の身がどうなっても良かった。

 これに巻きこんだのは自分だし、そして何より妹が可愛い。

 カイトは死ぬ思いで、必死にベルへと訴えた。


「駄目だ――」


 しかし、ベルはそれを聞き入れなかった。


「――お前はユウとは違い、勇気がある。ストリートチルドレンという大きい団体から、金を盗みとったあたりがな。そんな奴を人質にすれば、仲間のために、舌を噛み切って死ぬことは容易に想像がつくだろうが。……それにな。立派な騎士が助けるのは、お姫様って相場が決まってるじゃねえか」


「で、でも……」


「……でもも、糞もねえよ。あんまりおふざけが過ぎると――お前を殺すぞ? ヒサメへの情報の伝達は、手紙でもいいんだぜ? 何せ奴の宿を、俺は知っているからな」


 この言葉が、カイトを竦み上がらせる。

 そのすぐ後、股間が温かいことにカイトは気がついた。

 視線を下へと移す。水たまりが、足元に広がっている。中心は自分だ。発信源は、股間。これで初めて、カイトは、自分が、漏らしたことを分かった。


「じゃあ、言っておけよ。明日の夕方まで来なかったら、ユウを殺す。可愛い妹を殺されたくなければ、ヒサメを連れてこい」


 ベルは、冷たく言い放った。

 カイトは恐怖でマヒした脳で、それを聞いていたので話の内容はすぐに分かる。脅しだ。脅迫だ。でも、それに従うしかなかった。

 妹が人質に取られていると分かれば、カイトは、言うとおりにしか動けないのを知ってたからこそ、ベルはユウを人質に取ったのである。

 そしてユウの肩を掴みながら先導し、少しだけ奥に行ってから気がついた。


「――あ、忘れていた」


 ベルはユウが大事そうに持っていた紙袋の中身を取り出し、それを荒々しく踏みつけたのである。

 石鹸は、ぐちゃぐちゃになった。

 カイトはそんな石鹸と、ベルとユウの後ろ姿を見る。ナイフを抜いた。切りかかりたい。今の無防備な体勢なら、きっと、気づかれないまま殺せると思った。

 でも、できなかった。

 長きに渡る恐怖で足を縛られたカイトは、とてもじゃないが、ベルに逆らえなかったのである。

 そして、ベルが消えて初めて、カイトは腰を抜かすことができたのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ