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戦人の迷宮探索(改訂版)  作者: 乙黒
第三章 主と王
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第七話 説教

 迷宮(ダンジョン)の冒険を終えた次の日の昼間。

 ハルは氷雨たちが泊っている宿へと来ていた。氷雨へと、用事ならぬお説教があったのである。


「氷雨くんってさあ、ドMなの?」


 ハルは彼に会った開口一番に、そう言った。

 だが、椅子に座りながらのほほんとしている氷雨は、扉の近くで腰に手を当てているハルに対して面倒な感情しか覚えなかった。


「なんでそう思うんだよ?」


「だってさあ、それ。その怪我の数。たかがあの程度の敵相手に、そこまでの傷を負うなんて、どう考えてもドMだからでしょ?」


 ハルが指差すは、氷雨に数多く巻かれた包帯の数々だった。

 ゴブリンの棍棒による裂傷。それにより、包帯は薄い赤色と緑色で染まっている。

 包帯に薄く滲んだ緑色は、この世界独特の傷に効果がある――“回復薬”だ。怪我をすぐに治すという便利なものではないが、包帯に塗っておくだけで治療期間を大幅に下げることができる。


 氷雨の回復力なら、怪我が治るまでにかかる時間は二十四時間ぐらいだろう。

 ただ、そんな、普通の薬より優れた効果があるので、けっこう割高だ。値段としては、普通の傷薬の値段の五倍ぐらいだろう。

 だから、滅多なことが無い限り冒険者の間では使わない高価な物であった。


「誰がドMだよ――」


「じゃあなんなの? 怪我するのが好きなの? それとも、痛いのが好きなの? まあ、どっちにしてもドMじゃん!」


「ハルにい! もっといってやってよ! そのぼんくらに!」


 頬を膨らまして怒るハルに、ユウがベッドの上から手を高々と挙げて賛同した。

 ユウも、氷雨の戦い方に大きく反対していた一人だ。斃しがたい強敵ならともかく、そこらのザコに傷つけられる彼は、見ていられないらしい。

 ちなみに、又してもぼんくらと言ったユウに、クリスは「だから、ぼんくらは……」と、彼女の将来を心配しているのだった。


「はいはい――次から気をつけるよ。次から――次から、な」


 だが、そんな嘆きを聞いても、氷雨は特に反応しなかった。

 ただ耳を小指でかき、のほほんとしているだけ。氷雨以外の全ての仲間が心配しているのに、当の本人は知らんぷりだった。


「はいはい、どうせ口だけでしょ! 本当はそんなつもりないくせに!」


「ないくせに!」


 ハルの言葉に、ユウが山彦のように、また、同意した。

 これに、口を尖らせながら氷雨が反論する。


「けっ、そもそも、だ。俺がどう戦おうが、俺の勝手だろうが。お前らにどうこう言われる言われはねえよ」


「やっぱり氷雨くん、口だけじゃん! 僕たちは、氷雨くんの体を心配していっているんだよ! ちょっとはそれを考慮してもいいんじゃない!」


「そうだそうだ!」


 氷雨の存外な言い分に、やっぱり大きく二人は激高した。

 これにはやはり、部屋床の上で武器の手入れをしていたカイトも、ハルたちの味方になる。


「アニキさあ、今すぐに……とは行かないでも、ちょっとは改善した方がいいんじゃない? その戦い方じゃあ、幾つ体があっても足りないよ? そこをハルにいとユウも心配してるんだよ。もちろんオレもクリスねえもだけどね」


「そうか?」


「そうだよ。アニキはその辺、鈍感だよな。人の気持ちに鈍いって言うか、分かる気が無いっていうか……」


 氷雨はこのカイトの言葉に、ばつが悪そうな顔をする。

 まさか、自分より年下の子供に説教されるとは思ってなかったのだ。


「へいへい、分かったよ――」


 だからだろう。氷雨は開きにくい口を無理矢理開いて、これからは怪我をしないような戦いをする、との意味も取れる言葉を言ったのだった。

 最も、当の本人がこれを機会に、どう変わるかは分からないが。


「おにいちゃん、ほんとう?」


 ユウが氷雨へと近づいて、クリクリとした輝いた瞳を彼へと向けた。

 氷雨はそれから目を逸らしながら、

 

「本当だよ。これからは、なるべく怪我をしないように戦えばいいんだろ――」


 と、答えたのだった。

 これにユウは「やったー!」等と言いながら大きく喜んだ。それは戦いのたびに、大怪我を負っていた氷雨を心配していたクリスとカイトも一緒だ。

 彼らも表立って意思表示はしないものの、氷雨の体の心配はずっとしていたのである。


「氷雨くん、本当に、反省してるの?」


 だが、ハルだけは、彼へずっと懐疑の視線を送っていた。

 数日前のあの殺気――。あれを真正面から受け取ったハルだけは、どうしてもこの氷雨の発言が信じられなかったのだ。

 氷雨から、純粋な肉の悦び。それを感じ取ったから。


「ああ――」


 氷雨は空を見ていた。快晴の空だ。

 それを澄みきった顔で、見詰めていた。


「分かったよ。じゃあ、今日はこの辺りで、説教を終えるよ」


 だから、ハルも疑問は残ったが、氷雨を信じることにしたのである。

 ただし――


「その代わり、皆で一緒に買い物へと行こうか?」


「はあっ!?」


 ――氷雨から、その分の代償を貰うことにするが。



 ◆◆◆



「さ、氷雨くんに何を買ってもらおうかな? ユウちゃんたちも、好きなだけ氷雨くんに頼んでいいよ。今日だけは、僕が許すから」


 あれから数分。

 氷雨たちご一行はメインストリートへと来ていた。

 そこは相変わらず、出店が並び、人相の恐い者ばかりが出歩く場所である。治安も、法律も、殆ど無い場所と言ってもいいだろう。

 だが、誰も表立って犯罪行為はしなかった。して、この町の法である“騎士”に見つかると、骨の髄までしゃぶり尽くされるからだ。


 だが、町を出歩いているだけで、肩が当たったと氷雨以外の者に難癖をつける者はいる。

 そういう輩は、武器を持っていない氷雨が前へ出て「文句あるなら、()ろうぜ」と言うと、簡単に戦いになった。そして、氷雨が傷一つ負わず、圧倒的に勝つ。

 そんなのを数回行っていると、最早、彼らに絡む者は誰一人現れないのであった。


「ほんとう?」


 ユウが、ハルへと聞いた。


「うん! 氷雨くんの反省を形にしようと思ったら、やっぱりこれしかないでしょ!」


「やったー! わたし、あま~いおかしがたべたい!!」


「そうだね! 僕も買ってもらおうかな!」


 大きく跳ねながらはしゃぐユウを尻目に、ハルは邪悪な笑みを氷雨へと浮かべた。

 彼は、それにため息をつくばかりだ。

 

「ユウちゃん。何がいい? あのマカロンなんて、美味しそうじゃない? 赤いジャムのような物が塗ってあるし……」


「ほんとだ!」


 二人が見つけたのは、柔らかそうな二枚の生地に、蜂蜜で漬かった果物が挟まれたお菓子だった。

 生地は甘くなく、甘いのはジャムだけだが、それでもお菓子などこの世界に来てから食べていないユウは、目をキラキラと輝かせながらそのマカロンを見る。

 だが、そんな様子をしているのは、ユウだけではない。カイトとクリスも、久々の甘い物に、目を輝かせていた。


「じゃ、そういうわけで氷雨くん。五人分のマカロン頼んだよ」


「えっ!? 私たちの分もいいんですか?」


 ハルのマカロン全員分の発言に、クリスが驚く。まさか自分も食べれるとは、思ってなかったのだ。


「いいと思うよ。あの程度の金額なら、昨日の迷宮(ダンジョン)探索で得たお金で、十分事足りると思うし……ね、氷雨くん?」


 実は昨日の冒険では、一円たりともハルは結晶石を貰っていなかった。

 いらない、と氷雨へ全てのそれの所有権を譲ったのである。


「ちっ、仕方ねえな。分かったよ――」


 氷雨は昨日の探索で金が有り余っていたこともあり、面倒そうにマカロン屋へと向かった。

 そこに居た筋肉ダルマな男に「マカロンを四つ」と頼んだ。四つと言ったのは、彼がマカロンを食べる気がないからだ。


「ほらよ」


 そして氷雨は配るよう、買ったマカロンを四人へと渡した。

 薄い紙で包まれたお菓子だ。それに甘酸っぱい、いい匂いがする。おそらくジャムの匂いだろう。ジャムは二種類、木苺とブルーベリーとそれぞれ違う。それを氷雨は渡す時、特に考えもしなかった。

 クリス以外の三人は、喜びながらそれを受け取り、お礼を氷雨へと言ってからマカロンを一口、口の中へ頬張った。


「うっわ~!!」


 ユウは、久しぶりに口にした甘いお菓子に、頬がこぼれそうになる。

 果物の甘味。それは何度か生のを口にしたが、お菓子となると話は別だ。氷雨にそのような趣味がなかったので、これまで、この世界に来てから数か月口にすることが無かった。それはストリートチルドレン時代が、貧乏だったこともある。

 なので、久しぶりに食べた甘いお菓子に、ユウは大事そうに、大事そうに頬張りながら、舌鼓を打つのだった。


「うっめ~~! お菓子って、やっぱり甘いんだな!!」


 カイトもユウと同じく、美味しそうにマカロンを食べている。それも一心不乱に、立ち止まって食べていた。

 こちらの果物はブルーベリー、だと思う。この世界特有の果物かもしれないが、そんな学は彼にはない。

 蜂蜜で漬けた果物の甘さはしつこくなく、それでいて挟んだ生地にマッチしている。それに生地が甘くないので、漬けた果物がより一層引き立てられる絶品なのだった。

 

「ふーん、やっぱり噂通り、エルフィンの森に近いだけあって、露店で売っている安価なお菓子も、存分に蜂蜜が使われてるんだ。やっぱり――不法都市だね」


 エルフィンの森は広大で、動植物がとてもよく育っている。

 その中に、蜂蜜と果物も、もちろんあった。だがこの国の法では、そういった“嗜好品”には高い関税がかけられる。

 だが、この“町”では別だ。

 この町では国のお偉い方も全然来ないので、騎士たちがやりたい放題だ。そこで、嗜好品の関税を外し、エルフィンの森に違法に侵入して甘い物を取り、町の内側で冒険者相手にボロ儲けしている。


 そんな内情を知っている周りの町の連中は、このエータルに不満を持っている者も多いが、誰も特に何も言わなかった。

 屈強な冒険者たちの反逆が、恐ろしいからである。


「ありがとうございます……」


 クリスも、当然氷雨からマカロンを受け取った。

 だが、他の三人とは違い、すぐには食べない。疑問に思ったのだ。お菓子を買っていない氷雨が。


「……ところで、ヒサメさんはこれを食べないの……ですか? とっても美味しそうですよ」


 だから、聞いてみた。

 意外とクリスは恐いもの知らずなのだった。


「いらね。甘いの苦手だし」


「苦手って、食べたことあるんですか?」


「ああ、当然だろ」


 と、氷雨は言うものの、クリスには違和感が残る。

 当然だろう。

 なんせ彼女は、氷雨がクリスたちと同じ世界の住人だということを知らないのだから。


「そうですか……。でも、これは食べたことないですよね?」


「ああ」


「一口、食べますか?」


 クリスが、気を使って氷雨に聞くが、


「いらねえ」


 と、彼は冷たく、断った。


「分かりました。じゃあ、私も遠慮せず、マカロンを頂きますね」


 てっきり、お金がないから自分の分のマカロンを買わなかったと思ったクリスは、道端に座り込んだ氷雨を見ながら、マカロンを一口食べた。

 彼は幸せそうな彼女を少し見てから、数多く立ち並ぶ露店をぐるっと見回した。


(旨そうな肉――ねえかな)


 と、マカロンを買わなかった代わりに、美味しそうな肉料理を探していたのである。

 すると、一つ、目についた。

 ただの肉の塊ではない。いや、出店に置いてある肉は、豚丸ごと焼いた大きな塊だが、客にはそれを削ぎ取って、パンのような物で挟んで売り出している。しかも挟むのは肉だけでなく、野菜やソースなど色々だ。それを買った冒険者は、具をぽろぽろとこぼしながら一心不乱に胃の中へかきこんでいる。

 思わず、氷雨は涎がこぼれた。

 それを手の甲でグッと拭い、彼は立ちあがった。


「……」


 そんな彼の様子を、ずっと覗っている者がいた。

 クリスだ。

 彼女は、氷雨が金欠だから自分の分を買っていない、とそう考えたのである。一口、二口、と口に運ぶたび、その考えは強くなった。

 それに先ほどの、自分の食べる様子を見ていた氷雨に、当の本人であるクリスが見たことで、その考えは強くなる。


「ヒサメさん……私のマカロン……一口食べます?」


 だから、もう一度、彼女は彼へと聞いた。

 それは氷雨が旨そうな料理を見つけ、立ち上がった時である。


「いや、だから……いらねえ」


 氷雨はクリスを見た。

 彼女を真っすぐ自分を見ていた、真剣な顔だ。それから、氷雨は視線を落とすと、半分ほど食べ終わったクリスのマカロンがあった。


「えっと、実はですね……。私は……ヒサメさんが、私たちに遠慮して、マカロンを、食べてないのだと、思っているんです。だから……私のなら、遠慮なく食べれると思いまして……」


 クリスは、しおらしく手をもじもじとさせている。


「いいよ、そんな気を使わなくても――」


「で、でも……」


 氷雨は、中々引かないクリスに、ほとほとため息を吐いた。

 見つけた肉を、早く食べたいという思いもあった。

 そして、クリスの元へと氷雨は駆け足で近付き、


「あっ……」


 クリスの持っていたマカロンを、早々と小さく一口だけ、食べたのである。

 木苺の味がしたそれは、やっぱり自分には合わないな、と彼は思うのだった。


「ああー氷雨くん、関節キスだ~!」


 それに、大きくハルが反応する。

 氷雨はこれにも、ほとほとため息をついた。


「うっせえな、俺はあれ食うけど、いる奴いるか?」


「ゴメンって、氷雨くん。そんなこと言って、さ! だから僕の分も頼むよ!」


「アニキ! オレもオレも!」


「おにいちゃん、わたしのぶんもね!!」


 氷雨への提案に、ハルを始めとした三人が次々と賛成し始める。


「クリス、お前はどうする?」


 氷雨は未だ何も言ってこないクリスへいるかどうか聞くが、


「……私は……いいです……」


 それを彼女は丁寧に断った。

 そんなクリスは、氷雨が一口だけ食べたマカロンを食べるのを躊躇しながら、頬を薄紅色に染めるのだった。

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