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戦人の迷宮探索(改訂版)  作者: 乙黒
第三章 主と王
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閑話 とある男の物語

 氷雨が修行に四苦八苦していた、同じ月が闇夜を照らす時。ふと、月が隠れた。分厚い暗雲が、月を覆ったのである。

 そんな時、男が、いた。

 酒場に、いた。

 それは、人相の悪いベルであった。右腕に、包帯は無かった。彼はカウンターに一人で座り、木で造られたジョッキに、並々と注がれたエール酒を啜っていた。酒は安物だ。肴も何の種類か分からぬないほど黒く、固く、味気もない干し肉と、こちらもまた、安物であった。

 

 そこは夜間営業を許されている歓楽街ではなかった。騎士たちも寄り付かぬ、裏道の奥。ごろつきやならず者が、我が物顔で闊歩するような場所だ。

 そんな場所にある酒場なので、当然、高くない。むしろ、安い。エータルの酒場の中で、安さの頂点を競うこととなったら、真っ先に名前が挙がるような店だった。

 ゆえに、給仕も寂れた男達だ。綺麗な女ではない。従って、店内の臭いも、むさ苦しい男共の匂いだ。カウンターで、木製のコップを黙々と拭いている。ただ、皆一様に、太い。誰もが強者だと、見て分かる。治安がとても悪い街であるエータル。その中でも、特に悪いこの場所で、“まとも”に商売しようと思うのなら、やはり、腕っ節の強さは必要なのであった。


 ところで、そんな寂れた酒場にベルがいるのには、とある理由がある。

 噂を、聞きに来たのだ。

 ここはエータルの中でも、もっとも鮮度の高い噂が行き交う場所である。したがって、情報の流通が早いとされている歓楽街よりか、噂が新鮮なのだ。ならば、何故、こんな場所に噂が集まるのかと言うと、裏に通じる人間は、明らかに、臆病だからである。


 臆病な人間は、情報と言う名の噂を欲しがる。

 特に、最近の成長株や諸刃(もろは)の剣のように会うだけで、危ない者。これから危なくなりそうな者。騙すことが商売の者、などだ。

 彼らのような人間は、何かを失くす恐怖をとてもよく知っている。ゆえにほんの少しの危機からも、避けるような性質になっている。否、そんな風に危機を避けていなければ、どんな強者でも生きていけるような場所ではないのだ――ここは。

 それに、彼らは、情報屋が一番ホットな情報を持っていない、とのことも、“よーく”知っていた。


「――なあ、隣に、座っていいかい?」


 ベルの両隣りに、二人の男が座った。

 彼らも、情報を得に来た人間だろう。服装から、マントと鎧なのでおそらく冒険者。そんな冒険者の彼らの太い腕は、弱そうには見えなかった。それでも、情報が無ければこの場所では生きていけない。それを知っている類の人間だろうと、分かると、ベルは酒を一口啜ってから、「ああ――」と、答えた。


 ベルの隣に座った二人は、まず、給仕を務めている男に、酒を頼んだ。代物はベルと同じエール酒である。それとつまみも、腐ったような臭いがするチーズを頼んだ。

 どちらも安価である。

 だが、この場所ではこれが、給仕への口止め料となる。逆に何も頼まなければ、給仕が知った情報を暴露するのだ。


 例えば、表には騎士に逆らってはいけない、という、法則(ルール)がある。裏にはそんな決まりはないが、もっと別の、裏には裏の法則(ルール)があった。その一つが、今回の“これ”である。そこからはみ出してはいけない。はみ出せば、その先に待っているのは“死”だけだからだ。


 これも、一種の情報だ。

 初心者はこの法則(ルール)を知らない。そして、この法則(ルール)知らぬ者は、裏の誰かから“熱いお灸”をやられることとなる。

 つまり――死。

 やはりこの場所は、情報が無ければ、生きていくことができない場所なのであった。


「お近づきの印に、私の方から情報を言うよ。と、言っても、最近は新しいのが少なくてね、とある三人組のことを知っているかい?」


 ベルの右隣に座った男は、エール酒を豪快に一気飲みしてから尋ねる。すると、アルコールが体に回り、その男は顔がほんのりと赤くなっていた。


「三人組……名前は? メンバーの一人でもいい。流石に三人組だけだと、この町で数百もパーティーがありそうだ」


「それは悪かったね。レン――これだけで分かるかい?」


 その言葉に、浅くベルは頷いた。

 この時、実はベルは、喋りながら、相手の腹を探っていた。しかしながら、それは男の方も同じであった。


「あの、今、一番の成長株であるパーティーか――」


「その通りだよ。力量(レベル)はぐんぐんと上がり、永久(とこしえ)迷宮(ダンジョン)を破竹の勢いで踏破して行ったパーティーだ」


 有名だな、とベルは怪しげに笑う。

 誰もが目をつけていたパーティーだからだ。将来は有望で、どこの、誰が、彼らを早く陥れるかどうか賭けている、等と言った噂も“ちらほら”とベルの耳には入っていた。


「それがどうかしたのか? 遂に、あいつらが誰かの食い物になったのか?」


「違うよ――」


 と、男は首を少しだけ横に振る。


「ちっ。じゃあ、あいつらの中の――レンが、手に入れた全く新しい(スキル)のことか?」


 違うよ、と、また、男は首を横に振るが、目は少しながら驚きで見開いていた。


「それは私の知らない情報だね。教えてもらっていいかい?」


「ああ――」


「確か、レンくんの得物は槍だったよね。だったら槍の新しい(スキル)が見つかったのかい? それなら楽しみだな。私の武器は、まあ、槍に近いし」


 本当かよ、とベルは思う。

 男が身につけている武器は、今は剣だけだ。もしメインウェポンが重厚な物の場合、普段出歩く時は勝手が効きやすい剣を持つ。それはベルも一緒で、彼の本当の武器が大斧だが、今は剣をぶら下げている。

 それでも、そこを考慮しても、ベルは疑問を持った。それは相手の腹の黒さが、未だに分からないからである。


「そうかよ。だったら、残念だったな。聞いた話によると、“そういった”(スキル)では無いらしい」


「違うというと、『力量(レベル)読み』に近いのかい?」


「ふん、ご明察だな。大当たりだよ。ただ、そっちよりかは、『強化』に近いな。特に効果が、な」


「全身、というわけかな?」


「そうだ。といっても、俺はそこまでしか知らないんだ」


 男は、この発言に首を捻る。


「確か、私の記憶では、(スキル)を獲得した時に、条件がデバイスから聞こえるはずだが、違ったかね?」


「別に、間違ってねえよ。ただ――」


「ただ?」


「――その条件である“勇気の源”が分からねえんだよ。それに、そいつは、こう言っていた。――この(スキル)が、特殊な“名”へのプロセスになるってな。となれば、俺にその入手条件を知る方法はない。分かるだろ?」


「つまり、上級名と呼ばれる剣闘士(グラディエーター)が持つ(スキル)――『剣闘の心得』と、同じようなものかな?」


「そうだ――」


 男は、それなら仕方がない、と給仕に追加注文したエール酒を、また、豪快に一気飲みした。

 “名”は、謎だ。

 (スキル)とは違い、入手条件が不明だからだ。これまである“名”の入手条件を解き明かそうと、自棄になった者もいたが、結局はそのまま死んでしまった。

 だからこそ、名を持っている者は、この世界では、選ばれし者と呼ばれる。それこそ、“名”を持っている者に、選民意識が無い者のほうが少ないぐらいだ。


「それにしてもベル君は、そんなマイナーな噂を良く調べたね。私でも知らないのに――」


 男は、手で唇についた泡を拭く。

 だが、ベルにはその時、心臓が高鳴っていた


(ちっ、俺のことを知っているのか)


 と。

 ベルはこの裏の世界に留まらず、表の世界でも有名だ。

 それはやはり、“名”というネームバリューがあるからだ。彼が持っているのは、戦士(ウォーリア)

 “名”はどの人間も、一つしか持つことができない。したがって、どれだけ努力をしようとも、レンの歩くプロセスを、ベルは歩めなかった。

 なのに、何故、君はわざわざ新しい“名”の情報を調べたのか、と男は聞きたいのである。

 少し、話が進めにくくなったベルであった。


「そこは後で話す。それより、これでお前に貸し一つだよな?」


「そうだよ。ベル君――」


「だったら、お前が知ったそのレンとやらのパーティーの情報を教えてくれよ? これでおあいこ――だろ?」


「仕方がないなあ――。ベル君は、あのパーティーの行く末は知らない、よね?」


「ああ――」


「だったらここで嬉しいお知らせだよ。実は彼ら――この町から出て行ったんだよ」


「どういう意味だ?」


 すぐにベルは聞き返した。


「――“元”犯罪者であるベル君は、知っているよね? この町に“犯罪”が溢れているのは、“犯罪者”の巣窟だからって」


「ああ――」


 ベルは頷いた。

 この町は、実は、国で重大な犯罪を起こした者が、島流しならぬ町流しとして集められたことによって、大部分が構成されている。

 冒険者然り、商人然り、農民然り。

 今ではそんな犯罪者同士の子供などが生まれ、元犯罪者でも無い者も増えたが、やっぱり犯罪者の方が多い。


 ギルドの役員も犯罪者達で、実はデバイスは、エータルの入場を規制する者ではなく、犯罪者が他の町に行けないようにするために、この町で独自に開発された物なのである。その過程で力量(レベル)アップの機能などが付けられたのである。

 冒険者たちには『力量(レベル)読み』などがあるので、デバイスは無くともそんなには困らない。

 だから、他の町では、デバイスが流行ってなかった。


「だからレンくん達も、誰もが犯罪者だと思っていた。私だってそうだよ。でも、そうじゃなかった。なので、他の町に行けたんだよ」


「へえ、なるほどな――」


 ベルは感心するように、固い干し肉を噛み千切った。

 そんな犯罪者の検査にもっとも役立つのが、あの血の登録だ。

 実はこれが、この町のギルド登録で最も重要なものなのだ。犯罪者の登録は、血の形で決められる。それこそ犯罪を起こした町で、血液型などではなく、血液の中に含まれるDNAによって、分けられていた。


 その際、本当にこの町に来たかどうか調べるのが、あのギルド登録の血液なのだ。

 そこで陽性と出れば犯罪者で、陰性と出れば一般人。DNAで犯罪の有無が分かられるのだから、例え、犯罪を起こしていないとしても、犯罪者同士の子供は他の町には行けない。そしてそれが、ストリートチルドレンの一部であった。


「これでおあいこかな?」


「そうだな――」


「他に聞きたいことはあるの? 私が持っていたホットなニュースは出尽くしたから、コールドニュースでよかったら、喜んで提供するよ」


 男は、こう提案する。

 今日、ベルが一番聞きたかったセリフだ。そっと、ニヤけ、それを隠すように半分ほどの量が残っているエール酒を、一気に飲む。苦い味が、下の上を通った。喉を鳴らす。アルコールのほろ酔い気分が

全身を駆け巡った。

 そして上機嫌になったところで、


「――ヒサメって名は、有名だよな?」


「あの灰色の?」


「そうだ」


「うん知っているよ。でもさ、あれって本当かどうか怪しいよね。“悪鬼のヒサメ”っていう二つ名がこの町に蔓延しているけど、会ったって言う人はいない。だって、流石に素手で戦う人はいないでしょ」


 噂は噂、そう言わんばかりに男は笑っていた。

 男はこの二つ名を、単なる都市伝説のように思っていたのだ。それこそ、力量(レベル)を隠す方法と同じぐらいに。


「――いるぜ。俺は会ったことがある。あいつは、あの野郎は、素手で戦っていた」


「本当かい?」


「ああ、この場で、嘘を言うわけがないだろうが」


「それもそうだね。なら、どこで会ったんだい?」


「裏道だよ。噂通り灰色のマントを着ていた。ただ、悪鬼のような顔には見えなかったな――」


 ベルも自分が戦って負けたとは、言いづらかった。

 だから上手い事誤魔化すように、男へと告げた。


「へえ。いるんだね。ヒサメって人は。そうそう教えてくれたお礼に、彼に悪鬼って名付けた人を教えてあげるよ」


「誰だ?」


「ユビキタス商会エータル支部奴隷部門“らしい”ワルツ――だよ」


「あいつとも関係あったのか?」


「うん、それどころか一悶着起こして、ワルツは負けちゃったらしい」


「そうかよ――」


「そうだよ――」


 それから、ベルと男は愉しげに笑っていた。

 ベルは一しきり笑った後、「会計」と給仕の男に言い、少しだけ金を支払った。それに「もう帰るのかい?」と男は尋ねる。

 ベルは答えぬまま店を、満足そうな顔で出て行った。


 実はベルは、氷雨のことがどれだけ広まっているか、それを確かめるためだけにあの酒場へと行ったのである。

 そして、実際に、それを今日実感できた。

 下地は整った。細工も滞りなく終わっている。同じコミュニティに所属するメンバーも、今回の件は協力してくれると言っていた。

 さて、いつほど、憎き奴に策を仕掛けようか、ベルは楽しみにしながら帰路につくのであった。

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