第六話 魔法
特殊技――魔法。
そう、呼ばれるものがあった。
持つ者は少なく、これを使うだけで一段違う強さを手に入れることができる、そう謳われているほど強力な代物だった。
何故なら、まず入手条件が困難だからだ。
魔法を手に入れるなら、本を読む必要がある。それもただの本では駄目だ。
――魔道書。
魔術の理が載った本を、隅から隅まで読まなければいけない。
しかし、その魔道書の効力は、一冊誰かが読んだら消える。すなわち、魔道書一冊につき、たったの一人しか覚えられないのだ。
しかも、そんな魔道書が出る場所は、迷宮。
出る条件もランダムとあって、熟練の冒険者でも手に入れることが少なかった。それに覚えられる数も、人によっては違うが2~6個と少ない。
なので、魔法を主戦力として使う人は少なかった。
クリスも、この一欠けらは持っている。
だが、冒険者時代に偶然得た魔道書で、小さな火の玉一つ出せるだけと、弱い。しかし戦闘で使えないことは無く、怪物にも十分通用するものだ。
種類によっては決定打になる。種類によっては牽制にもなる、だが、あくまで攻撃の一手。武器を持っていなければ、到底、亡者溢れるこの場所ではやっていける性能ではなかった。
迷宮の、それも13階での一角。細い通路でのことだ。常に進んでいるので、後ろから敵は現れない。
だが、前からは次々と雪崩のようにやってくる。
「……凄い……です……」
だから、信じられなかった。
目の前で、ハルが、魔法“だけ”で、怪物を、蹂躙していたということが。
水で。
氷で。
炎で。
雷で。
石で。
剣で。
草で。
持っていた辞書のように分厚い本が光り、様々な現象を生み出し、操り、当てて、殺していく。
それは、異様だ。
シュピンネは糸を燃やされ、頭を燃やされる。
メンシュ・アイゼンは電気で、神経であるコードを焼き切られる。
ルーは急に表れた剣で斬られ、槍で突かれる。
ゴブリンは草で足を取られ、頭の上の巨大な石が撲殺する。
など、本来なら人を殺す役目の存在が、ただ一方的に殺されている状況は、おかしいとしか云いようがない。これまで命懸けの戦いを行う氷雨を見てきたクリスにとっては、信じられなかったのだ。
結晶石を次から次へと生み出し、それを拾っていたカイトとユウも自分たちが拾うより早く怪物を斃すハルに驚愕していたが。
「強いな――」
それは氷雨も同様で、彼もハルの強さに舌を巻いていた。
勝てない、とは戦ってないから分からない。でも、どちらかが死ぬ羽目になることは分かる。それぐらい、ハルは強かった。
(あの言葉も、嘘じゃねえ――)
数日前、ハルはミノタウロスに勝てると言った。それも一人で。
それも、今では彼は信じられた。
自分とは違うベクトルの強さだが、これなら、ミノタウロスに勝てると、何故だかそう思うぐらい、ハルは強かった。
ハルが強いのは、魔法だけではない。
頭も、極めて優秀だ。
その個体の怪物にとっての弱点の魔法を、針の穴を通すようなコントロールで、弱点の部位を狙っていく。
ゆえに、一撃。ゆえに、無傷。
一朝一夕でできるものではなく、死がかかっている状況でしか、成し得ない緊張感であった。
「どう、氷雨くん? これならミノタウロスに勝てるでしょ?」
怪物を斃しながらふとハルは振り返った。その顔は笑っていた。優しく、それでいて穏やかであった。とても敵を殺しているような様子ではない。
だが、既にハルは三桁を超えるである敵を殺している。もう、カイトとユウの結晶石入れはいっぱいで、クリスに持ってもらっている程の量だ。
「だろうな」
「でも、僕はもしかしたら氷雨くんには負けるかも知れないね」
「かもな」
氷雨はハルの言葉に、否定も同意もしなかった。
勝負は終わるまで何があるか分からない。
例え、実力で上の者であっても、刹那の油断で殺されることがある。それが彼らの身を置く世界だ。不条理で、不平等である。
また、ハルは怪物を殺していく。
戸惑いがなかった。
殺らなければ、殺られる。それを、ハルはこの世界で知った。それはあの平和な国なら、決して覚えなくていいことだ。
だが、そうしなければ生きられない。
ハルはそれを理解しているからこそ、死んでいく怪物達を可哀想だとは思わないのだ。
血が舞っても、肉が飛んでも、悲鳴を上げようと。
「ハルさん、どうして……どうして、そんなに魔法を覚えられるのですか?」
クリスがそんな時に、ハルに訪ねた。
「ふ~ん、やっぱり“それ”を不思議に思う人はいるんだね。いいよ。教えてあげる。氷雨くん、ちょっと戦闘を交代してもらっていいかな?」
ハルはゆっくりクリスと話をするために、氷雨へと聞く。
「分かった。さっさと退きやがれ――」
「ありがとう。氷雨くん」
そんな彼の答えは、やっぱりYESだった。
ハルの戦い方を見て、何か心を震わすものがあったのだろう。
「じゃ、氷雨くん。一通り見える範囲は斃したから、後は頼んだよ。一匹もこっちへ寄こさないでね」
「お前こそ、俺がどんな目に会っても、助太刀するんじゃねえぞ」
二人はハイタッチを交わし、前後を、交代したのだった。
「それで、僕の魔法の秘密だね。君が知りたいのは……確か、魔法の数だったよね?」
「はい……」
そう、人は、どれだけ才能があっても、最高でも六個しか魔法を覚えられない。それは技も一緒だ。別の技を覚えたければ、今ある技を消すしかない。
それがこの世界の法則だった。
決して変わることがない法則。もしこれを破る者がいたなら、それはもう人ならざる者の所業だった。
だから、クリスは疑問だったのである。
「まあ、まず魔法の覚えられる仕組みを言うね。何故、魔法を一定の数しか覚えられないか? それは人が持つハードディスクの容量には限界があるんだよ」
「ハードディスク?」
「そう。人は誰しもがハードディスクを持っている。脳にね。で、このハードディスクの容量には人によって差がある。だから、覚えられる数が人によっては違うんだ。例えば、容量が少ない人は二個までだったり、多い人は六個までだったりと……」
「へえーそうですか」
クリスはハルが行う講義に、唸るように頷いた。
この法則は、実は、ゲーム時代にもあった。人によっては違うというのも、同じだった。才能と言えば、それだけだろう。
最もゲーム開発の初期段階には、不公平だからこれを多い者は制限するとの案があったが、人の脳に負担をかけるということから止めた。
もともとこのゲームは、『力量読み』とあと一つ、攻撃の技があれば、十分にこなせるものだ。
何故なら、人は咄嗟の時に、そう技を使い分けれないからである。やはり決めの時には、自身が最も得意とする技が出る。
攻撃のバリエーションは減るが、二個の者でも力量さえ高ければ、身体能力さえ高ければ、勝てるゲームなのである。
「このゲームは元々、魔法を主戦力で戦えるようにできてはいない。だって魔力も力量で上がるけど、筋力などに比べると上昇率は低いからね」
これにも、クリスは頷いた。
魔法を使うにも魔力がいる。だが、どれだけ力量を上げても、沢山魔法が使えるわけではない。
「それはこのゲームは、ベータ版の時に魔法という考案がなかったからで、最初はよりよく仮想現実を体験できるために開発されたからなんだ。実は、魔法は、この“ダンジョン・セルボニス”の発売少し前に、遊びが少ないと、慌てて取り付けたものらしい」
「そうですか……」
これはハルがヴァイスの町にいたとあるゲームプレイヤーから聞いた話だ。
このゲームを作った会社は、最初は、仮想現実を活かすための考えしかなかったらしい。
「だからこのゲームでは、魔法の扱いが不遇だ。そもそも力量が高ければ、それだけで勝てるゲームだからね。技なんて、遊びでしかない」
「だったら、どうしてハルさんは、魔法を主戦力で戦えるのですか? 先ほど言ったことが本当なら、それは矛盾していませんか?」
「これが、あるからさ!」
そう言って、ハルは本をクリスの目の前に出した。
よくよく観察してみると、変わった本であった。
表紙には六芒星が描かれている。それにそれは、血のように赤かった。
「これは簡単に言えば、外付けハードディスクだよ。人がハードディスクの量を少ししか持てないなら、外からつけてやればいい。そんな発想でできたと思う本だよ」
「……それは、魔道書ではないのですか?」
「さあ? 僕も詳しくは知らないよ。でも、これがあれば、魔法を幾つでも覚えられる。それに、この本自体に、魔力を貯めることもできる。これはそういう“本”さ」
クリスは、これには言葉が出なかった。
確かにこの本があれば、法則を破ることがないだろう。
でも、もしこれがおおやけに知られれば、血で血を洗う争いが起きるような代物だ。常識を覆すものは、おそらく誰もが欲しがるだろう。様々な目的のために。
「僕はこれを、この世界に来てから“偶々”手に入れた。おそらくゲームをしていた頃には、無かった物だと思う。でもだからと言って、誰にも言わないでね。僕は争いがそれほど好きじゃないし……」
この時には、もうクリスは聞かなければ良かったと後悔していた。
知的好奇心が働かなければ、こんな世間を揺るがす物に出会うことは無かった。
「ねえ、ハルにい」
ふと、結晶石を拾っていたユウが、ハルの話した本に興味を惹かれたのか話しかけた。
「なんだい、ユウちゃん?」
「それってね、もしかして伝説の武器の一つ?」
「そうかもしれないね。というか、もし“そういうもの”が存在するなら、これもその中の一つだと思うよ。だって、僕はこれと同じような物を見たことが無いからね――」
「やった! 当たった当たった!」
ユウは、ピョンピョンと跳ねて予想が的中したことを喜んでいた。
無邪気であった。
だが、ユウのこんな無邪気さからあの“本”の存在がばれるとするなら、ちょっと恐怖をクリスを覚える。
「ハルにい、さっきさ。力量が高ければ、基本的には誰にでも勝てるって、言ったよな」
と、そんな時、盗み聞きをしていたカイトも、話の中に混ざっていった。
あくまで、結晶石を拾いながら、前へと進みながらのことであった。
「うん、言った」
「だったらさ、“名”ってなんなんだ? だって“名”があれば、多少の力量差は無視できるんだぜ。とすれば、さっき言ったハルにいの話は嘘になるだろ?」
その通りだった。
まだ若いながら、カイトは話題の核心を突く。
「さあ? それに関しては僕もあまり知らない。ただ、さっき言った話は嘘じゃないよ。あれは、ゲームの頃の話さ。それにね。“名”っていうのは、ダンジョン・セルボニス時代にはなく、この世界の特有のものらしいんで、良く分かっていない。これはゲームの内情に詳しい者から聞いたんだけど、ね」
「へえ~、そうなんだ」
深く、カイトは感心していた。
「まっ、一つ言えるとするなら、僕たちがこの世界にいる原因に、もしかしたらゲーム時代に存在しない“名”に関係あるのかもしれないね。さ、そろそろ僕も氷雨くんと代わるよ。氷雨くんに体を壊されてもらっては困るしね」
こうして、ハルはまた氷雨とハイタッチし、戦闘へと戻っていった。
だが、クリスの心には良く分からない棘が刺さる。この世界、ここは一体どこなのだろうという疑問の棘が。
◆◆◆
戦うのを交代した氷雨は、前を見つめる。
そこには怪物の残骸だけがあった。
敵はまだいない。
だからか、背筋を伸ばしながら、氷雨は全身の骨を鳴らした。これは彼にとっての、チューニングであった。
体の調子を確かめる。熱は程よく回っている。関節の動きはいつも通り。先日怪我を治してばかりなので、動きを制限するようなものはない。
最高だった。
この世界に来て一日目。あの貴族風の男たちとの対戦時と同じように、今日は、彼は、これまでで一番の絶好調だったのである。
――氷雨は、もっと前を見つめた。
暗闇だ。目を凝らしても、十全に見える場所ではない。だが、音はする。足音だ。カッカッと、石でできた地面を響かせる。
一匹ではない。二匹ではない。最低でも、二桁はいるだろう。そんな足音が、彼の耳をくすぐる。
ドクン、と彼の心臓が高鳴る。
彼は、恐かった。
何がと聞かれると、ここで興奮してしまう自分がいることが。
一週間前、氷雨はミノタウロスに負けた。それも完全なる敗北だった。
怪我もしていた。ミノタウロスに会うまでに怪物を斃し、体も疲労していた。本来なら、戦うべき状況ではなかった。
だが、そんなことが生き死にを分けるこの世界で、通じるわけがない。無様な言い訳だと、彼自身も気づいていた。
その結果、ミノタウロスに無様な醜態を晒すこととなった。
彼の命を賭けた最後の蹄は、彼が躱したわけではない。ましてや、ミノタウロスが自分の意思で外したわけではない。
それは、冒険者だった。名も知らない冒険者たちであった。
彼らが、氷雨を踏み殺そうとしたミノタウロスに、矢を放ったのだ。すぐにミノタウロスは攻撃の照準を、氷雨から冒険者たちへと変えた。
氷雨は、ミノタウロスが冒険者と戦っている隙に、その場から逃げ出した。
その逃げている最中の絶叫で悟る。
嗚呼、あの冒険者たちは死んだのだと――。
こんなことがあって、氷雨は今生きているのだった。
(クソったれ!)
だが、それを氷雨は恥じないわけがない。
偶然に助けられ、あまつさえミノタウロスにも殺すのを後回しされる実力だとは。
その時を思い出すと、氷雨は肉が焦げた。
怒りの炎だ。それで、肉と心が燃えそうになるのだ。
(チッ、クソ!)
この戦いは、復讐ではない。ましてやミノタウロスストレス解消でもなかった。
これは単なる成長への、第一歩だ。
氷雨は何となく、悟っていた。
――今のままでは、何度戦ってもミノタウロスには勝てないと。
だから、彼は決意したのだ。
祖父から教えてもらった技。その中でもかなり難易度が高く、習得できなかった技を覚えるのを。そして、おそらくこれさえあれば、ミノタウロスにも勝てると彼は思っていた。
ヴゥオオオオ!!
ゴブリンの鳴き声が、彼の耳を刺激した。
まだ、それは見えなかった。闇に紛れている。目を凝らしても、見えるものではない。
だが、耳だけは反応していた。音だけは、彼らの位置を指し示す。足音、鳴き声、それに荒い鼻息と。
「……」
氷雨は前へと突き進みながら、乾いた唇に気がついた。
――緊張だった。
成長への第一歩。それを踏み出すのには勇気がいる。それに彼の体は、自然と強張っているのである。
ヴゥオオオオ!!
ゴブリンの頭が見えた。緑色の体色で、豚のように醜い顔だ。それと同時に氷雨の存在も、ゴブリン達に知られた。
戦の火ぶたが切って落とされた。
最初に動いたのは、やはり氷雨だ。
動きは速いし、軽い。一番近くにいたゴブリンだけを狙う。
ブォオッ……!!
そのゴブリンも氷雨に気付いたのだろう。
彼に、持っていた棍棒を叩きつけた。氷雨は鈍い彼の動きを、後ろに避けて避ける。そして棍棒が地面を叩いたと同時に、飛ぶ。
そして、踵落としで、それを斃した。
「グッ……!」
だが、甘い。
彼は素手という武器のあまり、敵の軍隊へと近づきすぎた。
近くにいた別のゴブリンの棍棒で、右腰を浅く抉られる。
すぐに、彼はそのゴブリンに借りを返そうと、そのゴブリンの頭に右の――拳を当てた。
狙うは、一撃。全身の力を込めた最強の一撃。零距離からの防御不可の一撃。他のゴブリンに幾ら棍棒で殴られても、集中を途切れさせない。一撃。一撃。ただそれだけに、氷雨は全神経を集中させた。
そして――拳を敵の頭に当てたまま――突き出す。
踏み込んだ足で、貯め。
捻る腰で、増幅し。
伸縮する背筋で、集める。
太い肩で、支え。
強い手首で、押し出し。
固い拳骨で、敵を狙った。
ブォオオオ……!!
突き出した拳はゴブリンを吹き飛ばし、一匹二匹と巻きこんだ。
その拳が当たった箇所は、陥没している。
氷雨の一撃が高すぎた為であった。
(ちっ……!!)
だが、足りない。
氷雨の望む“一撃”ではなかった。
もし氷雨の望む“一撃”なら陥没などせず、貫いたはずだ。――ゴブリンの頭を。
だから、氷雨はあくまで満足しいのであった。
一度失敗したとして、諦める氷雨ではない。
だが、この技はリスクが多かった。
それは、隙だ。
敵に拳を当てるという特性上である。
現に今も、氷雨は多数の裂傷を負っていた。
だからもう、この戦いでは試さなかった。
次からは普通に、ワンサイドゲームを始めたのである。
素早く、繋がり、手数の多い技の数々を氷雨は出し始めた。
「氷雨くん、やりすぎだよ。そろそろ僕と変わろう」
それは、敵の屍が積むぐらいまで行われた。
それは、ハルが交代する時まで行われた。
そして、氷雨はハルとハイタッチし、また、攻撃の番を交代するのだった。