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戦人の迷宮探索(改訂版)  作者: 乙黒
第三章 主と王
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第四話 談話Ⅱ

 クリスは氷雨がカイトとユウがじゃれる様子を見ながら、息を整える。主人である彼に質問するのを、彼女が恐れているからである。

 ――奴隷は主人に干渉せず、命令には絶対服従を。

 それを“よく”教え込まれたからこそ、クリスは気軽に質問して、氷雨の逆鱗に触れるかも知れない、と質問を迷っていたのである。もちろん氷雨だったら非道な命令をしないと思っているが、ワルツの“教育”が脳裏から離れないのであった。


「氷雨さん、聞きたいことがあるんですがいいですか?」


「ああ、いいぜ」


 そして――クリスは決心した。

 彼に聞くのを。どこに行って、何をしていたのか、という質問をするのを。

 喉が渇く。唇が渇く。心臓の鼓動が早くなる。緊張しているのが、彼女は体の反応で分かった。


「クリスねえ……」


「おねえちゃん……」


 それを子供たちも分かっていた。

 同じように心が脈動する。ハルもそれをなんとなく察していた。分かっていないのは、空気が読めない氷雨――ただ一人だろう。


「――では、いつも夜中。何をしていたんですか?」


 やがて――クリスは口を開く。

 静寂が、部屋に漂った。

 彼の答えが返って来る間を、クリスは悠久の時のように感じていた。


「……」


 一方の氷雨は、クリスの質問に答えられない。

 苦虫を噛み潰したような顔を下に向けたまま、口を真一文字に閉じていた。よっぽど話したくないらしい。

 そんな氷雨を見て、ハルがそっと溜息を吐く。今の状況の全てを理解して、頑なに口を開かない彼に呆れたみたいだ。


「氷雨くん、腹を括って全て言ったら? なんなら僕が代弁しようか?」


 だからだった。

 クリスやカイト達のために助け舟を出したのである。


「チッ、分かったよ。話せばいいんだろ。話せば――」


「うん! 僕はそんな素直な君が好きだよ」


「男がんなこと言うなよ。気持ち悪いな。チッ――」


 舌打ちを何度もしながら不機嫌な様子を表す氷雨に、ハルはこぼれるような笑みを見せた。唯我独尊の存在である氷雨をおちょくるのが、とても楽しいようである。

 そして、ハルに簡単に説得された氷雨は息を飲んでから、重たい口を開いた。




「――俺は広場で“修行”してたんだよ。強くなりたいからな。なんか悪いかよ?」




 彼は言い終わった後も不愉快な顔をしていた。

 カイトとユウはどうして“修行”が言いにくいのか訳が分からず、頭に疑問符を浮かべている。ところが、クリスはこの氷雨の発言に胸を撫で下ろしていた。


(どうしてですか? どうして私は“修行でよかった”と安心したんですか?)


 クリスはふとした安堵感に、大きな疑問を感じた。

 だが、そんな謎が解ける間もなく、話は先に進むのであった。


「おにいちゃん、“しゅぎょー”のどこがはずかしいの? わたしたちは“しょうふ”のところにいったとおもってたんだよ!」


 まず喋ったのはユウ。

 やはり飛んだのはバクダンであった。それも大きさにすれば、六尺ほどのバクダンである。


「娼婦……ププッ!」


「ユウ、一回黙れ……」


 そんなバクダンにハルはくすっと笑い、氷雨は呆れたような返事を返した。言葉の意味がよく分かる二人ならではの返事であった。


「むう……」


 だが、ユウは氷雨の態度に我慢ならない。

 なにが可笑しいのか、と。

 苛立つ感情を彼に抱き、隣にあった腕に噛み付こうとした。ユウの噛みつき程度、これまで避けてきた敵の攻撃に比べれば止まったも同然。腕を瞬時に引いて、楽に躱せる。

 

「もう!」


 しかし、そんな氷雨の行動が、ユウは気に入らない。

 何度も何度も虫歯一つない綺麗な白い歯を彼に魅せ、何度も何度も諦めずに噛み付こうとする。

 まあ――全て無駄に終わったが。


「ユウ、そろそろ落ち着こうぜ。話が進まない」


 フシャー、と理解不能な声を出すユウを、兄であるカイトが肩を掴みながら止めた。

 二人のじゃれあいが一向に終わらないのを、感じ取ったからの行動である。だが、今度は止められたカイトに対して、ユウは牙を剥く。

 ――白い歯を兄に魅せた。


「カイにい! わたしがまけたままでもいいの?」


 まるで獣のように、いや、小動物のような愛らしい歯をにたあっと、大きく開く。


「いや、落ち着けって……ユウ、噛む……っ! 痛って~~!!」


 やがて、カイトはユウに噛まれた。

 氷雨のように避けられなかったのも原因だが、可愛い妹に手出しできないため、大人しくカイトは攻撃を受けたのである。

 その間、同じベットの上にいた氷雨は、先程の木製の椅子に戻っていた。隣で二次被害を受けるのが嫌だったらしい。


「つぎはおにいちゃんのばんだからね!」


 ひとしきりカイトを噛んで満足したユウは、笑顔で氷雨に振り返る。

 氷雨はややこしい空気を、目の前の少女から感じた。


「氷雨くん、モテモテだね。僕も混ざろうか?」


「死ねよ……」


 いつも広場にいる時は無愛想な氷雨の新たな一面が見えたハルは、口のニヤケが止まらなかった。

 彼はそんなハルへ、冷たい一言を被せる。ハルは「手厳しいなあ」と吐くが、やはり顔のニヤケは止まらなかったらしい。


 じわりじわりと、ユウは彼へ近づく。

 その頃、氷雨は周りの部屋に迷惑だな、と本気で考えていた。カイトとユウの喧嘩しかり、ユウのカイトに対する一方的な噛み合いしかり、殆どがガキ二人に対する不満だが、いい加減大人しくなれと思っていたのだ。


(もう夜中の三時ごろだぞ……!)


 今の時刻なら後二,三時間で日が昇る。お子様はとうの昔に眠りについて、夢を見ている時間である。だが、興奮に興奮を重ねた二人が眠る様子は、まるで来ない。

 そこまで思考を巡らせ、氷雨はこれからする最善の行動を考えた。

 殴る、泣くのアウト。余計騒がしくなる、など様々な行動を彼は考える。

 ついに出た答えは……。


「ユウ、抱っこしてやるから大人しくしてくれ」


 苦肉の策であった。


「……うん!」


 そんな彼の発言に、ユウは元気よく返事する。両手を元気一杯伸ばして、椅子に座っている氷雨に力いっぱい抱きついたのである。

 幼少期なのに愛する親に触れられないユウは、家族の“ぬくもり”をとても欲しがっていた。それはクリスに顕著に現れ、寝る時はおろか日々の殆どを一緒にいるほどである。


 だが、それだけでは足りなかった。

 いくらクリスに甘えようとも、ユウにとっては“愛情”が全然足りなかったのである。それはカイトに対しても同じだ。少し前の噛み付きも、ユウにとっては単なる甘えで、それがカイトには痛いほど分かっていたため甘んじて受け入れたのだ。


 そんなユウの気持ちは、氷雨もよく分かっていた。

 彼女と同じように幼少期に親と会えなくなったため、その“寂しさ”はとても分かっていたのだ。だから、誰かに抱きつけるという条件と引き換えに、大人しくなってもらったのである。


「すう……すう……」


 安心できる仲間の一人である氷雨に抱きかかえられ、ユウは数秒の後に眠る。彼の服の端を片手で握り、涎を垂らしながら。

 これまで溜まった疲れが、一気に出たのであった。

 そんな心がぽかぽかする光景を、氷雨以外の全員が見守っていた。ちなみにある一人は口角が嫌らしげに上がっている。


「氷雨君、やっぱりモテモテだね。流石にそこには僕も混ざれないよ」


 それはハルである。

 ハルが彼をさも可笑しそうに見ていたのである。


「死ねよ……」


 小さく呟いた氷雨の決まった反抗は、ハルにも、カイトにも、クリスにもよく聞こえた。

 声を小さくした要因が、ユウを労わってなのか、周りを気にしてなのかは分からない。だが、理由がどうであれ、声を小さくしたのは確かであった。

 ゆえに、この場にいた全員は酷く笑顔になるのだった。


「じゃあ、話を続けてもいい?」


 ちなみに、この後カイトがまた脱線した話を元の線路に戻すのに、数分かかったのである。

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